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Ep.3-6 《魅了の悪魔》

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「あらら、魅了の効果がきれちゃったかな? でも、逃さないよ」

赤子のような速度で距離を取ろうとするアーニャに対し、リリアは歩いてアーニャに近づいていく。

『ど、どうやらアーニャ選手、急に体の自由を取り戻したようです! 一体何が起きたのでしょう?』

『おそらく魅了の効果が切れたのでしょう。サキュバスの魅了の効果は互いに視線を合わせた時に発動しますが、その効果は一定時間で切れてしまいます』

『――だそうです! ただそれだとまた視線を合わせられたら……』

『ええ、また魅了の効果が発動してしまいます。だからアーニャ選手はここでなんとか状況を立て直したいところですが……』

魅了の効果が切れ、今この瞬間はアーニャにとって最大のチャンスのはず。
だがそれを解説するクランとジューンの声色に、期待感のような感情は篭っていない。
それもそのはず、両足で立つことさえできないアーニャを見れば、大して状況が変わっていないことなど明白だった。

「あんなボロボロになりながら逃げ回って……無様ねぇ……」
「もうさっさと降参しちゃえばいいのに」

観客席からもそんな声が漏れ始める。
アーニャの敗北を誰もが確信していた。

「え、待って……あの子、もしかして……」

そんな中、観客の一人がそんな言葉を漏らす。
その女性は信じられないものを見るような目でアーニャを、アーニャが向かおうとしている先を見つめていた。

『……まさか、まだ諦めてない……?』

遅れてジューンも気づく。
アーニャが向かう先。
そこにはアーニャが魅了の効果を受けたときに落としたナイフが転がっていた。
這いつくばりながらも、アーニャは落ちているナイフに手を伸ばす。

『な、なんと、アーニャ選手! 逃げているのではなく、武器を取ろうとしています! まだ戦う意志が残っているのでしょうか!?』

感極まった声でクランが叫ぶ。
あまりにも諦めの悪いアーニャの姿に、単純に驚愕していた。

(あと、少し……)

もうすぐそこにあるナイフに向けて、アーニャは手を伸ばす。
その瞬間、目の前に空を切る音が響いた。

――バチン!

「――いっ!? ぐあぁあああッ!!」

アーニャの絶叫が会場に響く。
伸ばした腕に激痛が走り、手首が赤く腫れる。

「こんな状況になっても諦めないの、すごいね。でもね、アーニャちゃんが戦う意志を見せるなら、私もそれに応じてあげなきゃ!」

背後から語りかけるリリアの手には、彼女がアイテムボックスから取り出した鞭が握られていた。
アーニャの上に跨るように立ち、真下にいるアーニャに向けて勢いよく鞭を振る。

――バチン!

ビュンと音を立てて振り抜かれた鞭が、アーニャの背中を強く打ち付ける。

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ッ!?」

肉を打つ鈍い音とアーニャの絶叫が響く。

――バチン! バチン! バチン!

「あぐッ、あ”ッ! あ”あ”あ”あ”あ”ッ!!」

打ち付ける鞭の音が響くたび、アーニャの悲痛な叫びも同時に響く。
鞭が打ち付けられるたびに破れていくアーニャの衣服。
気づけばアーニャの象徴である黒い衣装はもはやボロ布同然で、赤く腫れた肌と白い下着が露出する。

「こんな……ところで………」

誰にも聞こえないような、小さな声でアーニャが呟く。
まるで消える寸前のロウソクのような、今にも消え入りそうな小さな声。
どんな状況になっても諦めずにいたアーニャの心は、もうすでに折れかけていた。
それでもアーニャはゆっくりと、芋虫のような速度で地を這い前に進み続けた。
そんなアーニャの指先に、冷えた金属の感覚が伝う。
最後の足掻き。
そんな思いでアーニャは手を伸ばした先にあるナイフを、強く握りしめた。

「私は、こんなところで……負ける、わけには……いかないんだあああッ!」

すぐ背後にいたリリアにアーニャ飛びかかる。
そして右手に握ったナイフを力強く振り抜いた。

ブシャッ!

会場に鮮血がほとばしる。

「くっ、うっ……」

ギチギチと震えるアーニャの腕。
握られたナイフの刃を、リリアが片手で握りしめる。

『あ、アーニャ選手! ナイフを手に取り反撃に出ました!』

『いや、でもまだ致命打じゃない!』

やや緊張した面持ちで声を上げるクランとジューン。
そう、せめてこのナイフをリリアの胴体を切り裂かなければリリアを戦闘不能にすることはできない。
だがリリアは手の平から血を流しながらも、ナイフから手を離そうとしない。

(く、そ……あと、ちょっとなのに)

震える腕に力が入らない。
せめて万全な状態であれば……そんなことを思いながら、なんとか相手の急所にナイフを突き刺そうとアーニャは焦る。

「ふふっ」

不意に漏れるリリアの余裕そうな声。
そんな彼女の表情を確かめるようにアーニャは顔を上げる。
上げてしまう。

(あ、しまっ……)

直後、それが絶対にやってはいけない行動だったと思い出す。
すぐさま視線を逸らそうとするが、もう遅い。

「やーっとこっち見てくれた」

二人の視線が重なり合う。
その瞬間、体が熱く、重くなり、自分の意思で体を動かせなくなる。

「魅了の瞳、まだまだ私のおもちゃとして、遊んであげるからね」

視線を逸らそうとする意思すら、もう体には届かない。
アーニャの視線は吸い込まれるようにリリアの瞳だけを見つめ続ける。

(くっ、私は、また……っ!)

再びアーニャは魅了の効果を受けてしまう。

『ああっ、アーニャ選手、また魅了の効果を受けてしまいました!』

『あの状態から一矢報いようとしたアーニャ選手もすごいですが、腕でナイフを受け止め視線誘導を狙ったリリア選手も流石です。レベルの高い戦いですね』

「び、びっくりした~」
「一瞬どうなるかと思ったけど、流石リリア様ね」
「でもあの状態からまた反撃をしようなんて……」

一瞬、会場に張り詰めた空気が流れたが、結局アーニャの反撃は不発に終わり、リリアに致命傷を負わせることはできなかった。

「ってて……さっきのちょっと痛かったかも……だから、たくさんお仕置きしないと、ね」

リリアは自身の手から流れる血を舐めながら、アーニャをじっと見つめる。

「ねぇねぇ、アーニャちゃんはどこを虐められるのが好き? 今ならリクエストに答えてあげるよ?」

余裕を見せるリリアに対し、アーニャは蔑むような視線で睨む。

「……別に、好きにすれば」

「すごいね……こんな状況になってもまだ諦めてないんだ」

「……遊んでないで、早く、殺した方がいいんじゃないの? ……またさっきみたいに、やらかすかもよ……?」

体の自由は奪われてしまったものの、せめて意思だけは抵抗していることを示すように、アーニャは強気に言い返す。

「へぇ……そんな生意気なこと言うんだ」

そんなアーニャの態度を見て、リリアはいたずらを思いついた時の子供のような顔でクスリと笑う。

「じゃあアーニャちゃん。お口、開けて」

「くっ……んぁ……」

意図せず勝手に開く口。
そこに急に、リリアの右手が入り込んでくる。

「んぐッ!? げほっ、かひ……っ!」

一瞬呼吸ができなくなり、咳き込んでしまう。
口の中がリリアの傷口から流れる血の味で満たされていく。
何をするのかと驚くアーニャだったが、真に恐ろしいのはそれからだった。

(う、そ……それは……)

リリアが左手に持つものを見て、アーニャは目を大きく見開く。

「これ最後の注射。呪いの効果は刺された場所を敏感にする単純なヤツ。これ、どこに刺そうかな~ってずっと思ってたんだけど、決めた」

その注射がアーニャの顔に近づいてくる。

「ひゃ、ひゃめ……っ!」

「動くのダメ。ふふっ、さっきまで生意気な顔してたのに、すぐにかわいい顔になっちゃうんだ。じゃあその生意気なお口、めちゃくちゃにしてあげる」

引きつった顔のまま、アーニャの体は動かなくなる。
そしてゆっくりと注射針が口の中に入り込んでくる。

「ンンッ!? ング~~~~ッ!?」

「注射を嫌がる子供みたいな反応だね。大丈夫ですよー、ちゃっとチクっとするだけですよー」

直後、舌先に強い痛みがやってきて、その痛みは次第に痺れるような感覚に代わり、最終的に甘く熱い感覚に変わっていく。
しばらくすると口の中から注射器が引き抜かれ、蕩けた顔のアーニャを見てリリアは微笑む。

「んぁ……あがっ……」

「はい、アーニャちゃんのお口、ビクビクの性感帯になっちゃいました。さーてどんな味がするのかな~?」

「ひゃ、いやぁあ……っ!」

「いただきまーす。あむぅ……」

問答無用で近づいてくるリリアの唇。
二人の唇が重なり、甘い香りが口の中に充満する。
そして間髪入れず、リリアの舌がアーニャの舌を絡めとる。

「ン”ッ!? ン”ン”ーーーーッ!?」

口の中が弾けたような感覚がやってきて、その瞬間アーニャの意識が真っ白になる。
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