オン・ワンズ・ワァンダー・トリップ!!

羽田 智鷹

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第二章 交錯・倒錯する王都

第二章 四十五話 好転への道筋

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 「僕たちは実は、これをフィルセくんが使いこなせるかどうか、試さなければならなかったんです」

 そう言って、スチュアーノさんが具現させたのは黒い刀身の煌めく剣だった。

 「これは?」

 俺はそのいかにも普通ではない剣つるぎに警戒しつつ訊ねる。

 「『降三世』という名を持つ剣です」

 スチュアーノさんが武装を解除して、その剣を手のひらに載せる。
 それでも、手に載せるだけで決して握ろうとはしない。


 それはやや太めの刀身で、柄までも深みある黒色だった。
 しかし、濁りはなく何にでも斬れそうな鋭さがある。

 「なぜ、その剣をもつのに試さなければならないことがあるんですか?」

 自分がこの剣を持つことを自分の気持ちがはばかり、自然と質問がどんどん浮かんでくる。

 「それは、この剣は絶大な力を持つゆえに絶対に悪用しない人が扱わなければならない。自分のためにではなく、この国のために力を使ってくれる人に」

 急に話の規模が大きくなった気がする。

 「なぜ、俺に……ですか?」

 自分はただの使いとして、初めてスートラを出て、ジジイの手紙を渡すためだけにこの王都に来た。

 街でもそこまで戦力としては見なされず、ただの余り者としてその役を申し出ただけなのに……。

 俺の旅は、いつどこで俺の知らない物語になってしまったのだろうか。


 話の大きさに心がついていけていない。

 「それは、フィルセくんがウルス・ラグナを倒したからです。君にはちゃんとした実力があるのですよ」

 「でも、俺は……」

 こんな時に臆病風に吹かれてはいけないと思う。
 しかし、この剣からは俺に覚悟を要するものだと感じられる。

 「それに、まああれです。その剣にも意思というものがあり、剣自身も使い手を選びます。僕という人から見ては、君が使っていいと思いますが、最終的に決めるのはその剣です。剣が君の技量を見てくれます」

 スチュアーノさんが掴みやすいように、こちらに剣を差し出す。


 ちょうど今、自分は"くない"一本しか持っていなく、剣が欲しいとは思っていたが……。

 そんな俺の様子を見て、

 「実はこの剣には前任者がいたんですよ。でも、彼は自らこの剣を捨てて姿を消したんです。だからフィルセくんもそこまで構えなくても大丈夫ですよ」

 クーレナさんが落ち着いた声で言う。

 「もしかしてクーレナさん。今までのこと知ってました?」

 「うん」

 やや陰りのある笑顔で言う。
 多分セロがあんなふうになってしまったからだろう。

 看病の必死さからそのくらい伝わってくる。

 「クーレナさんって何なんですか?」

 「うーん、全てが落ち着いたら喋りますね。でもまずは、その剣についてです」

 クーレナさんも俺がその剣を持つことを促す。

 俺は覚悟を決めた。


 人は力あるものに憧れる。
 なぜなら、彼らは自分で道を切り拓いていけるから。


 人は自分の持っていないものを持っているものに憧れる。
 なぜなら、彼らは自分にはない可能性を持っているから。

 しかし、常人には見えない。
 彼らが抱えているものが。

 彼らにどんな血なまぐさい過去があるかを。
 彼らにどんなに努力をしいられているかを。

 彼らの中にはそんなことが一切ない稀有なものもいる。

 しかしそんなものにも切り離せないものがある。

 力あるものの決断には必ず大きな代償がある。

 可能性あるものの決断には別の可能性を切り捨てなければならない。

 すべてを調和した、いいとこ取りの選択肢は存在しない。


 何が正しいかも分からず、それでも選択を迫られる。
 その決断が何万人もの命にも関わるし、たとえ間違いを選び代償を払わされたあとでも、絶えることなく選ばなければならない状況に遭遇する。

 他の人が持ち合わせていない可能性があるということは、その選択に多くのものを背負う。

 力あるものに逃げ道はない。
 なぜなら、力あるということ自体選ばれた存在であり、力なきものを助けなければならない。

 力を得るということはそういうことだ。
 自分にしかない可能性は、自分を縛る。

 見ている方が気楽なのだ。
 力を持つことは選択を強い、その選択で見ている人は彼らを語り継ぐ。

 英雄となるか災悪となるか。

 

 俺の中で誰かが続ける。

 選択することで英雄にも災悪にもなれる、と。
 たとえ世間からは災悪と呼ばれても、英雄と褒め称える人も存在する。
 その逆もしかり。

 ならば、どちらを選択しても、誰かのためになる。
 それでいいじゃないか。

 誰が俺に話しかけているのだろうと、不思議に思った。
 しかしなんだかそう身構えるものではないな、と思えてきた。

 俺はスチュアーノさんとクーレナさんが見守る中、剣の柄に手を伸ばした。

 そして、剣先を高く伸ばす。
 途端に手のひらから体に電流が走った。
 薔薇の茎を掴んでいるような痛みもあり、それでもって手から離すことのできない吸引感もある。

 俺は自分の手元を見てみると血が滴っていた。
 鮮血が赤く照り輝く。


 「大丈夫ですよ。そうやって剣が君を試しているのです」

 スチュアーノさんが説明した。

 どうやら、剣は血を吸っているようだった。

 "爾は力を欲するか?"

 ああ、欲するとも。
 俺の中の見ず知らずの声が呟く。

 
 突然、手から何かが逃れようとしている感覚がした。
 しかし、次の瞬間それは収まり、逆に剣が輝き出した。
 途端に俺の手に剣の重みが伝わってくる。

 「どうやら、この『降三世』はフィルセくんを認めたようです」

 なんだか、この剣から力がビンビン伝わってくる。


 「ではあの侵入者を捕まえに行きましょうか」

 クーレナさんは、待ってましたと言った感じだ。

 スチュアーノさんが懐から通信用の貴重品アイテムを取り出す。

 「『受信パッシブ』」

 貴重品アイテムが光り始める。

 そして、数秒後。

 「こちら第二班。敵を捕捉。未だ中心街を駆け回っています。が、やはり結界門に向かっているようです。しかし、やつら地面を滑るように移動しています。あと、もう一つ変です」

 「どこが、ですか?」

 ここまでは想定内だった。

 「やつら、武器が使えるんです。なのに、我々は具現化できないのです」

 それは王、シェレンベルクがやつらにやられたからじゃないのだろうか、と俺は思っていた。
 しかし、

 「それは、本当ですか!!!」

 スチュアーノさんの驚きよう。


 シェレンベルクを倒したのは、仮面の人物だけど、今日この事態を意図的に作ろうとしていたのはスチュアーノさんたちで…………。

 どういうことだ?

 「シェレンベルクさんに何かあったんじゃないんですか?」

 俺は訊ねる。

 「それはない」

 「えっ、でも俺たちも武器を具現化できてますし……」

 しばし沈黙。
 やはり、情報の格差があるようだった。

 「そうだ、これも言ってなかったです。今日、シェレンベルクさんにここ屋敷内の魔法を解除してもらったんです。フィルセくんたちと手合わせできるように。だけど、屋敷以外はいつも通りのはずです」

 「あのシェレンベルクさんがやられるってことはあり得るのかな?」

 クーレナさんが疑問を口に出す。
 「あの人に限ってそれはないと思います。あの人は用意周到ですし、何より今日は安全なところにお隠れになると仰っていましたから」

 となると、行き着く答えは一つだ。

 「「「やつらの新手の能力か?」」」

 三人顔を見合わせる。

 俺もどっちかというと、その能力保持者の部類に入らなくもないか、と思ったが、それでも常人には持ち合わせていない能力を持っている人が、他にもいるということは今日初めて知ったくらいだ。
 ますます彼らが何者か分からない。


 「やはり、彼らに直接聞いてみるのが早いですね。それにあの仮面を被った人物。いつ、どこでシスと入れ替わり紛れ込んでいたのか、シスをどうしたのか吐いてもらわないと、僕の気が済みません」

 「それなら早く、その現場に向かいましょう」

 クーレナさんがいきり立つ。

 「はい、と言いたいところですが、僕はもう動けそうにありません。騙し騙しでいいので、僕に回復魔法をかけてくれませんか?」

 「ついでに俺も」

 クーレナさんは困ったような顔をする。

 「回復魔法というものは、ほとんど役に立たないものが多いのですよ。ほんと、体と騙し騙しにしかなりません。それに私達陣営が違いよ?」

 「僕を助けることで、結果として君の陣営も助かる。……こういう関係のことなんていうのですか?」

 「ウィンウィンウィン?」

 「そうそれです。ウィンウィン……、何回ですっけ?」

 やっぱりスチュアーノさんにはカタカナ言葉は似合わないなと思った。

 「では、僕が道案内しますので、お二人はついて来て…………、って僕よりも速そうですね」

 スチュアーノさんは確かに足の怪我で本来のようには体を動かせないようだった。

 その時、スチュアーノさんの通信用の貴重品アイテムが鳴った。

 「おい、フィリー。何やってんだよ。早く来ないと終わっちまうぞ」

 プチッ。
 それだけ言うと勝手に切れた。


 これは、どうやら急ぐしかないようだ。

 「セロさマ……、セロさんも魔法での短時間の治療だったので、そう長くは続かないと思います。なので、セロさんがャ力尽きる前になんとしても、素早くお願いします」

 「俺もそのつもりだよ」

 俺もクーレナさんと同様に、スチュアーノさんを急かす。

 「はいはい」

 不本意ながら、ユーリはその場に寝かせておいたままにしておくことにした。
 今回もユーリは早めの離脱だったが、彼女にとってこっちの方が安全であるし、逆にいいのでは……、と少し思った。

 俺たち三人は急いで現場に直行した。
 もちろん、テレポーテーションはない。


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