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霊山

17. 水を汲む

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 まだ小屋が近いから落ちつかない。ドライマンゴーと枸杞クコの実で栄養補給して、さらに山道を進んだ。しばらく平坦へいたんな道が続いたり、ふたたび下り坂になったり。
 広葉樹も増えてきた。紅葉しているのは砂糖楓メイプルかな。もうふもとが近いんだって。馬で外乗りホーストレッキングしたら気持ち良さそう。

 犬も竜も一番遅い私の速度に合わせてくれる。しかもフィオが荷物を全部引き受けてくれた。
 そして一人だけ歩く必要のない熊ジャック犯が、いろいろと解説をしてくれる。

≪この辺りは、かつて旅人がよく利用した旧街道じゃ。森に浸食されて、今は滅多に人が通らんから安心せい≫

≪万が一、通ったら?≫

≪わたしがいるわ≫

 なぜだろう。まったく安心できないよ、スプラッタ犬。
 私と同じ背の高さに戻ったフィオが、≪ボクもいるよ≫ってのほほんと微笑んでくれた。貴重な癒し要員である。意味解ってなさそうだけど。

 やっと木々の合間から畑が見え隠れする地点に到達すると、赤や黄色、青と紫の花が群生する茂みが出現した。
 両手の平よりも大きな……月下美人?

 地球なら花弁は純白で、夜中に咲いたはず。もっと高温多湿のところで、たったの一晩。こちらでも葉っぱはサボテンぽく肉厚だけど、針葉樹に斜め上からカポっとかつらみたいに被さっている。
 地球と微妙に似てて、微妙に違う。変なの。

≪ふわぁぁぁ……いい香りぃ≫

 フィオがうっとりつぶやきながら吸い寄せられ、目の前の真っ赤な花をぱくっと口に含んだ。って、えええっ!? 花食べるのかい、きみは。

≪お、美味しいの?≫

≪美味しい~っ≫

 満足げに目をしばたいて、もしゃもしゃ次々に花を食べてる。そうか、美味しいのか。

≪あ、フィオ。そんなに一か所で花を食べちゃうと、そこだけ寂しくなっちゃわないかな。あっちこっち、ちょっとずつ摘まんであげたら?≫

 フィオは、はた、と気がついて慌てて横に移動する。
 この子、ほんと素直だなぁ。注意されてもムッとする気配がミジンコもない。よい子よい子、と肩をなでなでする。
 先頭を歩いていた白犬も、足元まで戻ってきた。

≪牙娘、あんたも少しかじったら?≫

≪こんな大きな花、あんまり食べる習慣ないけど、ここの人は食べるの?≫

 美味しいのなら食べてみようかな。濃厚なジャスミンみたいな香りがする。

≪いいえ。食べないわ≫

≪カチューシャ!≫

≪……蜜よ。花ごと引き抜いて、後ろから吸うの。あんたは昨夜からまともな食事してないのでしょ。その時にある物、口に入れとかなきゃもたないわよ≫
 
 最初からちゃんと説明してくれないことを怒るべきなんだか、気遣いに感謝するべきなんだか、対応に困る。
 とりあえず教えてもらったお礼をカチューシャに言って、茂みに≪いただきます≫と一言断って、手近な花を摘まんだ。

≪お~、甘ぁい≫

 結構いける味だった。なぜだかカチューシャがぎょっとして――あれ、見間違いかな? フィオと一緒に道路わきに並んで、そこここの月下美人モドキをひょいひょいっと摘まんでは味わう。

 でも蜜だけちょことっと吸って、こんなに見事な花をぼとっと捨てるのも申しわけなくなってきた。フィオみたいに丸ごと食べてあげられたら良いのだけど……どの色もかなり苦酸にがすっぱい。
 試食した各色の花びら四枚だけ、漢方薬だと思って飲み込んだ。



 ついでに休憩しますか。道端にしゃがみ込み、リュックから水筒を取り出す。……この軽さだと次の一杯で最後だ。ここまでずっと我慢してちびちびとしか飲んでなかったから、もったほうだとは思う。

≪フィオ、お水飲む?≫

 フィオが尻尾をぴょこぴょこ揺らしながらやってくる。

≪はい≫

 小さなコップに、最後の一杯を注いだ。一口だけ先に口に含み、残りはフィオに差し出す。

≪ぷはぁ。美味しいねぇ≫

 うん、そうだね。一気に飲み干したフィオと目を合わせてにっこり。私はね、フィオが幸せならそれでよいのだ。

 まぁでも水の確保は大事か。あの泉で水をんで以来、小川とか湧き水を探しながら歩いているのだけど、道沿いにはちっとも見当たらない。
 何日か前に雨がしつこく降ったらしいから、水源にはそれなりにまっていると思うんだけどなぁ。

 人間、食事なんて数日抜いても平気なのは自分の体で実験済みだ。精神状態さえ気をつければ、数週間でも耐えられるんじゃないかと思う。

 ただし水分がまったく無いと、やばい。こちらはかなり、やばい。

 インドじゃ何も飲食せず、プラーナという空気中のエネルギーだけ摂取して生きてる聖人がいるらしいが、私にそこまでの芸当がすぐ出来るかというと、すこぶる自信がないもの。

≪カチューシャ、この近くって水が流れてないか知ってる?≫

≪あんた……その水筒、もう空なの? 水無いの? ばか?≫

 水筒は飲んでいけば中身が無くなるんだから、馬にも鹿にも該当しないと思う。と、反論する気力も惜しくなってきた。
 リュックの中のドライフルーツも、あとわずかな欠片しか残ってないし……今日は延々歩きつづけたせいもあって、ちょっと、だいぶ、しんどい。

≪え? ボクが飲んじゃったせい?≫

≪え? 違うよ。一緒に飲もうと誘ったのは私だし、一人だけ飲むのは気が引けるから、それでいいんだよ≫

 フィオがおたおたしている。可愛いなぁ。大丈夫だよ、と抱きついた。

≪水くらい、魔力を使え≫

 老人が、何でそんなことも思いつかないのだ、というあきれた口調で言う。……いや、知らないし。

≪だって、したことないよ。どうするの?≫

≪普通に水の指輪があったじゃろーが≫

 普通じゃないよ。宝石じゃらじゃらオバケめ、どの指輪よ。

≪青い石だけの指輪は一つじゃ! ここまで単純化した魔道具で何を言っとる≫

 うん、だーかーら。色の配合で何の効果か判るわけないじゃん! 私の世界は指輪にそんな機能ないんだってば。
 というかナチュラルに脳内翻訳されたけど、やっぱり指輪が魔法の道具なのね。どこが単純化されているのか不明だけれど。

 この世界の常識に戸惑いつつも、袋から老人の言う指輪を取り出した。大きな石がめ込まれているのは、青みがかった銀の台座。
 松ぼっくり大車輪をやらかした『風の指輪』は紫がかった銀色だったから、産出される鉱物自体も地球と違うのかな。それともピンク・ゴールドみたいに別の金属を混ぜて色づけしているのかな。

≪指輪に魔力をめて、空気中の水分を容器に集めていくか、地中の水域から水だけ転移させればよい≫

 ぼんやり眺めていると、老人がふたたび斜め上の提案をしてきた。

 なるほど。『て、簡単に言ってんじゃねー』的なツッコミはもう疲れたので置いておく。さっさとやり方を指示しておくれ。
 ざっくりした説明を聞く限り、空気中に漂う水分よりも、土中深く浸み込んで濾過ろかされた水のほうが美味しそうだ。深井戸で地下水をみ上げるのと同じ発想だね。

≪但し、欠点が一つ≫

 老人がびしっと宣言した。

≪量を間違えると、大地が陥没する≫

 ……どんだけだ。よっぽどでしょ、とコメントしたら、≪実際になった≫とか堂々と語ってる。このじーさん、相当派手に陥没させたらしく、未だに穴が塞がってないとかで……塞げよ、自分の魔術で!

≪土の魔術は面倒臭いのじゃ≫

 偉そうに語っておられますが、隊長! 内容が意味不明でありますっ。
 ……いや、なんかーもう疲れた。さっさと実践しよう。

 胡坐あぐらをかいて、左手に水筒を持ち、右手で青い指輪を握りしめる。老人に言われたとおりに体の中の『魔力』とやらを動かしてみた。地球でいうところの『気』みたいなものだ、きっと。
 水筒の底から、地中深くに根を伸ばしていく感じ……グラウンディングに似てる。
 清らかな水を探して、探して……目の前の空の水筒が満たされていくところをイメージする。これまでの成功例を踏まえ、水を司る神様や水の精霊にもお願いしてみる。

≪ストーップ! あふれる!≫

 横から水筒をのぞき込んでいたカチューシャの声がして、慌ててイメージを一時停止。
 お、ぎりぎり零れてない。
 水筒と指輪を地面に置き、お礼の気持ちをこめて、両手を合わせた。

≪今度は何じゃ?≫

≪お水を分けていただいたお礼のポーズ≫

≪ふむ。礼には及ばぬ≫

 え? いや、じーさんにじゃなくて。……あ゛、確かに老人に教わらないと出来なかったことだよね。改めて、熊のぬいぐるみにも手を合わせとく。
 ついでに、いつかでいいから、確実に成仏してくれますよーに。






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