オン・ワンズ・ワァンダー・トリップ!!

羽田 智鷹

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第二章 交錯・倒錯する王都

第二章 二十一話 勇敢なるフィルセの

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 ガッチャーーン

 音がすると同時に、俺は自分の手からジョッキが滑り落ちていたことに気づく。

 おっといけねえ。
 あれほど気をつけていたのに…………。

 俺の足元にガラス片が飛び散っているかと思ったが、そうではなく、魔法で水に姿を変えたガラスとジンジャエールが床に飛び散っていた。


 全くの無意識だった。

 ライアンたちの対応を終えた彼女がこっちに歩いてくる。

 「はあ、貴方もですか。追加で注文しますか?」


 俺がこぼしたそれを布で吸い取りながら彼女は少しテンションの落ちた様子で言う。

 「結構です」

 俺は言葉短く答える。
 ジョッキ代も別で払わされるんだよな。

 しかしそんなことよりもよりにもよって、ライアンたちは俺と近い席に座っている。

 まだ彼らに俺がここにいるってバレたかどうかは分からないため、俺は慎重に出方を伺っていた。


 「もう、どうしてこの店に来る人はこうも店のものを壊すのかなー。中心街になくても、私はこの店を清潔で居心地の良い店にしようとしているのに」

 「すみませんでした」

 彼女の内情を聞いて少し申し訳なってきた。
 それとともに少しこの店に興味が湧く。

 「店員さんは一人でここを営んでいるのですか?」


 ここは俺が彼女の愚痴でも聞いて慰めてあげようかと思っていたのだが、なぜか彼女はさらに怒り出した。

 「私、店員さんじゃない。それなら店長さん。あ、でもそれも嫌だな。しょうがないです。私はミオ。好きなように呼んでください」

 「俺は……」

 フィルセ、と言おうとしたが、彼女に遮られ言わせてもらえなかった。

 「結構です。あなたの名前を覚えるつもりはないので言わないで下さい。仮面の方で十分です」

 名前を言わせてもらえないなんてこれが初めてだったが、こんなにもキツイなんて……。

 年は近いはずなのに仮面の方というのは、とてもよそよそしい。


 そんな俺の心情とは別にライアンたちは楽しそうだった。

 「クーレナさん。よくこんな店知ってたな」

 「私はこの街生まれなので、知ってて当然なことですよ。それよりもライアンさんがこの雰囲気が好みだったかどうか」

 クーレナさんはライアンの顔を伺いながら話す。

 とても可憐な雰囲気の人だった。

 「そんなん、大丈夫だって。俺どんなところにも行ける口だから」

 「それは頼もしいですね」

 みると、ライアンはオレンジジュース。
 クーレナさんは紅茶だった。


 "ライアン、オコチャマだな!!"

 なんてことを俺はもう言わない。

 だって、俺は大人だから。


 「でもこういう店、フィルセが来そうな雰囲気だな。あいつ一人で色々回るのが好きだからよ。あとあいつ、スートラで三人で決闘しているときはすぐルカの後ろに隠れるんだよ。まあ、俺の魔法が怖いのもあるんだろうけど」

 「案外寂しがり屋なのかもしれませんね。意外と可愛い方なのですね」

 それを聞いて、俺がここにいることが彼らにバレていないにホッとしつつも、ライアンの内心にはびっくりだ。

 俺のつけている仮面はライアンも持っているし、前に一度、一緒に付けてユーリ誘拐行動していたこともあったのにな。

 ライアンが今は鋭くなくて良かった。

 …………けれども。俺は初めはこの店じゃなくて、向かいの方に入ろうとしていたし、決闘のときだって、ライアンの魔法を防ぐために仕方なくしていることだ。勝手に寂しがりやっていうレッテルを貼るなよ。まあ、防御壁だってルカが快く入れてくれてたし……。


 ていうかまず、いつの間にライアンとクーレナさんは仲良くなったんだろう?


 「フィルセさんはどんな方なんですか?」

 「あいつかーー。けっこう足早いし、頭の回転もいいし、いろんな計画を思いつくな。指示も的確だし」

 「そうなんだね。ライアンさんの信頼も厚いんですね。なんだか絆を感じるます」

 「まあ、ずっと同じ街で育ってきたしな」


 俺の耳にはライアンたちの話ともう一つのグループからの話が聞こえる。

 「こんな俺らだけど、次そこは運があるかもしれねえよな。次の"投票(ロット)"ギルバードさんが硬いと読んだ」

 「そうだな。あの人たちは今王都から遠い所で戦闘中なわけだし。本来は勝つのはあの人たちのどっちかだったはずだった」


 「それをあのガキが勝手に別の敵を倒したから前回の"投票(ロット)"の結果を書き換えられただけで、今回は以前の読み通りになるだろ。あの二人以外はこの街にいるから、他が成果を上げるなんてのはよっぽど無理だろ」


 「だね。しかも今回のガキは敵と相打ちだったらしいぞ。あの幼女がすぐ街の外で倒れているのを見つけたから英雄と言われてるが、やっぱりギルバードさんには敵わんだろ」


 どっちの話も面白いなあと聞いていると……、

 「仮面の方。ハイ、水。この街は水なんて有り余ってるから」

 ミオはポンと、机にコップを置いた。

 「いつもこんな雰囲気なんですか?」

 「ああ、皆愚痴ばっかり」

 「面白いね」

 俺は心の底からそう思った。

 「何言ってるんですか、馬鹿ですか」

 どこか憐れんだような、バカにしたような視線を向けてくる。

 「ミオさんって本当に料理うまいんですか? 飲み物出すだけの店かと思ったのですが」
 無性に何か言い返したかったから、心からそんな疑問は浮かんではいなかったが、無理に考えを絞って口に出した。

 「仮面の方。私からは貴方の口と目しか見えませんけど、なんか好きになれない性格ですね」

 「この仮面はミオさんに顔を見られないためですから」

 「あっそう」

 俺が店の外で見ていたときの冷静さは今の彼女にはなく、怒っているからなのかは分からないが、顔を赤らめ熱がこもっている。

 そんな彼女も愚痴を近くで聞くよりかは、静かな俺の近くになるつもりらしい。

 そんな俺たちをよそにライアンたちの方は面白そうな展開になっていた。

 「そういえば俺この前、その元凶のガキが幼女に街案内されているのを見たぞ。しかも楽しそうにな。とても俺たちみてーに悩みを抱えてそうには見えねー」

 「名前とか分かるか?」

 「確か、フィルセとか言ってたな」


 その言葉に俺とライアンはビクッと反応した。

 「どうせ、運のいいだけの野郎だろうな。ある日ぽっくり魔獣にやられていたりして」

 その声は当然俺にも、ライアンにも聞こえている。



 と、突然、ライアンが立ち上がった。

 「おい、テメーら何言ってんだよ?」

 「ちょっとライアンさん落ち着いて」

 隣にいたクーレナさんも立ち上がって、ライアンの腕を両手で掴んだ。

 「すまん。フィルセの悪口を聞いていて、俺は黙っていられるようなやつじゃねえ」

 酒に酔っているような二人組は驚いた表情をしたが、すぐにニヤッと笑いだした。

 「オメーはそのガキの仲間か?」

 「そうだよな。そのガキしか名が広まっていなくてお前はびっくりしたよな? 可哀想に」

 彼らの挑発にライアンは顔を歪める。

 「でも、運が良かっただけでいつまでも舞い上がっていられるとは思うなよ」

 「あんな敵、ギルバードさんがこのにいれば、ちゃちゃっと倒してくれてたんだぜ」

 二人は顔を見合わせて笑うと、嫌味たっぷりに言った。


 ライアンは彼らとは対象的に、静かに腕を振るわせながら、拳を握る。


 さっきの和やかなライアンはどこへやら、完全に頭に血が上っている。

 どうやらライアンは本気のようだった。

 「クーレナさん。この街で武器は使えなくても体術は使えんだよな。こいつら俺らを舐めてるようだから、教えてやる。本当は俺よりもフィルセの方が、接近戦も体術も得意だけどな」

 「ライアンさん。そんなことしたらあなたたちの名に傷がつく……」

 「そんなもん。今聞いてわかったが、今も良い噂じゃない」

 「そうだね。やっぱりライアンさんはかっこいいな」


 どうやら俺がミオと喋っている間に面白そ………………、一触即発の展開に変わっていた。


 ライアンは一度やる気になると周りが見えなくなるから、俺としてはここで止めたほうがいい気がしていた。

 しかし俺がいることを彼らに知られたくないがために、俺は成り行きを見守ることにした。

 「おっさんたちは、魔獣と戦ったことあるんすか?」

 彼らはライアンが言うほどおっさんではなかったが、まあ別にそこはどうでもいい。

 ライアンの声は冷淡だったが、その内に見え隠れする熱が俺にはわかる。


 俺の隣にいたミオがその事態に気づくと、仲裁のためか彼らの方へ近づいていく。

 やはり止めに入るようだ。

 「ミオさん。ちょっと待ってください。あなたが入っては危な……」

 「仮面の方は、黙っていて下さい」

 ぴしっと体を冷たく射抜くような声だった。
 俺は怯んでミオを止めることができない。


 「おっさんたちはこんなところで飲んだくれているだけで、何もやってないじゃん。全部口だけっぽいし」


 "こんなところ"という単語を聞いて、ミオはすぐさま俺からライアンへその鋭い視線を移す。


 その時だった。

 「ガキが粋がってんじゃねーよ」

 その二人組のうちの片方が、片手に持っていたジョッキをライアンに向かって投げた……………………。
 つもりだったのだろう。

 ライアンはそのジョッキをひょい、と軽々避ける。


 そしてそのままジョッキの行く先は、ミオだった。

 「えっ」

 ミオが小さな声を発した。

 しかし彼女の足は固まったように動けない。


 ジョッキの動き。
 皆の呼吸。
 俺の心臓の鼓動。

 俺はすべてがスローモーションに感じる。


 俺はすぐさま隣の壁に飾ってある、ちょうど手に取りやすい位置にあった大きな皿を掴んだ。


 表面は凹凸一つなく滑らかで、何やら光るように加工してある。

 縁は黄金の糸のような絵柄がきれいに描かれて縁取りしてある。


 ジョッキはちょうどミオの顔にぶつかる軌道だった。

 俺の目に入ったミオは動けていないことが分かる。


 俺はその皿を手に取るやいなや、すぐさまミオの前に立ちはだかった。


 そして皿を盾のように構える。

 皿の両端をそれぞれの手で持ち、ジョッキを弾こう…………いや最悪ここで皿とジョッキを衝突させて、ジョッキを壊してでも止めようと思った。


 そのぐらいこの皿には耐久性がありそうだった。


 ついにぶつかって、衝撃が来る!!


 と思い、俺は皿を持つ手に力を加える。

 そして念のため、力に入り具合や破片が飛び散ったときのことなどのことを考えて腕を伸ばしておく。


 ジョッキは皿の芯を捉えて、ぶつかった………………はずだった。

 俺は反射的に顔をそらす。



 パリン、ピチャッッ。

 予想に反した軽く快い音。

 手に衝撃が来るかと思ったが、何やら柔らかいものがぶつかっただけのような感触。

 俺は顔を上げて皿を見ると、そこから滴り落ちる雫。

 皿は濡れ、足元に小さな水たまりができていた。


 どうやら例の王の魔法でジョッキが水に変わっていたようだ。


 それもそのはずだったが、俺はすっかりそのことが頭になかった。

 予想外の結果だったが、誰も怪我することのない嬉しい結果だった。

 ふーっ、と俺は安堵していたが、先程のパリン、という軽やかな音は何だろうと疑問には思っていた。


 「大丈夫だったか?」

 ライアンたちはその二人組と火花を散らすのを辞め、ミオの方に駆けつけてくる。


 対してその二人組はワンテンポ遅れて事態を飲み込んだようだった。

 「おい、テメー何やってんだよ」

 「そこの姉ちゃん、ほんとにごめんさい」

 流石にこの店での話し相手であったミオを傷つけたことを自覚したからか、彼らがいた机に代金を置くと、慌てて店から出ていった。



 俺は上げていた腕を下ろそうかと思って前を向いていたときだった。

 皿の中央を横断するように不可解な模様が増えている。

 しかしその線のところだけ光を反射していない。

 線はどこまで続いているのかと思い、俺は目で追うと上下の縁まで続いている。

 水がぶつかっただけでこの皿に変化が起きるのだろうか。
 そんな疑問が頭に浮かびつつも、俺はあることを確信した。


 試しに両手に別方向の力を加えた。

 すると皿はなんの抵抗もなく、すんなりと丸い皿は二つの半月に変わっていた。


 どうやら強い衝撃に備えて、俺が無意識にこの皿を強く握ってしまったことが原因らしい。

 魔法使いに比べて、剣を使う者の握力が強いことは仕方のないことだ。

 ましてや俺はスートラで毎日剣の訓練をしていた。

 こいつをどうしようかと考えて、試しに再び二つの半月の境界線を合わせてみる。 

 綺麗に割れめが互いにくっついたことに俺は軽く感動を覚える。

 ってそうじゃねえ。
 この皿の耐久性を高く見積もりすぎていたのかもな。


 そんなことにまだ気づいていないミオはすぐに笑顔を取り戻すとライアンたちに、私は大丈夫だ、と言っていた。

 そして、ミオは自分を庇おうとした俺に対して先程までの難しい顔はやめて、笑顔でお礼を言おうとしたんだと思う。


 しかし、彼女は目の前に立つ俺の挙動不審な態度に気づいたようだった。

 徐々に視線を上げ、俺の手元まで視点を動かす。


 「えっ…………………」

 ミオが少し驚いたような声を出した。

 すまん、ミオ。
 つい手に取った皿を割ってしまった。

 まあでも、これは俺がお前を守ろうとした結果としてなってしまった事だし、許してくれるだろ。

 俺はそんなふうに思っていたが、ミオはまだ事態を呑み込めていないようだった。

 
 段々とミオの顔から笑みが消えてゆく。

 「ライアンさん。耳塞いだほうがいいかもですよ」

 一体クーレナさんは何をしようってんだ?

 俺が疑問に思っていると、突然

 「うわぎゃあああああ!!!!!!!」

 店内にミオの悲鳴が響く。

 そんなミオの不意打ちに、俺は失神しかけたほどだった。


後書き

二章登場メンバーは大体揃いました。
ミオとフィルセの関係やいかに…………

次回予告 「主従関係」

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