24 / 123
霊山
17. 水を汲む
しおりを挟む
まだ小屋が近いから落ちつかない。ドライマンゴーと枸杞の実で栄養補給して、さらに山道を進んだ。しばらく平坦な道が続いたり、ふたたび下り坂になったり。
広葉樹も増えてきた。紅葉しているのは砂糖楓かな。もう麓が近いんだって。馬で外乗りしたら気持ち良さそう。
犬も竜も一番遅い私の速度に合わせてくれる。しかもフィオが荷物を全部引き受けてくれた。
そして一人だけ歩く必要のない熊ジャック犯が、いろいろと解説をしてくれる。
≪この辺りは、かつて旅人がよく利用した旧街道じゃ。森に浸食されて、今は滅多に人が通らんから安心せい≫
≪万が一、通ったら?≫
≪わたしがいるわ≫
なぜだろう。まったく安心できないよ、スプラッタ犬。
私と同じ背の高さに戻ったフィオが、≪ボクもいるよ≫ってのほほんと微笑んでくれた。貴重な癒し要員である。意味解ってなさそうだけど。
やっと木々の合間から畑が見え隠れする地点に到達すると、赤や黄色、青と紫の花が群生する茂みが出現した。
両手の平よりも大きな……月下美人?
地球なら花弁は純白で、夜中に咲いたはず。もっと高温多湿のところで、たったの一晩。こちらでも葉っぱはサボテンぽく肉厚だけど、針葉樹に斜め上からカポっと鬘みたいに被さっている。
地球と微妙に似てて、微妙に違う。変なの。
≪ふわぁぁぁ……いい香りぃ≫
フィオがうっとり呟きながら吸い寄せられ、目の前の真っ赤な花をぱくっと口に含んだ。って、えええっ!? 花食べるのかい、きみは。
≪お、美味しいの?≫
≪美味しい~っ≫
満足げに目をしばたいて、もしゃもしゃ次々に花を食べてる。そうか、美味しいのか。
≪あ、フィオ。そんなに一か所で花を食べちゃうと、そこだけ寂しくなっちゃわないかな。あっちこっち、ちょっとずつ摘まんであげたら?≫
フィオは、はた、と気がついて慌てて横に移動する。
この子、ほんと素直だなぁ。注意されてもムッとする気配がミジンコもない。よい子よい子、と肩をなでなでする。
先頭を歩いていた白犬も、足元まで戻ってきた。
≪牙娘、あんたも少し齧ったら?≫
≪こんな大きな花、あんまり食べる習慣ないけど、ここの人は食べるの?≫
美味しいのなら食べてみようかな。濃厚なジャスミンみたいな香りがする。
≪いいえ。食べないわ≫
≪カチューシャ!≫
≪……蜜よ。花ごと引き抜いて、後ろから吸うの。あんたは昨夜からまともな食事してないのでしょ。その時にある物、口に入れとかなきゃもたないわよ≫
最初からちゃんと説明してくれないことを怒るべきなんだか、気遣いに感謝するべきなんだか、対応に困る。
とりあえず教えてもらったお礼をカチューシャに言って、茂みに≪いただきます≫と一言断って、手近な花を摘まんだ。
≪お~、甘ぁい≫
結構いける味だった。なぜだかカチューシャがぎょっとして――あれ、見間違いかな? フィオと一緒に道路わきに並んで、そこここの月下美人モドキをひょいひょいっと摘まんでは味わう。
でも蜜だけちょことっと吸って、こんなに見事な花をぼとっと捨てるのも申しわけなくなってきた。フィオみたいに丸ごと食べてあげられたら良いのだけど……どの色もかなり苦酸っぱい。
試食した各色の花びら四枚だけ、漢方薬だと思って飲み込んだ。
ついでに休憩しますか。道端にしゃがみ込み、リュックから水筒を取り出す。……この軽さだと次の一杯で最後だ。ここまでずっと我慢してちびちびとしか飲んでなかったから、もったほうだとは思う。
≪フィオ、お水飲む?≫
フィオが尻尾をぴょこぴょこ揺らしながらやってくる。
≪はい≫
小さなコップに、最後の一杯を注いだ。一口だけ先に口に含み、残りはフィオに差し出す。
≪ぷはぁ。美味しいねぇ≫
うん、そうだね。一気に飲み干したフィオと目を合わせてにっこり。私はね、フィオが幸せならそれでよいのだ。
まぁでも水の確保は大事か。あの泉で水を汲んで以来、小川とか湧き水を探しながら歩いているのだけど、道沿いにはちっとも見当たらない。
何日か前に雨がしつこく降ったらしいから、水源にはそれなりに溜まっていると思うんだけどなぁ。
人間、食事なんて数日抜いても平気なのは自分の体で実験済みだ。精神状態さえ気をつければ、数週間でも耐えられるんじゃないかと思う。
ただし水分がまったく無いと、やばい。こちらはかなり、やばい。
インドじゃ何も飲食せず、プラーナという空気中のエネルギーだけ摂取して生きてる聖人がいるらしいが、私にそこまでの芸当がすぐ出来るかというと、すこぶる自信がないもの。
≪カチューシャ、この近くって水が流れてないか知ってる?≫
≪あんた……その水筒、もう空なの? 水無いの? ばか?≫
水筒は飲んでいけば中身が無くなるんだから、馬にも鹿にも該当しないと思う。と、反論する気力も惜しくなってきた。
リュックの中のドライフルーツも、あとわずかな欠片しか残ってないし……今日は延々歩きつづけたせいもあって、ちょっと、だいぶ、しんどい。
≪え? ボクが飲んじゃったせい?≫
≪え? 違うよ。一緒に飲もうと誘ったのは私だし、一人だけ飲むのは気が引けるから、それでいいんだよ≫
フィオがおたおたしている。可愛いなぁ。大丈夫だよ、と抱きついた。
≪水くらい、魔力を使え≫
老人が、何でそんなことも思いつかないのだ、という呆れた口調で言う。……いや、知らないし。
≪だって、したことないよ。どうするの?≫
≪普通に水の指輪があったじゃろーが≫
普通じゃないよ。宝石じゃらじゃらオバケめ、どの指輪よ。
≪青い石だけの指輪は一つじゃ! ここまで単純化した魔道具で何を言っとる≫
うん、だーかーら。色の配合で何の効果か判るわけないじゃん! 私の世界は指輪にそんな機能ないんだってば。
というかナチュラルに脳内翻訳されたけど、やっぱり指輪が魔法の道具なのね。どこが単純化されているのか不明だけれど。
この世界の常識に戸惑いつつも、袋から老人の言う指輪を取り出した。大きな石が嵌め込まれているのは、青みがかった銀の台座。
松ぼっくり大車輪をやらかした『風の指輪』は紫がかった銀色だったから、産出される鉱物自体も地球と違うのかな。それともピンク・ゴールドみたいに別の金属を混ぜて色づけしているのかな。
≪指輪に魔力を籠めて、空気中の水分を容器に集めていくか、地中の水域から水だけ転移させればよい≫
ぼんやり眺めていると、老人がふたたび斜め上の提案をしてきた。
なるほど。『て、簡単に言ってんじゃねー』的なツッコミはもう疲れたので置いておく。さっさとやり方を指示しておくれ。
ざっくりした説明を聞く限り、空気中に漂う水分よりも、土中深く浸み込んで濾過された水のほうが美味しそうだ。深井戸で地下水を汲み上げるのと同じ発想だね。
≪但し、欠点が一つ≫
老人がびしっと宣言した。
≪量を間違えると、大地が陥没する≫
……どんだけだ。よっぽどでしょ、とコメントしたら、≪実際になった≫とか堂々と語ってる。このじーさん、相当派手に陥没させたらしく、未だに穴が塞がってないとかで……塞げよ、自分の魔術で!
≪土の魔術は面倒臭いのじゃ≫
偉そうに語っておられますが、隊長! 内容が意味不明でありますっ。
……いや、なんかーもう疲れた。さっさと実践しよう。
胡坐をかいて、左手に水筒を持ち、右手で青い指輪を握りしめる。老人に言われたとおりに体の中の『魔力』とやらを動かしてみた。地球でいうところの『気』みたいなものだ、きっと。
水筒の底から、地中深くに根を伸ばしていく感じ……グラウンディングに似てる。
清らかな水を探して、探して……目の前の空の水筒が満たされていくところをイメージする。これまでの成功例を踏まえ、水を司る神様や水の精霊にもお願いしてみる。
≪ストーップ! 溢れる!≫
横から水筒を覗き込んでいたカチューシャの声がして、慌ててイメージを一時停止。
お、ぎりぎり零れてない。
水筒と指輪を地面に置き、お礼の気持ちをこめて、両手を合わせた。
≪今度は何じゃ?≫
≪お水を分けていただいたお礼のポーズ≫
≪ふむ。礼には及ばぬ≫
え? いや、じーさんにじゃなくて。……あ゛、確かに老人に教わらないと出来なかったことだよね。改めて、熊のぬいぐるみにも手を合わせとく。
ついでに、いつかでいいから、確実に成仏してくれますよーに。
****************
※お読みいただき、ありがとうございます。
もし宜しければ、感想をぜひお願いします。
「お気に入りに追加」だけでも押していただけると、幸いです!
すでに押してくださった皆様、感謝の気持ちでいっぱいです。
今日も明日も、たくさんの幸せが舞い込みますように。
広葉樹も増えてきた。紅葉しているのは砂糖楓かな。もう麓が近いんだって。馬で外乗りしたら気持ち良さそう。
犬も竜も一番遅い私の速度に合わせてくれる。しかもフィオが荷物を全部引き受けてくれた。
そして一人だけ歩く必要のない熊ジャック犯が、いろいろと解説をしてくれる。
≪この辺りは、かつて旅人がよく利用した旧街道じゃ。森に浸食されて、今は滅多に人が通らんから安心せい≫
≪万が一、通ったら?≫
≪わたしがいるわ≫
なぜだろう。まったく安心できないよ、スプラッタ犬。
私と同じ背の高さに戻ったフィオが、≪ボクもいるよ≫ってのほほんと微笑んでくれた。貴重な癒し要員である。意味解ってなさそうだけど。
やっと木々の合間から畑が見え隠れする地点に到達すると、赤や黄色、青と紫の花が群生する茂みが出現した。
両手の平よりも大きな……月下美人?
地球なら花弁は純白で、夜中に咲いたはず。もっと高温多湿のところで、たったの一晩。こちらでも葉っぱはサボテンぽく肉厚だけど、針葉樹に斜め上からカポっと鬘みたいに被さっている。
地球と微妙に似てて、微妙に違う。変なの。
≪ふわぁぁぁ……いい香りぃ≫
フィオがうっとり呟きながら吸い寄せられ、目の前の真っ赤な花をぱくっと口に含んだ。って、えええっ!? 花食べるのかい、きみは。
≪お、美味しいの?≫
≪美味しい~っ≫
満足げに目をしばたいて、もしゃもしゃ次々に花を食べてる。そうか、美味しいのか。
≪あ、フィオ。そんなに一か所で花を食べちゃうと、そこだけ寂しくなっちゃわないかな。あっちこっち、ちょっとずつ摘まんであげたら?≫
フィオは、はた、と気がついて慌てて横に移動する。
この子、ほんと素直だなぁ。注意されてもムッとする気配がミジンコもない。よい子よい子、と肩をなでなでする。
先頭を歩いていた白犬も、足元まで戻ってきた。
≪牙娘、あんたも少し齧ったら?≫
≪こんな大きな花、あんまり食べる習慣ないけど、ここの人は食べるの?≫
美味しいのなら食べてみようかな。濃厚なジャスミンみたいな香りがする。
≪いいえ。食べないわ≫
≪カチューシャ!≫
≪……蜜よ。花ごと引き抜いて、後ろから吸うの。あんたは昨夜からまともな食事してないのでしょ。その時にある物、口に入れとかなきゃもたないわよ≫
最初からちゃんと説明してくれないことを怒るべきなんだか、気遣いに感謝するべきなんだか、対応に困る。
とりあえず教えてもらったお礼をカチューシャに言って、茂みに≪いただきます≫と一言断って、手近な花を摘まんだ。
≪お~、甘ぁい≫
結構いける味だった。なぜだかカチューシャがぎょっとして――あれ、見間違いかな? フィオと一緒に道路わきに並んで、そこここの月下美人モドキをひょいひょいっと摘まんでは味わう。
でも蜜だけちょことっと吸って、こんなに見事な花をぼとっと捨てるのも申しわけなくなってきた。フィオみたいに丸ごと食べてあげられたら良いのだけど……どの色もかなり苦酸っぱい。
試食した各色の花びら四枚だけ、漢方薬だと思って飲み込んだ。
ついでに休憩しますか。道端にしゃがみ込み、リュックから水筒を取り出す。……この軽さだと次の一杯で最後だ。ここまでずっと我慢してちびちびとしか飲んでなかったから、もったほうだとは思う。
≪フィオ、お水飲む?≫
フィオが尻尾をぴょこぴょこ揺らしながらやってくる。
≪はい≫
小さなコップに、最後の一杯を注いだ。一口だけ先に口に含み、残りはフィオに差し出す。
≪ぷはぁ。美味しいねぇ≫
うん、そうだね。一気に飲み干したフィオと目を合わせてにっこり。私はね、フィオが幸せならそれでよいのだ。
まぁでも水の確保は大事か。あの泉で水を汲んで以来、小川とか湧き水を探しながら歩いているのだけど、道沿いにはちっとも見当たらない。
何日か前に雨がしつこく降ったらしいから、水源にはそれなりに溜まっていると思うんだけどなぁ。
人間、食事なんて数日抜いても平気なのは自分の体で実験済みだ。精神状態さえ気をつければ、数週間でも耐えられるんじゃないかと思う。
ただし水分がまったく無いと、やばい。こちらはかなり、やばい。
インドじゃ何も飲食せず、プラーナという空気中のエネルギーだけ摂取して生きてる聖人がいるらしいが、私にそこまでの芸当がすぐ出来るかというと、すこぶる自信がないもの。
≪カチューシャ、この近くって水が流れてないか知ってる?≫
≪あんた……その水筒、もう空なの? 水無いの? ばか?≫
水筒は飲んでいけば中身が無くなるんだから、馬にも鹿にも該当しないと思う。と、反論する気力も惜しくなってきた。
リュックの中のドライフルーツも、あとわずかな欠片しか残ってないし……今日は延々歩きつづけたせいもあって、ちょっと、だいぶ、しんどい。
≪え? ボクが飲んじゃったせい?≫
≪え? 違うよ。一緒に飲もうと誘ったのは私だし、一人だけ飲むのは気が引けるから、それでいいんだよ≫
フィオがおたおたしている。可愛いなぁ。大丈夫だよ、と抱きついた。
≪水くらい、魔力を使え≫
老人が、何でそんなことも思いつかないのだ、という呆れた口調で言う。……いや、知らないし。
≪だって、したことないよ。どうするの?≫
≪普通に水の指輪があったじゃろーが≫
普通じゃないよ。宝石じゃらじゃらオバケめ、どの指輪よ。
≪青い石だけの指輪は一つじゃ! ここまで単純化した魔道具で何を言っとる≫
うん、だーかーら。色の配合で何の効果か判るわけないじゃん! 私の世界は指輪にそんな機能ないんだってば。
というかナチュラルに脳内翻訳されたけど、やっぱり指輪が魔法の道具なのね。どこが単純化されているのか不明だけれど。
この世界の常識に戸惑いつつも、袋から老人の言う指輪を取り出した。大きな石が嵌め込まれているのは、青みがかった銀の台座。
松ぼっくり大車輪をやらかした『風の指輪』は紫がかった銀色だったから、産出される鉱物自体も地球と違うのかな。それともピンク・ゴールドみたいに別の金属を混ぜて色づけしているのかな。
≪指輪に魔力を籠めて、空気中の水分を容器に集めていくか、地中の水域から水だけ転移させればよい≫
ぼんやり眺めていると、老人がふたたび斜め上の提案をしてきた。
なるほど。『て、簡単に言ってんじゃねー』的なツッコミはもう疲れたので置いておく。さっさとやり方を指示しておくれ。
ざっくりした説明を聞く限り、空気中に漂う水分よりも、土中深く浸み込んで濾過された水のほうが美味しそうだ。深井戸で地下水を汲み上げるのと同じ発想だね。
≪但し、欠点が一つ≫
老人がびしっと宣言した。
≪量を間違えると、大地が陥没する≫
……どんだけだ。よっぽどでしょ、とコメントしたら、≪実際になった≫とか堂々と語ってる。このじーさん、相当派手に陥没させたらしく、未だに穴が塞がってないとかで……塞げよ、自分の魔術で!
≪土の魔術は面倒臭いのじゃ≫
偉そうに語っておられますが、隊長! 内容が意味不明でありますっ。
……いや、なんかーもう疲れた。さっさと実践しよう。
胡坐をかいて、左手に水筒を持ち、右手で青い指輪を握りしめる。老人に言われたとおりに体の中の『魔力』とやらを動かしてみた。地球でいうところの『気』みたいなものだ、きっと。
水筒の底から、地中深くに根を伸ばしていく感じ……グラウンディングに似てる。
清らかな水を探して、探して……目の前の空の水筒が満たされていくところをイメージする。これまでの成功例を踏まえ、水を司る神様や水の精霊にもお願いしてみる。
≪ストーップ! 溢れる!≫
横から水筒を覗き込んでいたカチューシャの声がして、慌ててイメージを一時停止。
お、ぎりぎり零れてない。
水筒と指輪を地面に置き、お礼の気持ちをこめて、両手を合わせた。
≪今度は何じゃ?≫
≪お水を分けていただいたお礼のポーズ≫
≪ふむ。礼には及ばぬ≫
え? いや、じーさんにじゃなくて。……あ゛、確かに老人に教わらないと出来なかったことだよね。改めて、熊のぬいぐるみにも手を合わせとく。
ついでに、いつかでいいから、確実に成仏してくれますよーに。
****************
※お読みいただき、ありがとうございます。
もし宜しければ、感想をぜひお願いします。
「お気に入りに追加」だけでも押していただけると、幸いです!
すでに押してくださった皆様、感謝の気持ちでいっぱいです。
今日も明日も、たくさんの幸せが舞い込みますように。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
69
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる