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灰色の街(ロザルサーレ)
69. 竜にお願いをする
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「メメ、大丈夫か」
はっ、ディルムッドっぽい顔が目の前に出現したっ。……こっちに手を伸ばそうとして、風の防御膜に阻まれている。もしかして私寝てました? 見ちゃいました? うわぁ、カチューシャに怒られるっ。
≪メメちゃん、どうする?≫
タウ、どうするって何がですか。もふもふの尻尾とぷにぷにの肉球を激しく間違った使い方する某姐様のことですか。
――あれ、白っぽい塊があんな向こうでうろうろしている。何してるんだ、巨大な二頭を忠実な僕のごとく引き連れて。
≪この膜。もう外す?≫
≪あ、そっちか。うーん、どうしよう。もう悪い人は皆、生きてない?≫
≪うん。全員、ない≫
≪じゃあいいのかな。カチューシャ、タウの作ってくれた防御の風、解いてもらってもいいー?≫
相変わらず女王様の返答がない。代わりに卵トリオが安全確認して、膜を薄くしてくれた。シャボン玉の中からでも、ようやく辺りの様子が明瞭に見えるようになる。
阿鼻叫喚サモエド犬は返り血を振り払いながら、真っ直ぐこちらに向かって歩きだしていた。なんか目つきが半端なく怖い。そいで後ろをついてってるの、やっぱ竜だ。
≪……どゆこと?≫
アルンとナイアの報告によると、カチューシャってば途中参加の竜を顎でこき使って、逃げだした暗殺者をわざわざ三頭でしつこく追いかけまわしては全員仕留めていたらしい。
そして今は、どうやらマックスで苛ついている。≪紫竜、図体デカイだけでトロいっ≫とか≪青竜、頭に脳みそ入ってんの? 邪魔っ≫とかその他もろもろ、罵倒が続いていた。
≪あのー、竜さん。すみません、うちの姐御は竜使いが悪くて。根は優しいのですけど≫
両ポケットに避難したよん豆の無事を手元で確認しつつ、思わず向こうの竜にも語りかけてしまう。
カチューシャの毒舌には愛が一応入っているんすよ、めっちゃ判りにくく。
≪あんた――念話できるのか?≫
まだ若そうだけど、フィオよりずっと大人の男性の声がした。
≪は、はい! 一応、それなりに≫
≪うわー、念話がちゃんと出来る人間、初めて会ったぞ!≫
紫竜が、急にディルムッドやカチューシャよりも前までぐぐぐっと来て、風の膜越しに顔を押し付けてくる。害意が無いとそこまで強力に弾くわけではないらしく、竜の顔が風の膜をむにょーんと風船のようにこちらへ押して、すぐ目の前に来た。
≪何か他にも話してごらん≫
≪えーと。助けていただいて、ありがとうございます?≫
≪いえいえ。それから?≫
≪竜が好きなので、竜のことを一杯知りたいです。よろしくお願いします≫
最初はびっくりしたけど、よん豆大福をにぎにぎしていたら気持ちも落ち着いてきた。しゃがみ込んだまま首だけ動かして、ぺこり、とお辞儀をする。
≪へぇぇ。本当に話してますね、変わった子ですね≫
隣に来た青い竜も、膜にむにょーんと顔を押し付けてきた。この竜の声もフィオより大人っぽい。どちらかというと、紫竜よりもまろやかな声音で、のんびりしているかな。
≪竜好きってホント?≫
≪はいっ!≫
≪なんでかな?≫
≪竜が私の友達で家族だから≫
あーそういえばディルムッドがそんなこと言ってたよーな、と質問してきた紫竜が首を傾げ、横で青竜が頷いている。二頭は風船おしくら饅頭を中断し、お互いを見て話しだしていた。
その隙間からやっと見えた肝心の竜騎士は……ずんぐりむっくりな竜が二頭も強引に割り込んだせいで街道に追いやられ、もう一人の竜騎士と並んで困ったようにこちらの様子を窺っていた。
≪君の竜、どこだ?≫
紫竜が周囲を見回す。
≪もしかして、さっき空を飛んでいた大きな竜ですか?≫
青竜が空を眺めながら、こちらに訊いてくる。
≪はい。神殿の魔導士に連れていかれました。私たちを逃がすために囮になってくれたんです≫
≪人間の囮? 竜が?≫
青竜がキョトンとして、紫竜がびっくりしている。この二頭からは、先ほどの魔導士のような邪悪さは少しも感じられない。
≪あの……ご説明したら、助けてくれます? もしそれが無理でも、邪魔しないって約束してくださいます? それで出来るだけ、その、少しだけでもいいので、情報とか分けてもらえます?≫
暗殺集団との戦闘開始前から、ずっと木の根の隙間で小さくなっていた私は、すがるような目でおずおずと二頭の竜を見上げた。
≪んー。竜のためなら多少は≫
≪そうですねぇ、人間のためなら難しいですけど≫
紫竜が先に頷き、それに青竜が同意した。おっしゃ、一気に説得を試みよう。うん、私の武器は言葉だ。こっからが私の戦闘だよ、竜のお兄さんたちを味方に引き入れる!
タウに風の膜を完全に消してもらい、まずは私たちの名前を実際に口で発音して、紹介する。そしてフィオとの一部始終を説明した。
一生懸命すぎて、ところどころ前後したり、余計なことを詳しく話して本題から脱線したりしたけど、そこそこちゃんと話せたと思う。
≪――ということで、フィオは私のこの世界で最初の友達なんです。大切な家族なんです。だから絶対に、霊山に戻って助けたいんです≫
≪事情は解りましたけど、『絶対』なのですか?≫
青竜のほうが確かめてきた。先ほどから感情的な感想を述べたり、いちいち一緒に一喜一憂してくれるのは主に紫竜、冷静に話を吟味して、疑問を提示してくるのは青竜が多い。
≪はい、絶対です≫
≪でもその竜は自分の意思で戻ったのでしょう。君に助かってもらいたくて≫
≪それはフィオが優しい竜だから! 優しすぎるんです。
フィオは人間のせいで沢山辛い思いしてきたのに、それでも私を神殿から救い出してくれました。人間になんか怒って当然なのに、一度だって八つ当たりしなかった。
そのフィオを犠牲にして自分だけ助かっても、意味がありません。私はフィオの笑顔のために人生かけてるんですっ≫
だからお願い、助けて。じっと竜たちの瞳を見つめる。いつの間にかすっかりキレイに血を落としたカチューシャが間から入って、疲れた身を私の膝の上に横たえた。
精一杯の感謝と労いの気持ちをこめて、花萌葱のバンダナをその首元に結びなおす。よしよし、と白い毛並みをなでると犬っぽく尻尾をぱたり、ぱたり、と時おり振ってくれた。
うん、カチューシャも大事な家族だよ。それから頭の上に降りてきた紫雀のタウも。左肩の上で浮かんでいる赤魚のアルンも。右肩の上で飛んでいる青蜻蛉のナイアも。ポケットの中のよん豆も。もしかしたら孵るかもしれない最後の一個のおまじない石も。そして爺様と熊のミーシュカも。
≪私だけじゃ、何人もの上級魔導士の目を掻い潜って、フィオを青い馬の連峰に連れて行けないんです。どうかどうかお願いします、少しでもいいので助けてください≫
深々と頭を下げる。その途端、脳がくわん、と回った。あれれ。なんだろう、話しすぎて酸欠状態?
頭上げて、説得を続けなきゃ。
と思ったのに、身体がうまいこと動かない。重たい頭部をなんとか持ち上げようとすると、ふーっと力が抜けて途中で止まる。ついでに頭からさーっと血の気が引いていく。
遠くで幾重にもこだまするタウたちの声。私の意識はそのまま急激に落ちていった。
****************
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今日も明日も、たくさんの幸せが舞い込みますように。
はっ、ディルムッドっぽい顔が目の前に出現したっ。……こっちに手を伸ばそうとして、風の防御膜に阻まれている。もしかして私寝てました? 見ちゃいました? うわぁ、カチューシャに怒られるっ。
≪メメちゃん、どうする?≫
タウ、どうするって何がですか。もふもふの尻尾とぷにぷにの肉球を激しく間違った使い方する某姐様のことですか。
――あれ、白っぽい塊があんな向こうでうろうろしている。何してるんだ、巨大な二頭を忠実な僕のごとく引き連れて。
≪この膜。もう外す?≫
≪あ、そっちか。うーん、どうしよう。もう悪い人は皆、生きてない?≫
≪うん。全員、ない≫
≪じゃあいいのかな。カチューシャ、タウの作ってくれた防御の風、解いてもらってもいいー?≫
相変わらず女王様の返答がない。代わりに卵トリオが安全確認して、膜を薄くしてくれた。シャボン玉の中からでも、ようやく辺りの様子が明瞭に見えるようになる。
阿鼻叫喚サモエド犬は返り血を振り払いながら、真っ直ぐこちらに向かって歩きだしていた。なんか目つきが半端なく怖い。そいで後ろをついてってるの、やっぱ竜だ。
≪……どゆこと?≫
アルンとナイアの報告によると、カチューシャってば途中参加の竜を顎でこき使って、逃げだした暗殺者をわざわざ三頭でしつこく追いかけまわしては全員仕留めていたらしい。
そして今は、どうやらマックスで苛ついている。≪紫竜、図体デカイだけでトロいっ≫とか≪青竜、頭に脳みそ入ってんの? 邪魔っ≫とかその他もろもろ、罵倒が続いていた。
≪あのー、竜さん。すみません、うちの姐御は竜使いが悪くて。根は優しいのですけど≫
両ポケットに避難したよん豆の無事を手元で確認しつつ、思わず向こうの竜にも語りかけてしまう。
カチューシャの毒舌には愛が一応入っているんすよ、めっちゃ判りにくく。
≪あんた――念話できるのか?≫
まだ若そうだけど、フィオよりずっと大人の男性の声がした。
≪は、はい! 一応、それなりに≫
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紫竜が、急にディルムッドやカチューシャよりも前までぐぐぐっと来て、風の膜越しに顔を押し付けてくる。害意が無いとそこまで強力に弾くわけではないらしく、竜の顔が風の膜をむにょーんと風船のようにこちらへ押して、すぐ目の前に来た。
≪何か他にも話してごらん≫
≪えーと。助けていただいて、ありがとうございます?≫
≪いえいえ。それから?≫
≪竜が好きなので、竜のことを一杯知りたいです。よろしくお願いします≫
最初はびっくりしたけど、よん豆大福をにぎにぎしていたら気持ちも落ち着いてきた。しゃがみ込んだまま首だけ動かして、ぺこり、とお辞儀をする。
≪へぇぇ。本当に話してますね、変わった子ですね≫
隣に来た青い竜も、膜にむにょーんと顔を押し付けてきた。この竜の声もフィオより大人っぽい。どちらかというと、紫竜よりもまろやかな声音で、のんびりしているかな。
≪竜好きってホント?≫
≪はいっ!≫
≪なんでかな?≫
≪竜が私の友達で家族だから≫
あーそういえばディルムッドがそんなこと言ってたよーな、と質問してきた紫竜が首を傾げ、横で青竜が頷いている。二頭は風船おしくら饅頭を中断し、お互いを見て話しだしていた。
その隙間からやっと見えた肝心の竜騎士は……ずんぐりむっくりな竜が二頭も強引に割り込んだせいで街道に追いやられ、もう一人の竜騎士と並んで困ったようにこちらの様子を窺っていた。
≪君の竜、どこだ?≫
紫竜が周囲を見回す。
≪もしかして、さっき空を飛んでいた大きな竜ですか?≫
青竜が空を眺めながら、こちらに訊いてくる。
≪はい。神殿の魔導士に連れていかれました。私たちを逃がすために囮になってくれたんです≫
≪人間の囮? 竜が?≫
青竜がキョトンとして、紫竜がびっくりしている。この二頭からは、先ほどの魔導士のような邪悪さは少しも感じられない。
≪あの……ご説明したら、助けてくれます? もしそれが無理でも、邪魔しないって約束してくださいます? それで出来るだけ、その、少しだけでもいいので、情報とか分けてもらえます?≫
暗殺集団との戦闘開始前から、ずっと木の根の隙間で小さくなっていた私は、すがるような目でおずおずと二頭の竜を見上げた。
≪んー。竜のためなら多少は≫
≪そうですねぇ、人間のためなら難しいですけど≫
紫竜が先に頷き、それに青竜が同意した。おっしゃ、一気に説得を試みよう。うん、私の武器は言葉だ。こっからが私の戦闘だよ、竜のお兄さんたちを味方に引き入れる!
タウに風の膜を完全に消してもらい、まずは私たちの名前を実際に口で発音して、紹介する。そしてフィオとの一部始終を説明した。
一生懸命すぎて、ところどころ前後したり、余計なことを詳しく話して本題から脱線したりしたけど、そこそこちゃんと話せたと思う。
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青竜のほうが確かめてきた。先ほどから感情的な感想を述べたり、いちいち一緒に一喜一憂してくれるのは主に紫竜、冷静に話を吟味して、疑問を提示してくるのは青竜が多い。
≪はい、絶対です≫
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≪それはフィオが優しい竜だから! 優しすぎるんです。
フィオは人間のせいで沢山辛い思いしてきたのに、それでも私を神殿から救い出してくれました。人間になんか怒って当然なのに、一度だって八つ当たりしなかった。
そのフィオを犠牲にして自分だけ助かっても、意味がありません。私はフィオの笑顔のために人生かけてるんですっ≫
だからお願い、助けて。じっと竜たちの瞳を見つめる。いつの間にかすっかりキレイに血を落としたカチューシャが間から入って、疲れた身を私の膝の上に横たえた。
精一杯の感謝と労いの気持ちをこめて、花萌葱のバンダナをその首元に結びなおす。よしよし、と白い毛並みをなでると犬っぽく尻尾をぱたり、ぱたり、と時おり振ってくれた。
うん、カチューシャも大事な家族だよ。それから頭の上に降りてきた紫雀のタウも。左肩の上で浮かんでいる赤魚のアルンも。右肩の上で飛んでいる青蜻蛉のナイアも。ポケットの中のよん豆も。もしかしたら孵るかもしれない最後の一個のおまじない石も。そして爺様と熊のミーシュカも。
≪私だけじゃ、何人もの上級魔導士の目を掻い潜って、フィオを青い馬の連峰に連れて行けないんです。どうかどうかお願いします、少しでもいいので助けてください≫
深々と頭を下げる。その途端、脳がくわん、と回った。あれれ。なんだろう、話しすぎて酸欠状態?
頭上げて、説得を続けなきゃ。
と思ったのに、身体がうまいこと動かない。重たい頭部をなんとか持ち上げようとすると、ふーっと力が抜けて途中で止まる。ついでに頭からさーっと血の気が引いていく。
遠くで幾重にもこだまするタウたちの声。私の意識はそのまま急激に落ちていった。
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