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暁の街(メリアルサーレ)~ ダルモサーレ ~ リダンサーレ

◇ 土の竜騎士:ルルロッカ発見!

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※土(黄)の竜騎士、ガーロイド師団長の視点です。

◆.。.:*・°◆.。.:*・°◆.。.:*・°◆



「あらぁ、ガーロイドきょう。皆さまも丁度いらしたところですわ!」

 女将のアヴィリーンが振り返った。
 相変わらず理想のボンキュッボン。

 だが悲しいかな。
 背後にエイヴィーンという妖艶な同僚の顔がチラつく。
 魔鬼も秒で不能に追い込む狂気の手練手管。
 そのせいで、オレのスケベ心がこれっぽっちもうずかない。

 感謝はしてるんだぜ?
 今頃、黄金倶楽部クラブの面々の気を逸らしてくれてるはず。

 しかし風の師団長エイヴィーン様は『歩く媚薬びやく・劇薬・麻薬』だ。
 まぁた変な趣味に目覚めちまう野郎が何人出てくるか。
 頼むから竜騎士こっち側には新たな被害者を出さないでほしい。

 ~~~王都に帰りたくねぇ。

 集合場所と決めていたメリアルサーレの藤ゆりの宿。
 四人の男が思い思いの場所を選んでようやく腰を下ろす。
 皆この休暇を捻出しようと、連日仕事に追われていたのだ。

「こたびの嵐は気持ちの良い降り方だったであるな! 洪水被害ゼロに乾杯なのである!」

 外務次官のファンバーだ。
 窓辺に束になって置かれていた紫の香草茎の中から一本引き抜く。
 そして自分の炭麦酒をかき混ぜはじめた。
 ああすると味がまろやかになる。

「待ってください、そう急がずとも。火の週ですよ、本物の聖火花クツートゥルですよ。料理長から分けていただきました、フフフ」

 侍従次長のイーンレイグが、小袋から細長い乾燥花びらを取り出した。
 皆の所を回って、紅い欠片を酒にパラパラとまぶす。

 ――そういや今週は火の週で、風の日か。

 火の週の飲料には、火の精霊の色である赤の花びらクツートゥルを浮かべる。
 この国ヴァーレッフェでは週替わりの伝統だ。

 隣国のアヴィガーフェでは日替わりらしい。
 今日は風の日だから、あちらさんは恐らく紫の聖風花ナトートゥルだな。

 今じゃ両国ともに帝都の後追いばかり。
 こういった古い習慣はすっかり廃れてしまった。
 入れても味は代わらないが、滋養強壮に効く。

「料理長だと? お前ぇそれ職場からだったら調査案件じゃねーか、クソッタレ」

 最年長となる監査長官のウェイロンが、革張りの椅子に深く腰かけ直す。
 大きな傷の残る顔を悪そうな笑みでゆがめていた。
 本物の聖火花クツートゥルであれば、確かに高額だ。
 しかも三人の『職場』は王宮である。

「細かいこたぁ言うな言うな。うちの職場なんざ、もっと悲惨だぞ。私物化が当たり前過ぎて笑えてくらぁ」

 この中で最年少のオレの職場だけ、よりにもよってあの神殿。
 竜騎士であれば必然的に神殿所属となるから逃れられない。
 肩書は土の師団長だが、神殿長にも聖女にも歯向かえねぇときた。

『竜騎士は神殿の中に陣取り、魔導士の暴走を監視するべし』

 伝説の魔導士シャンレイ様が、後進への戒めとして決められた。
 なのに昨今の検挙率は軒並み低迷しているのだから権威も知れている。

「すまねぇ――クソ法のせいで、こっちから踏み込むのはな……まとめてハタキ潰してぇんだが」

 ウェイロンがうつむく。
 申しわけなさそうに濃い紫のもみ上げをなでている。
 かと思えば、物騒なことをつぶやきやがった。

 神殿は独立機関なのだ。
 というか上級魔導士が立てこもる白亜の牙城だな。
 それを国庫の予算面から切り崩そうと、極秘裏に捜査してくれている。
 裏帳簿はついぞ見つからねぇが……。

「ああもう! 今日は久しぶりの再会を祝しましょう! ほら、乾杯!」

 イーンレイグが仕切り直してくれた。
 水色の髪をきっちりとくしで整えている。
 この男が陛下の最もお側で仕えるようになって早四年。

 皆それなりに出世したのだな。
 各々、ジョッキを持ち上げた。

「ちょっとぉ。乾杯じゃなくて、『精霊に』でしょお? これだから帝都かぶれの男は、いけないわねぇ」

 台所からつまみを持ってきた女将が、やんわりとたしなめてくる。
 紫人参と雪魚の油漬けに、酢漬けの紫チーズ。
 金紛や銀紛をまぶしていない。
 シャスドゥーゼンフェ帝国で定番の飾りつけは皆無だ。

 帝国を嫌いながら、王都での流行にすっかり毒されていた。
 いい年をした男たちが、決まり悪そうに鍛えた身体を縮こませる。

 お互い事前に有休を申請したり。
 実家で問題が発生したと急に言いだしたり。
 知り合いを使った『手違い』で休暇にしたり。
 偶然を装って同じ日付に調整し、故郷を目指している。

 真の目的は、互いの進捗状況のすり合わせ。
 神殿と宮廷に蔓延はびこる汚職疑惑を多方面から探っているのだ。

 敵の本陣は『黄金倶楽部クラブ』。
 近年、神殿で一部の胡散うさん臭い上級魔導士が集まるようになった。
 表向きは親睦を深め、土の攻撃魔術を研究するためだと称してやがる。

 時を同じくして、シャスドゥーゼンフェ帝国の魔導士らも介入しはじめた。
 幹部級のお偉方がこの国を頻繁に訪れるようになった。
 王都で暗躍する諜報ちょうほう部隊所属の連中も増えた。
 先週からは、属国出身の下っ端が王都周辺で相次いで不審死した。

 帝都新聞が周辺諸国のネタを取り上げ、笑い者にするのはいつものこと。
 だが夏の王都で起こった児童連続失踪事件から、明らかに論調が変わった。
 この国の上層部を悪者に仕立てて、民が虐げられていると言い募る。
 今じゃ五代前の聖女様の死に際まで隠蔽していると糺弾きゅうだんする始末。
 
 では帝国の傀儡かいらいとなり下がったアヴィガーフェ勢は、というと。
 数名の間者が潜伏しているだけで、神殿とはまったく接触しようとしない。

 どこもかしこも違和感だらけで、どうにも据わりが悪い。

「一杯目の酒は、四大精霊の恵みに感謝なのである!」

 ファンバーが、ジョッキの底を香草茎でたたく。
 左右に巻いた真っ赤な口髭くちひげが自慢の陽気な男だ。
 オレたちも気持ちを切り替えた。

 二日酔い除けの古いまじないだ。
 今日は風の日なので、紫香草の茎を使う。
 確か香草茎はアビガーフェの方が週替わりだ、なんでかな。
 まぁ、元は同じ古代王国から分かれたしな。

「精霊に!」

 今度こそ、我らがヴァーレッフェ人の伝統に則って。
 地元の酒場で昔そうしたように、四人で声をそろえた。
 香草茎の先端がほぐれ、炭麦酒の芳ばしい香りが広がる。

 その時だった。

 扉が重たい音を立てて、少しずつこじ開けられる。
 先ほど女将が内扉を閉めていたはず。
 そうか、かんぬきはまだかけていなかったらしい。
 この辺りの人間なら、あれで『準備中』だと解るんだが。

 ここの女将は風の師団長エイヴィーンの縁戚だ。
 今夜の予約は他に入れないようにしてくれていた。
 酒不足か何かを口実に。
 夕方から食堂を訪れる地元客も断ってくれる算段だった。

「あらあら」

 アヴィリーンが困ったように、受付へと急ぐ。
 万が一のときには、街の警察へと通報できる魔道具が設置されている。

 オレたちがワザと軽口をたたきながら場を誤魔化す。
 こんな時でもない限り、風の師団長様の大事な妹分は口説けない。
 エイヴィーンを怒らせると部下を次から次へと骨抜きにしちまう

 オレたちは――この街の男どもと同じだ。
 近郊から美人女将目当てで立ち寄った一介の客に過ぎない。

 ウェイロンが暗殺ギルド長のような凶悪な目を逸らす。
 ファンバーは、いかにも高級官吏といった堅さを消し去っている。
 イーンレイグは華やかな宮廷のこじゃれた身のこなしを封印した。



 だが宿に入って来たのは、幼い子どもだった。
 胸元には奇妙キテレツな人形がぶら下がっている。
 行商人のような大きな袋をよっこらせと背負っていた。

 その下の寝袋らしき布は、つたで巻いてるのか?
 尻の位置からちょろりと垂れ下がって不安定に揺れてる。
 ネズミの尻尾かよ。

 何が珍しいのか、大きな瞳をあちこち彷徨さまよわせていた。
 覚束ない足取りで、ぽてぽてと受付机まで近づく。

 緑の頭巾も、もっさり巻いた赤い襟巻えりまきに押し上げられている。
 そのせいで余計にネズミの耳っぽい。
 うん、ありゃ新手の氷緑鼠ルルロッカの仮装だ。

「うーん、うちは子どもはねぇ……あらあらあら。シャイラとオルラの。あの二人の御両親はお元気そう?」

 宿泊を断ろうとしたアヴィリーンが、すまなさそうな顔を作る。
 渡された紹介状の角度を微妙にずらし、こちらに見せてきた。

 どうやらシャイラの知り合いらしい。
 少し前、聖女の機嫌をそこねてカグツチ州の孤島に左遷されちまった。
 オルラは確か……あいつの妹だったな。聖女の上級侍女だ。

 シャイラは聖女の護衛隊隊長まで昇りつめた優秀な竜騎士だ。
 オレの率いる土の師団に籍を置いてくれている。
 騎竜と契約を結んだ際には、土の魔導士とオレが後見人署名した。
 なのにかばってやれなかった。

 神殿でアヴィガーフェ系の移民が出世するのは困難を極める。
 姉妹そろって、あそこまで努力したってのに。

 せめてもの償いだ。
 泊めてやるよう、アヴィリーンに目線で頼んでおく。

「犬も一緒ねぇ……外にいるの? まぁ、彼女たちの頼みだし……いいわ。連れてきなさいな」

 途端に子どもは、うれしそうに入り口へと戻った。
 全体重をかけながら扉を引っ張ると、隙間から白犬が優雅に滑り込む。

 犬はこちらを見ると、一瞬びくっと歩を止めた。
 『なんでこんな所に居るんだ、お前ら』とでも言いたげだ。
 責めるような顔つきをしてくる。

 あの上品そうに振舞いつつも隠しきれない獰猛な目つき。
 どっかで見たような気がするんだが……。

 妙だな、頭がぼーっとしてきた。
 えーと、氷緑鼠ルルロッカみたいなお嬢ちゃんを、守ってはいるようだ。

 ――あ、そういや女の子だな。
 旅だから男装しているのだろう。

 ん? オレはさっき何を考えてた?

 ま、大したことではあるまい。






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