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第三章
28.遭遇
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私が王宮で暮らしている間、面会を許されたのは四人。
最初にお父様。
お父様は、私に会うなり、声を震わせて、私の名を呼びながら泣いていた。私を抱きしめることも出来ず、ただ私の手を握って、涙を流した。「こんな姿になって、ごめんなさい…」と謝ったが、「お前のせいじゃないだろう」と、悲しそうに微笑んでくれた。
その後、落ち着いたお父様から話を聞いたところ、公爵邸で過ごすリィナは、まだ様子を見ているのか比較的大人しく過ごしているらしい。ただオルヒの見舞いにも行かず、使用人への当たりも強くなった私を人が変わったようだ、と皆、噂をし始めているとのことだった。
次に会いに来てくれたのが、ソフィアとユーリ。
ソフィアは一緒にいれなくてごめん…と言って泣き、ユーリはリィナが許せないと憤っていた。二人もライル様と同じように監視の意味もあり、今は巡業を休み、リィナのそばにいてくれているらしい。
ソフィアの話では、リィナは基本的なマナーがなっていないこともあるし、目を離すと他の生徒とトラブルを起こしそうになるからほんと大変…とうんざりした顔をしていた。それでも、「アンナが戻ってきた時に困る事がないようにするから、心配しないでね!」と言ってくれて、嬉しかった。
一方でユーリは、リィナへの嫌悪感が強すぎて、ろくに話していないらしい。もう少し上手くやって欲しい!とソフィアがユーリに説教をしていて、思わず声を上げて笑ってしまった。
そして、最後に会いにきてくれたのが、ジョシュア様だった。
二人向かい合って、ソファに座る。
「お久しぶりです。」
「あぁ……。」
ジョシュア様の様子がおかしい。なかなか視線が合わないことに哀しくなる。それに、とても元気がないようだった。
「ジョシュア様はなんだか痩せられましたか?
ちゃんと食べてー」
「すまなかった!」
ジョシュア様は、机についてしまいそうなほど深く頭を下げた。
一体、何を謝られているのか分からず、私は固まった。
「あの日、アンナの言うことを信じてあげられなかった。……その上、私は二人が入れ替わったことに気付かず、アンナを突き飛ばして……。」
あぁ。あの日のことをジョシュア様は気にしていたのか。
でも、私にはジョシュア様を責めるつもりなんて、これっぽっちもなかった。
「ジョシュア様、頭を上げてください。
仕方ないですよ。中身が入れ替わることなど、誰も予想出来ませんでした。ジョシュア様は悪くありません。それに翌日には気付いて下さっていたとライル様から聞きました。」
私がそう言っても、ジョシュア様の顔は晴れない。
「……何でそんなに優しいんだ?
聞いたんだ…ウィルガに保護されるまで、アンナがとても怖く、辛い思いをしたと…。それにこの一ヶ月半も決して楽なものではなかっただろう?」
「そうですね…。ウィルガに保護してもらうまでは、正直このまま死んでしまうのかも…と思いました。
でも、そういう状況を作ったのはリィナであり、ジョシュア様には何の非もありません。今だって私を元に戻すために寝る間も惜しんでその方法を探してくれている…と聞いています。その気持ちが嬉しいんです。」
先に会いに来たソフィアから聞いていた。ジョシュア様がどれだけ必死になって、私が戻る方法を探してくれているかを。そして、どれだけジョシュア様があの日のことを後悔しているかを。
「アンナ……。ありがとう……。」
「いいえ、こちらこそ。」
そう言って笑顔を見せると、ジョシュア様は悲しそうに微笑んだ。
それから、ジョシュア様からもリィナの近況を報告してもらった。ジョシュア様はライル様と同じくソフィアにベタベタとされているらしく、実際のアンナがこれだけくっついてくれたら幸せなのに、中身がリィナじゃなぁ…と苦笑いしていた。
「あの…私が元に戻る方法は見つかりそうですか?」
「……正直、今のところは何とも言えない。ルフトにもこちらに来てもらって、手伝ってもらっているんだが、どうも魔法だけじゃないみたいなんだ。」
「魔法だけじゃない?」
「あぁ、魔力が関係しているのは確かだけど、魔法と何かの力を組み合わせて、術が使役されたんじゃないかってルフトは言ってる。でも、それが何だか分からないんだ。」
……そんな難しい話だったなんて。私はてっきりー
「今までみたいに魔宝が使われたんじゃないんですか?」
「いや、そんな効果のある魔宝はないし、夢魅の耳飾り以外の行方が判明している魔宝については、全てこちらで掌握している。」
「そんな……。じゃあ、今のところは……。」
「……大丈夫だ。必ず元に戻してみせる。」
ジョシュア様の表情からして、きっとそれは簡単なことではないのだろう。……もしかしたら私は元に戻れないのかもしれない。
「…はい。」
なんとか、そう返事はしたものの、私は不安を拭う事が出来なかった。
◆ ◇ ◆
現時点では、私はその存在は隠されている。私が次に公の場に出るのは、おそらく卒業パーティーの時だろう。
ライル様はその時までに私とリィナを元に戻し、卒業パーティーの場でリィナを断罪しようとしているのだ。パーティーの場でリィナを断罪することで、ライル様が今までリィナをそばに置いていたのは、寵愛していたわけではなく、監視の意味があったのだと対外的に知らしめることができる。
リィナの悪行の数々は、ウィルガが提出した証拠のおかげで完全に揃った。あと、残るは私達を元に戻すことと、陛下の説得だとライル様は話していた。
こういった報告のために、ライル様は忙しい合間を縫っては、毎日私の顔を見に来てくれる。そして、私と一杯だけお茶を飲んで帰って行く。それが私にとっては、唯一の楽しみだった。
その日もライル様がお茶を飲みに来てくれた。
でも、卒業パーティーまであと三日だ。もう時間がない。それでも、ライル様からは元に戻る方法が見つかったと聞くことが出来なかった。私たちはお互いに重苦しい雰囲気を払拭出来ないまま、その日のお茶を終えた。
ライル様を見送って、席に戻ると、忘れ物に気付いた。
「これ…隣国の歴史の本だわ。しかも、とても古いし…。」
きっと王室の図書館のものだろう。私が見ていいものではないかもしれない。私は慌ててライル様にお返ししようと扉を開けた。
今ならまだ間に合うはず…と、少し廊下を進んだ。
しかし、ライル様の姿は見えない。
「仕方ない…。きっと取りに来るわよね。」
そう呟き、自分の部屋にむかって歩き出したその時、後ろから呼ぶ声がした。
「リィナ…?」
その僅かに上擦ったその声に身体がゾクッと震えた。
まずい……。
ライル様から絶対に会わないように言われていたのに。
「こちらを向いてくれ、リィナ……。」
今度は甘ったるい猫撫で声に仕方なく振り向くと、そこにはアルファ王太子殿下がいた。礼を取ろうと視線を落とした私に、あろうことかアルファ様は走り寄り、抱きついてきた。
「リィナ…っ!
会いたかった…!私がどれだけ心配したか!!
どこに行ってたんだ?!もう二度と離さない……!」
「やっ…おやめ下さい…!王太子殿下……!!」
必死にその腕から逃れようとするが、強く抱きしめられて、逃げられない。首に唇まで寄せられ、全身に鳥肌が立つ。
「あぁ、愛しのリィナ…そんな他人行儀に呼ばないでくれ…!
俺とリィナの仲じゃないか。愛して……」
アルファ様は私の顔を見ようと離れ、目が合った瞬間、動きを止めた。
そしてー
「お前は……誰だ……?」
今度は恐ろしい顔で睨み付けてきた。
……え。
アルファ様は私を突き飛ばした。
床に尻餅をつき、私は呆然とする。
「お前は確かにリィナの姿形をしている。
だが、リィナではない。
リィナはもっと美しく、妖艶で、瞳の奥に俺と同じ寂しさを抱えているんだ。そんな馬鹿みたいな目で俺のことを見たりしない。
おい、俺のリィナをどこにやった…!?」
ギリッとアルファ様が歯噛みする。
信じられない。……私が本物のリィナで無いことに気付いたんだ。ライル様の話では、リィナは私と入れ替わってからアルファ様とは会っていないと言っていたから、もう魔宝の力は切れていていいはずなんだけど……。
私は何を話していいのか分からずにいると、廊下の曲がり角かまら、ライル様が現れた。急いで戻ってきたのか、息が切れている。
「兄上。」
ライル様は、私とチラッと目を合わせ、アルファ様に歩み寄った。
「至急お話ししたいことがございます。」
「無理だ。今からこの偽物を問い詰める。」
「……兄上。その件でお話が。」
「チッ…。分かった。行く。
おい、偽物。覚悟してろよ。」
アルファ様は私に鋭い視線を向け、そう言い放つと、廊下の奥に消えていった。ライル様は去り際に「僕に任せて」と耳元で囁いて、アルファ様の背中を追いかけた。
最初にお父様。
お父様は、私に会うなり、声を震わせて、私の名を呼びながら泣いていた。私を抱きしめることも出来ず、ただ私の手を握って、涙を流した。「こんな姿になって、ごめんなさい…」と謝ったが、「お前のせいじゃないだろう」と、悲しそうに微笑んでくれた。
その後、落ち着いたお父様から話を聞いたところ、公爵邸で過ごすリィナは、まだ様子を見ているのか比較的大人しく過ごしているらしい。ただオルヒの見舞いにも行かず、使用人への当たりも強くなった私を人が変わったようだ、と皆、噂をし始めているとのことだった。
次に会いに来てくれたのが、ソフィアとユーリ。
ソフィアは一緒にいれなくてごめん…と言って泣き、ユーリはリィナが許せないと憤っていた。二人もライル様と同じように監視の意味もあり、今は巡業を休み、リィナのそばにいてくれているらしい。
ソフィアの話では、リィナは基本的なマナーがなっていないこともあるし、目を離すと他の生徒とトラブルを起こしそうになるからほんと大変…とうんざりした顔をしていた。それでも、「アンナが戻ってきた時に困る事がないようにするから、心配しないでね!」と言ってくれて、嬉しかった。
一方でユーリは、リィナへの嫌悪感が強すぎて、ろくに話していないらしい。もう少し上手くやって欲しい!とソフィアがユーリに説教をしていて、思わず声を上げて笑ってしまった。
そして、最後に会いにきてくれたのが、ジョシュア様だった。
二人向かい合って、ソファに座る。
「お久しぶりです。」
「あぁ……。」
ジョシュア様の様子がおかしい。なかなか視線が合わないことに哀しくなる。それに、とても元気がないようだった。
「ジョシュア様はなんだか痩せられましたか?
ちゃんと食べてー」
「すまなかった!」
ジョシュア様は、机についてしまいそうなほど深く頭を下げた。
一体、何を謝られているのか分からず、私は固まった。
「あの日、アンナの言うことを信じてあげられなかった。……その上、私は二人が入れ替わったことに気付かず、アンナを突き飛ばして……。」
あぁ。あの日のことをジョシュア様は気にしていたのか。
でも、私にはジョシュア様を責めるつもりなんて、これっぽっちもなかった。
「ジョシュア様、頭を上げてください。
仕方ないですよ。中身が入れ替わることなど、誰も予想出来ませんでした。ジョシュア様は悪くありません。それに翌日には気付いて下さっていたとライル様から聞きました。」
私がそう言っても、ジョシュア様の顔は晴れない。
「……何でそんなに優しいんだ?
聞いたんだ…ウィルガに保護されるまで、アンナがとても怖く、辛い思いをしたと…。それにこの一ヶ月半も決して楽なものではなかっただろう?」
「そうですね…。ウィルガに保護してもらうまでは、正直このまま死んでしまうのかも…と思いました。
でも、そういう状況を作ったのはリィナであり、ジョシュア様には何の非もありません。今だって私を元に戻すために寝る間も惜しんでその方法を探してくれている…と聞いています。その気持ちが嬉しいんです。」
先に会いに来たソフィアから聞いていた。ジョシュア様がどれだけ必死になって、私が戻る方法を探してくれているかを。そして、どれだけジョシュア様があの日のことを後悔しているかを。
「アンナ……。ありがとう……。」
「いいえ、こちらこそ。」
そう言って笑顔を見せると、ジョシュア様は悲しそうに微笑んだ。
それから、ジョシュア様からもリィナの近況を報告してもらった。ジョシュア様はライル様と同じくソフィアにベタベタとされているらしく、実際のアンナがこれだけくっついてくれたら幸せなのに、中身がリィナじゃなぁ…と苦笑いしていた。
「あの…私が元に戻る方法は見つかりそうですか?」
「……正直、今のところは何とも言えない。ルフトにもこちらに来てもらって、手伝ってもらっているんだが、どうも魔法だけじゃないみたいなんだ。」
「魔法だけじゃない?」
「あぁ、魔力が関係しているのは確かだけど、魔法と何かの力を組み合わせて、術が使役されたんじゃないかってルフトは言ってる。でも、それが何だか分からないんだ。」
……そんな難しい話だったなんて。私はてっきりー
「今までみたいに魔宝が使われたんじゃないんですか?」
「いや、そんな効果のある魔宝はないし、夢魅の耳飾り以外の行方が判明している魔宝については、全てこちらで掌握している。」
「そんな……。じゃあ、今のところは……。」
「……大丈夫だ。必ず元に戻してみせる。」
ジョシュア様の表情からして、きっとそれは簡単なことではないのだろう。……もしかしたら私は元に戻れないのかもしれない。
「…はい。」
なんとか、そう返事はしたものの、私は不安を拭う事が出来なかった。
◆ ◇ ◆
現時点では、私はその存在は隠されている。私が次に公の場に出るのは、おそらく卒業パーティーの時だろう。
ライル様はその時までに私とリィナを元に戻し、卒業パーティーの場でリィナを断罪しようとしているのだ。パーティーの場でリィナを断罪することで、ライル様が今までリィナをそばに置いていたのは、寵愛していたわけではなく、監視の意味があったのだと対外的に知らしめることができる。
リィナの悪行の数々は、ウィルガが提出した証拠のおかげで完全に揃った。あと、残るは私達を元に戻すことと、陛下の説得だとライル様は話していた。
こういった報告のために、ライル様は忙しい合間を縫っては、毎日私の顔を見に来てくれる。そして、私と一杯だけお茶を飲んで帰って行く。それが私にとっては、唯一の楽しみだった。
その日もライル様がお茶を飲みに来てくれた。
でも、卒業パーティーまであと三日だ。もう時間がない。それでも、ライル様からは元に戻る方法が見つかったと聞くことが出来なかった。私たちはお互いに重苦しい雰囲気を払拭出来ないまま、その日のお茶を終えた。
ライル様を見送って、席に戻ると、忘れ物に気付いた。
「これ…隣国の歴史の本だわ。しかも、とても古いし…。」
きっと王室の図書館のものだろう。私が見ていいものではないかもしれない。私は慌ててライル様にお返ししようと扉を開けた。
今ならまだ間に合うはず…と、少し廊下を進んだ。
しかし、ライル様の姿は見えない。
「仕方ない…。きっと取りに来るわよね。」
そう呟き、自分の部屋にむかって歩き出したその時、後ろから呼ぶ声がした。
「リィナ…?」
その僅かに上擦ったその声に身体がゾクッと震えた。
まずい……。
ライル様から絶対に会わないように言われていたのに。
「こちらを向いてくれ、リィナ……。」
今度は甘ったるい猫撫で声に仕方なく振り向くと、そこにはアルファ王太子殿下がいた。礼を取ろうと視線を落とした私に、あろうことかアルファ様は走り寄り、抱きついてきた。
「リィナ…っ!
会いたかった…!私がどれだけ心配したか!!
どこに行ってたんだ?!もう二度と離さない……!」
「やっ…おやめ下さい…!王太子殿下……!!」
必死にその腕から逃れようとするが、強く抱きしめられて、逃げられない。首に唇まで寄せられ、全身に鳥肌が立つ。
「あぁ、愛しのリィナ…そんな他人行儀に呼ばないでくれ…!
俺とリィナの仲じゃないか。愛して……」
アルファ様は私の顔を見ようと離れ、目が合った瞬間、動きを止めた。
そしてー
「お前は……誰だ……?」
今度は恐ろしい顔で睨み付けてきた。
……え。
アルファ様は私を突き飛ばした。
床に尻餅をつき、私は呆然とする。
「お前は確かにリィナの姿形をしている。
だが、リィナではない。
リィナはもっと美しく、妖艶で、瞳の奥に俺と同じ寂しさを抱えているんだ。そんな馬鹿みたいな目で俺のことを見たりしない。
おい、俺のリィナをどこにやった…!?」
ギリッとアルファ様が歯噛みする。
信じられない。……私が本物のリィナで無いことに気付いたんだ。ライル様の話では、リィナは私と入れ替わってからアルファ様とは会っていないと言っていたから、もう魔宝の力は切れていていいはずなんだけど……。
私は何を話していいのか分からずにいると、廊下の曲がり角かまら、ライル様が現れた。急いで戻ってきたのか、息が切れている。
「兄上。」
ライル様は、私とチラッと目を合わせ、アルファ様に歩み寄った。
「至急お話ししたいことがございます。」
「無理だ。今からこの偽物を問い詰める。」
「……兄上。その件でお話が。」
「チッ…。分かった。行く。
おい、偽物。覚悟してろよ。」
アルファ様は私に鋭い視線を向け、そう言い放つと、廊下の奥に消えていった。ライル様は去り際に「僕に任せて」と耳元で囁いて、アルファ様の背中を追いかけた。
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