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第二章 交錯・倒錯する王都
第二章 四十話 偽りの幻滅
しおりを挟むこの日も俺は朝から中心街へくりだしていた。
午後からセロが伝えたいことがある、と言っていたのでそれまでには戻るつもりであるが、やはりここ特有の空気感を覚えがてらミオにばったりあったりしないかなと思っていた。
というか、食材がなければ店をできないはずだし、ここにいると思うのだが……。
王都は広い。
一瞬まだ行ったことのない地区に行こうかと頭をよぎったが、今更その必要はないと思って辞めた。
"ロット"会場に浮かぶ青、黃、赤。それに黒と白のクリスタル。
どの色も透き通っているが、特に赤と黒の輝きが際立っている。
しかし、ロットが決算されないということは今一歩ということなのだろう。
俺はこれを機に、どれかに賭けてみることにした。
しかしどれをとっても運だ。
俺は掛け金となる二口を中に高々と投げた。
コインは回転しながら、放物線上に弧を描く。
頂点で一瞬止まったように思えたあと、再びスピードを漲らせて落下してくる。
俺はクリスタルに背を向けて立つ。
コインの落下に合わせて、こちらもスピードをつける。
両足で地を蹴って、宙に浮く。
そしてその二つが衝突する瞬間、俺は右脚を思い切り蹴り上げた。
足の甲でコインを弾く。
コインは再び高々と浮き上がり、クリスタルのどれかに吸い込まれていった。
もちろん、俺はそこまでは見ていないが。
確か当たれば、魔法とかによって自動で当たり金を分配してくれるとか言っていた気がする。
俺は判断を天に任せた。
だって、どーせどれか選べねーしな。
彼らが若干身近にいる以上、薄黒い感情に苛まれる可能性は考慮しての結果だ。
俺の幾分奇怪で、大胆な行動に周りの人からの注文を集めてしまった。
まあ、もちろん俺の鍛えられた脚力あっての大胆さだったがな。
中心街へを歩いているが、今日も一向にミオを出会わない。
まあ、たった一人を見つけることは難しいに決まっているけど。
今日は午後から予定があるし、今までのこともあって、自分からミオの店を訪れようとは思わなかった。
少し会ってまたすぐに去らなければならないから、事態を複雑にしてしまうかもしれないというのは、言い訳であって、多分俺はミオが怖いのだと思う。
数日あっていないだけだが、今まで見たことのない彼女の行動。
急にミオという人物が得体の知れないもののように思われ始めたからだ。
それに俺に対して、敵対心を持っているかもしれない。
俺の身勝手な行動に対する、当然の態度であるかもしれない。
何より彼女と過ごしてきた時間が、今会って彼女の新たな一面を知ることで、ガラガラと崩れ落ちてしまうかもしれない。
時が経つにつれて、自然とそう思ってしまうのだった。
結局会うことはできず、昼飯前には俺は王の屋敷に戻った。
部屋に戻ってみると、ライアンとルカは自室の片付けをしていたようだった。
二人とも、もう随分片付いている。
今まで見てきて分かっていたことだったが、二人ともこれと決めたらすぐに行動するタイプの人間だ。
これに比べてユーリときたら……。
どれを持っていこうかという取捨選択に物凄い時間がかかるようだった。
カタグプルの街から彼女を連れてくるときに、俺たちが勝手に彼女の荷物を選んできて正解だったな。
俺たちが二週間と半分ほど過ごし、自室になったも同然の貸し部屋を隅々まで見渡して、俺は感傷に浸っていた。
見慣れた天井。
スートラよりも断然質のいい弾力性のあるベット。
木のぬくもりが感じられる机と椅子。
正面の壁には、何やら頂上に雪を積もらせた山が紅葉する木々の向こうにそびえ立っているような絵が描かれている。
それが現実に存在する山なのか、それとも空想の世界なのか、俺には分からないが、見慣れてしまった今となってはこの部屋にはなくてはならない心地よいものになっていた。
家は人がいてこそ栄えると聞く。
俺がここから出ていったら、別物になってしまうのだろうか、と考えていたときだった。
ドーーーン。
激しい爆発音とともに屋敷全体が振動する。
その瞬間、俺の服に重みを感じた。
見てみると、俺が隠していた"くない"が具現化していた。
俺は急いで部屋から出た。
見るとライアンたちも廊下に集まっている。
しかも俺と同じように武器を手に持って。
ドーーーーーン。
二度目の爆発音。
窓から外を見ると何やら煙が上がっている。
流石にただ事ではないと思い、現場に行ってみることにした。
俺たち四人は荷物をあとにして、爆発のあった場所へ向かった。
昼が近いということもあって王都の人は食堂へ向かう人が多かったが、爆発のあった場所はそこではないようだった。
どうやら、屋敷の中心部分。
駆けつけてみると、そこに続く廊下は砂埃が充満していた。
「屋敷がぶっ壊れてね?」
煙が晴れてくるとライアンが指摘したとおり、どこからか金属製の扉がひん曲がった状態で廊下に突き刺さっている。
ボロボロと壁が崩れ落ちてきている。
「あれ、この屋敷って昔からの状態のままで使われてるっていう由緒あるものって言ってたよね。これってやばくない?」
それもそうですけど、ライアンにルカさん、こんな扉をここまで吹き飛ばしたことのほうがやばくないですか。
俺はそっちのほうが気になってしまうのですが……。
「何やら音が聞こえたのですが、大丈夫ですか?」
後ろから声が聞こえたので、誰だろうと振り返ってみるとクーレナさんだった。
彼女も剣を持っていた。
「俺たちは大丈夫ですけど、ここから先は大丈夫じゃなさそうですよ」
俺はそう答える。
「あれ、なんでクーレナがここにいるんだ?」
ライアンが何やら不思議に思ったかのように言う。
「ライアンさん、何がいいた……。あっ、そういうことですね。私はさっきあなた達のことを探していたのですよ」
「えっ?」
俺は彼女がなぜそのようなことをしていたのか判らなかった。
「もう、フィルセさん。けっこう忘れっぽいんですね。私があなた方についていくかについての返事を保留にしていた件ですよ」
ライアンの目に若干輝きが増したように見えた。
「もう決めたの?」
ユーリが少し驚いたように訊いた。
「ええ、もちろん。あなた方についていきます。という返事をするつもりだったのですが、まさかこのような状況になるとは」
その言葉を聞くと、ライアンは何やら含みのある笑顔で頷いていた。
ーー、何が分かったんだよ。
「あの……。フィルセさんだけ武器持ってないようですけど?」
クーレナが心配したように言う。
「?? この街では武器持ってないのが普通なのでは…………?」
「今がどうやら非常事態なようです」
クーレナさんがそういった。
もちろん俺は服の中にくないを隠し持っている。
必要になるまで隠しておくつもりだ。
と、その時廊下の奥に見える、扉を剥がされ未だ瓦礫にまみれる部屋から何者かの人物が二人、フードを深くかぶってこちらに近づいてきたのが見えた。
しかし距離があるからと言っても彼らからは何やら覇気が感じられる。
しかもそのうちの一人は何やら武器を持っているのが見えた。
その瞬間、俺たちに緊張が走った。
俺はこの人が五大明騎士の中の誰か、という選択肢を思い浮かべたが、見た目からしてそのようには見えない。
身を完璧なほどに包み隠しているので、男が女かさえ見分けがつかない。
俺たちは瞬時にそれぞれの武器を手にとって構えた。
と、突如俺たちの横の床に何やら魔法陣が現れた。
その場に一番近かった俺とユーリは、そっちに武器を構える。
徐々に光が漏れ出し、気づくとそこにセロとイルさんナルさんがいた。
「あれ、お兄さん。なんていう顔をしてるの☆?」
どうやら俺は間抜けな顔をしていたらしい。
しかし、テレポートなんてツッコミどころが多すぎる。
「あ、フィルセくんの言いたいこと分かったかも。この魔法、反則じゃね?」
イルさんが俺を真似たように言った。
よく俺のことを見ているな、と少し感心してトキメク……、まではいかなかった。
「大丈夫。この魔法は五大明騎士様しか使えないから。私たちはセロ様と一緒にいたから、ついでとして転送されてきただけ」
「こんな状況でもですか?」
俺は時折向こうを見ながら、訊いた。
「多分ね。でもあっちに集中した方がいいわよ」
セロとイルさんが杖を構えていた。
ナルさんは剣であったが、色々と魔法が仕込まれてそう。
「おい、お前。止まれ」
セロの突然の別口調に俺たちも一瞬威圧される。
今までの子供じみた態度の一片も感じさせない一新したものだった。
「この状況をみて分からなくもないが、テメーら何をした?」
「キシシシ。見てのとおり王様をグサッとな。だからあなた方にも武器が解放されているのでしょうに」
その声は男性のものだった。
その瞬間セロの気配が増したような気がした。
「テメーらの目的はなんだ?」
「キシシ。そんなもの言ったらおしまいでしょ」
二人とも仮面をつけているらしく顔の表情は見えない。
しかも髪の毛も上から自分のものを隠すかのようにカツラをしているようだった。
「あまり、喋りすぎるな。計画は迅速にだ」
杖を持っていたほうが、相方を戒めるかのように言う。
しかし、その声は残虐じみた響きがある。
「オメーらがやっと事を当ててやる。シェレンベルクさんと関係があるだろ」
セロが怒りを滲ませながら、肩を震わせて問う。
「あっれーーー。そのチビ解ってんじゃん。そうだよ。サイッコーーだった。この街の秩序たる大掛かりな魔法を発動させた割にはあっさりとな。まさか、自分自身を守る術はあんなにも脆いものとはな」
「そこまでにしておけ。お前の武勇伝を彼らは後世に伝えてくれない。話すだけ無駄だ」
「そうだよねーー。ここで俺たちに消されるんだもんね」
「『炎雷フラム』!!!!」
一瞬の出来事だった。
セロの一秒にも満たない詠唱により、力が極限にまで凝縮された炎弾が彼らに向かって飛んでいく。
彼らが自ら俺たちに近づいていてた分、到達までの時間は、思考に正常に作動させる時間には到底及ばない。
気づいたときには俺たちは三度目の爆発音を耳にしていた。
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