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蒲公英の街(チェアルサーレ)

71. 餌付けされる

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「****ですわ」

 クマノミ毛布の中で目を覚ましたら、今度はオルラさんが出現した。夢が現実化したのだろうか、まだ夢を見ているのだろうか。
 精霊十字の紋様が描かれたマグカップまで差し出してくれる。針鼠はりねずみのビーが通訳を引き受けたところを見ると、念話はできるようになったみたい。それはめでたいのだが、ドロッとした深緑色の液体名は脳内を通らなかった。

「トゥッ・トォ・ルッ・カ」

 私がじっと見つめていると、オルラさんが一音節ずつ発音してくれる。こちら独特の飲み物の名称らしい。首を傾げたままでいると、疲労回復にとても良く効くのだと説明してくれた。薬草や果物や鉱物のミネラル分がいろいろと入っているんだって。

 うん、だから。問い詰めたいのはそこじゃない。手帳に単語を書こうとしたら、お腹がカエルの大合唱。
 そういや最後にちゃんと食べたのいつだっけ。正体不明の液体でもいいから食べたくなってきた。沼地からヌメっとした藻を集めてミキサーに放り込んだような見た目であっても……た、たぶん。

≪カチューシャ、これって苦いの?≫

≪は? トゥットルッカなんだから、甘いに決まってるじゃない≫

 うん、そっすね、それが『普通』っすよね。某バーサーカー犬の塩対応で安心するとか、私の感覚おかしい。

≪それ、本物みたいだから、飲む価値はあるわよ≫

≪……偽物があるの?≫

≪だってほら、トゥットルッカの実って希少じゃない?≫

 いや、同意を求められましても。そもそもの前提からして知らないからね。

 わんこペディアによると、どうやら魔樹の一つに成る白い果実らしい。外皮や種ごとペースト状に磨り潰して、天日干しで発酵させる。魔素を含んだ鉱物と一緒に粉末にすると深緑色になり、お湯を加えるとドロッとした甘い液体になる。
 体内の魔素循環を調えてくれるのだそうだ。他にも同様の効果がある香辛料だの薬草だのを加え、季節の果物で味付けすると、栄養価満点の特製ドリンクが完成。

≪珍しく詳しいね、お料理なのに≫

≪だって昔から魔導士愛用品だもの。あのジジイも、よく食事代わりにあおってたわ≫

 ……爺様、ちゃんと食事取ろーよ。そんなんだから呪いで殺されるんだってば。

 オルラさんに対し、『試してみる』という意味を込めてうなずく。沢山あるクッションを調整して私の身体を起こしてくれた。
 両手を合わせて、『いただきます』のしるし。恐る恐る口に含んでみると……温かいスムージーみたいなもんかな。甘く優しい香りと――ガウバを濃くしたような風味が広がった。

 フィオのお気に入りの果物だ。二個しか買ってあげられなかったのに、灰色の街の宿で一個残してくれていた。
 林檎りんごと洋梨は全部食べて、一番好きなガウバを一個丸ごと、私のために。
 きっとずっと傍で、目が覚めるのを待っててくれたんだ。もっと部屋の隅で丸くなっているほうが安心するって言ってたのに、なんで私、気づかなかった。

 涙がこぼれそうになって、マグカップを握りしめる。しっかりしろ芽芽。今、辛くて怖くて泣きたいのはフィオだよ。ここは暖かい部屋で、ふかふかのお布団に美味しい飲み物も。感傷的になったところで、自己満足でしかない。

「……フィオ、りゅう、ともっち」

 お願い、私の大事な竜を助けて。単語が上手につなげなくて、オルラさんに通じない。空色シュナウザーおじさんが、慌てて近くに来る。

「メメ様、如何なされましたか?」

「……がうば」

「オルラ殿、メメ様はガウバ味にしてしまうと、あまりお好きでは――」

 違う! 私は必死に首を振って否定した。そうじゃないの。
 カチューシャに頼んで、荷袋を持って来てもらう。手帳とペンと文字札を引っ張り出した。

 くわん、と頭の中が回転した気がする。気持ち悪いけど、ベッドに倒れ込みたくなるけど、踏ん張れ芽芽。

 栄養たっぷりだというスムージーを飲みながら、カチューシャに単語のつづりを教えてもらう。って、扉の前には騎士っぽい女の人もいるではないか。
 今まで私以外の人間は、オルラさんと背高せいたか執事さんの二人しかいないのかと思ってた。全然気づかなかったよ、気配消しすぎ。あれ誰。

「あ、アタシの姉です」

 オルラさんのほうを見て、首を傾げると誰だか教えてくれた。

「しゃいら?」

「そうです、名前を覚えてくださっていたとは光栄です。土の第一師団に所属しております」

 背も肩幅もあるガッシリした女性が、向こうからうれしそうに片手を胸にあてて、黒いブーツのかかとを打ち鳴らした。
 腰下までの黒いナポレオン・ジャケットに、黄土色のラインが横手に入った黒ズボン。検問所の竜騎士さんたちと色違いだ。黄色の髪は三つ編みにして頭の上にぐるりと回して、花かんむりみたい。

 ……もしかして伝言葉書のせいで、オルラさんたちに連絡が行ったのかな。

「りゅーきし?」

「はい、本日から聖女様の護衛を務めさせていただくことになりました。宜しくお願い致します」

 こちらもビーが通訳を買って出てくれたのだけど、なんか変な単語が混じっている。脳内は通過したよ? でもね。

≪カチューシャぁぁぁぁ?≫

 じとん、とにらんだ。そういやさ、ここに来てから私ってば『様』付けで、皆からめっちゃ丁寧に話しかけられてるんだわ。キリキリ白状しんしゃい、この悪代官犬めっ!

≪あー、だって牙娘、新しい聖女に認定されたから。一応、おめでとうとでも言っとくべきかしらね。
 とにかく神殿へ行く準備は整えたから、宝玉を奪いに行くわよ。ついでに、もっとちゃんとした柱を上げられるように訓練しなさい≫

「メメ様!?」

 周囲が焦っているのを無視して、怒った私は犬のたふたふした両ほおを、むにょーんと引っ張った。
 無茶ブリの前に、報・連・相って言ってるでしょ! カチューシャときたら偉そうな口調のクセして、目を逸らしまくってる。

≪選べ! ひっくり返してお腹こしょこしょの刑と、上から乗っかられてほおぷにぷに続行の刑と、それから肉球――≫

≪だって仕方ないじゃない! 神殿の聖女って四代続けて偽者で、この国はもう限界なんだもの! 戦争がなくたって、滅びの道を転がってるの!≫

「メメ様!」

 ――誰か空耳だと言ってくれ。

 私はベッドに突っ伏した。なんかオルラさんたちが叫んでるけど、気にする余裕がない。
 爺様よ、いろいろ背負しょい込んでいるとは思っていたけど、そんな面倒臭いことに巻き込むなーっ。

 話が一気にややこしくなった。本気で泣きたくなるのを堪えて、しばし放心の後に起き上がる。

 まずは現状把握だ。手帳を見せつつ片言で質問すると、オルラさん姉妹はムキムキ天使軍団のお知り合いだった。お姉さんの上司が、山賊金髪おじさんらしい。
 陽気な山賊リーダーご本人は、竜騎士の中でもとても偉い人だった。おまけにご両親が領主で、ここはその別館の地下なんだとか。それって貴族だよね。
 ナイアが通訳を引き受けてくれている空色シュナウザーおじさんこと、イーンレイグ氏は普段、王様の衣食住のお世話をしているらしい。こっちも偉い人っぽい。

 権力者は信用ならないけど、カチューシャによると神殿と対立しているみたいだから、敵の敵ってことで味方になってくれないかな。とりあえず神殿の悪事をチクってみよう。

 イーンレイグさんが私の表情やジェスチャーまでしっかりと読み取ってくれたおかげで、私が霊山に召喚されて、フィオと結界を出ようとして、爺様とカチューシャに出会ったことは理解してもらえた。

「魔獣を大量に納入させていたのは、古代竜を奴隷契約で縛るためだったのですね。そして禁忌の召喚魔法陣まで……実はこの夏、王都では子どもの行方不明事件が発生しておりまして、顔など何か特徴となるものは覚えておいでですか?」

 そこまでは無理。絵をさっと描いて、数は伝えた。あと血を絞られていたこととか、真ん中だけ服を着せられた女の子だったこととか。

 魔法陣の周りにいた大人の特徴も、だんだんと思い出したので、また絵を描こうとしたら、オルラさんが大きめの紙と色鉛筆を持って来てくれた。なんだ、紙は貴重だって聞いたけど、ある所にはあるんだ。

「アリ、ガト」

 こんな感じのね、髑髏どくろみたいな化粧の濃い女の人でしょ? あとは、三つ編みの全然可愛くない老人とか、勘違いした雄鶏中年とか。

「メメ様、絵がお上手ですね。ふふふ。全員、判明しそうです、素晴らしいです。これが神殿長で、こっちが副神殿長ですねぇ」

「こっちの化粧濃いの、アタシの前の上司で聖女です。あ、神殿をクビになったのでアタシ」

 イーンレイグさんが褒めてくれて、オルラさんがビックリ情報を投下してくる。何それ、後でいいけど詳しく聞きたい。

 爺様のことも再度確認してくるので、荷袋の中から魔杖まじょうや装飾品を出そうとしたら、カチューシャが止めてきた。

≪全くもう。見せていいの、どれ?≫

 爺様とカチューシャは秘密が多すぎる。オルラさんたちに見えない角度で荷袋の中を漁って、精霊四色の魔杖まじょう一本と各色の指輪四つだけ披露することにした。

「グウェンフォール様が普段身に付けていらした品々のような気も致しますが……残念ながら魔導士でない我々では、いささか判別が難しいかと」

 イーンレイグさんは困った顔をすると、ますますシュナウザー犬っぽかった。

「死の呪いを放つとは、そちらも複数の上級魔導士が関与しなければ手が出せない禁忌の術です。しかしグウェンフォール様は一体なぜ霊山の中へ?」

 やっと狙い通りの質問が来た。すかさず私は、『取引』と『情報』と書いた文字を指した。
 ふふん、知りたいでしょ? 教えてほしかったら、君たち側の情報も『提供』したまえ。加えてフィオを『助ける』って文書で『宣誓』と『契約』してくれたら、教えてあげるよ。

 トゥットルッカの最後の一口を飲み干し、ニコッと笑った。唇が深緑色に染まって、少しは魔女っぽくなったかな。
 聖女とか関係ないもん。私は愛竜フィオ第一主義なの。助けてくれなかったら、子々孫々呪って枕元に立つぞ。






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