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10 悪女への道
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フェリシアは一旦家に戻り、その後は何食わぬ顔で聖女としての職務に戻った。
加護を失ったことが発覚すれば、彼女の次に加護の力の強い女性が同じポストに就くだけだからだ。
フェリシアほどの加護を持つものはそういないが、マリーのためには、こうして王都が事実上守られていない状態を作ったほうが良いだろう。
王都の空を眺める。
封魔の塔の結界のように目に見えるものではないので、王都が守られているのかどうか、見ただけでは判別することができない。
害となる者が襲ってきたそのときになって、はじめてわかるものだ。
(わたしはもう清らかな身体ではないから、きっと神様は守ってくださらない。
でも、念には念を入れないと。
悪女になるための手順、その2よ)
フェリシアは時間を見つけては城で聞き込みをおこない、一緒に魔王と対峙した近衛兵が、サミュエルから罰を受けて懲罰房に幽閉されていることを突き止めた。
「ボードマンなら牢屋の奥でおとなしくしているよ。
聖女様がやつになんの用だい?」
ボードマンというのが彼の名前らしい。
響きからしてファミリーネームだろう。
フェリシアは元から知っていたふりをして、情報をくれた兵士に答えた。
「いえ、ボードマンさんには封魔の塔でお世話になりましたので。
もし彼がサミュエル様からひどいことをされるようなら、嘆願して赦していただこうと」
「ああ、ナニを斬り落とすってやつか。
大丈夫だよ。
殿下は気まぐれでそういうことを言うが、いちいち真に受けていたら全員がボロボロになっちまう。
どうせあっちは覚えちゃいないだろうが、しばらく会わないでいられるよう、ボードマンには隠れてもらっているのさ」
それを聞いてほっとした。
助けてもらった彼に、もしものことがあってはいけないと思っていたのだ。
お礼を言いたいからと言って、フェリシアはボードマンのいる懲罰房への通路を開けてもらった。
幽閉とは名ばかりで、鍵はとくにかけていないらしい。
本当にサミュエルの目を欺くためだけに、彼はそこにいるようだった。
ただ、懲罰房という名前がつけられているだけあって、ほかの牢屋からは隔離された、奥の奥に配置されている。
すこしくらい声をあげても、誰の耳にも届かないとフェリシアは思った。
(悪女とは、男をたぶらかすものよ。
わたしに女としての魅力がないわけではないというのは、イアンから教えてもらったわ。
今度はそれを利用して、男を誘惑する)
懲罰房に着いた。
ボードマンはいつもの兜をかぶったままで粗末なベッドに腰掛け、うつむいて考えごとをしている。
「ボードマンさん……」
「ん?」
牢屋の扉は本当にあっさり開いた。
フェリシアは中に入ると、後ろ手にそれを閉めながら、彼に近づいてゆく。
「聖女ではないか。
いったいどうしてここに?」
「フェリシアよ。
今日はあなたに、お礼をしに来たの。
あのときは命を張って護ってくださり、本当に感謝しているわ」
「……?
私は役目を果たしただけだ」
兜の下からくぐもった声が聞こえる。
ずっとそれをかぶっているせいで、はっきりと彼の声を聞いたことは一度もない。
王太子から女たらしと貶される彼の顔がすこし気になったが、フェリシアは余計な警戒をさせないよう、兜にはあえて触れることなく彼を誘惑することにした。
悪女は、男の心を手のひらで転がすのだ。
「ねえ……」
彼の横に座り、鎧から出ている剥き出しの指に触れる。
精いっぱい艶かしく、指をからませる。
「フェリシア、どうしたんだ?
聖女がこんなところに来てはいけない」
「わたしね、じつはもう聖女じゃないの。
男を知っているのよ」
ボードマンの表情はわからない。
が、こんなところに入れられている彼が、性的に満足した状態であるはずがない。
フェリシアは心のなかで恥ずかしさに身をよじりながら、鎧の前掛けに手を滑り込ませて彼の股間をまさぐった。
「わたし、これが大好きな汚れた女よ。
ここでいいから、抱いてみない?」
加護を失ったことが発覚すれば、彼女の次に加護の力の強い女性が同じポストに就くだけだからだ。
フェリシアほどの加護を持つものはそういないが、マリーのためには、こうして王都が事実上守られていない状態を作ったほうが良いだろう。
王都の空を眺める。
封魔の塔の結界のように目に見えるものではないので、王都が守られているのかどうか、見ただけでは判別することができない。
害となる者が襲ってきたそのときになって、はじめてわかるものだ。
(わたしはもう清らかな身体ではないから、きっと神様は守ってくださらない。
でも、念には念を入れないと。
悪女になるための手順、その2よ)
フェリシアは時間を見つけては城で聞き込みをおこない、一緒に魔王と対峙した近衛兵が、サミュエルから罰を受けて懲罰房に幽閉されていることを突き止めた。
「ボードマンなら牢屋の奥でおとなしくしているよ。
聖女様がやつになんの用だい?」
ボードマンというのが彼の名前らしい。
響きからしてファミリーネームだろう。
フェリシアは元から知っていたふりをして、情報をくれた兵士に答えた。
「いえ、ボードマンさんには封魔の塔でお世話になりましたので。
もし彼がサミュエル様からひどいことをされるようなら、嘆願して赦していただこうと」
「ああ、ナニを斬り落とすってやつか。
大丈夫だよ。
殿下は気まぐれでそういうことを言うが、いちいち真に受けていたら全員がボロボロになっちまう。
どうせあっちは覚えちゃいないだろうが、しばらく会わないでいられるよう、ボードマンには隠れてもらっているのさ」
それを聞いてほっとした。
助けてもらった彼に、もしものことがあってはいけないと思っていたのだ。
お礼を言いたいからと言って、フェリシアはボードマンのいる懲罰房への通路を開けてもらった。
幽閉とは名ばかりで、鍵はとくにかけていないらしい。
本当にサミュエルの目を欺くためだけに、彼はそこにいるようだった。
ただ、懲罰房という名前がつけられているだけあって、ほかの牢屋からは隔離された、奥の奥に配置されている。
すこしくらい声をあげても、誰の耳にも届かないとフェリシアは思った。
(悪女とは、男をたぶらかすものよ。
わたしに女としての魅力がないわけではないというのは、イアンから教えてもらったわ。
今度はそれを利用して、男を誘惑する)
懲罰房に着いた。
ボードマンはいつもの兜をかぶったままで粗末なベッドに腰掛け、うつむいて考えごとをしている。
「ボードマンさん……」
「ん?」
牢屋の扉は本当にあっさり開いた。
フェリシアは中に入ると、後ろ手にそれを閉めながら、彼に近づいてゆく。
「聖女ではないか。
いったいどうしてここに?」
「フェリシアよ。
今日はあなたに、お礼をしに来たの。
あのときは命を張って護ってくださり、本当に感謝しているわ」
「……?
私は役目を果たしただけだ」
兜の下からくぐもった声が聞こえる。
ずっとそれをかぶっているせいで、はっきりと彼の声を聞いたことは一度もない。
王太子から女たらしと貶される彼の顔がすこし気になったが、フェリシアは余計な警戒をさせないよう、兜にはあえて触れることなく彼を誘惑することにした。
悪女は、男の心を手のひらで転がすのだ。
「ねえ……」
彼の横に座り、鎧から出ている剥き出しの指に触れる。
精いっぱい艶かしく、指をからませる。
「フェリシア、どうしたんだ?
聖女がこんなところに来てはいけない」
「わたしね、じつはもう聖女じゃないの。
男を知っているのよ」
ボードマンの表情はわからない。
が、こんなところに入れられている彼が、性的に満足した状態であるはずがない。
フェリシアは心のなかで恥ずかしさに身をよじりながら、鎧の前掛けに手を滑り込ませて彼の股間をまさぐった。
「わたし、これが大好きな汚れた女よ。
ここでいいから、抱いてみない?」
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