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魔狼の森 ~ 朝靄の街(ティアルサーレ)
33. 雨戸を閉める
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「納屋を閉じて来たよ」
お父さんが台所わきの裏口から入ってくる。素早く戸を閉める前に、外で吹きすさぶ風の音がした。
嵐が来そうな勢いだ。森では微風ぐらいだったのに、いつの間に。
庭にいた鶏や鴨や豚や兎を、納屋に入れて来たとのこと。ちょっとお疲れ気味で、古い木製の椅子に座ると自分の肩を揉みほぐしはじめる。
「雨戸も閉めたほうがいいですね」
さっきまでトントントンと、小気味良いリズムで薄黄色人参や真っ黄色玉ねぎを刻んでいたお手伝いのおばさんが、細かくなった野菜の山を俎板からサーっと一気にシチュー鍋に投入し、ぷっくり福々とした両手をエプロンで拭いた。
「ア」
立ち上がって自分の胸元と、二階の部屋方向の天井を交互に指し、雨戸を閉めるジェスチャーをする。『自分の部屋は自分で閉めてきます』って伝わったかな。もしフィオが寝てたら大変だ。
外から見たときに、窓の両わきに細長い雨戸が開いていたから、こう、両手で引き寄せて閉める感じだと思うんだよね。
意図が何とか通じた後も私はお客だからと止められたが、やらせてほしいと懇願して、おばさんのすぐ横に行く。台所の雨戸でやり方を見せてもらわねば。
でも窓の開け方からして想定外だった。
紅葉型に彫られた窓枠下中央部の取っ手を、左に回してぐいっと上に引き上げる。そしてここで留めたいと思う高さで、木製紅葉を押し込んで固定するのだ。……ただの彫刻飾りだと思ってた。
雨戸は雨戸で、下のほうに落し猿があるのだが、茸型に彫られた部分をずらすことで施錠する。するとなぜか遥か上の上げ猿まで連動した。
あんな高いところ、手が届きそうにないから便利だけど不思議。
虫除けの網戸がないってことは、夏でも日本のように高温多湿にはならないのだろう。そういえば、古代道で野宿した際にも蝿や蚊は集って来なかった。
あらかた解ったと思う、と頷いて、おばさんやオルラさんよりも前に二階へ駆け上がる。
だって部屋にこっそり竜を匿っているのだもの。
****************
≪フィオ、大丈夫? 中に入るよ~≫
≪うん、大丈夫。ベッドの下に隠れたよ~≫
小さなノックで合図してから入ると、姫部屋はすっかり暗くなっていた。廊下のところどころに灯っているガス灯のような明かりが欲しいのだけれど……部屋には付いてないの?
≪だからそこに生活魔道具があるでしょうが≫
カチューシャの呆れた声がする。
また魔道具? この壁からいくつか飛び出てる蝶々の形の?
≪それはただの外套掛け。そっちじゃなくて、足元の団栗!≫
≪ど、どんぐり!? ……もしかして、この木彫りの? でも足で蹴る低さだよ、手でするの?≫
≪足よ、足でしょ普通! もーなんで、明かりの点け方も知らないのよ!≫
カチューシャがイライラしているのだけど、そう言われましても。この世界四日目なんだから、仕方ないじゃん。何を焦ってるんだか。
壁のゴルフボール大の団栗を足で押すと、部屋が明るくなった。
あれ、電球がどこにも見えない。天井全体が光ってる。
≪その団栗をもう一回触れてみよ≫
ご機嫌斜めなカチューシャに代わって、爺様が話しかけてくれた。お、ちょっと暗くなった。ということは。
私は何回か丸い団栗を足でなぞって、明かりが変化するのを確認する。
≪じゃあもしかして、廊下の灯りも魔道具?≫
≪当たり前じゃ。他に何がある?≫
何って、発電所からの電気とかLPガスのボンベとか……説明できない。こっちのほうがフリーエネルギーっぽいからなぁ。服装や建物は古風だけれど、魔洗トイレといい、文明は下手したら地球よりも進んでいそう。
≪フィオ、もう出て来てもいいよ!≫
扉を完全に閉めると、ベッドの下からミニミニ緑竜が顔を覗かせる。きゅるるんな黒曜石の瞳にグリーンバジリスク色した鱗。癒しだ。
明るくなった部屋を見渡すと、天井際の壁の四隅にそれぞれ赤・黄・青・紫の色をした正方形のプレートが嵌め込まれていた。最初に部屋に入った際は、曇り空ですでに薄暗かったから気づかなかった。
石板は複雑なケルトの組紐模様のようなものが彫り込まれ、同系色の飾り結びが垂れ下がっている。靴屋さんで買ったストラップと同じ配色だけど、形はお茶室の訶梨勒みたい。
≪ねぇ、あの柱から飾り紐でぶら下がっている袋ってお香なの? 木の実が入ってる?≫
熊のぬいぐるみをベッドの上に置きながら質問する。この世界でも訶梨勒の実を使うのかな。
≪魔獣除けに****という石を袋の中に入れるのじゃが……お前の国では香りも付けるのか?≫
念話を通らないから、こちら独特の石らしい。でも日本のも邪気払いなので発想は似ている。
爺様が『月の虹の石』と言い直してくれた。
ここ数日の念話実験で判明した。音までは無理だが、地球に存在しないモノでも意味を明確に意識すると、脳内で変換されるのだ。
月長石や石膏はこちらにもあるらしく、そのまま通じたから違う種類。
≪同じように白濁した石?≫
≪うむ、少々濁った乳白色じゃ。加工して精霊四色のどれかに染めることが多い≫
月虹石は西南の国境沿いの鉱山で比較的豊富に採れる。そのままだと大した価値はないが、魔獣の嫌う植物の液で染めるときの浸透力と発色が良いらしい。
縁起担ぎで、その色の満月の夜に染めるから『月の虹(みたいな光で染めた)石』。ただし染料となる魔獣除け植物のほうが貴重だから、石は本物でも、魔獣除けとしてはまがい物が多い。
≪天井際の『守護板』――最上部の真四角の石板じゃが、その彫刻も満月の時のそれぞれの月模様を真似たものじゃ。石を入れた袋と垂らした紐は、本来は『月蜘蛛』の糸を使う≫
月蜘蛛には四種類あって、精霊四色のどれか一色の糸だけを紡ぐ。その色の満月のときに採取したものが一番鮮やかな色らしい。たいへん希少なので、別の夜に採取した糸でも高い値段がつく。
一般庶民の飾りは、やはり大半が植物の糸を使ったまがい物なのだそうだ。
なんだろう。満月の日は休日だって聞いたけど、夜間はやること多いな。日中も市場が立っていたし、西洋宗教の安息日とは感覚が相当違う。
≪でもこれ、糸も石も本物よ。流石に上の守護板に魔石を嵌め込むまでは、してないけれど≫
部屋の雨戸を順次閉めながら爺様の説明を聞いていたら、カチューシャが天井までざっと登って確かめていた。すぐにシュタッと床に降りたけど、君はスパイダーマンならぬスパイダー犬か!
≪魔石って霊山のときの結界破りみたいなやつ?≫
≪うむ。あれがあると効果は抜群じゃ。魔獣除けの魔法陣を施さねばならぬし、作動すると消耗していくから魔術を掛け直す必要もあるがの≫
ちょっと爺様、街には外壁があるのにいつ『作動』するのよ、物騒な。
≪最近は雪が深くなると外壁を越えてくることもあるぞ? 大物が数を率いて出没すると壁だけでは防ぎきれんからな≫
眉を寄せたら、サラッと怖いことを言われてしまう。外壁って、確か3メートルはあったのに。
爺様曰く、月蜘蛛の糸や本物の液で染めた月虹石であっても、魔石のように魔獣を物理的に跳ね返す効力はない。
それでも飾ってある家とない家が並んでいたら、ないほうを選んで襲うていどの心理的な作用があるらしい。なんとなく嫌、と魔獣に感じさせるのだそうだ。
≪だから『竜騎士御殿』ってこと?≫
≪恐らくな。普通の農家で、これを部屋ごとに揃えるのは無理じゃろう≫
生き物好きのお姉さんがめっちゃ仕送りしているんだ。偉いな、と感心しつつ、抱き上げたミニフィオと一緒に柱の一つを眺める。
≪きれいだねぇ≫
竜だからかな、天然でも人工でもフィオは美しいものが好きだ。瞳がきらきらと輝いている。
今立っている隅っこには、土の精霊柱。
月蜘蛛さんの糸で織られたという薄黄色の袋が垂れ下がっていた。中央には、濃い黄色の天道虫が描かれていた。守護板と袋の間を結ぶ組紐の形は向日葵を模しているのだと思ったら、蒲公英だった。
ということは、ベッドカバーやカーテンの黄色の花模様も、デイジーじゃなくて蒲公英なのか。
≪天道虫は土の精霊の眷属じゃ。天道虫が留まる花として蒲公英が選ばれておる。そして土の柱は西側じゃな≫
精霊にはお使いさんがいたらしい。ようは狛犬みたいなものね。
フィオを床に降ろし、両手を合わせて、この家で無事に過ごせるようにお祈りする。斜め下をちらりと見ると、なぜかフィオも真似してトカゲな小さい手を合わせていた。
≪天道虫さん、よろしくお願いします≫
≪ます!≫
南の柱は火の精霊で、眷属は赤栗鼠。
組紐は栗鼠の好物の団栗だ。だから部屋の灯りスイッチが団栗だったのか。
霊山で縞栗鼠にもらった団栗を握ったら、私でも焚き火がちゃんと作れるのは、そのせいなのかな。爺様は『おまじない』と一蹴するから、気のせいかもしれないけど。
東柱が風の精霊で、眷属は紫蝶々。
メイプルシロップの採れる樹で蛹と化すから、組紐も窓の取っ手もメイプルリーフ型。窓の開閉部分の紅葉彫刻だ。
そして北柱が水の精霊で、眷属は青蛙。
トイレで見かけた七宝焼きの子たちだ。組紐が茸のモチーフなのは、実際の生態がどうかはともかく、この青蛙が茸傘の下で雨宿りする置き物が昔から有名だから、なのだそう。
雨戸の落し猿も茸型に彫ってあった。
「メメ?」
熊解説を聞きながら一柱ずつフィオと共に願かけしていると、オルラさんが様子を見に来てくれる。そういえば、お茶の途中でした。
「ちゃんと閉めてくれたのね。お手伝いしてくれて、ありがとう」
泊めていただくのに、このていどで褒められるとこそばゆい。
ベッドの下に超特急で隠れたフィオに念話で断って、ベッドの上の仰向け熊をふたたび腕に抱えてから、娘さんの後について台所へ戻った。
****************
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あなたに優しい風が吹きますように。
お父さんが台所わきの裏口から入ってくる。素早く戸を閉める前に、外で吹きすさぶ風の音がした。
嵐が来そうな勢いだ。森では微風ぐらいだったのに、いつの間に。
庭にいた鶏や鴨や豚や兎を、納屋に入れて来たとのこと。ちょっとお疲れ気味で、古い木製の椅子に座ると自分の肩を揉みほぐしはじめる。
「雨戸も閉めたほうがいいですね」
さっきまでトントントンと、小気味良いリズムで薄黄色人参や真っ黄色玉ねぎを刻んでいたお手伝いのおばさんが、細かくなった野菜の山を俎板からサーっと一気にシチュー鍋に投入し、ぷっくり福々とした両手をエプロンで拭いた。
「ア」
立ち上がって自分の胸元と、二階の部屋方向の天井を交互に指し、雨戸を閉めるジェスチャーをする。『自分の部屋は自分で閉めてきます』って伝わったかな。もしフィオが寝てたら大変だ。
外から見たときに、窓の両わきに細長い雨戸が開いていたから、こう、両手で引き寄せて閉める感じだと思うんだよね。
意図が何とか通じた後も私はお客だからと止められたが、やらせてほしいと懇願して、おばさんのすぐ横に行く。台所の雨戸でやり方を見せてもらわねば。
でも窓の開け方からして想定外だった。
紅葉型に彫られた窓枠下中央部の取っ手を、左に回してぐいっと上に引き上げる。そしてここで留めたいと思う高さで、木製紅葉を押し込んで固定するのだ。……ただの彫刻飾りだと思ってた。
雨戸は雨戸で、下のほうに落し猿があるのだが、茸型に彫られた部分をずらすことで施錠する。するとなぜか遥か上の上げ猿まで連動した。
あんな高いところ、手が届きそうにないから便利だけど不思議。
虫除けの網戸がないってことは、夏でも日本のように高温多湿にはならないのだろう。そういえば、古代道で野宿した際にも蝿や蚊は集って来なかった。
あらかた解ったと思う、と頷いて、おばさんやオルラさんよりも前に二階へ駆け上がる。
だって部屋にこっそり竜を匿っているのだもの。
****************
≪フィオ、大丈夫? 中に入るよ~≫
≪うん、大丈夫。ベッドの下に隠れたよ~≫
小さなノックで合図してから入ると、姫部屋はすっかり暗くなっていた。廊下のところどころに灯っているガス灯のような明かりが欲しいのだけれど……部屋には付いてないの?
≪だからそこに生活魔道具があるでしょうが≫
カチューシャの呆れた声がする。
また魔道具? この壁からいくつか飛び出てる蝶々の形の?
≪それはただの外套掛け。そっちじゃなくて、足元の団栗!≫
≪ど、どんぐり!? ……もしかして、この木彫りの? でも足で蹴る低さだよ、手でするの?≫
≪足よ、足でしょ普通! もーなんで、明かりの点け方も知らないのよ!≫
カチューシャがイライラしているのだけど、そう言われましても。この世界四日目なんだから、仕方ないじゃん。何を焦ってるんだか。
壁のゴルフボール大の団栗を足で押すと、部屋が明るくなった。
あれ、電球がどこにも見えない。天井全体が光ってる。
≪その団栗をもう一回触れてみよ≫
ご機嫌斜めなカチューシャに代わって、爺様が話しかけてくれた。お、ちょっと暗くなった。ということは。
私は何回か丸い団栗を足でなぞって、明かりが変化するのを確認する。
≪じゃあもしかして、廊下の灯りも魔道具?≫
≪当たり前じゃ。他に何がある?≫
何って、発電所からの電気とかLPガスのボンベとか……説明できない。こっちのほうがフリーエネルギーっぽいからなぁ。服装や建物は古風だけれど、魔洗トイレといい、文明は下手したら地球よりも進んでいそう。
≪フィオ、もう出て来てもいいよ!≫
扉を完全に閉めると、ベッドの下からミニミニ緑竜が顔を覗かせる。きゅるるんな黒曜石の瞳にグリーンバジリスク色した鱗。癒しだ。
明るくなった部屋を見渡すと、天井際の壁の四隅にそれぞれ赤・黄・青・紫の色をした正方形のプレートが嵌め込まれていた。最初に部屋に入った際は、曇り空ですでに薄暗かったから気づかなかった。
石板は複雑なケルトの組紐模様のようなものが彫り込まれ、同系色の飾り結びが垂れ下がっている。靴屋さんで買ったストラップと同じ配色だけど、形はお茶室の訶梨勒みたい。
≪ねぇ、あの柱から飾り紐でぶら下がっている袋ってお香なの? 木の実が入ってる?≫
熊のぬいぐるみをベッドの上に置きながら質問する。この世界でも訶梨勒の実を使うのかな。
≪魔獣除けに****という石を袋の中に入れるのじゃが……お前の国では香りも付けるのか?≫
念話を通らないから、こちら独特の石らしい。でも日本のも邪気払いなので発想は似ている。
爺様が『月の虹の石』と言い直してくれた。
ここ数日の念話実験で判明した。音までは無理だが、地球に存在しないモノでも意味を明確に意識すると、脳内で変換されるのだ。
月長石や石膏はこちらにもあるらしく、そのまま通じたから違う種類。
≪同じように白濁した石?≫
≪うむ、少々濁った乳白色じゃ。加工して精霊四色のどれかに染めることが多い≫
月虹石は西南の国境沿いの鉱山で比較的豊富に採れる。そのままだと大した価値はないが、魔獣の嫌う植物の液で染めるときの浸透力と発色が良いらしい。
縁起担ぎで、その色の満月の夜に染めるから『月の虹(みたいな光で染めた)石』。ただし染料となる魔獣除け植物のほうが貴重だから、石は本物でも、魔獣除けとしてはまがい物が多い。
≪天井際の『守護板』――最上部の真四角の石板じゃが、その彫刻も満月の時のそれぞれの月模様を真似たものじゃ。石を入れた袋と垂らした紐は、本来は『月蜘蛛』の糸を使う≫
月蜘蛛には四種類あって、精霊四色のどれか一色の糸だけを紡ぐ。その色の満月のときに採取したものが一番鮮やかな色らしい。たいへん希少なので、別の夜に採取した糸でも高い値段がつく。
一般庶民の飾りは、やはり大半が植物の糸を使ったまがい物なのだそうだ。
なんだろう。満月の日は休日だって聞いたけど、夜間はやること多いな。日中も市場が立っていたし、西洋宗教の安息日とは感覚が相当違う。
≪でもこれ、糸も石も本物よ。流石に上の守護板に魔石を嵌め込むまでは、してないけれど≫
部屋の雨戸を順次閉めながら爺様の説明を聞いていたら、カチューシャが天井までざっと登って確かめていた。すぐにシュタッと床に降りたけど、君はスパイダーマンならぬスパイダー犬か!
≪魔石って霊山のときの結界破りみたいなやつ?≫
≪うむ。あれがあると効果は抜群じゃ。魔獣除けの魔法陣を施さねばならぬし、作動すると消耗していくから魔術を掛け直す必要もあるがの≫
ちょっと爺様、街には外壁があるのにいつ『作動』するのよ、物騒な。
≪最近は雪が深くなると外壁を越えてくることもあるぞ? 大物が数を率いて出没すると壁だけでは防ぎきれんからな≫
眉を寄せたら、サラッと怖いことを言われてしまう。外壁って、確か3メートルはあったのに。
爺様曰く、月蜘蛛の糸や本物の液で染めた月虹石であっても、魔石のように魔獣を物理的に跳ね返す効力はない。
それでも飾ってある家とない家が並んでいたら、ないほうを選んで襲うていどの心理的な作用があるらしい。なんとなく嫌、と魔獣に感じさせるのだそうだ。
≪だから『竜騎士御殿』ってこと?≫
≪恐らくな。普通の農家で、これを部屋ごとに揃えるのは無理じゃろう≫
生き物好きのお姉さんがめっちゃ仕送りしているんだ。偉いな、と感心しつつ、抱き上げたミニフィオと一緒に柱の一つを眺める。
≪きれいだねぇ≫
竜だからかな、天然でも人工でもフィオは美しいものが好きだ。瞳がきらきらと輝いている。
今立っている隅っこには、土の精霊柱。
月蜘蛛さんの糸で織られたという薄黄色の袋が垂れ下がっていた。中央には、濃い黄色の天道虫が描かれていた。守護板と袋の間を結ぶ組紐の形は向日葵を模しているのだと思ったら、蒲公英だった。
ということは、ベッドカバーやカーテンの黄色の花模様も、デイジーじゃなくて蒲公英なのか。
≪天道虫は土の精霊の眷属じゃ。天道虫が留まる花として蒲公英が選ばれておる。そして土の柱は西側じゃな≫
精霊にはお使いさんがいたらしい。ようは狛犬みたいなものね。
フィオを床に降ろし、両手を合わせて、この家で無事に過ごせるようにお祈りする。斜め下をちらりと見ると、なぜかフィオも真似してトカゲな小さい手を合わせていた。
≪天道虫さん、よろしくお願いします≫
≪ます!≫
南の柱は火の精霊で、眷属は赤栗鼠。
組紐は栗鼠の好物の団栗だ。だから部屋の灯りスイッチが団栗だったのか。
霊山で縞栗鼠にもらった団栗を握ったら、私でも焚き火がちゃんと作れるのは、そのせいなのかな。爺様は『おまじない』と一蹴するから、気のせいかもしれないけど。
東柱が風の精霊で、眷属は紫蝶々。
メイプルシロップの採れる樹で蛹と化すから、組紐も窓の取っ手もメイプルリーフ型。窓の開閉部分の紅葉彫刻だ。
そして北柱が水の精霊で、眷属は青蛙。
トイレで見かけた七宝焼きの子たちだ。組紐が茸のモチーフなのは、実際の生態がどうかはともかく、この青蛙が茸傘の下で雨宿りする置き物が昔から有名だから、なのだそう。
雨戸の落し猿も茸型に彫ってあった。
「メメ?」
熊解説を聞きながら一柱ずつフィオと共に願かけしていると、オルラさんが様子を見に来てくれる。そういえば、お茶の途中でした。
「ちゃんと閉めてくれたのね。お手伝いしてくれて、ありがとう」
泊めていただくのに、このていどで褒められるとこそばゆい。
ベッドの下に超特急で隠れたフィオに念話で断って、ベッドの上の仰向け熊をふたたび腕に抱えてから、娘さんの後について台所へ戻った。
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