4 / 33
第4話:ねえ、お母さん。……お母さん?
しおりを挟む
リビングで新聞を読みながら母の帰りを待つ。
新聞の中は、それこそ普通じゃない芸能人みたいな人たちの話題で持ち切りだ。
いかに自分が平凡な存在かということがわかって逆に安心する。
四コマ漫画のオチが可もなく不可もなくって感じなのも、すごく普通でよろしい。
新聞の漫画がアバンギャルドな面白さを持っていたら、朝から不安定になってしまうことだろう。
「マッスリーヌ、時間は大丈夫かな」
「あと三十分くらいは余裕があります。
時間を持て余すようでしたら、筋肉でも見ますか?」
「今はいいかな……」
今というか、未来永劫ご免こうむりたい。
そんなわたしの気も知らず、メイドは白い歯を輝かせて「ではのちほど」とさわやかに言う。
ちゃんと言わないと通じないんだろうけど、圧倒的な筋肉の彼女がもし怒ったらと思うと恐ろしい。
それに、結構美人だし。
黒髪ポニーテールの美人メイド。
筋肉の圧さえなければかなりいけると思うんだけど、存在のほぼすべてが筋肉なのでそんなことを考えてもしかたがないと思えてしまう。
などと考えているうちに、母が買い物から帰ってきた。
どこまで行ったのだろう、エプロン姿で肩で息をするほど疲れ切っている。
「た、ただいま、モブリン」
「おかえりなさい。
食材を切らしたってお父さんが言ってたけど、遠いお店まで行ってたの?」
「それがね……」
倒れそうになりながらキッチンに向かい、ドスンと音を立てて袋を置いた。
あのサイズが日本食の材料?
ちょっと思い当たるものがないのだけれど。
「どこにも売ってなくて、探し回ったの。
最終的に港の市場まで行ってみたけど、同じ生き物はいなくって。
朝ここにあった食材をダメにしちゃったのが本当に惜しいわ」
「あった、ってどういう意味?」
「あったものは、あったのよ。
気づいたら存在してた。
お父さんは受け入れるのが普通って言うんだけど、本当に普通なのかしら」
それは……普通じゃないかもしれない。
今朝いきなり現れたとしたら、わたしが転生したことと関係があるのだろうか。
もしかして、わたしの転生と同時に、この家にも変化が起きた?
「私はお父さんみたいに受け入れられなくて、朝から頭が混乱しているの。
このペラペラの布も、いつまでつけていればいいのかわからないし」
「あー、エプロン」
「エプロンっていうのね。
モブリンもお父さんみたいに受け入れてるの?
すごいと思うけど、それが『普通』なのよね、たぶん……」
わたしは確信した。
この家が日本風なのは、前世で日本人だったわたしが「普通」を望んで転生したせいだ。
望んだのは転生先の世界での一般的な家庭だったのに、一般的の軸の取りかたを完全にミスっている。
あのおっさん女神……!
「ど、どうしたのモブリン?
なんだか憎しみに満ちた顔をしているわ。
お腹が空いていらいらしているの?
ごめんね、今すぐ用意するから」
「あ、違う違う。
そういうことじゃなくって。
今のはちょっと、夢の内容を思い出していただけ」
憎しみに支配されるとモブ道を外れてしまいかねない。
ここはぐっと我慢して、できるだけ変化の影響を抑えることに専念しなくては。
たぶんテレビも、見た目だけ真似して再現されているだけ。
電気も通っていなければテレビ塔もきっとない。
「ねえ、お母さん。
いろいろ慣れないものが多いと思うけど、無視していいと思うよ。
家電……えっと、よくわからない機械は全部使わなくていい。
いままでと同じように生活してくれて大丈夫だから」
「そう? そう言ってもらえると本当に助かるわ。
じゃあ魔法でちゃちゃっと料理しちゃうわね」
「うん」
そうだ、魔法の存在する世界なのだ。
わたしがこれから行くことになるのも、王立魔法学校だと言っていた。
部屋にあったブレザーをメイドに着せられたけど、これは本当にこの世界の制服だろうか。
母のエプロンの件もあるので不安になってきた。
「マッスリーヌ、この制服ってみんな着てるやつ?
わたしのだけ特別デザインじゃないよね?」
「はい、一般的な制服です。
もっと筋肉が見えるように改造しましょうか?」
「遠慮しておく」
見せるほどの筋肉もついていないし。
って、そういう話じゃなくて。
しょんぼりしているメイドは放っておくとして、さすがにそろそろ時間が気になってきた。
あと十分くらいしか余裕がない。
「お母さん、朝食の支度ってあとどれくらいかかる?
わたしも手伝おうか?」
「ううん、あとはこのサーモンドラゴンの身を切って焼くだけだから。
ちょっと待ってて」
「サーモンドラゴン……?」
買ってきた袋から出してまな板に置かれたのは、巨大なドラゴンのしっぽだった。
断面はたしかに鮭っぽい感じで、鮮やかなサーモンピンクをしている。
慣れない調理器具で焦がしてしまった鮭の代わりに、似た食材を探してきたに違いない。
果たして味は鮭なのだろうか、と不安がっていると、まな板のうえでしっぽがビクンと跳ねた。
「あらあら、ドラゴンの生命力って本当にすごいわ。
本来は焼いてすり潰してお薬にするものらしいけど、新鮮なものなら食べても美味しいかもしれないわね」
「うわ……」
ご飯の匂いで鳴っていたお腹が、一気に静かになった。
これはいけない。
朝から普通でないものを食べさせられると、ろくなことにならない予感がする。
「ごめん、お母さん!
わたしもう時間がないから、お米だけ食べていくから。
いただきまーす」
口に入れる直前に思ったが、電気もないのに炊飯器が使えるわけがない。
研いでもいない米をお釜に入れて無理やり火にかけたらしく、芯はあるし粉っぽいしで食べられたものじゃなかった。
「ご、ごちそうさまっ。
行ってくるね!
夕飯はいつもの食材で普通に作っていいから」
二口ほど食べてもう無理と判断し、わたしは逃げるように玄関を飛び出した。
新聞の中は、それこそ普通じゃない芸能人みたいな人たちの話題で持ち切りだ。
いかに自分が平凡な存在かということがわかって逆に安心する。
四コマ漫画のオチが可もなく不可もなくって感じなのも、すごく普通でよろしい。
新聞の漫画がアバンギャルドな面白さを持っていたら、朝から不安定になってしまうことだろう。
「マッスリーヌ、時間は大丈夫かな」
「あと三十分くらいは余裕があります。
時間を持て余すようでしたら、筋肉でも見ますか?」
「今はいいかな……」
今というか、未来永劫ご免こうむりたい。
そんなわたしの気も知らず、メイドは白い歯を輝かせて「ではのちほど」とさわやかに言う。
ちゃんと言わないと通じないんだろうけど、圧倒的な筋肉の彼女がもし怒ったらと思うと恐ろしい。
それに、結構美人だし。
黒髪ポニーテールの美人メイド。
筋肉の圧さえなければかなりいけると思うんだけど、存在のほぼすべてが筋肉なのでそんなことを考えてもしかたがないと思えてしまう。
などと考えているうちに、母が買い物から帰ってきた。
どこまで行ったのだろう、エプロン姿で肩で息をするほど疲れ切っている。
「た、ただいま、モブリン」
「おかえりなさい。
食材を切らしたってお父さんが言ってたけど、遠いお店まで行ってたの?」
「それがね……」
倒れそうになりながらキッチンに向かい、ドスンと音を立てて袋を置いた。
あのサイズが日本食の材料?
ちょっと思い当たるものがないのだけれど。
「どこにも売ってなくて、探し回ったの。
最終的に港の市場まで行ってみたけど、同じ生き物はいなくって。
朝ここにあった食材をダメにしちゃったのが本当に惜しいわ」
「あった、ってどういう意味?」
「あったものは、あったのよ。
気づいたら存在してた。
お父さんは受け入れるのが普通って言うんだけど、本当に普通なのかしら」
それは……普通じゃないかもしれない。
今朝いきなり現れたとしたら、わたしが転生したことと関係があるのだろうか。
もしかして、わたしの転生と同時に、この家にも変化が起きた?
「私はお父さんみたいに受け入れられなくて、朝から頭が混乱しているの。
このペラペラの布も、いつまでつけていればいいのかわからないし」
「あー、エプロン」
「エプロンっていうのね。
モブリンもお父さんみたいに受け入れてるの?
すごいと思うけど、それが『普通』なのよね、たぶん……」
わたしは確信した。
この家が日本風なのは、前世で日本人だったわたしが「普通」を望んで転生したせいだ。
望んだのは転生先の世界での一般的な家庭だったのに、一般的の軸の取りかたを完全にミスっている。
あのおっさん女神……!
「ど、どうしたのモブリン?
なんだか憎しみに満ちた顔をしているわ。
お腹が空いていらいらしているの?
ごめんね、今すぐ用意するから」
「あ、違う違う。
そういうことじゃなくって。
今のはちょっと、夢の内容を思い出していただけ」
憎しみに支配されるとモブ道を外れてしまいかねない。
ここはぐっと我慢して、できるだけ変化の影響を抑えることに専念しなくては。
たぶんテレビも、見た目だけ真似して再現されているだけ。
電気も通っていなければテレビ塔もきっとない。
「ねえ、お母さん。
いろいろ慣れないものが多いと思うけど、無視していいと思うよ。
家電……えっと、よくわからない機械は全部使わなくていい。
いままでと同じように生活してくれて大丈夫だから」
「そう? そう言ってもらえると本当に助かるわ。
じゃあ魔法でちゃちゃっと料理しちゃうわね」
「うん」
そうだ、魔法の存在する世界なのだ。
わたしがこれから行くことになるのも、王立魔法学校だと言っていた。
部屋にあったブレザーをメイドに着せられたけど、これは本当にこの世界の制服だろうか。
母のエプロンの件もあるので不安になってきた。
「マッスリーヌ、この制服ってみんな着てるやつ?
わたしのだけ特別デザインじゃないよね?」
「はい、一般的な制服です。
もっと筋肉が見えるように改造しましょうか?」
「遠慮しておく」
見せるほどの筋肉もついていないし。
って、そういう話じゃなくて。
しょんぼりしているメイドは放っておくとして、さすがにそろそろ時間が気になってきた。
あと十分くらいしか余裕がない。
「お母さん、朝食の支度ってあとどれくらいかかる?
わたしも手伝おうか?」
「ううん、あとはこのサーモンドラゴンの身を切って焼くだけだから。
ちょっと待ってて」
「サーモンドラゴン……?」
買ってきた袋から出してまな板に置かれたのは、巨大なドラゴンのしっぽだった。
断面はたしかに鮭っぽい感じで、鮮やかなサーモンピンクをしている。
慣れない調理器具で焦がしてしまった鮭の代わりに、似た食材を探してきたに違いない。
果たして味は鮭なのだろうか、と不安がっていると、まな板のうえでしっぽがビクンと跳ねた。
「あらあら、ドラゴンの生命力って本当にすごいわ。
本来は焼いてすり潰してお薬にするものらしいけど、新鮮なものなら食べても美味しいかもしれないわね」
「うわ……」
ご飯の匂いで鳴っていたお腹が、一気に静かになった。
これはいけない。
朝から普通でないものを食べさせられると、ろくなことにならない予感がする。
「ごめん、お母さん!
わたしもう時間がないから、お米だけ食べていくから。
いただきまーす」
口に入れる直前に思ったが、電気もないのに炊飯器が使えるわけがない。
研いでもいない米をお釜に入れて無理やり火にかけたらしく、芯はあるし粉っぽいしで食べられたものじゃなかった。
「ご、ごちそうさまっ。
行ってくるね!
夕飯はいつもの食材で普通に作っていいから」
二口ほど食べてもう無理と判断し、わたしは逃げるように玄関を飛び出した。
180
あなたにおすすめの小説
転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、
飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、
気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、
まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、
推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、
思ってたらなぜか主人公を押し退け、
攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・
ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
『異世界転生してカフェを開いたら、庭が王宮より人気になってしまいました』
ヤオサカ
恋愛
申し訳ありません、物語の内容を確認しているため、一部非公開にしています
この物語は完結しました。
前世では小さな庭付きカフェを営んでいた主人公。事故により命を落とし、気がつけば異世界の貧しい村に転生していた。
「何もないなら、自分で作ればいいじゃない」
そう言って始めたのは、イングリッシュガーデン風の庭とカフェづくり。花々に囲まれた癒しの空間は次第に評判を呼び、貴族や騎士まで足を運ぶように。
そんな中、無愛想な青年が何度も訪れるようになり――?
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが
カレイ
恋愛
天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。
両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。
でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。
「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」
そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。
転生した世界のイケメンが怖い
祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。
第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。
わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。
でもわたしは彼らが怖い。
わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。
彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。
2024/10/06 IF追加
小説を読もう!にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる