3 / 33
第3話:お父さんは普通……だよね?
しおりを挟む
マッスリーヌを伴ってリビングに向かったわたしは、食卓で朝食をとっている父の姿を見て安堵した。
「お父さん、おはよう」
「ああ、おはようモブリン」
スーツを着て髪を整え、ぴしっと背筋を伸ばして味噌汁をすすっているその姿は、まさしく普通が服を着ているといった感じだ。
これだこれ。
これこそがわたしの求めた普通の世界。
起き抜けに筋肉メイドなんてものがいたもんだからちょっと警戒していたが、やっぱりわたしは普通の家庭に生まれ育っていた。
ありがとうおっさん女神。
「あれ? お母さんは?」
「ちょっと食材を切らしてしまってな。
さっき慌てて買いに行った。
私は仕事があるから軽く食べて出ることにしたよ。
モブリンはまだ時間があるから待つといい」
「はーい」
言われてみれば、お父さんの前には白いご飯と味噌汁しか置かれていない。
普通なら焼き鮭なんかが置かれていそうな感じがするから、きっとそういう食材を母は買いに行ったのだろう。
それにしても、食事が日本食というのは個人的にありがたい。
メイドや魔法学校のある異世界なので、洋食とか、最悪、わけのわからないモンスターを焼いたものとかが出されることを警戒していたのだ。
「やっぱり日本食だよね~。
ご飯の匂いでお腹が鳴っちゃう」
「二ホン……?」
「あ、ごめん、なんでもないよ」
いけないいけない。
日本食があるからといって、日本がこの世界にあるわけではない。
たまたま同じような食文化が存在するというだけなのだ。
前世の知識で、余計なことを発言するのは避けたい。
だってそれって、この世界の普通じゃないから。
「あ、テレビがある。
ニュース観たいから、つけるね」
「テレビ」
返事が謎の復唱だった。
もしかしてテレビという呼び名ではない?
言葉がそのまま通じているから、そういう言語的なものは転生マジックで自動的に翻訳されていると思っていたのだけど……。
「そうか、それはテレビというのか」
「ご、ごめん。
わたしが寝ぼけておかしなことを言っているだけ。
これのこと、普段なんて呼んでる?」
「うむ」
うむってなんだ。
ウムって商品名……じゃないよね。
「いや、この家電の名前、あると思うんだけど」
「あるんだろうな。
その……私は家のことは詳しくなくて。
こんな父親でごめんな」
「あっ、そういうんじゃないよ?
ごめんね、変なことを訊いちゃって。
つけるね~」
父は仕事人間なのかもしれない。
それがこの世界では普通なのかも。
まあ、わたしのいた世界でも、そういう父親は結構いると思うし。
……でも、家のことを詳しくないって、ハンコの置き場所とかがわからないのが普通だけど。
テレビの呼び名を知らないのは、常識がないという意味ではかなり異常のような。
そんなことを考えながらリモコンの電源ボタンを押すが、テレビはうんともすんとも言わない。
リモコンの電池が切れているのだろうか。
父に訊いてもそれこそ知らないだろうから、テレビのことはひとまずあきらめる。
この世界の情報をもっと得てから学校に行きたいのだが、さてどうしよう。
「ねえ、マッスリーヌ。
し、新聞って……あるかな?」
「新聞ですか」
一般名詞が通じるのかわからず、恐る恐る訊いてみる。
すると、
「もちろんありますよ。
どうぞ、温めておきました」
「やったっ!」
大胸筋のあいだから、ほかほかの新聞が出てきた。
つい喜んでしまったが、この対応が嬉しかったわけではない。
新聞という名称が通じたこと、そしてそれがこの家に存在するのが嬉しかったのだ。
むき出しの新聞ではなく、ちゃんと雨の日用のビニル袋に包まれているから、筋肉メイドの汗なんかはそれを剥いてしまえば気にせずに済む。
優秀じゃん、と思ったわたしはちょっと普通じゃないかもしれない。
気をつけよう。
「えーっと、一面は――」
そこには、この国の王子が結婚相手を選ぶパーティのことが書かれていた。
王子の写真も掲載されている。
「うっわ……すごい美形。
ていうか、服装とかちゃんとファンタジーしているし。
この国全体が日本風ってわけじゃないのね」
さまざまな文化が入り混じっている世界観なのだろう。
だとしたらなおさら、わたしの家が日本的でよかった。
と、そこで父が椅子から立ち、「仕事に行くよ」とわたしに告げた。
「あ、うん、行ってらっしゃい。
……ネクタイ曲がってるよ?」
「ネクタイ」
また復唱された。
本当に気をつけようと思いながら、父のネクタイを直してあげる。
「これでよし。
お仕事頑張ってきてね」
「ありがとう。
これはネクタイといって、こういう形にするのが普通なんだな」
「え? うん、そうだよ」
なんだと思って身に着けていたのだろう。
ぎこちない手つきで黒い革靴を履いて出てゆく父のことを、わたしは不安な気持ちで眺めていた。
「お父さん、おはよう」
「ああ、おはようモブリン」
スーツを着て髪を整え、ぴしっと背筋を伸ばして味噌汁をすすっているその姿は、まさしく普通が服を着ているといった感じだ。
これだこれ。
これこそがわたしの求めた普通の世界。
起き抜けに筋肉メイドなんてものがいたもんだからちょっと警戒していたが、やっぱりわたしは普通の家庭に生まれ育っていた。
ありがとうおっさん女神。
「あれ? お母さんは?」
「ちょっと食材を切らしてしまってな。
さっき慌てて買いに行った。
私は仕事があるから軽く食べて出ることにしたよ。
モブリンはまだ時間があるから待つといい」
「はーい」
言われてみれば、お父さんの前には白いご飯と味噌汁しか置かれていない。
普通なら焼き鮭なんかが置かれていそうな感じがするから、きっとそういう食材を母は買いに行ったのだろう。
それにしても、食事が日本食というのは個人的にありがたい。
メイドや魔法学校のある異世界なので、洋食とか、最悪、わけのわからないモンスターを焼いたものとかが出されることを警戒していたのだ。
「やっぱり日本食だよね~。
ご飯の匂いでお腹が鳴っちゃう」
「二ホン……?」
「あ、ごめん、なんでもないよ」
いけないいけない。
日本食があるからといって、日本がこの世界にあるわけではない。
たまたま同じような食文化が存在するというだけなのだ。
前世の知識で、余計なことを発言するのは避けたい。
だってそれって、この世界の普通じゃないから。
「あ、テレビがある。
ニュース観たいから、つけるね」
「テレビ」
返事が謎の復唱だった。
もしかしてテレビという呼び名ではない?
言葉がそのまま通じているから、そういう言語的なものは転生マジックで自動的に翻訳されていると思っていたのだけど……。
「そうか、それはテレビというのか」
「ご、ごめん。
わたしが寝ぼけておかしなことを言っているだけ。
これのこと、普段なんて呼んでる?」
「うむ」
うむってなんだ。
ウムって商品名……じゃないよね。
「いや、この家電の名前、あると思うんだけど」
「あるんだろうな。
その……私は家のことは詳しくなくて。
こんな父親でごめんな」
「あっ、そういうんじゃないよ?
ごめんね、変なことを訊いちゃって。
つけるね~」
父は仕事人間なのかもしれない。
それがこの世界では普通なのかも。
まあ、わたしのいた世界でも、そういう父親は結構いると思うし。
……でも、家のことを詳しくないって、ハンコの置き場所とかがわからないのが普通だけど。
テレビの呼び名を知らないのは、常識がないという意味ではかなり異常のような。
そんなことを考えながらリモコンの電源ボタンを押すが、テレビはうんともすんとも言わない。
リモコンの電池が切れているのだろうか。
父に訊いてもそれこそ知らないだろうから、テレビのことはひとまずあきらめる。
この世界の情報をもっと得てから学校に行きたいのだが、さてどうしよう。
「ねえ、マッスリーヌ。
し、新聞って……あるかな?」
「新聞ですか」
一般名詞が通じるのかわからず、恐る恐る訊いてみる。
すると、
「もちろんありますよ。
どうぞ、温めておきました」
「やったっ!」
大胸筋のあいだから、ほかほかの新聞が出てきた。
つい喜んでしまったが、この対応が嬉しかったわけではない。
新聞という名称が通じたこと、そしてそれがこの家に存在するのが嬉しかったのだ。
むき出しの新聞ではなく、ちゃんと雨の日用のビニル袋に包まれているから、筋肉メイドの汗なんかはそれを剥いてしまえば気にせずに済む。
優秀じゃん、と思ったわたしはちょっと普通じゃないかもしれない。
気をつけよう。
「えーっと、一面は――」
そこには、この国の王子が結婚相手を選ぶパーティのことが書かれていた。
王子の写真も掲載されている。
「うっわ……すごい美形。
ていうか、服装とかちゃんとファンタジーしているし。
この国全体が日本風ってわけじゃないのね」
さまざまな文化が入り混じっている世界観なのだろう。
だとしたらなおさら、わたしの家が日本的でよかった。
と、そこで父が椅子から立ち、「仕事に行くよ」とわたしに告げた。
「あ、うん、行ってらっしゃい。
……ネクタイ曲がってるよ?」
「ネクタイ」
また復唱された。
本当に気をつけようと思いながら、父のネクタイを直してあげる。
「これでよし。
お仕事頑張ってきてね」
「ありがとう。
これはネクタイといって、こういう形にするのが普通なんだな」
「え? うん、そうだよ」
なんだと思って身に着けていたのだろう。
ぎこちない手つきで黒い革靴を履いて出てゆく父のことを、わたしは不安な気持ちで眺めていた。
166
あなたにおすすめの小説
転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、
飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、
気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、
まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、
推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、
思ってたらなぜか主人公を押し退け、
攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・
ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
『異世界転生してカフェを開いたら、庭が王宮より人気になってしまいました』
ヤオサカ
恋愛
申し訳ありません、物語の内容を確認しているため、一部非公開にしています
この物語は完結しました。
前世では小さな庭付きカフェを営んでいた主人公。事故により命を落とし、気がつけば異世界の貧しい村に転生していた。
「何もないなら、自分で作ればいいじゃない」
そう言って始めたのは、イングリッシュガーデン風の庭とカフェづくり。花々に囲まれた癒しの空間は次第に評判を呼び、貴族や騎士まで足を運ぶように。
そんな中、無愛想な青年が何度も訪れるようになり――?
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
転生した世界のイケメンが怖い
祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。
第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。
わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。
でもわたしは彼らが怖い。
わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。
彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。
2024/10/06 IF追加
小説を読もう!にも掲載しています。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが
カレイ
恋愛
天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。
両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。
でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。
「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」
そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる