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第6話 ジンを疑う俺
しおりを挟む「うわあ。これ、映画のセットじゃないよな。」
「なにをブツブツ言っている?」
ジンが言っていた大きな街、カサブランカという都市に俺たちは無事到着した。ようやく俺は、少年の姿であるこの体に慣れてきていたがあれ以来、妙な怪力はジンの前以外では使わないように努めていた。
不思議とジンは、俺の怪力についてはあれこれと詮索してこずで(追及されても俺にも説明できないのだが)、それが俺にはありがたかった。
「ここは首都かなにかですか?」
「いや、王都のにぎわいはこんなものではないそうだ。」
ジンの説明では、この辺りは王族にも近い立場の有力貴族の領地で、この街にその貴族のお屋敷もあるらしかったが、あくまで地方都市だそうだ。
そうは言っても、この街の大通りはすさまじい数の人々が往来していた。いや、歩いているのは人間だけではなかった。明らかに外見からして人間ではない者もたくさんまざっていたが、誰も気にしている感じではなかったので、俺はあまりジロジロと人外の通行人を見ないように気をつけながらジンのあとについて歩いた。
白い敷石が敷き詰められた大通りは広いのに、混雑しすぎていて歩きにくいくらいだった。両側には石造りで赤い屋根瓦の建物や塔が立ち並び、見たことがない野菜や果実を売る屋台があり、馬ではない生物にひかれている馬車が頻繁に行き来していて活気があり、見るもの全てが俺には珍しかった。
「あまりキョロキョロするな。はぐれるぞ、コロ。」
「はい。」
ジンはぶっきらぼうな口調で、歩みに遅れそうになる俺にしょっちゅう声をかけてくれた。冷たいのか優しいのか、いまひとつジンの性格は俺にはよくわからないままだった。
それに、笑いのツボも。
ちなみに、コロというのは俺の名前だ。この街への道中で野営している時、ジンに名前を聞かれた俺は、グッと返事につまってしまったのだ。
「とうした。私はきちんとなのったぞ。貴様も名乗るのが礼儀だろう。」
「えっと…。」
いきなり白衣の神さまに転生させられて以来、無我夢中だった俺は自分の異世界での名前すらまだ決めていなかった。急に聞かれて焦った俺は、自分の死因となった食べ物が脳裏に浮かんでしまった。
「コ、コロッケ。」
「なんだと?」
「コロ…、そう、僕はコロです。」
俺がくるしまぎれにそう名乗ると、ジンは綺麗で大きな瞳をパチパチさせたあと、突然草地に寝っ転がったかと思ったら、腹を押さえてプルプルと震え始めた。
「ジンさん!?」
なにかの異世界のわるい病気かと思い、俺は悶絶しているジンにかけよったが、手で振り払われた。
「ジンさん?」
「ぷふふっ…あはははは! ダメだ、貴様、やっぱり最高だ! あははははは! コロ、コロって、犬っころじゃあるまいし、ぷふふふっ、あはははは!」
そうやって地面の上を草だらけになりながら転げまわるジンに俺はひそかに殺意を覚えたが、しばらくそのままにしておいた。さんざん笑い転げて気が済んだのか、ようやくジンは起き上がった。
「ああ、やはり貴様と組んで正解だった。つまらん旅がこんなに面白くなるとはな。コロ、コロ、コロ…コロだって! ぷははっ。」
「もういいです! つまらない旅って、そういえば、ジンさんの旅の目的はなんなのですか?」
ジンがまた笑い出して行動不能になっては困るし、俺は実際に知りたかったので真面目な質問をした。ジンは切り株に座り直すと細くて長い脚を組んだ。
「前に言わなかったか? 応募しに行くのだ。」
「なんの応募ですか?」
「着いたら言う。もう休め。」
会話はここで終了し、こうなるともうジンはとりつく島もなくて、ただただ焚き火の炎をもの憂げに見つめるばかりだった。パチパチと薪がはぜる音だけがして、炎に照らし出されるジンの横顔は本当にさまになっていて、俺はついつい見とれてしまうのだった。
俺は首をふるとテントの中に転がりこんだが、頭の中にいろいろな考えが浮かんできてなかなか寝つくことができなかった。
疑いまくっておきながら今さらだが、結果的には、俺はジンと行動を共にして大正解だった。なにせジンは旅に慣れていて、なにも知らないわからないできないの俺とは大違いだった。旅費もたくさん持っている様子だし、地理にも詳しいし、野営も自炊も狩猟も水場を見つけるのもなんでもこいだった。
俺がもしもひとりを選んでいたら、こんな異世界ではすぐに行き倒れていただろう。
そんな万能なジンなのに、なぜ俺なんかと組みたがったのだろう? 自分がジンの足をひっぱりまくっているとしか思えない俺にはさっぱりわからなかった。
「いや、もしかして?」
俺はふとあることに思いあたり、急にジンのことがこわくなってきて、ますます目がさえてしまった。だが、ジンがテントに入ってくる気配はいつまでたってもなくて、ついには俺は眠ってしまったようだった。
まぶたの裏に光を感じて、俺は目が覚めた。ゆっくりと起きあがり、自分の手のひらを見つめ、今の状況が現実であることを改めて思い知った。生き返ったというのに嬉しいどころか逆に心配ごとばかりの俺は、ため息をつくとテントから這いだした。
外では、ジンが朝陽に照らされていた。既に朝食の用意がされていて、シチューのようないい香りがした。
「おはようございます。」
「おはよう。起きたか、コロ。」
ジンはいったいいつ寝ているのやら、俺にはわからなかった。ただひとつわかったのは、ジンは毎日見ても飽きのこないかっこよさだった。俺は警戒を忘れずに朝飯に近づいた。
「コロ、そこの坂を下ればいい水場があるぞ。まずは体を洗ってこい。それから朝食だ。」
ジンは俺にタオルを放り投げてきて、俺は更に警戒を強めて表情をかたくした。
「どうしたコロ? なにか心配ごとか?」
「な、なんでもありません!」
「まさか、貴様はひとりで水浴びもできんのか? まったく、しかたない奴だな。」
「ち、ちがいます!」
そらきた!
やっぱり!
腰を浮かしかけたジンから逃げるようにして、俺は坂をころげおりて水場を探したのだった。
だが結局、その時にはなにも起きなかった。
その時には。
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