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魔狼の森 ~ 朝靄の街(ティアルサーレ)

32. お部屋に入る

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芽芽めめ視点に戻ります。

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「ここよ。足りない物があったら言ってね」

 家具も壁紙も、精霊四色で可憐かれんな小花模様。ちかっぱ姫っぽい部屋に通された。
 娘さんが軽く内部を説明してくれたのだが、向こうのドアを開けると、この部屋専用のトイレがあるらしい。

「ふふ。農家にしちゃ豪華でしょ。周りには『竜騎士御殿』って陰で言われているわ」

 思わぬ単語にぎょっとする。それって神殿を守っているエリート騎士だよね、私たちは避けたほうが良いっていう。

「あ、大丈夫よ。今この家には竜騎士は誰もいないから」

 顔にしっかり出ていたらしい。大袈裟おおげさにほっとしたジェスチャーをしておく。警察や騎士はとても、とても、苦手なのです。

「最近は、竜騎士も尊敬できないのがいるから理解できなくもないけどね、でも大半は立派な人たちよ? 姉も竜騎士なのだけど、この部屋の飾りつけを見てくれたら判るでしょ。可愛いものが大好きなの。
 昔っから正義感が人一倍強いのが唯一の欠点ってとこかしら……よせばいいのに、部下をかばって辺境の地に飛ばされることになっちゃったの。
 王都勤務だって、里帰りなんて年に一度あるかないかの働きづめだったし」

 娘さんの顔が曇る。真面目な仕事人間が左遷されるような勤め先は、まったくもって信用ならないぞ。

「それでも姉さんの同業の人たちがたまに気にかけてくれるから、うちはまだ助かっているほうかな。ここら辺の警察はホント腐ってるもの」

 ますますもって要警戒だ。内政の失敗で市民の不満がまってくると、戦争を起こして外に矛先を向けるのが施政者の常套じょうとう手段。
 やはりこの国は開戦間近なのかもしれない。

「そういうことだから、うちが通報することはないから安心してね」

 神妙な顔で、うなずいておく。

「じゃあ、準備が出来たら下に来て? 皆、台所に集まっていると思うから――えっと」

「メメ」

「え?」

「メメ」

 私の名前です、と胸元を指さす。

「それが名前なの?」

「ソウソウ」

「初めて聞いたわ。えっと、メ・メ、で合っているかしら?」

 にっこり笑顔で応える。

「じゃあ、メメ。後で――ってアタシも名乗ってなかったわね。*****よ」

「ラ?」

「オ・ル・ラ」

 今度はゆっくり名前だけ言ってくれたので聞き取れた。繰り返すと、オルラさんが手をグーにして親指だけピンと伸ばしたポーズを見せてくれる。
 親指は上に立てるんじゃなくて、真横に倒してるのだけど……「いいね!」のジェスチャーなのかな?
 親指も握りしめたら、招き猫の「こっち来い来い」ポーズだ。とりあえず、そっちっも真似しておく。



≪ベッドだぁ≫

 オルラさんがいなくなった途端、広いベッドにダイブした。デイジー模様のパッチワークをつなげたベッドカバーが絶妙な柔らかさ。そのまま夢の国へ行ってしまいそうになるが、忘れちゃいけない。
 部屋の中を案内してもらったとき、リュックを窓際の長椅子の上に置いたままだったではないか。
 念のため、天道虫の透かし模様が入った明るい黄色のカーテンを先に閉めてから、袋のふたを外す。小さな緑竜がぴょこんと頭を出した。

≪フィオ、出てもいいけど、人の足音がこっちに近づいたら隠れてね≫

≪うん。ボクね、人間のお家の中って初めて。お花模様が一杯だね! ――あ、神殿のあの部屋は入れられたことあるけど≫

 せっかく興味津々で周りを眺めていたのに、嫌なことを思い出してうつむいてしまう。人間のせいでごめんね、と頭をそっとなでた。甘えるようにすり寄ってきたので、抱き上げて、クリームイエロー色のベッドのきわに一緒に腰かける。

≪カチューシャ、休憩しないの?≫

 難しい顔で部屋中を検分している不審犬にも声をかける。殺人現場に駆けつけた科学捜査班シー・エス・アイか、君は。姫部屋で完全に悪目立ちしてるよ。

≪変わった結界や魔法陣の類はなさそうね≫

≪……そんな部屋があるの≫

 ふん、と鼻息荒くベッドぎわに来た白犬も、軽くなでてモフっておく。だってドヤ顔だったし、褒めたほうがいい雰囲気だったし?

≪竜騎士なら侵入者除けのわな魔道具の一つや二つ、仕込んでいてもおかしくはあるまい。魔導士となると、もっと色々仕掛けるぞ≫

 窓際のリュックの隣で、熊のぬいぐるみが物騒な解説を始めた。
 部屋に問題なく入れたと油断させて、その瞬間に転移魔法が作動して外の汚泥に落下とか、椅子に座った瞬間に拘束魔法が作動して抜けられなくなるとか、窓枠に手をかけたら雷が体内に走るとか……やけに自慢げに語ってるからじじ様の部屋のことなんだと思うけど、じつにエゲツない。

 魔法陣の仕組みがどうのとワケの解らない話で、座ったまま危うく寝落ちしそうになり、頭をぶるぶると揺すって洗面所に向かった。

 薄っすら青い壁に七宝焼きのかえる飾りがいくつか張りついている。陶器なのかな、こぶし大サイズでとっても可愛い。
 ただ問題は、座れそうな場所が背もたれ付き木製椅子しかないこと。真ん中に穴は開いて、下に受け皿はあるんだけどさ!

 え、もしかして、これっておまる? 一回ごとに外に捨てに行くんだろーか?
 でも金属製の青い受け皿は完全に固定されている。水を流すレバーや、手を洗うための水栓蛇口も見当たらない。

≪……使い方がわかんない≫

 カチューシャがめ息をつきながら中に入って来て、こっちのかえるをこー動かして、別の蛙をこー引っ張って、と投げやりに説明してくれる。

 トイレはなんと水洗じゃなくて、魔法洗だった。人生初の『転移魔法陣』が、おまるになるとは斬新だ。
 紙も蛙の口から自動的に出てくる魔法紙ですとな。質感的には、地球の高級しっとりティッシュみたい。

≪あれ、じゃあ魔力をこめないと使えないの?≫

≪いやそれ、生活魔道具だから。誰でも使えるに決まってるでしょ≫

 またまた魔道具! 爺様のじゃらじゃら飾りやわな部屋だけじゃなかったのか。よく解らないけど、とにかくスゴイぞ。
 トイレを使った後に手を洗う場合は、別の大型蛙の口元に手をかざす。背中におんぶしたチビ蛙の向きによって水の温度が変わるらしい。
 合計四匹。ラブリーさにテンション上がって、一気に目が覚めた。



「いらっしゃい」

 蛙ぴょこぴょこ、よんぴょこぴょこっ、と軽くスキップしながら台所に降りると上品なおばあさんが、豆のさやをしゅっしゅっしゅっとリズム良くいていた。
 首がすらりと長くて姿勢が良い。ネモフィラみたいな小柄な美人さん。淡く水色がかった白髪は後ろで編み込んで、水色のドレスの上には紺色のレース編みのショール。
 「メメ」と名乗ってお辞儀すると、後ろでお湯を沸かしていたオルラさんが、自分の母親なのだと教えてくれた。

 もう一人、恰幅かっぷくの良い中年女性が部屋中をきびきび動き回っている。つり目だけど、ヌートリアっぽい大きな顔の中で小さくぽつんと離れているから、キツイ感じはしない。こちらは住み込みのお手伝いさんだそうだ。

 香味野菜を刻んで肉団子のタネを作ったり、ストーブの上に乗せた煮込み鍋をかき混ぜたり、食器を拭いて棚へ戻したり、パントリーに食材を取りに行ったり。
 頭の上でお団子にしたすみれ色の髪の先が、走り回る時計うさぎの尻尾みたいにぴこぴこぴこ。

 一番邪魔にならなさそうな場所を選び、豆を指さして首を傾げてみる。とびっきりの笑顔とさやくジェスチャーで、手伝いたいとアピールした。
 許可を頂いて、手に取ってみる。エンドウ豆みたいな形で、鞘は緑色なのに、開けると精霊四色のどれかが出てきて面白い。それぞれ違うボールに分けて入れていく。

 窓際には、ぎっしり積み上げられた大小のカボチャ。外側はツヤツヤの濃い緑色だけど、やっぱり中を割ったら、果肉は青だったり紫だったりするのだろうか。

≪当り前じゃ。四色ないと困るじゃろうが≫

 爺様の声が困惑気味だ。

≪困らないよ普通≫

≪精霊の加護が得られんじゃろうが普通≫

 ……誰か『普通』の定義を教えてくれ。

≪野菜や果物が精霊四色なのは魔法なの?≫

≪そら品種改良の際には当然、魔術も使用するが……何世代にも渡って掛け合わすゆえ、市場に出回る頃には魔術なしで普通に生えるのぉ≫

 はるか昔から、どこの国でも植物を精霊四色にする研究機関があるらしい。そこに勤めているのは魔術師ではなく『魔力が多少はあるの農学者』。
 家畜を精霊四色にする機関も『当然ながら』別個にある。羊もヤギも牛も、皮膚は色が付くけど乳には色があまり付かないそうだ。
 なのでチーズやヨーグルトは、四色の様々な発酵菌を開発して使う。

≪そこまで頑張らないと、精霊さんは加護を授けてくれないの?≫

≪いや? 人間側の単なる縁起担ぎじゃ、長らく続いた風習なのじゃ≫

 なんだそれ、と思ったけれど、地球でも結婚式のウェディングドレスは白だし、サムシング・フォーには青い物が必須だ。還暦祝いは赤で、お葬式は黒。
 そっか、色も大事だな。おまけにこっちじゃ夜になると四色四つの月が出てくるのだから、たとえ後づけの理由だろうと、そら強烈に意識するわ。

「おや、寒いのかい?」

「あら、だからコートなのね?」

 お母さんの指摘に、お茶のカップを用意していたオルラさんが手を止めた。相変わらずカチューシャが通訳担当。
 でも食事処なので中には入らず、台所の扉近くで待機してもらっている。フィオはもちろん二階の部屋でお留守番である。
 一緒にいるのは、首からぶら下がった熊のミーシュカだけ。ということで、お母さんの念話通訳は爺様の担当となった。

 そこまで寒くはないです、とお母さんに首を振り、コートを着てたら全然大丈夫です、とオルラさんにも愛想笑いをしてみせる。
 部屋を出る前に脱いで行こうとしたら、爺様とカチューシャに止められたのだ。そういえば今の私は男装しているのである。あまり身体の線は出さないほうが誤魔化ごまかしやすい。

 フードとケープの付いたダッフルコートといった感じ。生地は厚手のウールっぽい。襟は首元まで閉められるが、お腹まわりはだぼだぼ、裾も膝下までゆったり長いから、性別を消してくれる。

 それに正直に白状すると、今日は肌寒い。

 小型のストーブで料理しているけど、暖房の役目は満足に果たせていないのだ。台所は居間とつながった造りで、向こうの暖炉は閉じてある。この気温なら、もうちょっと家の中を暖かくしてもいいと思うのだけど。

≪ストーブは切り替え可能でな、今はわざと料理だけの使用に限っておる。薪は冬のために極力取っておきたいのじゃろう。年々雪の被害が酷くなっておるからな≫

 爺様の解説で庭の様子を改めて眺めてみた。

 まだ雪は降っていないし、北国の民なら余裕で我慢できる気候らしい。
 冬の魔獣被害対策として、森の樹々は伐採しすぎないよう、街ごとに制限が設けてあるそうだ。少ない木を使って燃焼効率を上げるために、ストーブや暖炉は生活魔道具となっている。

≪そんなに寒くなるの?≫

 『魔道具』と『生活魔道具』の違いも質問したかったけど、咄嗟とっさみ込んだ。爺様の魔術談義は長いのだ。それよりは私が苦手な寒波のほうが重要案件だろう。

≪うむ。魔獣が襲ってくる件数も増えてはいるが、加えて、ここ数年は必ずどこかの街が豪雪で埋まって孤立する。
 しかも温暖とうたわれた王都ですら、夏まで雪が残るのじゃ。ワシが若い頃なら春先にはすっかり融けておったというに、霊山周辺の温泉がどこも枯れてしまっての。異常気象の連続じゃ≫

 最初の街に入った際に気になった、とんがり屋根を思い出す。何が『普通』だ、やっぱりシャレにならない積雪量じゃん! 私、冬になる前に青い馬の連峰に辿たどり着かなきゃヤバイ。






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