令嬢だったディオンヌは溜め息をついて幼なじみの侯爵を見つめる

monaca

文字の大きさ
37 / 41
第二部 エリザと記憶

12

しおりを挟む
 あたしは7年まえ、13歳のときに一度死んだ。

 事故や病気ではなく、それが寿命だったのだと自分では思っている。
 たしかに頭痛がひどかったのは病気と言えるのかもしれないけど、これはもう、幼いときからの悪友のようなもの。
 頭痛と一緒に成長してきたようなものだった。

 頭痛はあたしのある『特徴』に起因していた。

 最初に気づいたのは、父だった。
 医師だった父は研究熱心で、自分の患者のカルテを部屋でよく広げていた。
 そこで脳のMRI画像をたまたま見たあたしが、数日後、幼稚園のお絵かきの時間に画用紙へと描き写したのだ。
 先生や周りの子どもたちは、黒い空に浮かんだ入道雲の絵だと思ったらしい。
 不吉な絵を描いたとして母に報告され、その絵を見た父は驚いた。
 自分の患者の脳が緻密に描かれ、脳梗塞の位置まで正確に再現されていたのだから。

 あたしには他の誰にもない記憶力がある。
 母は不安がったが、父は大喜びだった。
 内容も理解できない医学書の数々をあたしに見せ、そらんじて見せるとたくさん褒めてくれた。

「きっと脳がパンクするわ」

 母はそう言ってあたしを書物から遠ざけようとしたが、

「最新の研究ではそれは否定されている。たとえこの世のすべてを詰め込んでも、脳はまだ余るんだ」

 父は笑って、あたしの頭を撫でた。
 頭痛は日増しに激しくなっていたけど、父のことが大好きだったので、記憶とは無関係だと思うようにした。

 中学生になるころ、あたしは頭痛で動くこともできなくなった。

「すまない……。脳の容量は無限大でも、そこから取り出す負荷が大きすぎた。記憶は他の記憶と繋がりを持つ。朝食を思い出せばそのときに流れていたテレビの内容を思い出すように、関連性をもった記憶が勝手に取り出されるんだ。常人ならその繋がりにはかぎりがある。でも、限界を知らないきみの脳は、何かひとつを思い出すたびに、膨大な量の記憶がついてきてしまう。その負荷に……脳が耐えられなかった」

 あたしは、「パパ、謝らないで。これは寿命だよ」と父に言った。
 容量が問題じゃないなら、父が医学書を詰め込んだことは関係がない。
 普通に日常を送っていたとしても、目にしたものが自然と蓄積され、どのみち限界がきていたことだろう。

 通うはずだった中学校のすみれ色のジャージを着て、あたしは息を引き取った。

 暗転し――
 気がつくと、ペンダーグラス屋敷の近くの森に立っていた。

「全部、覚えてる」

 それなのに頭痛がなかった。
 理解するには、それだけで充分だった。
 物心ついたときからの悪友がいなくなったのだ。

「これ、生まれ変わりってやつだね。もう……パパには会えないんだ」

 あたしは前世のことを不幸だとは思っていない。
 でも、まるで不幸だったと世界が憐んだかのように、それからは幸運つづきだった。

 素性のわからないあたしを見つけたペンダーグラス夫妻の養子となり――
 穏やかな姉とおてんばな妹と一緒に成長し――
 前世の記憶から再現した書物を引っ提げて王宮に就職することができた。

 異世界転生については、歴史書にも該当しそうな記述があった。

 過去にも数度、他の世界から訪れたとしか思えない者が存在したそうだ。
 彼らはスキルと呼ばれる特殊能力を使い、おもに戦争で活躍したらしい。

 ここは、そういうことが起こりうるファンタジー世界なのだ。

 だったら、あたしのスキルは『記憶』で間違いない。
 前の世界では過ぎたるものとして寿命を縮めざるをえなかった能力だが、ここでは対価が必要ない。

 あたし――エリザ・ペンダーグラスは、記憶能力者として7年間を過ごしてきた。
 自分の存在そのものが、ファンタジーだ。

 だから、ジョサイアの告白をすんなりと信じることができた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!

野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。  私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。  そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

婚約破棄された公爵令嬢と、処方箋を無視する天才薬師 ――正しい医療は、二人で始めます

ふわふわ
恋愛
「その医療は、本当に正しいと言えますか?」 医療体制への疑問を口にしたことで、 公爵令嬢ミーシャ・ゲートは、 医会の頂点に立つ婚約者ウッド・マウント公爵から 一方的に婚約を破棄される。 ――素人の戯言。 ――体制批判は不敬。 そう断じられ、 “医療を否定した危険な令嬢”として社交界からも排斥されたミーシャは、 それでも引かなかった。 ならば私は、正しい医療を制度として作る。 一方その頃、国営薬局に現れた謎の新人薬師・ギ・メイ。 彼女は転生者であり、前世の知識を持つ薬師だった。 画一的な万能薬が当然とされる現場で、 彼女は処方箋に書かれたわずかな情報から、 最適な調剤を次々と生み出していく。 「決められた万能薬を使わず、  問題が起きたら、どうするつもりだ?」 そう問われても、彼女は即答する。 「私、失敗しませんから」 (……一度言ってみたかったのよね。このドラマの台詞) 結果は明らかだった。 患者は回復し、評判は広がる。 だが―― 制度は、個人の“正 制度を変えようとする令嬢。 現場で結果を出し続ける薬師。 医師、薬局、医会、王宮。 それぞれの立場と正義が衝突する中、 医療改革はやがて「裁き」の局面へと進んでいく。 これは、 転生者の知識で無双するだけでは終わらない医療改革ファンタジー。 正しさとは何か。 責任は誰が負うべきか。 最後に裁かれるのは―― 人か、制度か。

【完】出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~

夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。 しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。 しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。 夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。 いきなり事件が発生してしまう。 結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。 しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。 (こうなったら、私がなんとかするしかないわ!) 腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。 それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。

er
恋愛
十年前に両親を亡くしたセレスティーナは、後見人の叔父に財産を奪われ、物置部屋で使用人同然の扱いを受けていた。義妹ミレイユのために毎日ドレスを縫わされる日々——でも彼女には『星霜の記憶』という、物の過去と未来を視る特別な力があった。隠されていた舞踏会の招待状を見つけて決死の潜入を果たすと、冷徹で美しいヴィルフォール侯爵と運命の再会! 義妹のドレスが破れて大恥、叔父も悪事を暴かれて追放されるはめに。失われた伝説の刺繍技術を復活させたセレスティーナは宮廷筆頭職人に抜擢され、「ずっと君を探していた」と侯爵に溺愛される——

処理中です...