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婚約破棄はさせません!
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「お嬢様、こちらでございます」
使用人に導かれ、わたくしは地下水路を急ぎます。
とてもひどいにおいですが、背に腹は変えられません。
「婚約破棄なんて、させるものですか! わたくしは絶対に逃げのびてみせますわ」
「その意気です、お嬢様」
わたくしはとある没落貴族の娘。
歴史だけはある家系なので、人との繋がりだけでどうにか今まで生きながらえてまいりました。
そんなわたくしたちに一条の光が差したのは半年まえ。
なんと、泣く子も黙る三大貴族のご子息から、婚約を申し込まれたのです。
ひと目惚れと言われました。
たしかにわたくしは美しくないわけではないとは思いますが……国いちばんではありません。
物好きなかたに見初められたと、お父様たちと大喜びしたものです。
でも――
浮かれていたわたくしが、サプライズのつもりであのかたの屋敷を訪ねたとき、門扉の陰から聞いてしまいました。
……彼らの恐ろしい企みを。
「まさかわたくしに不貞の汚名を着せて婚約破棄し、家ごと追放するつもりだったとは」
「そのお話、本当なのですか?」
「ええ、この耳でたしかに聞きました。彼らのような成りあがりにとって、お父様のように固い横の繋がりを持つ古くからの家は目の上のこぶなのでしょう」
走りながら、先導する使用人の問いに答えます。
彼女はわたくしが幼いころからそばにいる、もっとも信頼のおける使用人です。
企みの実行まで時間がなかったため、とにかくわたくしの身が拘束されては万策尽きてしまうと、彼女に打ち明けて一緒に逃げてもらいました。
逃亡だけでは、彼らの計略はおそらく防げません。
逃げたわたくしに汚名を着せることでしょう。
でも、わたくしが先手を打って諸侯に働きかければ、立場が危うくなるのは彼らのほう。
この逃亡は、身を守りながらも効果的な一撃を狙った、攻めの一手なのです。
「お嬢様、もうすぐ出口です」
「ああ、これでお父様の大切なお屋敷も、小さいけれど美しいお庭も、守れる――」
ところが。
出口の外には、男が待っていました。
婚約者です。
数人のお供を連れた彼が、そこに立っています。
「え? なぜあなたが――」
「先導ご苦労だった」
はい……と、使用人が静かに答えました。
わたくしの使用人です。
「な、なぜ? 裏切ったの?」
「いえお嬢様。わたしはずっと味方です。お嬢様ではなく、お金の味方。お給金を多くいただけるほうに加担するのは当然のことではありませんか?」
「そんな! お父様は精いっぱい払っていたはずですわ!」
わたくしは絶望感に包まれたまま、婚約者の率いる男たちに拘束され、馬車へと連れこまれてゆきます。
汚名を着せられ、ありもしない罪で裁かれる未来が待っていることでしょう。
使用人だった女が吐き捨てます。
「没落貴族の精いっぱいって、三大貴族のお屋敷での初任給にも満たないの。あなたと同じで、お声がかかれば尻尾振るに決まってるでしょ?」
ああ、同じ……。
わたくしは彼女の行く末を悟り、目を閉じました。
一度寝返った者は、二度と信用されません。
真相を知る彼女は、このまま地下水路に沈められるに違いありません。
貧乏が悪いのではないでしょう。
貧すれば鈍するの言葉どおり、貧しい生活の中で心の気高さを失ったことが罪なのだと、わたくしは思いました。
使用人に導かれ、わたくしは地下水路を急ぎます。
とてもひどいにおいですが、背に腹は変えられません。
「婚約破棄なんて、させるものですか! わたくしは絶対に逃げのびてみせますわ」
「その意気です、お嬢様」
わたくしはとある没落貴族の娘。
歴史だけはある家系なので、人との繋がりだけでどうにか今まで生きながらえてまいりました。
そんなわたくしたちに一条の光が差したのは半年まえ。
なんと、泣く子も黙る三大貴族のご子息から、婚約を申し込まれたのです。
ひと目惚れと言われました。
たしかにわたくしは美しくないわけではないとは思いますが……国いちばんではありません。
物好きなかたに見初められたと、お父様たちと大喜びしたものです。
でも――
浮かれていたわたくしが、サプライズのつもりであのかたの屋敷を訪ねたとき、門扉の陰から聞いてしまいました。
……彼らの恐ろしい企みを。
「まさかわたくしに不貞の汚名を着せて婚約破棄し、家ごと追放するつもりだったとは」
「そのお話、本当なのですか?」
「ええ、この耳でたしかに聞きました。彼らのような成りあがりにとって、お父様のように固い横の繋がりを持つ古くからの家は目の上のこぶなのでしょう」
走りながら、先導する使用人の問いに答えます。
彼女はわたくしが幼いころからそばにいる、もっとも信頼のおける使用人です。
企みの実行まで時間がなかったため、とにかくわたくしの身が拘束されては万策尽きてしまうと、彼女に打ち明けて一緒に逃げてもらいました。
逃亡だけでは、彼らの計略はおそらく防げません。
逃げたわたくしに汚名を着せることでしょう。
でも、わたくしが先手を打って諸侯に働きかければ、立場が危うくなるのは彼らのほう。
この逃亡は、身を守りながらも効果的な一撃を狙った、攻めの一手なのです。
「お嬢様、もうすぐ出口です」
「ああ、これでお父様の大切なお屋敷も、小さいけれど美しいお庭も、守れる――」
ところが。
出口の外には、男が待っていました。
婚約者です。
数人のお供を連れた彼が、そこに立っています。
「え? なぜあなたが――」
「先導ご苦労だった」
はい……と、使用人が静かに答えました。
わたくしの使用人です。
「な、なぜ? 裏切ったの?」
「いえお嬢様。わたしはずっと味方です。お嬢様ではなく、お金の味方。お給金を多くいただけるほうに加担するのは当然のことではありませんか?」
「そんな! お父様は精いっぱい払っていたはずですわ!」
わたくしは絶望感に包まれたまま、婚約者の率いる男たちに拘束され、馬車へと連れこまれてゆきます。
汚名を着せられ、ありもしない罪で裁かれる未来が待っていることでしょう。
使用人だった女が吐き捨てます。
「没落貴族の精いっぱいって、三大貴族のお屋敷での初任給にも満たないの。あなたと同じで、お声がかかれば尻尾振るに決まってるでしょ?」
ああ、同じ……。
わたくしは彼女の行く末を悟り、目を閉じました。
一度寝返った者は、二度と信用されません。
真相を知る彼女は、このまま地下水路に沈められるに違いありません。
貧乏が悪いのではないでしょう。
貧すれば鈍するの言葉どおり、貧しい生活の中で心の気高さを失ったことが罪なのだと、わたくしは思いました。
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