オン・ワンズ・ワァンダー・トリップ!!

羽田 智鷹

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第一章 井の中の使徒

第一章 十四話 去る者雷雲に揉まれず

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 俺たちが塔の頂上につくと、明らかに住人とは違う服装をした少年が一人いるのを見つけた。


 その小さな頂上空間には、小さな円形の台が置かれている。

 少年は、台の方を向いており、彼の背が台の一部を隠しているため、よくは見えない。


 俺たちは少し回り込んで見る。

 台に置かれたものは水晶で、祀ってあるような感じの飾りをまとって置かれている。


 俺たちからは少年の背しか見えないが、その少年の顔は水晶に向いているらしい。


 その水晶は、赤っぽい色をしていた。


 「すみません。あなたが『ボーン奏者』って聞いたんですけど……」


 「ーーーはっ!!! あっ、あ……あなたたちぬすびとですか?!!」

 少年は、声に反応して、立ち上がり、くるりと後ろを向くやいなや、盛大にコケて、尻もちをつく。

 その驚きように俺たちも、ややビクッとした。

 「いや違うし!!」

 ルカが腰を抜かした少年に向かって、手を伸ばす。

 しかし、少年はルカの手を取ろうとせず、尻もちのままつぶやいた。

 「な、な……何でここにいるんですか? ここは人は立ち入り禁止なんですよ。ああ……、この塔が壊れちゃうかもしれないのに」


 やっぱり見た目通り、この塔はやわいらしい。

 「大人じゃないからまだいいものの、この狭い空間に三人もなんて…………」

 「ごちゃごちゃ言う前に、まずはその変な座り方やめたら~」

 少年がなかなか、ルカの手を取ろうとしないからか、疲れたように手を振るって言う。

 ルカはこの少年のことに気を使って、手を伸ばしたはずだと思うのだが、なんだか上下の関係ができているように見える。


 ほーらね。

 その少年は、少しルカに怯えたようにルカを見上げている。


 「その顔の線は、なんなんだい?」

 俺は少年の顔にうっすらと伸びている線について訊ねた。

 「せん………? あっ、いや、これはもとからですよ」


 はっはーーん。

 さては、腕を組んで居眠りしていたらしい。

 だから、急にこの場にいた俺たちに対してのあの反応か。


 しかし、目元には何やら、それとは別の落書きのような線が書かれていた。

 これは違うな……、と思いながら俺は、自分の目元を少年の方を見ながらなぞる。


 そんな俺の行動を悟ったのか、

 「ああ、この線のこと? ふん、僕は珍しい役職についているから。その……あれだ。アイデンティティー」

 ーーアイデンティティーかーい!!

 ってそうじゃなくて、俺たちはこの少年に楽器のことを聞こうと思っていたんだった。


 みると、確かにこの狭い空間にしては、少年の体よりも大きな楽器らしきものが置かれている。

 「ねえ、君。その楽器を吹くところを見せてよ」

 ルカが可愛らしく尋ねた。

 「うーん。本当は、なんにもないときに吹いてはいけないんだけど」

 「せっかく、私たちここまで上ってきたんだよ」

 「うん。…………、そんなこと言われても、あなた方が勝手に上ってだけだし」

 なかなか、少年も気が強い。

 「ホントに私たちを失望させたまま帰らせていいの? ホントに君は後悔しないの??」

 年下相手に容赦ねーな、と思う。

 「………………」


 「もう誰もここに来ないかもよ。私たちも好きできているわけじゃないし」


 「??!!」

 流石にその言葉は鋭い。

 私たちも好きできているわけじゃない。

 心に突き刺さるお言葉だ。


 「しょ、しょうがないな。こんな何もないときに………。本当に特別だよ」


 ルカの策略に負けを認めた少年は、自らの隣においてあった楽器らしきものを手に取った。


 パイプのような管を曲げて、幾つも絡み合わせたり交差させながらも、全体としては、細長い形状で長方形のような感じだ。


 音の出口は花びらのように開いた円形。

 素材としては金属のようだ。

 少年はその、小さな手を広げて、指をそれぞれ決められた場所に配置する。


 少年が口に当てた。

 楽器の口を空に向ける。

 そして、大きく息を吸い込んだ。


 ター パン ファン

 初めは単音のつながり。


 しかし、だんだん慣れてきたのか、それとも準備体操でも済んだのか、指の動きがだんだん早くなる。


 ボーン(ター)フィーン(バン)パー ラン(ファン)


 一つの楽器なのに、一度に何個かの音が出始める。

 段々と音たちはまとまって形作られ、何か曲を演奏していることが、俺たちにも分かり始めた。


 それは、どこか心躍るようであり、楽器が一つであるにも関わらず、重奏感があり、しっかりとした旋律の元、人を引き寄せるようなである曲で、音楽に疎い俺たちも思わず聞き入ってしまう。


 どうやら、吹いているこちら側は、全然騒がしくない。

 しかし、向こう側には、しっかりと音が飛んでいるようだった。


 少年が吹き終わると俺たちは拍手をした。

 少年は、何ともない顔をしようとしていたが、照れていることはバレバレだった。

 「しょうがなく吹いただけだから」

 「君、上手いよ。いつもは、どんなときに演奏してるの?」

 ルカが訊ねる。

 流石に褒められたことを嬉しく思ったのか、少年はルカに怯えるのを辞めたようだった。

 「えっと……、朝と夕方、祭りのときとか雨の知らせを伝えるとき、それに収穫時にもかな」

 少年がはにかむ。

 「その曲は、今のとは何か違うの?」

 「ああ、もちろん違うよ。でも、絶対今は吹かないからな。町の人たちを混乱させちゃうから」

 俺はそれも聞いておきたかったが、仕方があるまい。


 「さっきから少し気になっていたけど、その水晶はなんだい?」

 「ああ、これですか。えっと、雨が降るときとか収穫どきを教えてくれるです!!」

 俺には、敬語らしい。

 「どうやって?」

 「えっと、色が赤色のときは、安全です。でも、紫になって、青になると雨の前触れとか、収穫しないほうがいいとか。ちょうど二十四時間後、つまり明日の天候が前もって分かるんです」

 何それ、すげーー。

 「その水晶の仕組みがどうしてわかったの?」

 誰かに教わったのか、それとも………………。


 「まあ、観察していた結果ですけどね……」

 一日中、この塔にいたとしたら、観察を続けるのは難しくはなさそうだ。

 多分、あまりやることがないのだろう。

 水晶を観賞だけでなく、使うこともできるなんて、何ていう二面性。

 便利な水晶だな、と思う。


 「だから、色が変わった時刻をメモしておいて、色が変わったときと明日のその時刻の少し前の二回、音を使って知らせているんだ。しかもメロディーを使い分けて」

 少年は俺たちに、とても楽しそうに喋ってくる。

 やはり、ルカの言うとおり、普段この塔に訪れようとする人なんていないのだろう。

 目的もないし、この塔の外見から、近づきがたい。


 「もしかして、それって先月ぐらいから始めたこと?」

 「はいっ。そうです!!」 

 やはり、俺には敬語。

 なんか、分かってきたかもしれない。

 「えっ? でも、なんで先月から始めたの?」

 それは、俺も疑問だった。

 「そもそも、この水晶を使い始めたのが最近なんです。それまでは、僕は空の色や風向き、雲の種類なんかを見てなんか、明日の天気を"予想"するくらい。それが、旅の人がこの町のすぐ近くでこの水晶を拾ったらしく、なんかこの土地と深い関わりがあるとか、重要なものそうだから、とか言う理由で、この町に届けてくれたんです。別の所に持ってくと、祟(たたり)とか怨念(おんねん)が、こわいとかーーって」


 「それって、もしかして緑の髪の人だったりする?」

 俺はそうじゃないかと一瞬脳裏をよぎり、聞いてみる。

 「ちょっと、そこまでは覚えてませんが……。この土地の人ではないことは、確かです」

 答えは出なかった。


 しかし、ミストさんの可能性を完全に否定されたわけではない。

 そろそろ聞きたいことは全部聞き出せた気がしたので、ルカに目配せをする。

 「お仕事の邪魔してごめんね。じゃあ、引き続き頑張ってね」

 あざと可愛い。

 「えへへ。いつも僕は一人だから、旅の人でも僕の仕事に興味を持ってもらえて嬉しかったよ。また、来ていいぞ。お兄さんたちなら、この塔崩れないっぽいし」

 いや、今崩れないからって、次もそうだとは限らない。

 ただ、この少年の心から喜んでいる様子を見ていると、普段一人、塔でどのようにしているか、目に浮かぶ。


 少年に、別れを告げて高台から降りる。


 俺たちは、ライアンのところへ戻った。

 収穫は結構あった気がする。



 吹いている方は五月蝿くないが、周りにはよく音が飛ぶ楽器。


 天気や気候がわかる水晶。


 あの少年に悪だくみができるようには見えなかったので、多分悪意がない、素の少年。



 次は参考までにだが、農地を見に行くことにした。

 メターバードとの違いを確認するためだ。


 流石に住人のほとんどが農家だけあって、農耕地が広い。

 その中でも、稲作が半分ほどを占めており、順番に稲刈りをしているようだ。


 「おじさんたちは、昔から稲作をやってるの?」

 「ああ、そうだぞ」

 稲を刈る手を止めて、一人が答えてくれる。


 「おっさん、この町の米、バリまではいかなくても、マシマシくらいだったぞ」

 「おお、ってちょっと、何言ってんのかはわからんが、そうかいそうかい。ありがとさん。実は稲作は、気候による制約が多いから育てるのが難しいんだぞ」

 コメの珍しさからして、そうなのだろう。


 「でも、最近は収穫量が上がったらしいね。何か理由でもあるの?」

 ルカが訊ねる。

 「そう、そのとおりだ。稲作の重要なものといえば、降水量だが、この町の気候から、この町は申し分ない。だから、実は昔からコメを作っているんだ。けれど、山から吹いてくる突風で、今まではいくらか駄目になっていたんだ。だが、祭司さまが天候を予測できるようになってからは、駄目になる前に収穫できるようになったんだ」

 駄目になる前に収穫??

 コメの生育速度を変えられるのか??

 「どうやってだ?」

 俺は不思議に思って訊ねる。

 「植え始める時期をずらすだけだ」

 そんなことで、変わるのだろうか。

 「労働力は変わらずにか?」

 ライアンが聞く。

 「そうなんだよ」


 なんて幸せな職業。天候を読むだけで収穫量アップ!!

 「そんで、この町で消費できない分を隣町に輸出しているから、この町はわしらの米だけで儲かっていると言っても過言じゃない」

 とても嬉しそうだった。

 流石に農家からも悪意は感じられない。


 なんとなくこれ以上、この町で気になるようなことはなかった。

 後は何も、変わっていそうなこともない。

 「おっと、そうだ。今日は正午すぎには、また通り雨が来るらしいからな。それまでに収穫できるやつは収穫して、無理なやつは対策をしておくぞー」

 農家同士で指揮を高めあっている。


 おっと、正午すぎには、通り雨か。

 多分そのときに結界が貼られてしまうのだろう。

 それまでには、結論を出さねば…。
 って、あと一時間ほどしかない。


 「駄目だー。俺はこの街がメターバードに原因だとは思えねー。だって、ここの人いい人そうだし」

 「私も人を疑うの多分苦手だなー。だって、私もライアンと同じ意見だもん。この問題、フィリーに掛かってるかも。私は応援したできないけど…………。フィリー、頑張ってね!!」

 そう言われて、俄然やる気が出るような俺ではない。

 そんな安い男ではないのだ。



 それからは、町の地形や、怪しげな人影はないか、また自分たちの荷物や補給品を確認しつつ、三人で時間まで町中をぐるくると、回っていた。


 歩きながら考え、なんとかなく真実に近づいてきた途端、ある問題が頭に浮上し始めた。



 どちらも悪気なんてない。
 ならば、この現状を俺たちの手で変えることができるのか?

 この二つの町を見てきて、今の、隣町をそれほど意識していない状態は、どちらも相手に対して気に病むことのない、強いて言えば優越のない対等な状態なのかもしれない。

 多分、メターバードで起こっていることの原因は、ここ、ハイデバードで作っている"稲の花粉"だ。

 俺は前に、確か稲の花粉は、人の目と鼻を狂わせる、と聞いたことがある。


 だから多分、ハイデバードの人たちが、仕事に励むたびに、メターバードの人たちは、くしゃみに悩まされることになるのだろう。


 メターバードのくしゃみをなくすためには、ハイデバードの人たちが町の特産品である稲作を我慢しなければならない。

 そんな、稲作をやめるという一方的に損なことを、快くここの人たちは了承してくれるのだろうか。


 たとえ、話し合いが上手くいったとしても、その結果敵対心や圧政感による憎悪が生まれるのは必然なのかもしれない。


 それとも、しょうがなくハイデバードが隣町のために、抑えてやっている、という優越感が生まれるかもしれない。

 どちらにせよ、その結果貿易がうまく行かなくなってしまう。


 何よりもこの町町の関係を部外者がいち早く問題に気づき、勝手に手を出して解決することが本当に良いことなのだろうか?


 そもそも、メターバードの領主が旅人である俺たちに、彼ら自身が抱えている問題を押し付けて、解決しようとするなんて、間違っているのではないか?

 もっと、住人自ら歩み寄る姿勢が大事なのではないのか?


 そう考えていくうちに、その問題を必死に解決しようとしていたことが馬鹿らしくなってしまった。

 俺たちが、率先して自らをハイデバードの住人たちにとっての悪人として演じる必要はない。


 俺も、気づけば少し花がむず痒かゆく感じ始めている。


 初めてこの地を訪れた旅人がわかる問題であるのなら、絶対にこの地に長く住んでいる住人の方がわからないはずがない。

 多分、俺たちが無理に解決しようとしなくても、限界を感じたメターバードの住人がここハイデバードの住人と話し合いをするかもしれない。


 多分、まだメターバードの住人にとって限界まで達していないのだろう。

 ならば、俺たちが、焦る必要もない。


 俺は、今考えついたこのことを、ライアンやルカたちには、まだ秘密にしておこうと思った。

 俺がくしゃみの原因を突き止めたものの、その原因解決を諦めるという俺の決断を聞いて、あいつらは、それでも何とかしよう、とか言い出しそうな気がする。

 そのぐらい、ライアンとルカはお人好しなのだ。



 ああ、俺ってイイやつじゃないのかもな。
 でも、スートラの人々だって、ましてや魔獣でさえ、自分の問題を部外者に押し付けようなんてしないのだ。


 そうこうしているうちに、『ボーン』の音が聞こえる。

 俺たちがさっき聞くことができなかったものだ。

 緊迫感を感じさせるような荒々しい曲想だった。


 「ルカ、ライアン。多分問題点はわかった。だけどひとまず、結界が貼られる前にこの町から出よう。いいな?」

 「フィリーがそう言うなら……」

 「俺はいいぞ」


 三人はやや早足で、王都へ向かう方面の開閉門から町の外を目指す。


 そういえば、次の街は、だいぶ先だったな。

 肝に銘じておこう。



 後ろを見ると、どこからともなく町の上空に黒雲が集まり始めている。

 町から出ても危険を感じるが、ボーン少年いわく、この町でほとんどの雲は力を使い果たし、消滅するらしい。

 だから、山を越え、このハイデバードを越えてもなお、勢力のある雷雲は、まずないとのこと。


 振り返ると、後ろに見える二つの山の天頂付近には、ちょうど陽が雲の隙間から顔を覗かせている。

 俺たちの行く手は、雲ひとつなく晴れているが、後ろの、ハイデバード上空は、雲が集まり始めている。


 なんだか、何者かに追われているような感覚がする。
 それは、この旅にも猶予が残されていないような感じ。


 ああ、スートラの街は今大丈夫かな?

 まあ、最低でも四日間は、敵は来ないって言っていたし、心配するのは必要はないよね?


 俺は背後を振り向きながら、そう思った。


後書き

次回で、二つの町編終わりです。
一章は、比較的短編な話で構成しています。

そろそろ新キャラの出番です。
次回予告 「真実・接近」

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