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魔狼の森 ~ 朝靄の街(ティアルサーレ)
32. お部屋に入る
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※芽芽視点に戻ります。
****************
「ここよ。足りない物があったら言ってね」
家具も壁紙も、精霊四色で可憐な小花模様。ちかっぱ姫っぽい部屋に通された。
娘さんが軽く内部を説明してくれたのだが、向こうのドアを開けると、この部屋専用のトイレがあるらしい。
「ふふ。農家にしちゃ豪華でしょ。周りには『竜騎士御殿』って陰で言われているわ」
思わぬ単語にぎょっとする。それって神殿を守っているエリート騎士だよね、私たちは避けたほうが良いっていう。
「あ、大丈夫よ。今この家には竜騎士は誰もいないから」
顔にしっかり出ていたらしい。大袈裟にほっとしたジェスチャーをしておく。警察や騎士はとても、とても、苦手なのです。
「最近は、竜騎士も尊敬できないのがいるから理解できなくもないけどね、でも大半は立派な人たちよ? 姉も竜騎士なのだけど、この部屋の飾りつけを見てくれたら判るでしょ。可愛いものが大好きなの。
昔っから正義感が人一倍強いのが唯一の欠点ってとこかしら……よせばいいのに、部下を庇って辺境の地に飛ばされることになっちゃったの。
王都勤務だって、里帰りなんて年に一度あるかないかの働きづめだったし」
娘さんの顔が曇る。真面目な仕事人間が左遷されるような勤め先は、まったくもって信用ならないぞ。
「それでも姉さんの同業の人たちがたまに気にかけてくれるから、うちはまだ助かっているほうかな。ここら辺の警察はホント腐ってるもの」
ますますもって要警戒だ。内政の失敗で市民の不満が溜まってくると、戦争を起こして外に矛先を向けるのが施政者の常套手段。
やはりこの国は開戦間近なのかもしれない。
「そういうことだから、うちが通報することはないから安心してね」
神妙な顔で、頷いておく。
「じゃあ、準備が出来たら下に来て? 皆、台所に集まっていると思うから――えっと」
「メメ」
「え?」
「メメ」
私の名前です、と胸元を指さす。
「それが名前なの?」
「ソウソウ」
「初めて聞いたわ。えっと、メ・メ、で合っているかしら?」
にっこり笑顔で応える。
「じゃあ、メメ。後で――ってアタシも名乗ってなかったわね。*****よ」
「ラ?」
「オ・ル・ラ」
今度はゆっくり名前だけ言ってくれたので聞き取れた。繰り返すと、オルラさんが手をグーにして親指だけピンと伸ばしたポーズを見せてくれる。
親指は上に立てるんじゃなくて、真横に倒してるのだけど……「いいね!」のジェスチャーなのかな?
親指も握りしめたら、招き猫の「こっち来い来い」ポーズだ。とりあえず、そっちっも真似しておく。
≪ベッドだぁ≫
オルラさんがいなくなった途端、広いベッドにダイブした。デイジー模様のパッチワークをつなげたベッドカバーが絶妙な柔らかさ。そのまま夢の国へ行ってしまいそうになるが、忘れちゃいけない。
部屋の中を案内してもらったとき、リュックを窓際の長椅子の上に置いたままだったではないか。
念のため、天道虫の透かし模様が入った明るい黄色のカーテンを先に閉めてから、袋の蓋を外す。小さな緑竜がぴょこんと頭を出した。
≪フィオ、出てもいいけど、人の足音がこっちに近づいたら隠れてね≫
≪うん。ボクね、人間のお家の中って初めて。お花模様が一杯だね! ――あ、神殿のあの部屋は入れられたことあるけど≫
せっかく興味津々で周りを眺めていたのに、嫌なことを思い出して俯いてしまう。人間のせいでごめんね、と頭をそっとなでた。甘えるようにすり寄ってきたので、抱き上げて、クリームイエロー色のベッドのきわに一緒に腰かける。
≪カチューシャ、休憩しないの?≫
難しい顔で部屋中を検分している不審犬にも声をかける。殺人現場に駆けつけた科学捜査班か、君は。姫部屋で完全に悪目立ちしてるよ。
≪変わった結界や魔法陣の類はなさそうね≫
≪……そんな部屋があるの≫
ふん、と鼻息荒くベッドぎわに来た白犬も、軽くなでてモフっておく。だってドヤ顔だったし、褒めたほうがいい雰囲気だったし?
≪竜騎士なら侵入者除けの罠魔道具の一つや二つ、仕込んでいてもおかしくはあるまい。魔導士となると、もっと色々仕掛けるぞ≫
窓際のリュックの隣で、熊のぬいぐるみが物騒な解説を始めた。
部屋に問題なく入れたと油断させて、その瞬間に転移魔法が作動して外の汚泥に落下とか、椅子に座った瞬間に拘束魔法が作動して抜けられなくなるとか、窓枠に手をかけたら雷が体内に走るとか……やけに自慢げに語ってるから爺様の部屋のことなんだと思うけど、じつにエゲツない。
魔法陣の仕組みがどうのとワケの解らない話で、座ったまま危うく寝落ちしそうになり、頭をぶるぶると揺すって洗面所に向かった。
薄っすら青い壁に七宝焼きの蛙飾りがいくつか張りついている。陶器なのかな、こぶし大サイズでとっても可愛い。
ただ問題は、座れそうな場所が背もたれ付き木製椅子しかないこと。真ん中に穴は開いて、下に受け皿はあるんだけどさ!
え、もしかして、これっておまる? 一回ごとに外に捨てに行くんだろーか?
でも金属製の青い受け皿は完全に固定されている。水を流すレバーや、手を洗うための水栓蛇口も見当たらない。
≪……使い方がわかんない≫
カチューシャが溜め息をつきながら中に入って来て、こっちの蛙をこー動かして、別の蛙をこー引っ張って、と投げやりに説明してくれる。
トイレはなんと水洗じゃなくて、魔法洗だった。人生初の『転移魔法陣』が、おまるになるとは斬新だ。
紙も蛙の口から自動的に出てくる魔法紙ですとな。質感的には、地球の高級しっとりティッシュみたい。
≪あれ、じゃあ魔力をこめないと使えないの?≫
≪いやそれ、生活魔道具だから。誰でも使えるに決まってるでしょ≫
またまた魔道具! 爺様のじゃらじゃら飾りや罠部屋だけじゃなかったのか。よく解らないけど、とにかくスゴイぞ。
トイレを使った後に手を洗う場合は、別の大型蛙の口元に手をかざす。背中におんぶしたチビ蛙の向きによって水の温度が変わるらしい。
合計四匹。ラブリーさにテンション上がって、一気に目が覚めた。
「いらっしゃい」
蛙ぴょこぴょこ、よんぴょこぴょこっ、と軽くスキップしながら台所に降りると上品なおばあさんが、豆の鞘をしゅっしゅっしゅっとリズム良く剥いていた。
首がすらりと長くて姿勢が良い。ネモフィラみたいな小柄な美人さん。淡く水色がかった白髪は後ろで編み込んで、水色のドレスの上には紺色のレース編みのショール。
「メメ」と名乗ってお辞儀すると、後ろでお湯を沸かしていたオルラさんが、自分の母親なのだと教えてくれた。
もう一人、恰幅の良い中年女性が部屋中をきびきび動き回っている。つり目だけど、ヌートリアっぽい大きな顔の中で小さくぽつんと離れているから、キツイ感じはしない。こちらは住み込みのお手伝いさんだそうだ。
香味野菜を刻んで肉団子のタネを作ったり、ストーブの上に乗せた煮込み鍋をかき混ぜたり、食器を拭いて棚へ戻したり、パントリーに食材を取りに行ったり。
頭の上でお団子にした菫色の髪の先が、走り回る時計兎の尻尾みたいにぴこぴこぴこ。
一番邪魔にならなさそうな場所を選び、豆を指さして首を傾げてみる。とびっきりの笑顔と鞘を剥くジェスチャーで、手伝いたいとアピールした。
許可を頂いて、手に取ってみる。エンドウ豆みたいな形で、鞘は緑色なのに、開けると精霊四色のどれかが出てきて面白い。それぞれ違うボールに分けて入れていく。
窓際には、ぎっしり積み上げられた大小のカボチャ。外側はツヤツヤの濃い緑色だけど、やっぱり中を割ったら、果肉は青だったり紫だったりするのだろうか。
≪当り前じゃ。四色ないと困るじゃろうが≫
爺様の声が困惑気味だ。
≪困らないよ普通≫
≪精霊の加護が得られんじゃろうが普通≫
……誰か『普通』の定義を教えてくれ。
≪野菜や果物が精霊四色なのは魔法なの?≫
≪そら品種改良の際には当然、魔術も使用するが……何世代にも渡って掛け合わす故、市場に出回る頃には魔術なしで普通に生えるのぉ≫
遥か昔から、どこの国でも植物を精霊四色にする研究機関があるらしい。そこに勤めているのは魔術師ではなく『魔力が多少はある普通の農学者』。
家畜を精霊四色にする機関も『当然ながら』別個にある。羊もヤギも牛も、皮膚は色が付くけど乳には色があまり付かないそうだ。
なのでチーズやヨーグルトは、四色の様々な発酵菌を開発して使う。
≪そこまで頑張らないと、精霊さんは加護を授けてくれないの?≫
≪いや? 人間側の単なる縁起担ぎじゃ、長らく続いた風習なのじゃ≫
なんだそれ、と思ったけれど、地球でも結婚式のウェディングドレスは白だし、サムシング・フォーには青い物が必須だ。還暦祝いは赤で、お葬式は黒。
そっか、色も大事だな。おまけにこっちじゃ夜になると四色四つの月が出てくるのだから、たとえ後づけの理由だろうと、そら強烈に意識するわ。
「おや、寒いのかい?」
「あら、だからコートなのね?」
お母さんの指摘に、お茶のカップを用意していたオルラさんが手を止めた。相変わらずカチューシャが通訳担当。
でも食事処なので中には入らず、台所の扉近くで待機してもらっている。フィオはもちろん二階の部屋でお留守番である。
一緒にいるのは、首からぶら下がった熊のミーシュカだけ。ということで、お母さんの念話通訳は爺様の担当となった。
そこまで寒くはないです、とお母さんに首を振り、コートを着てたら全然大丈夫です、とオルラさんにも愛想笑いをしてみせる。
部屋を出る前に脱いで行こうとしたら、爺様とカチューシャに止められたのだ。そういえば今の私は男装しているのである。あまり身体の線は出さないほうが誤魔化しやすい。
フードとケープの付いたダッフルコートといった感じ。生地は厚手のウールっぽい。襟は首元まで閉められるが、お腹まわりはだぼだぼ、裾も膝下までゆったり長いから、性別を消してくれる。
それに正直に白状すると、今日は肌寒い。
小型のストーブで料理しているけど、暖房の役目は満足に果たせていないのだ。台所は居間とつながった造りで、向こうの暖炉は閉じてある。この気温なら、もうちょっと家の中を暖かくしてもいいと思うのだけど。
≪ストーブは切り替え可能でな、今はわざと料理だけの使用に限っておる。薪は冬のために極力取っておきたいのじゃろう。年々雪の被害が酷くなっておるからな≫
爺様の解説で庭の様子を改めて眺めてみた。
まだ雪は降っていないし、北国の民なら余裕で我慢できる気候らしい。
冬の魔獣被害対策として、森の樹々は伐採しすぎないよう、街ごとに制限が設けてあるそうだ。少ない木を使って燃焼効率を上げるために、ストーブや暖炉は生活魔道具となっている。
≪そんなに寒くなるの?≫
『魔道具』と『生活魔道具』の違いも質問したかったけど、咄嗟に呑み込んだ。爺様の魔術談義は長いのだ。それよりは私が苦手な寒波のほうが重要案件だろう。
≪うむ。魔獣が襲ってくる件数も増えてはいるが、加えて、ここ数年は必ずどこかの街が豪雪で埋まって孤立する。
しかも温暖と謳われた王都ですら、夏まで雪が残るのじゃ。ワシが若い頃なら春先にはすっかり融けておったというに、霊山周辺の温泉がどこも枯れてしまっての。異常気象の連続じゃ≫
最初の街に入った際に気になった、とんがり屋根を思い出す。何が『普通』だ、やっぱりシャレにならない積雪量じゃん! 私、冬になる前に青い馬の連峰に辿り着かなきゃヤバイ。
****************
※お読みいただき、ありがとうございます。
もしお手隙でしたら、感想をぜひお願いします。
「お気に入りに追加」だけでも押していただけると、光栄です!
すでに押してくださった皆様、心より感謝いたします。
きらきら色鮮やかな日々となりますように。
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「ここよ。足りない物があったら言ってね」
家具も壁紙も、精霊四色で可憐な小花模様。ちかっぱ姫っぽい部屋に通された。
娘さんが軽く内部を説明してくれたのだが、向こうのドアを開けると、この部屋専用のトイレがあるらしい。
「ふふ。農家にしちゃ豪華でしょ。周りには『竜騎士御殿』って陰で言われているわ」
思わぬ単語にぎょっとする。それって神殿を守っているエリート騎士だよね、私たちは避けたほうが良いっていう。
「あ、大丈夫よ。今この家には竜騎士は誰もいないから」
顔にしっかり出ていたらしい。大袈裟にほっとしたジェスチャーをしておく。警察や騎士はとても、とても、苦手なのです。
「最近は、竜騎士も尊敬できないのがいるから理解できなくもないけどね、でも大半は立派な人たちよ? 姉も竜騎士なのだけど、この部屋の飾りつけを見てくれたら判るでしょ。可愛いものが大好きなの。
昔っから正義感が人一倍強いのが唯一の欠点ってとこかしら……よせばいいのに、部下を庇って辺境の地に飛ばされることになっちゃったの。
王都勤務だって、里帰りなんて年に一度あるかないかの働きづめだったし」
娘さんの顔が曇る。真面目な仕事人間が左遷されるような勤め先は、まったくもって信用ならないぞ。
「それでも姉さんの同業の人たちがたまに気にかけてくれるから、うちはまだ助かっているほうかな。ここら辺の警察はホント腐ってるもの」
ますますもって要警戒だ。内政の失敗で市民の不満が溜まってくると、戦争を起こして外に矛先を向けるのが施政者の常套手段。
やはりこの国は開戦間近なのかもしれない。
「そういうことだから、うちが通報することはないから安心してね」
神妙な顔で、頷いておく。
「じゃあ、準備が出来たら下に来て? 皆、台所に集まっていると思うから――えっと」
「メメ」
「え?」
「メメ」
私の名前です、と胸元を指さす。
「それが名前なの?」
「ソウソウ」
「初めて聞いたわ。えっと、メ・メ、で合っているかしら?」
にっこり笑顔で応える。
「じゃあ、メメ。後で――ってアタシも名乗ってなかったわね。*****よ」
「ラ?」
「オ・ル・ラ」
今度はゆっくり名前だけ言ってくれたので聞き取れた。繰り返すと、オルラさんが手をグーにして親指だけピンと伸ばしたポーズを見せてくれる。
親指は上に立てるんじゃなくて、真横に倒してるのだけど……「いいね!」のジェスチャーなのかな?
親指も握りしめたら、招き猫の「こっち来い来い」ポーズだ。とりあえず、そっちっも真似しておく。
≪ベッドだぁ≫
オルラさんがいなくなった途端、広いベッドにダイブした。デイジー模様のパッチワークをつなげたベッドカバーが絶妙な柔らかさ。そのまま夢の国へ行ってしまいそうになるが、忘れちゃいけない。
部屋の中を案内してもらったとき、リュックを窓際の長椅子の上に置いたままだったではないか。
念のため、天道虫の透かし模様が入った明るい黄色のカーテンを先に閉めてから、袋の蓋を外す。小さな緑竜がぴょこんと頭を出した。
≪フィオ、出てもいいけど、人の足音がこっちに近づいたら隠れてね≫
≪うん。ボクね、人間のお家の中って初めて。お花模様が一杯だね! ――あ、神殿のあの部屋は入れられたことあるけど≫
せっかく興味津々で周りを眺めていたのに、嫌なことを思い出して俯いてしまう。人間のせいでごめんね、と頭をそっとなでた。甘えるようにすり寄ってきたので、抱き上げて、クリームイエロー色のベッドのきわに一緒に腰かける。
≪カチューシャ、休憩しないの?≫
難しい顔で部屋中を検分している不審犬にも声をかける。殺人現場に駆けつけた科学捜査班か、君は。姫部屋で完全に悪目立ちしてるよ。
≪変わった結界や魔法陣の類はなさそうね≫
≪……そんな部屋があるの≫
ふん、と鼻息荒くベッドぎわに来た白犬も、軽くなでてモフっておく。だってドヤ顔だったし、褒めたほうがいい雰囲気だったし?
≪竜騎士なら侵入者除けの罠魔道具の一つや二つ、仕込んでいてもおかしくはあるまい。魔導士となると、もっと色々仕掛けるぞ≫
窓際のリュックの隣で、熊のぬいぐるみが物騒な解説を始めた。
部屋に問題なく入れたと油断させて、その瞬間に転移魔法が作動して外の汚泥に落下とか、椅子に座った瞬間に拘束魔法が作動して抜けられなくなるとか、窓枠に手をかけたら雷が体内に走るとか……やけに自慢げに語ってるから爺様の部屋のことなんだと思うけど、じつにエゲツない。
魔法陣の仕組みがどうのとワケの解らない話で、座ったまま危うく寝落ちしそうになり、頭をぶるぶると揺すって洗面所に向かった。
薄っすら青い壁に七宝焼きの蛙飾りがいくつか張りついている。陶器なのかな、こぶし大サイズでとっても可愛い。
ただ問題は、座れそうな場所が背もたれ付き木製椅子しかないこと。真ん中に穴は開いて、下に受け皿はあるんだけどさ!
え、もしかして、これっておまる? 一回ごとに外に捨てに行くんだろーか?
でも金属製の青い受け皿は完全に固定されている。水を流すレバーや、手を洗うための水栓蛇口も見当たらない。
≪……使い方がわかんない≫
カチューシャが溜め息をつきながら中に入って来て、こっちの蛙をこー動かして、別の蛙をこー引っ張って、と投げやりに説明してくれる。
トイレはなんと水洗じゃなくて、魔法洗だった。人生初の『転移魔法陣』が、おまるになるとは斬新だ。
紙も蛙の口から自動的に出てくる魔法紙ですとな。質感的には、地球の高級しっとりティッシュみたい。
≪あれ、じゃあ魔力をこめないと使えないの?≫
≪いやそれ、生活魔道具だから。誰でも使えるに決まってるでしょ≫
またまた魔道具! 爺様のじゃらじゃら飾りや罠部屋だけじゃなかったのか。よく解らないけど、とにかくスゴイぞ。
トイレを使った後に手を洗う場合は、別の大型蛙の口元に手をかざす。背中におんぶしたチビ蛙の向きによって水の温度が変わるらしい。
合計四匹。ラブリーさにテンション上がって、一気に目が覚めた。
「いらっしゃい」
蛙ぴょこぴょこ、よんぴょこぴょこっ、と軽くスキップしながら台所に降りると上品なおばあさんが、豆の鞘をしゅっしゅっしゅっとリズム良く剥いていた。
首がすらりと長くて姿勢が良い。ネモフィラみたいな小柄な美人さん。淡く水色がかった白髪は後ろで編み込んで、水色のドレスの上には紺色のレース編みのショール。
「メメ」と名乗ってお辞儀すると、後ろでお湯を沸かしていたオルラさんが、自分の母親なのだと教えてくれた。
もう一人、恰幅の良い中年女性が部屋中をきびきび動き回っている。つり目だけど、ヌートリアっぽい大きな顔の中で小さくぽつんと離れているから、キツイ感じはしない。こちらは住み込みのお手伝いさんだそうだ。
香味野菜を刻んで肉団子のタネを作ったり、ストーブの上に乗せた煮込み鍋をかき混ぜたり、食器を拭いて棚へ戻したり、パントリーに食材を取りに行ったり。
頭の上でお団子にした菫色の髪の先が、走り回る時計兎の尻尾みたいにぴこぴこぴこ。
一番邪魔にならなさそうな場所を選び、豆を指さして首を傾げてみる。とびっきりの笑顔と鞘を剥くジェスチャーで、手伝いたいとアピールした。
許可を頂いて、手に取ってみる。エンドウ豆みたいな形で、鞘は緑色なのに、開けると精霊四色のどれかが出てきて面白い。それぞれ違うボールに分けて入れていく。
窓際には、ぎっしり積み上げられた大小のカボチャ。外側はツヤツヤの濃い緑色だけど、やっぱり中を割ったら、果肉は青だったり紫だったりするのだろうか。
≪当り前じゃ。四色ないと困るじゃろうが≫
爺様の声が困惑気味だ。
≪困らないよ普通≫
≪精霊の加護が得られんじゃろうが普通≫
……誰か『普通』の定義を教えてくれ。
≪野菜や果物が精霊四色なのは魔法なの?≫
≪そら品種改良の際には当然、魔術も使用するが……何世代にも渡って掛け合わす故、市場に出回る頃には魔術なしで普通に生えるのぉ≫
遥か昔から、どこの国でも植物を精霊四色にする研究機関があるらしい。そこに勤めているのは魔術師ではなく『魔力が多少はある普通の農学者』。
家畜を精霊四色にする機関も『当然ながら』別個にある。羊もヤギも牛も、皮膚は色が付くけど乳には色があまり付かないそうだ。
なのでチーズやヨーグルトは、四色の様々な発酵菌を開発して使う。
≪そこまで頑張らないと、精霊さんは加護を授けてくれないの?≫
≪いや? 人間側の単なる縁起担ぎじゃ、長らく続いた風習なのじゃ≫
なんだそれ、と思ったけれど、地球でも結婚式のウェディングドレスは白だし、サムシング・フォーには青い物が必須だ。還暦祝いは赤で、お葬式は黒。
そっか、色も大事だな。おまけにこっちじゃ夜になると四色四つの月が出てくるのだから、たとえ後づけの理由だろうと、そら強烈に意識するわ。
「おや、寒いのかい?」
「あら、だからコートなのね?」
お母さんの指摘に、お茶のカップを用意していたオルラさんが手を止めた。相変わらずカチューシャが通訳担当。
でも食事処なので中には入らず、台所の扉近くで待機してもらっている。フィオはもちろん二階の部屋でお留守番である。
一緒にいるのは、首からぶら下がった熊のミーシュカだけ。ということで、お母さんの念話通訳は爺様の担当となった。
そこまで寒くはないです、とお母さんに首を振り、コートを着てたら全然大丈夫です、とオルラさんにも愛想笑いをしてみせる。
部屋を出る前に脱いで行こうとしたら、爺様とカチューシャに止められたのだ。そういえば今の私は男装しているのである。あまり身体の線は出さないほうが誤魔化しやすい。
フードとケープの付いたダッフルコートといった感じ。生地は厚手のウールっぽい。襟は首元まで閉められるが、お腹まわりはだぼだぼ、裾も膝下までゆったり長いから、性別を消してくれる。
それに正直に白状すると、今日は肌寒い。
小型のストーブで料理しているけど、暖房の役目は満足に果たせていないのだ。台所は居間とつながった造りで、向こうの暖炉は閉じてある。この気温なら、もうちょっと家の中を暖かくしてもいいと思うのだけど。
≪ストーブは切り替え可能でな、今はわざと料理だけの使用に限っておる。薪は冬のために極力取っておきたいのじゃろう。年々雪の被害が酷くなっておるからな≫
爺様の解説で庭の様子を改めて眺めてみた。
まだ雪は降っていないし、北国の民なら余裕で我慢できる気候らしい。
冬の魔獣被害対策として、森の樹々は伐採しすぎないよう、街ごとに制限が設けてあるそうだ。少ない木を使って燃焼効率を上げるために、ストーブや暖炉は生活魔道具となっている。
≪そんなに寒くなるの?≫
『魔道具』と『生活魔道具』の違いも質問したかったけど、咄嗟に呑み込んだ。爺様の魔術談義は長いのだ。それよりは私が苦手な寒波のほうが重要案件だろう。
≪うむ。魔獣が襲ってくる件数も増えてはいるが、加えて、ここ数年は必ずどこかの街が豪雪で埋まって孤立する。
しかも温暖と謳われた王都ですら、夏まで雪が残るのじゃ。ワシが若い頃なら春先にはすっかり融けておったというに、霊山周辺の温泉がどこも枯れてしまっての。異常気象の連続じゃ≫
最初の街に入った際に気になった、とんがり屋根を思い出す。何が『普通』だ、やっぱりシャレにならない積雪量じゃん! 私、冬になる前に青い馬の連峰に辿り着かなきゃヤバイ。
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