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黄色い街(ボウモサーレ)

62. 尋問される

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「お待たせしましたーっ」

 宿屋の子だろうか、小学校中学年くらいの男の子が飲み物と前菜を持ってきてくれた。肩までで切りそろえた髪が真っ青。そしてブヒ鼻ちゃん。青みがかった肌だけど、つぶらな瞳のミニブタを彷彿ほうふつとさせる。
 笑顔で軽くお礼を言い、赤紫の果実水を受け取った。

 小さな給仕さんが下がると、両手を合わせる。心の中で『いただきます』を言って、いったん気持ちを落ち着かせるのだ。
 この国の習慣じゃないから、異国人アピールになるだろう。ついでに神様、ぜひとも助けてください。お願いします。

 ――――よし、心頭滅却。平常心!

 気持ちを切り替え、カップに手をかける。こちらの様子をじっと見ていたディルムッドが、自分の注文した青紫の蜂蜜酒を目の前に持ち上げてきた。

「精霊に?」

「セレニ」

「せいれい、に」

「セ・イレ、イニ!」

 頑張って言い直したのに難しい。目の前の男は、お酒の中に挿された茎ストローでジョッキの底をこんこん突きながら、肩が微妙に震えている。何かがツボったらしいが、笑いたければ笑え。へむっとアヒルぐちにらみつけた。

「安心しなさい。君本人が悪者だとは思ってないから」

 何それ、ちっとも安心できない。ハシビロコウ並みのガン飛ばしをしつつ、果実水に口を付ける。

「ただね、気になるなというほうが無理じゃないかな」

 竜騎士がテーブルに両肘をつく。細く長い指を組み合わせ、顎の下に持ってくると、すっと目を細める。

「君のような小さな女の子が、魔獣と契約できて、しかも竜と話せるなんてね」

 他のテーブルに聴こえないように、そこだけささやき声になる。顔を近づけてきた拍子に、高そうな香水の香りがわずかに漂った。
 爺様が通訳する前に、≪落ち着いて聞け≫って注意してくれたけど、この内容。身体が固まった。

「君、念話が出来るね」

 周囲は酔いが回ってきたのか、騒がしい男性客が多い。女性は給仕をしている三人だけ。自分たちの髪や服をしきりに気にしてなでつけながら、竜騎士の様子をちらちらうかがっている。

「火の魔術も使える」

 食堂が蒸し暑い。あの暖炉、火が強すぎだ。妙な汗がにじんできている。コートを脱ぎたい。

「水の魔術も使える」

 喉が渇いた。果物水のお代わりしたい。ていうか、そもそもこれ何の果物だ。

「あの犬は上位魔獣だろう? 異国の旅芸人、いや、南の上級魔導士は、この国に何をしに来たのかな」

 ご飯、食べたい。お腹、空いた。あれ、喉が渇いたんだっけ。えと、今日は部屋でフィオと果物かじったっけ。林檎りんごだったか、洋梨だったか、思い出せない。

≪だから、さっきから何度も言っておるじゃろうっ。しっかりせい! 芽芽、さっきのようにこの男に凄んでみせぬか! それも出来ぬのなら訳さんぞっ≫

 爺様の叱咤しった激励が大音量で脳裏にこだまして、はっとなる。

 そうだ、私べつに悪いことなんかしてない。むしろ被害者だ。竜騎士が悪い魔導士を捕まえないから、フィオや爺様たちや私が大変な目に遭ってるんだ。
 竜騎士をぎっとにらみつけると、首を勢いよく左右に振る。

「どこかの組織に属しているとか」

 ぶるんぶるんぶるん。

「誰かに命じられているとか」

 ぶるんぶるんぶるん。

「何か企んでいるとか」

 ぶるんぶるんぶるん。

「では、何のために」

 ぶる……。じゃなくて。

「フィオ! リュウ。イイ、リュウ。トモダチ」

「あの子竜のためにこの国に?」

「ソウソウ」

「それだけ?」

「ソウソウ」

 ディルムッドの目を見据え、一つ一つの問いかけに、しっかりとうなずく。

 給仕の女性二人が競うように、肉シチューやパンや焼き野菜を持ってくる。どちらも黄色みがかった肌の白人さんだ。髪の毛も金髪。

 白いエプロン付きのフレアスカートは、街の女性よりも少し短い。脹脛ふくらはぎの下ギリギリだ。腰には帯紐おびひもやリボンを巻き、編み上げたボディスで豊満な胸をぎゅむっと強調している。加えて、七分袖のブラウスから露わになったむっちり両肩。

 20代後半か30代くらいの、美女……と断言しがたいお顔だけど、妖艶な雰囲気が酒場の男性受けしそうだ。私個人としては、ブヒ鼻はチャーミングだと思う。ご亭主と同じ一族なのかな。

≪爺様、二人とも宿の主人や少年と、豚さん鼻が一緒だけど、後は全然似てない。髪の色も違うけど、親戚なのかな?≫

≪先ほど父と呼んでおったから、娘に決まっとる。髪や肌の色が違う親子などザラにおるわ。まぁ肌の濃さは流石に同じであろうが……≫

 爺様にあきれられた。『肌の色』は、同じ白人でも赤みがかったり、青みがかったり、という意味で、『肌の濃さ』は、黒色人種とか黄色人種って違いらしい。

 ありがたいことに、娘さん二人が目の前の優男に色仕かけを開始してくれたので、そこから私はひたすら食事に専念した。
 お姉さんたち、その人ってば花の竜騎士様ですよ。もっと積極的にいっちゃってください。

 紫野菜の一部とパンは木の容器に撤収。飲み物は念願のジュースなので、お代わりして全部水筒に注いだ。今日は独り早食い競争モード。途中でせき込んだし、味なんて判らないけど、とにかく急ぐ。

 竜騎士は淡々と食事を進めていた。カトラリーの持ち方も、姿勢も、周囲の男性陣とは違う。この人、育ちの良さがミジンコも隠せてない。いや、隠す気がないのかな。
 やたら身体を押しつけようとする女性に対しは、プライドを傷つけないようにうまいこと接触をかわし、慣れた様子であしらっている。それでもだんだん眉間にしわが寄っていくから、女性嫌いなのかも。モテる男は大変だね、苦労しろっ。

 メインが終わって、やっとデザート。私は上の階を指し示して、お皿を持ち上げるいつものジェスチャーをする。お姉さん方、なんで通じないんだ。きゃあきゃあ歓声上げてないで、お願いだから察して。

「この子は部屋で食べたいみたいだ。いいかな」

 竜騎士が通訳してくれた。もしかして念話できるの? なんで解った?

 お姉さんたちが竜騎士に対して許可をくれたのを確認して、私はすぐに両手を合わせて食事を終える。
 爺様の馬さんめ、カチューシャの鹿さんめ。なんで市場で言ってくんなかったのよ。



****************



 部屋に入ると、壁から出っ張った団栗どんぐりを力任せに蹴って、照明を点ける。爺様とデザートも机の上に乱暴に置――いてやりたかったものの、躊躇ためらったせいで普通に置くことになってしまった。
 フィオとタウに心配されたけど、答える気力も残ってない。よん豆は……だからなんで花に擬態しているの。

≪爺様、これからこの宿、見つからずに出れる?≫

 熊乗っ取り犯ジャッカーが無反応。さっきからカチューシャも何も言わないから、多分、他の人には聴こえない、例の特殊な念話でお互い話してるんだろう。

≪爺様! カチューシャ!≫

 しばらく待っても答えないので、しびれを切らして叫んでやる。私だってね、念話で大声出すくらいは出来るようになったんだよ。

 真剣な顔をしたカチューシャがベッドのわきまで来た。

≪芽芽。よく聞きなさい。

 一つ、あの男に念話は不可能。だから会話は聴こえていないわ、そこは安心していい。
 念話はね、上級魔導士として何年も訓練してやっと到達できるかどうかって技術なの。そこの『爺様』だって、死ぬ前は大して私と会話できて無かったのよ。
 野営地で芽芽が寝た後、あの男に何回か話しかけてみたけど、反応が皆無だったからこの点は確実。

 二つ、芽芽が念話できるってバレた件と、火や水の魔法の件は、どれもカマを掛けられた可能性が高い≫

 はい? 私はベッドからガバッと上半身を起こした。つまり私のせい?

≪芽芽は通訳するわたしたちがいくら事前に警告したって、毎回考えていることが全部顔に出ちゃうのだもの。仕方ないわ。
 でも不審なところは、観察力が優れていれば、昨夜から既に気がついていたと思う。

 まず、火の魔法はき火ね。寝ている間中、消えないのだもの。時々わたしが枝を加えていたけど、火の勢いがちょっと良すぎたから。
 そして、水の魔法は水筒ね。貴重な水を何度も気前よく振る舞いすぎよ。なのに尽きなかったでしょ≫

 そ、そんなこと細かいとこで? 野宿ですらこっちの世界来てからの初体験だし、他の人の水筒の量なんて人生一度たりとも気にしたこと無かったよ。しゅーん、と項垂れる。

≪あと香木。あれねぇ、どれだけ貴重なシロモノか解ってる? 外套がいとうの懐袋から丸見えだったから誤魔化しようなかったけど、普通の人間持ってないから。
 小花もね、普通はき火に入れて遊んだりしないの。あれは魔石の粉と練って、相手を攻撃する爆弾として使うの。匂いぷんぷんさせてたから、警戒されるよりも無邪気に使わせたほうがマシかと思ったけど≫

≪え? あれってどっちも高価なの?≫

≪恐らくかなりの値段で売れるわね≫

 ……私、教わってないんですけど。なんで? お金を稼ぐ手段を得ていたこと、秘密にしておきたい理由があったのかい。

≪ま、まあそれはともかく。あんたが『柿』って呼んでたのも正確には柿じゃないし。
 それから最後に念話。あのねぇ、フィオやタウとはしゃぎすぎ! 声出さなくたって、身振り手振り、会話しているようにしか見えてないから。

 フィオもよ。普通の騎竜は、人間の動作を真似したり、落とした枯れ枝を拾いに行ったり、食材をいそいそと手渡したりしないの。もっと距離があるの、人間には基本的に無関心を貫くの≫

 う。フィオは私が注意しなかったのが悪いんだよ。どっちかっていうと、人間のことを理解してほしくて、学んでもらうほうに力点置いてたし。

 どうすれば良いのか、もうわけワカメ意味とろろ昆布だよ。
 駄目だ、泣いても何も解決しない。私はベッドから出て、荷物をまとめることにした。優先事項からこなしていこう。まずはフィオの安全だ。

≪皆、街から脱出するのに協力して≫

 オタオタしているフィオを抱きしめて、落ち着かせる。タウもエアーなでなで。爺様は机の中央にきちんと座り直してもらう。

 雨の打ちつける窓を開け、カチューシャには外の偵察へと行ってもらう。本人からの申し出なのでこの際、頭を下げてご好意を受けることにした。
 外は大雨。しかも闇夜。土地勘ゼロの人間にはどうにもならない。おまけに街の出入り口は門が閉まっている。主要な門の詰め所に配置された兵士に申告して、特別に通してもらわないといけない時間帯なのだ。

 朝になれば、魔導士を呼ばれる可能性が高い。ディルムッドが逮捕も何もしてこないのは、私が上級魔導士だと思い込んでいるからだ。竜騎士が何人掛かりかで立ち向かえば倒せるが、周囲への被害も甚大になる。だから応援を待っているのだろう。
 ――というのがカチューシャたちの読みだ。

 つまり、その応援部隊が到着するまでに私たちはこの街から消えないといけない。竜騎士じゃなくて神殿の魔導士が来たら、フィオが捕まってしまう。
 焦る気持ちに蓋をして、地図を広げながら出来るだけ冷静に作戦会議した。

 今はフィオのことだけ考える。あとは些末事さまつごとだ。他は丸っと滅却、蚊取り線香だ。






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