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第三章
36.真実
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あれから一週間後、私は王宮の端にある今では使われていない西塔に来ていた。
西塔は昔、罪を犯した王家の者が収容されていた塔だった。だが、ここ百年は使われておらず、この小さな塔はその存在さえ忘れ去られていた。
ライル様と一緒にゆっくりと塔の地下へ進んでいく。
階段を降り切って、目の前にある重厚な扉を開けると、そこには鉄格子と、その向こう側に豪華な部屋が広がっていた。部屋の真ん中のテーブルで、バスローブ姿のアルファ様が一人優雅にお酒を飲んでいた。
「やぁ、いらっしゃい。」
アルファ様は、非常に満ち足りた表情でこちらに微笑みかける。
しかし、その顔はどこか恐ろしく感じられた。
「お邪魔してすみません、兄上。」
抑揚のない声でライル様が答える。しかし、アルファ様はわたしが今まで見たことのないくらいに上機嫌だった。
「いいんだよ。
ちょうど、今、躾が一段落ついたところだ。
で、無事に王太子にはなれたかい?」
「はい。おかげさまで。」
「それは良かった!私の肩の荷もようやく下ろせる。
父上はどうだい?」
「兄上が亡くなり、塞ぎ込んでいます。」
そう聞いてもアルファ様は顔色一つ変えない。
「そうか、それは都合がいい。今のうちに貴族を掌握するといい。順調に権力を移行出来そうだな。」
「はい。」
「で、今日はその子が挨拶に来たわけだね。」
アルファ様が微笑みをこちらに向ける。こんな優しく微笑みかけてくださったことはない。だからこそ、怖かった。
「お久しぶりで御座います。私ー」
「あ、いいよ、名乗らなくて。リィナ以外に興味ないから。
君が王太子妃になるんだね、おめでとう。」
「……あ、ありがとうございます。」
私がそう挨拶をするが、その目に私は映ってないような気がした。きっとアルファ様は本当に彼女以外に興味がないんだろう。
これは早めに帰ったほうがよさそうだと思ったところで、ライル様が口を開いた。
「兄上、困りごとなどはございませんか?」
「特にないかな。リィナのことだけ考えて過ごせるんだから、これ以上に素晴らしいことはないね。毎日幸せを噛み締めているよ。面倒ごとを全て引き受けてくれたライルには感謝しかない。」
「それは何よりです。彼女は?」
「まだベッドで横になってるさ。まだ躾が完璧じゃなくてね、鎖を外せないんだ。挨拶出来なくて悪いけど。」
アルファ様はそう言って眉を下げるが、それさえも喜んでいるように見えて仕方ない。
「いえ、構いません。では、私達はこれで失礼します。
何かお困りのことがあれば、いつでも魔道具を使って、ご連絡下さい。」
「あぁ。」
「失礼します。」
ライル様と私が礼をして、アルファ様に背を向けようとしたところで、部屋の奥にある大きなベッドから、リィナの声がした。
「……ライル?」
リィナの声に反応して、アルファ様が溜息を吐きながら、立ち上がる。
「た…助けてっ!!もう二度と貴方達に近づかないと約束するから!!お願い!!ここから出して…!!」
ベッドの前には衝立があり、その姿は見えないが、ジャラッと鎖が動く音がする。
その声は何とも悲痛で…アルファ様がどんなことをしているのかと一瞬想像してしまって、身体がゾクっとした。
「あぁ、全く。すまないな、騒がしくして。
ちゃんと躾けておくよ。またな。」
「はい、またいつか。」
「助けて…っ!ライル…ライルさまぁっ!!」
リィナの叫びは虚しく、ライル様は地下牢から階段に続くその扉を閉めた。
◆ ◇ ◆
杏奈の記憶を取り戻した私は、ライル様と答え合わせをするように真実を知ることとなった。
ゲームでは隠しキャラでアルファ様が出て来る。
アルファ様は、小さい頃から才能豊かなライル様が国王になるべきだと思っていた。自身はその器ではないと思っていたし、何に対しても基本的に無気力で、国政にも王位にも興味はなかった。
しかし、それを陛下は許さなかった。自分と同じ魔力なしで、容姿もよく似ていたことから、陛下はアルファ様に執着し、彼のために王位を確実なものにしようとした。
ライル様には兄の力になるようきつく言い含め、厳しい教育を課す一方で、陛下はアルファ様を甘やかした。
アルファ様はそんな父親が嫌いだったし、軽蔑していた。自分に自身の若い頃を投影して来ることにも嫌気が差していた。それでも、父親の言う通りに行動してきたのは、他に情熱を傾けるものがなかったし、それしか自分には道がないと思っていたからだった。
アルファ様はルルナ姫と確かに親しくしていたが、その実は魔力のない自分でも扱える呪術に興味があったからで、彼女に愛情は無かった。ただ陛下に仲が良いように振る舞い、国内にその姿を見せて回ることで、支持率が上がると言われてやったことだった。ルルナ姫は、見目麗しいアルファ様を好いていたし、それに合わせれば仲良く見せることなど特に苦もなかった。
しかし、ルルナ姫が事故に遭い、亡くなったことで、アルファ様はこれはチャンスだと思った。このまま塞ぎ込んで、ライル様の手腕を発揮させれば、無能の王太子として、王位を追われるのではないかと思った。
そんな中、リィナが接触を図ってきた。
リィナは、ライル様との接触機会を増やすため、王家に出入りできる口実が欲しかった。同時に私を亡き者にするため、アルファ様ルートで得られる呪術の情報も狙っていた。しかし、アルファ様ルートを攻略するのは問題があった。
アルファ様は所謂ヤンデレというやつで、ゲームではヒロインを愛するあまり、彼女を社会的に亡き者として、その後自分も後を追うように死ぬ。ただ実際には死んでいなくて、西塔に閉じこもり、その後、一生陽の光を浴びることなく、二人きりで暮らしていくことになるというのが、アルファ様ルートのエンディングなのだ。
呪術の情報は欲しいが、西塔に閉じ込められては困ると思ったリィナが、そこで使ったのが夢魅の耳飾りだった。
アルファ様は魔力がない。リィナは耳飾りを使えば、アルファ様を操れると思った。しかも、耳飾りを使ってた間の記憶はなくなるので、アルファ様がリィナを愛することはない。リィナは簡単な呪術でアルファ様にコンタクトを取り、耳飾りの力でアルファ様を虜にした…と思われた。
しかし、実際にはアルファ様は微量な魔力を持っていた。測定にも反応しないほど微弱なものであったため、魔力なしと公表されていたが、確実に魔力はあり、耳飾りの影響は受けていなかった。
では何故、アルファ様はリィナの望みを叶え、彼女から離れなかったのか…。
それは単純にアルファ様がリィナを愛していたからだった。
アルファ様は初めてリィナに会った時、恋に落ちたのだ。可愛らしい容姿なのに、どこか狂気の滲むその瞳にアルファ様は恋をしたそうだ、とライル様は話していた。
そして、アルファ様は、私と廊下で会ったあの日、リィナと私が入れ替わっていることに気付いた。
アルファ様はライル様から事情を聞いて、目的のために協力することにしたのだ。
アルファ様は、リィナを取り戻し、二人きりの世界を作るために。ライル様は、私を取り戻し、国を守るために。
アルファ様が出した条件というのは、リィナを国外追放とすること。その後、死んだことにしてその身柄を引き渡すこと。自分の自殺工作に協力することだった。
そこからは、楽に事が進んだとライル様は言っていた。
アルファ様からの情報提供を受け、解呪薬を作り、私たちを元に戻した。リィナを面前で処刑するのではなく、国外追放とすることで、遺体の確認をされることなく、彼女の存在を消した。
そして、罪人に髪と瞳の色を変える薬を飲ませた上で、その身を焼き、王太子の死を偽装した。リィナとアルファ様は西塔の地下で、ひっそりと二人きりで暮らすこととなった。
この真実を知る者は、ごく僅かの限られた者だけだ。
西塔は昔、罪を犯した王家の者が収容されていた塔だった。だが、ここ百年は使われておらず、この小さな塔はその存在さえ忘れ去られていた。
ライル様と一緒にゆっくりと塔の地下へ進んでいく。
階段を降り切って、目の前にある重厚な扉を開けると、そこには鉄格子と、その向こう側に豪華な部屋が広がっていた。部屋の真ん中のテーブルで、バスローブ姿のアルファ様が一人優雅にお酒を飲んでいた。
「やぁ、いらっしゃい。」
アルファ様は、非常に満ち足りた表情でこちらに微笑みかける。
しかし、その顔はどこか恐ろしく感じられた。
「お邪魔してすみません、兄上。」
抑揚のない声でライル様が答える。しかし、アルファ様はわたしが今まで見たことのないくらいに上機嫌だった。
「いいんだよ。
ちょうど、今、躾が一段落ついたところだ。
で、無事に王太子にはなれたかい?」
「はい。おかげさまで。」
「それは良かった!私の肩の荷もようやく下ろせる。
父上はどうだい?」
「兄上が亡くなり、塞ぎ込んでいます。」
そう聞いてもアルファ様は顔色一つ変えない。
「そうか、それは都合がいい。今のうちに貴族を掌握するといい。順調に権力を移行出来そうだな。」
「はい。」
「で、今日はその子が挨拶に来たわけだね。」
アルファ様が微笑みをこちらに向ける。こんな優しく微笑みかけてくださったことはない。だからこそ、怖かった。
「お久しぶりで御座います。私ー」
「あ、いいよ、名乗らなくて。リィナ以外に興味ないから。
君が王太子妃になるんだね、おめでとう。」
「……あ、ありがとうございます。」
私がそう挨拶をするが、その目に私は映ってないような気がした。きっとアルファ様は本当に彼女以外に興味がないんだろう。
これは早めに帰ったほうがよさそうだと思ったところで、ライル様が口を開いた。
「兄上、困りごとなどはございませんか?」
「特にないかな。リィナのことだけ考えて過ごせるんだから、これ以上に素晴らしいことはないね。毎日幸せを噛み締めているよ。面倒ごとを全て引き受けてくれたライルには感謝しかない。」
「それは何よりです。彼女は?」
「まだベッドで横になってるさ。まだ躾が完璧じゃなくてね、鎖を外せないんだ。挨拶出来なくて悪いけど。」
アルファ様はそう言って眉を下げるが、それさえも喜んでいるように見えて仕方ない。
「いえ、構いません。では、私達はこれで失礼します。
何かお困りのことがあれば、いつでも魔道具を使って、ご連絡下さい。」
「あぁ。」
「失礼します。」
ライル様と私が礼をして、アルファ様に背を向けようとしたところで、部屋の奥にある大きなベッドから、リィナの声がした。
「……ライル?」
リィナの声に反応して、アルファ様が溜息を吐きながら、立ち上がる。
「た…助けてっ!!もう二度と貴方達に近づかないと約束するから!!お願い!!ここから出して…!!」
ベッドの前には衝立があり、その姿は見えないが、ジャラッと鎖が動く音がする。
その声は何とも悲痛で…アルファ様がどんなことをしているのかと一瞬想像してしまって、身体がゾクっとした。
「あぁ、全く。すまないな、騒がしくして。
ちゃんと躾けておくよ。またな。」
「はい、またいつか。」
「助けて…っ!ライル…ライルさまぁっ!!」
リィナの叫びは虚しく、ライル様は地下牢から階段に続くその扉を閉めた。
◆ ◇ ◆
杏奈の記憶を取り戻した私は、ライル様と答え合わせをするように真実を知ることとなった。
ゲームでは隠しキャラでアルファ様が出て来る。
アルファ様は、小さい頃から才能豊かなライル様が国王になるべきだと思っていた。自身はその器ではないと思っていたし、何に対しても基本的に無気力で、国政にも王位にも興味はなかった。
しかし、それを陛下は許さなかった。自分と同じ魔力なしで、容姿もよく似ていたことから、陛下はアルファ様に執着し、彼のために王位を確実なものにしようとした。
ライル様には兄の力になるようきつく言い含め、厳しい教育を課す一方で、陛下はアルファ様を甘やかした。
アルファ様はそんな父親が嫌いだったし、軽蔑していた。自分に自身の若い頃を投影して来ることにも嫌気が差していた。それでも、父親の言う通りに行動してきたのは、他に情熱を傾けるものがなかったし、それしか自分には道がないと思っていたからだった。
アルファ様はルルナ姫と確かに親しくしていたが、その実は魔力のない自分でも扱える呪術に興味があったからで、彼女に愛情は無かった。ただ陛下に仲が良いように振る舞い、国内にその姿を見せて回ることで、支持率が上がると言われてやったことだった。ルルナ姫は、見目麗しいアルファ様を好いていたし、それに合わせれば仲良く見せることなど特に苦もなかった。
しかし、ルルナ姫が事故に遭い、亡くなったことで、アルファ様はこれはチャンスだと思った。このまま塞ぎ込んで、ライル様の手腕を発揮させれば、無能の王太子として、王位を追われるのではないかと思った。
そんな中、リィナが接触を図ってきた。
リィナは、ライル様との接触機会を増やすため、王家に出入りできる口実が欲しかった。同時に私を亡き者にするため、アルファ様ルートで得られる呪術の情報も狙っていた。しかし、アルファ様ルートを攻略するのは問題があった。
アルファ様は所謂ヤンデレというやつで、ゲームではヒロインを愛するあまり、彼女を社会的に亡き者として、その後自分も後を追うように死ぬ。ただ実際には死んでいなくて、西塔に閉じこもり、その後、一生陽の光を浴びることなく、二人きりで暮らしていくことになるというのが、アルファ様ルートのエンディングなのだ。
呪術の情報は欲しいが、西塔に閉じ込められては困ると思ったリィナが、そこで使ったのが夢魅の耳飾りだった。
アルファ様は魔力がない。リィナは耳飾りを使えば、アルファ様を操れると思った。しかも、耳飾りを使ってた間の記憶はなくなるので、アルファ様がリィナを愛することはない。リィナは簡単な呪術でアルファ様にコンタクトを取り、耳飾りの力でアルファ様を虜にした…と思われた。
しかし、実際にはアルファ様は微量な魔力を持っていた。測定にも反応しないほど微弱なものであったため、魔力なしと公表されていたが、確実に魔力はあり、耳飾りの影響は受けていなかった。
では何故、アルファ様はリィナの望みを叶え、彼女から離れなかったのか…。
それは単純にアルファ様がリィナを愛していたからだった。
アルファ様は初めてリィナに会った時、恋に落ちたのだ。可愛らしい容姿なのに、どこか狂気の滲むその瞳にアルファ様は恋をしたそうだ、とライル様は話していた。
そして、アルファ様は、私と廊下で会ったあの日、リィナと私が入れ替わっていることに気付いた。
アルファ様はライル様から事情を聞いて、目的のために協力することにしたのだ。
アルファ様は、リィナを取り戻し、二人きりの世界を作るために。ライル様は、私を取り戻し、国を守るために。
アルファ様が出した条件というのは、リィナを国外追放とすること。その後、死んだことにしてその身柄を引き渡すこと。自分の自殺工作に協力することだった。
そこからは、楽に事が進んだとライル様は言っていた。
アルファ様からの情報提供を受け、解呪薬を作り、私たちを元に戻した。リィナを面前で処刑するのではなく、国外追放とすることで、遺体の確認をされることなく、彼女の存在を消した。
そして、罪人に髪と瞳の色を変える薬を飲ませた上で、その身を焼き、王太子の死を偽装した。リィナとアルファ様は西塔の地下で、ひっそりと二人きりで暮らすこととなった。
この真実を知る者は、ごく僅かの限られた者だけだ。
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