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暁の街(メリアルサーレ)~ ダルモサーレ ~ リダンサーレ
41. 藤ゆりの宿を出る (8日目)
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自分のと爺様の手帳を見開いて、これまで学んだ単語をブツブツ呟く。文字を見ながら、指を動かして空中に書いた。語学は反復練習の筋トレなのだ。
さて食事に行こう、と思った時点で、昨夜の無花果と胡桃のタルトの存在に気がついた。
≪そういえば爺様、『秋紫ソース』って何?≫
≪さあ? 季節のソースか何かじゃろ、推測するに≫
カチューシャ姐さんは……そっぽ向いた、あからさまに! グルメ情報をこの二人に聞いちゃ駄目だった。
≪よくそれで、カボチャの種の色は解説できたよね≫
≪違和感がないほうが変じゃろう。餞別でもないのに、毎晩わざわざ精霊十字を四色にしておったのじゃぞ!≫
爺様よ、変で悪かったな。こちとらまったく違和感ありませんけど、だから何?
へにょっとアヒル口しながら、タルトをぢっと見つめる。
どうしようかな、美味しそうだから捨てたくない。それに勿体ないオバケが見ていたら、いつか食糧に困る日が来そうで怖い。
エトロゥマさんの焼きサンドイッチが入っていた大きな葉っぱにそおっと包むことにした。昨夜テーブルでカトラリーを拭いた、ティッシュ代わりの葉っぱよりも厚め。笹みたいに長くて繊維質だから洗って干すと何回か使えそう。
そろそろ早めのブランチを食べれそうな時間かな。空のお皿を持って螺旋階段を降りて行くと、人の話し声がするし、食器の音がする。
昨日のムキムキマッチョな四人組だ。同じテーブルには着いてないけど、時々会話しているから顔見知りっぽい。
熊のミーシュカの後ろに隠れてステルス移動を試み、隅っこの席を確保。自慢のカトラリーセットを広げると、ようやく緊張がほぐれた。
「こちらがぁ、干し葡萄入りパン、林檎果汁、チーズ入り卵焼き、薫製鳥肉、季節の温野菜、秋紫ヨーグルトでぇす」
……紫美魔女さんの話し方が、昨夜より間延びしている。男性陣も一階にたむろしているからかな、倍増しの色香を振りまいていた。
まぁこれも一種のサバイバル能力よね。頑張ってる女性に対しては、悪事以外であればどんな方向だろうと、わたしゃ応援するよ。
それにしても、どこの世界もホテルの朝食って豪勢なの? さっきタルトを食べなくて良かった。まぁ選択肢が沢山あって、いちいちどれにするのか訊かれる方式でないだけラッキーだと思おう。
ぜひとも完食したいのは、ねっとりヨーグルトだな。またまた『秋紫』なのだ。そして生の果物が色彩豊かにたっぷり載っている。肝心のソースは紫色なのにオレンジの味。
≪でも爺様、変だよ。この朝食、食材も食器も。全体的に四色均等なんだけど、この宿も朝は隣国系なの?≫
≪なわけあるか。今日が古代の休日なせいじゃ≫
当然のごとく突っ返されてしまう。こちトラ『隣国』も『古代』もシャケわかめの意味とろろだよ。
≪また週末の満月の日ってこと?≫
≪いや、満月の前日じゃ。精霊の休みの日、なぞと表現する連中もおるの≫
土日の二連休みたいなものかな。爺様に言わせると、この前日のほうが皆しっかり休むらしい。古代には役所や店がすべて閉まって、精霊に祈りを捧げた日だから、『古代の』休日。
満月の日は『現代の』休日と呼ぶそうだ。でも市も立つし、夜には満月パワーで染めたり彫ったり忙しいもんね。
つまりだ、土・日じゃなくて、日・土って感覚なのか。と思ったら、現代の休日には『冠婚葬祭も集中する』とか言ってくるし、やはり想像つかない。一週間のお葬式をまとめて満月の日にするって何ソレ。
とりあえずパンは今回も巾着袋に直行。手の平サイズの手裏剣型になってて、練り込まれた精霊四色の干し葡萄がところどころ顔を覗かせている。四辺それぞれに一色だけ配分してあるから、後で葡萄の味比べできそう。
水筒も持って降りておけば、林檎果汁を確保できたのに。あ、でもサバンナで動物が派手に踊っているデザインは、爺様が≪見たことない≫って顔をしかめてたからダメだ。
地下から水を汲む魔法の応用で転移させられるかも? と思ったが、目の前に水筒が無くても転移先が明確に把握できるのか、間違った場所にぶちまけないのかと爺様に言われて、責任持てないので断念した。
フィオが喜びそうなカットされた果物は、タッパーが欲しい。……本日の買い物リストが決まった気がする。
爺様の手帳を眺めつつ、昨日の単語をもごもご復習しながら、ブランチを食べ終わった。
他の客と話し込んでいた女将さんもカウンターに戻って一人だ、今がチャンスだ!
「あ……」
受付に突撃したのはいいけど、適切な言葉が出てこない。『ちょっとお尋ねしてもよろしいでしょうか』なんて、高等すぎる。
「あらぁどうなさったの? 地図かしらん?」
「ソウソウ……アオイウマノ、レンポ」
私は国の地図を見せて、『私がいるの、ここ』とばかりに、今いる街と私自身を交互に指さす。女将さんがはんなりと頷くのを確認すると、次はすーっと指を動かして青い馬の連峰まで移動させる。
「そういえば、青い馬の連峰に行きたいのだったかしら? でもぉそぉんな遠くまで? 一人なのに?」
こくこくこく。ついでにこの地方の地図も見せる。次はどこを目指せばいいでしょうか?
馬車乗り場でも訊くつもりだけれど、情報収集と言葉を練習する機会は多いに越したことはない。玄関をさして、あそこを出て右? 左? と進行方向に何度か腕を流してみた。
「そうねぇ……長距離馬車を使いますぅ?」
こくこくこく。
「となると、今日はまずはここら辺までかしらねぇ……ほらココ、この街からこっち方面は『**』街まで行く馬車だけなのですもの。
ティアルサーレだったら王都に戻る手もあったけれど、ここからじゃ中途半端だし。遠距離の馬車は『**』からしか出ていないから、こっちに来ちゃうと乗り換えなのよねぇ」
あーそれは多分、私が王都は嫌だってオルラさんたちに首振って訴えたせい。
そいで今、翻訳不可になったのは街の名前だね。私はちょっと小首を傾げながら、地図上の街の文字をなぞり、読めそうな部分を拾っていく。
「……あ? ……むぅ? ……さ、さぁれ?」
「ダルモサーレ、ですわ。ダル・モ・サー・レ」
頑張って読もうとしてますアピールをすると、女将さんが微笑みながら何度かゆっくり発音してくれた。教わった街の名を何度か小声で繰り返し、次にこの街の表記部分を指さす。
「めりある、さぁれ……だる、も、さぁれ」
「あらぁ、賢いわねぇ。ダルモサーレ行きだとしたら、確か昼前に出るのではないかと思うのだけどぉ。今からだと――」
女将さんてば、朝食を終えた後もそのまま仲間同士で駄弁っていた中高年の男性グループに艶っぽい声で話しかけ、馬車の出発時間を確かめてくれた。
おまけに「知り合いの子なんだけど、一人で青い馬の連峰まで行くって言ってるのぉ」と身体を絶妙にくねらせながら紹介してくれる。
正直羨ましいなあ、たっぷん山のくっきりん谷間。世渡りの武器として欲しい。
男性陣は紫美魔女さんにいいところをアピールしたいのか、少しは本気で同情してくれたのか、「そいつぁ大変じゃねぇか」と言い出し、あれよあれよいう間におじさん四人に引率されて馬車に乗ることが決定した。
「じゃあ、あと半刻ほどしたらオレが部屋に呼びに行くから出発だ、いいか?」
こくこくこく。そして、深々とぺこり。リーダー格のおじさんの目を見て、笑顔で元気一杯に「アリガト!」と言う。
女将さんにも同じく深々とぺこり&最高の笑顔で「アリガト!」なのです。
しかもこの後、オルラさん家でもらった木製葉書の紹介文の下に、ダルモサーレの宿屋宛ての文言を付け加えてくれた。
「私、これでも中央高地の宿組合じゃ、東支部の代理長の副補佐だから」
ぱちん、とウィンクして誇らし気に教えてくださったので、感嘆の表情をしておいた。
でも『代理』だよな、しかも『副』付いたよな――うん、まったくもってシャケわかめ。これは深く考えちゃいけない案件だ。処世術というやつだな。
よく解らないけれど、多分すごいんだと思おう。
****************
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すでに押してくださった皆様、心より感謝いたします。
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さて食事に行こう、と思った時点で、昨夜の無花果と胡桃のタルトの存在に気がついた。
≪そういえば爺様、『秋紫ソース』って何?≫
≪さあ? 季節のソースか何かじゃろ、推測するに≫
カチューシャ姐さんは……そっぽ向いた、あからさまに! グルメ情報をこの二人に聞いちゃ駄目だった。
≪よくそれで、カボチャの種の色は解説できたよね≫
≪違和感がないほうが変じゃろう。餞別でもないのに、毎晩わざわざ精霊十字を四色にしておったのじゃぞ!≫
爺様よ、変で悪かったな。こちとらまったく違和感ありませんけど、だから何?
へにょっとアヒル口しながら、タルトをぢっと見つめる。
どうしようかな、美味しそうだから捨てたくない。それに勿体ないオバケが見ていたら、いつか食糧に困る日が来そうで怖い。
エトロゥマさんの焼きサンドイッチが入っていた大きな葉っぱにそおっと包むことにした。昨夜テーブルでカトラリーを拭いた、ティッシュ代わりの葉っぱよりも厚め。笹みたいに長くて繊維質だから洗って干すと何回か使えそう。
そろそろ早めのブランチを食べれそうな時間かな。空のお皿を持って螺旋階段を降りて行くと、人の話し声がするし、食器の音がする。
昨日のムキムキマッチョな四人組だ。同じテーブルには着いてないけど、時々会話しているから顔見知りっぽい。
熊のミーシュカの後ろに隠れてステルス移動を試み、隅っこの席を確保。自慢のカトラリーセットを広げると、ようやく緊張がほぐれた。
「こちらがぁ、干し葡萄入りパン、林檎果汁、チーズ入り卵焼き、薫製鳥肉、季節の温野菜、秋紫ヨーグルトでぇす」
……紫美魔女さんの話し方が、昨夜より間延びしている。男性陣も一階にたむろしているからかな、倍増しの色香を振りまいていた。
まぁこれも一種のサバイバル能力よね。頑張ってる女性に対しては、悪事以外であればどんな方向だろうと、わたしゃ応援するよ。
それにしても、どこの世界もホテルの朝食って豪勢なの? さっきタルトを食べなくて良かった。まぁ選択肢が沢山あって、いちいちどれにするのか訊かれる方式でないだけラッキーだと思おう。
ぜひとも完食したいのは、ねっとりヨーグルトだな。またまた『秋紫』なのだ。そして生の果物が色彩豊かにたっぷり載っている。肝心のソースは紫色なのにオレンジの味。
≪でも爺様、変だよ。この朝食、食材も食器も。全体的に四色均等なんだけど、この宿も朝は隣国系なの?≫
≪なわけあるか。今日が古代の休日なせいじゃ≫
当然のごとく突っ返されてしまう。こちトラ『隣国』も『古代』もシャケわかめの意味とろろだよ。
≪また週末の満月の日ってこと?≫
≪いや、満月の前日じゃ。精霊の休みの日、なぞと表現する連中もおるの≫
土日の二連休みたいなものかな。爺様に言わせると、この前日のほうが皆しっかり休むらしい。古代には役所や店がすべて閉まって、精霊に祈りを捧げた日だから、『古代の』休日。
満月の日は『現代の』休日と呼ぶそうだ。でも市も立つし、夜には満月パワーで染めたり彫ったり忙しいもんね。
つまりだ、土・日じゃなくて、日・土って感覚なのか。と思ったら、現代の休日には『冠婚葬祭も集中する』とか言ってくるし、やはり想像つかない。一週間のお葬式をまとめて満月の日にするって何ソレ。
とりあえずパンは今回も巾着袋に直行。手の平サイズの手裏剣型になってて、練り込まれた精霊四色の干し葡萄がところどころ顔を覗かせている。四辺それぞれに一色だけ配分してあるから、後で葡萄の味比べできそう。
水筒も持って降りておけば、林檎果汁を確保できたのに。あ、でもサバンナで動物が派手に踊っているデザインは、爺様が≪見たことない≫って顔をしかめてたからダメだ。
地下から水を汲む魔法の応用で転移させられるかも? と思ったが、目の前に水筒が無くても転移先が明確に把握できるのか、間違った場所にぶちまけないのかと爺様に言われて、責任持てないので断念した。
フィオが喜びそうなカットされた果物は、タッパーが欲しい。……本日の買い物リストが決まった気がする。
爺様の手帳を眺めつつ、昨日の単語をもごもご復習しながら、ブランチを食べ終わった。
他の客と話し込んでいた女将さんもカウンターに戻って一人だ、今がチャンスだ!
「あ……」
受付に突撃したのはいいけど、適切な言葉が出てこない。『ちょっとお尋ねしてもよろしいでしょうか』なんて、高等すぎる。
「あらぁどうなさったの? 地図かしらん?」
「ソウソウ……アオイウマノ、レンポ」
私は国の地図を見せて、『私がいるの、ここ』とばかりに、今いる街と私自身を交互に指さす。女将さんがはんなりと頷くのを確認すると、次はすーっと指を動かして青い馬の連峰まで移動させる。
「そういえば、青い馬の連峰に行きたいのだったかしら? でもぉそぉんな遠くまで? 一人なのに?」
こくこくこく。ついでにこの地方の地図も見せる。次はどこを目指せばいいでしょうか?
馬車乗り場でも訊くつもりだけれど、情報収集と言葉を練習する機会は多いに越したことはない。玄関をさして、あそこを出て右? 左? と進行方向に何度か腕を流してみた。
「そうねぇ……長距離馬車を使いますぅ?」
こくこくこく。
「となると、今日はまずはここら辺までかしらねぇ……ほらココ、この街からこっち方面は『**』街まで行く馬車だけなのですもの。
ティアルサーレだったら王都に戻る手もあったけれど、ここからじゃ中途半端だし。遠距離の馬車は『**』からしか出ていないから、こっちに来ちゃうと乗り換えなのよねぇ」
あーそれは多分、私が王都は嫌だってオルラさんたちに首振って訴えたせい。
そいで今、翻訳不可になったのは街の名前だね。私はちょっと小首を傾げながら、地図上の街の文字をなぞり、読めそうな部分を拾っていく。
「……あ? ……むぅ? ……さ、さぁれ?」
「ダルモサーレ、ですわ。ダル・モ・サー・レ」
頑張って読もうとしてますアピールをすると、女将さんが微笑みながら何度かゆっくり発音してくれた。教わった街の名を何度か小声で繰り返し、次にこの街の表記部分を指さす。
「めりある、さぁれ……だる、も、さぁれ」
「あらぁ、賢いわねぇ。ダルモサーレ行きだとしたら、確か昼前に出るのではないかと思うのだけどぉ。今からだと――」
女将さんてば、朝食を終えた後もそのまま仲間同士で駄弁っていた中高年の男性グループに艶っぽい声で話しかけ、馬車の出発時間を確かめてくれた。
おまけに「知り合いの子なんだけど、一人で青い馬の連峰まで行くって言ってるのぉ」と身体を絶妙にくねらせながら紹介してくれる。
正直羨ましいなあ、たっぷん山のくっきりん谷間。世渡りの武器として欲しい。
男性陣は紫美魔女さんにいいところをアピールしたいのか、少しは本気で同情してくれたのか、「そいつぁ大変じゃねぇか」と言い出し、あれよあれよいう間におじさん四人に引率されて馬車に乗ることが決定した。
「じゃあ、あと半刻ほどしたらオレが部屋に呼びに行くから出発だ、いいか?」
こくこくこく。そして、深々とぺこり。リーダー格のおじさんの目を見て、笑顔で元気一杯に「アリガト!」と言う。
女将さんにも同じく深々とぺこり&最高の笑顔で「アリガト!」なのです。
しかもこの後、オルラさん家でもらった木製葉書の紹介文の下に、ダルモサーレの宿屋宛ての文言を付け加えてくれた。
「私、これでも中央高地の宿組合じゃ、東支部の代理長の副補佐だから」
ぱちん、とウィンクして誇らし気に教えてくださったので、感嘆の表情をしておいた。
でも『代理』だよな、しかも『副』付いたよな――うん、まったくもってシャケわかめ。これは深く考えちゃいけない案件だ。処世術というやつだな。
よく解らないけれど、多分すごいんだと思おう。
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