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魔狼の森 ~ 朝靄の街(ティアルサーレ)

37. 図書館に行く (6日目)

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 庁舎の火事だけじゃなく、その前の大嵐で他の地区はかなりの被害を受けていた。
 雷が畑の土に良いって聞かされてたから、街の中央広場に来るまで道のあちこちに散乱する木材や、家の一部倒壊を目にして驚いてしまう。

「うちは今回は何も飛ばなかったし、飛んでこなかったし、流石の竜騎士御殿よね」

 横を歩くオルラさんが苦笑する。両隣は、屋根の一部が無くなっていた。昨夜、雨が止んでも森への捜索隊が組まれなかったのは、嵐被害の対策で皆が手一杯なせいだった。

「華美にはしていないけど、我が家の材質は年々さりげなく、こ~っそり上質のものに差し替えているから。じつはここら辺の商家よりも丈夫なの。
 ――やっぱりお金って大事だわ」

 私に言い聞かせるようにオルラさんが語るので、素直に同意しておく。でもね、果物代とか宿泊代は受け取ってほしいのだけどな。
 柘榴ざくろ色のふわもこマフラーにあごうずめながら、どうしたもんかと思案する。



「ここが図書館よ。父さんが言ってたとおり、被害は無さそうね」

 全焼した庁舎とは広場を挟んで反対側。竜騎士御殿のようなカラクリがあるのか、延焼も嵐の爪痕も無かった。カチューシャには外で待ってもらって、じじ様とリュックの中のフィオとで中に入る。

 オルラさんは「小さい街だから」と謙遜していたが、これってずいぶん巨大だと思う。本屋さんがないとこうなるのか。
 吹き抜け天井ギリギリまで埋め尽くされた本に圧倒されながら、周囲を見渡した。重厚な木造建築で、アールヌーヴォーみたいな曲線が美しい。

 どの窓もステンドグラスで、精霊のモチーフが描かれてある。きのこ団栗どんぐりがこうも神々しくなるとはびっくりだ。だって四方八方に後光が射してるんだよ。蒲公英たんぽぽ楓葉メイプルも。
 眷属けんぞくの皆さんに至っては、放射状の光線に加えて光輪を頭上に戴いていた。天道虫とか、かえるとか、栗鼠りすとか、蝶々ちょうちょうとか。

 トイレや窓の取っ手に使うクセに、線引きがよーわからん。灯りスイッチの団栗なんて、毎日足で押してるじゃん。
 それが四階まで続く大きな窓いっぱいに、これでもかと八色の後光。

≪ねぇ爺様、こっちの虹は『七色』て言わないの?≫

≪可視光線は八色じゃろ。七では納まりが悪いわ、聖なる四の倍数にせい≫

 ラッキーセブンが否定されちまったい。中華圏じゃ『四』の音は不吉なんだけどな。まぁ『八』の形は末広がりだけど……むむむ。異文化ってややこしや。

「大丈夫? おとぎ話は三階だと思うわ。初等部の部門だから」

 中に入ってから、オルラさんはひそひそ声になった。『静かにしましょう』はどこの世界の図書館でも共通ルールらしい。私も無言でコクコクうなずく。

 あらかじめ欲しい内容は伝えてある。

 この国で一番よく知られた子ども向けのお話。
 現代語で書かれていて、台詞の部分が多いこと。
 挿絵も沢山あること。

 三階でオルラさんが選んでくれた十数冊をパラパラとめくり、首元にぶら下げた熊チェックにかける。職業柄、言葉に五月蠅うるさそうだし、その実力を存分に発揮していただこうではないか。
 私は挿絵とフォントの選別係だ。読みやすくて楽しくないと教材として苦痛だもの。

≪なんじゃこれは。定番の逸話じゃというのに、今風の言葉遣いで言い換えおって、風雅さが欠片もない。なにせ貴族なら幼子でも知っておる古代語での言い回しが、ことごく抜けておる!≫

≪ほんと? じゃ採用!≫

 風雅な言い回しも貴族の英才教育も古代語も、日常会話では邪魔なだけだ。
 同シリーズを三冊選び、オルラさんに渡す。すると本の末尾の図書カードみたいな封筒から薄い木札を一本ずつ取り出した。受付にはこちらの棒を提出するらしい。

 同じ階の子供向け地図部門で、王都周辺・この国全体・この大陸全体の三つの地図も厳選する。これもカラフルで、ところどころ名所や遺跡や名産物が描かれているものにした。どの地名もイメージがミジンコも湧かないのだから、絵は大事だ。
 動物や魚が笑顔で遊んでいるのが可愛い。うん、これなら眺めていられる。

 地図の裏側に小さな封筒がくっついているのは気がついていたので、そこから木札を一本取り出してオルラさんに渡す。さっき一度の体験でこちらのシステムに馴染なじんだ私偉い、と独りでプチ優越感に浸った。

 一階の受付近くで探すのは、無地の本と地図に使うポスター用紙。本の中に地図情報を含めることも出来るらしいが、それだとポケットに入らないので別々にする。そしてどちらも防水加工のしっかりしたものにした。
 防火処理は迷ったが、すでにシャレにならない額に到達しているので諦める。雨にれる危険はあっても、火の中に落っことすような事態には遭遇しないと切に願いたい。

 本一冊に地図三枚で1,704イリ。金竜六枚弱だから、市場の服一式の十倍越えだ。

「ねぇ、やっぱりアタシのを使ったほうが……」

 オルラさんが自分のショルダーバッグから本を取り出そうとするが固辞する。

 本に使う魔紙はたいへん高価である。青蛙あおがえるマジックで消える、トイレ用魔紙とは材料も製法も異なるのだ。おまけにこの国は、冬が長く厳しい。その間、読書は数少ない娯楽の一つ。
 だから高価でも庶民でも、一人数冊は本を持とうとする。その貴重な一冊を頂くわけにはいかない。

「コレ、オネガイ」

 ポケットから三日月型の中金貨を一枚取り出して、他の人に見えないようにオルラさんに手渡す。嵐と火事のおかげで幸いまばらだ。時々こちらに視線を寄越す受付の人に気をつけてれば大丈夫。

「こ、これって! ……メメのなの?」

 本当は爺様とカチューシャのだけれど、躊躇ちゅうちょして盗んだとか思われたら面倒だし、速攻でうなずいておいた。

「でもほぼ全財産なんじゃ……」

「チガウ」

 安心させるように、反対側のポケットからもう一枚の中金貨をこっそり見せると、輪をかけて驚かれた。気軽に持ち歩ける金額じゃないですよね、お気持ちは解ります、ハイ。

 大金貨に至ってはリュックや靴の底に縫いつけたほうがいいかな。そいで青い馬の連峰に到達したら、全額寄付という形でお坊さんと交渉しようかしら。
 まぁ爺様とカチューシャに借金させてもらっているのだし、いざという時までは大切にちびちび使うけど。ただし他種族フィオにかけた迷惑の前には優先順位が劣る。

 奴隷契約だなんて、人類が土下座で賠償せねばならない案件だと本気で思うもの。

「どうしても必要なのね?」

 最後にもう一度確認すると、オルラさんは一人で受付に向かった。
 これも先に打ち合わせしてある。余所よそ者の私は目立たないほうがいい。本や地図の紙を購入するのも、中身を転写してもらうのも、あくまでこの街の住人であるオルラさんだ。

 せっかく本を持ってきているのだ。自分用にも新しいのを転写したらいーのに、と促すと、私の購入したい品を受付に預けてから探しに行った。
 ふくよか福々美人さんだよなぁと、椅子に腰かけてぼんやり眺める。

 ちなみに転写は、本の総ページ数を越えていなければ何冊分でも可能だ。
 なのでおとぎ話三冊分にした。竜騎士となったお姫様によるこの国の建国物語、市長になった奴隷少女の物語、そして薬草を探しにいく親孝行の魔導士少女の物語。どれもこの国の人間なら必ず知っているらしい。
 精霊信仰といい、そういう『常識』も仕入れていかねば。

 異質な人間というのは兎角とかく、忌み嫌われる。

 思い返せば、昔から世間の目を気に病む両親は、私が『他の子と違う』と疎んじていた。
 自分では『普通』だと思ってたし、奇をてらった言動を敢えて選択したことなんてなかったんだけどな。親に言わせると、立ってるだけで『お前は変』らしい。

 だったら海外転勤になる小三まで、おじいちゃん家に預けっぱなしにしなければよかったのに。共働きだからって、現地でも年老いた通いのお手伝いさんに、私の世話を押しつけっぱなしにしなければよかったのに。

 両親と食卓を囲んだ記憶はほとんどない。頭をなでてもらうどころか、接触が皆無。仕事のストレスなのか、たまに会っても不機嫌そうに黙っていた。
 だけど日中、爺婆の茶飲み友達には一杯構ってもらえたし、夜にはおじいちゃんの小石が『おまじない』結界で守ってくれたし、熊のミーシュカには話を聞いてもらって毎日ハグし合ってたし。全然ちっとも平気の河童かっぱ巻きだもん!

「はい。これでいいかしら?」

 若干イジケていたら、目の前に馬助二枚のお釣りを乗せた本が差し出された。やった、私の本だ! うん、本も友達だったな、そりゃもう何冊も。

 今はフィオや爺様やカチューシャだってそうだし、オルラさんだってそうだ。
 お礼を言って、地図をポケットに入る大きさに畳んでから、爺様に教えてもらったつづりを手帳に書く。

「何かしら? ああ、『友達』ね。と・も・だ・ち」

「トモ……ッチ」

 オルラさんと私を交互に指してそう言うと、本日二度目の抱擁をしてくださる。だからお胸のお山がね。

「と・も・だ・ち」

「トモッチ」

 発音が難しい。二人で手をつないで図書館を出て、お目当ての青果店に行く道すがら練習する。
 カチューシャも合流した。太陽に照らされる石畳、真っ白な毛並みがよく映えた。






「明日の朝、馬車乗り場に連れてってあげるよ」

 夕食時にはお父さんのトゥーハルさんがそう申し出てくれた。ぜひお世話になります、と笑顔で応える。
 多分この家の人たちは、言葉の不自由な私のことを理解しようと、すんごく気を配ってくれているのだと思う。おかげで顔の表情やジェスチャーだけでも、それなりに伝わっていた。

「それからこっちがメリアルサーレの宿屋をしているお友達への手紙。ここに書いてあるのが宿屋の名前だから、人に見せて連れてってもらうのよ?」

 メリアルサーレは馬車で目指す街の名前だ。オルラさんが文字の書かれた葉書みたいな薄い木札を渡してくれる。やはり紙は貴重らしい。
 皆さんに改めてお礼を言って、頭を下げた。

「ほら、御飯が冷めてしまうよ」

 お手伝いのウーナさんが香ばしい野草茶のお代わりを注いでくれる。サフランの乾燥雌しべみたいな欠片が数本浮かんでいる。

 どちらも赤色なのは、今日が火の週の火の日だから。
 この家で教えてもらった習慣だ。

 横で微笑んでるエトロゥマお母さんも、皆ぽかぽか温かい。なんだか『家族』って感じだ、いいな。

 一人ひとりに小カボチャの丸焼きが出されたが、中の果肉は真っ赤。挽肉ひきにく団子や刻んだ野菜がたっぷり入っている。
 この赤いポタージュスープに浸すのは……オーブンから取り出した出来立てほやほや、コロコロ可愛い『団栗どんぐりパン』!
 赤麦のこぶし大の生地を団栗型に丸め、かさを模した部分は赤ナッツをまぶしてあった。ウーナさんによると、どのくらい団栗粉や他の雑穀を混ぜ込んでも膨らませられるか、が腕の見せどころらしい。

 デザートは、精霊四色のフルーツがこんもり盛られたフルーツタルトだ。
 透明ゼリーナパージュのようなものが塗られて、宝石のように輝いている。

 地球のパティスリー店を彷彿ほうふつとさせるこの超高級タルトは、オルラさんに案内してもらった菓子店で、強引に私が買わせてもらった。だってここの人たち、宿代を受け取ってくれなさそうなんだもの。
 それにオルラさんのケーキに対する嫌な思い出が、これで少しでも上書きされたらいいな、という密かな野望もあったりする。

 ちなみに夕食の前には、三日前の市場でおまけしてもらったアイス棒でない本物の香木二本も渡した。木に詳しそうなトゥーハルさんが「こりゃそこそこ上等だぞ」って私に返そうとしたから、意外と良い品だったらしい。
 押し問答になって、今も食器棚の上で保留中。私が旅立つまで、このまま存在を忘れてくれるといいのだけど。

「お祭りだってこんな豪華なのは口に出来ないわ」

 エトロゥマさんが果物のたっぷり載ったタルトを前に、大袈裟おおげさに喜んでくれる。オルラさんを含め、他の三人も笑顔で美味しいと何度も言ってくれた。
 ……あと一日いたら、離れたくなくなってしまいそう。

「元気でね。無茶しちゃ駄目よ」

 エトロゥマさんがほおをなでてくれて、オルラさんがぎゅっと抱きしめてくれて、ウーナさんは頭をなでてくれて。
 トゥーハルさんはお酒を小さめのマグカップで飲みながらニコニコ眺めていて。マドラー代わりの赤い茎ストローで、トントン底をつついている。

 人間なんて戦争でも何でもしたらいいと思ったけれど、悪人以外が巻き込まれるのはやっぱり嫌だ。






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