婚約破棄された妹が魔王になったので、聖女のわたしも悪女になります

monaca

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11 牢屋の奥で

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「待て、待て」

 フェリシアはボードマンに腕を掴まれた。
 痛くはないが有無をいわせぬ雰囲気があり、振りほどくことができない。

 結局そのまま前掛けの下から手を出され、フェリシアは彼と並んでちょこんとベッドに座らされた。
 彼女の膝の上では、彼女自身の手に重ねるようにしてボードマンの手が置かれている。
 妙なまねをしないよう、押さえられている感じだ。

 言葉を選びながら、ボードマンがいう。

「貴女は……その、こういうことをよくするのか?」
「こういうことって?」
「牢屋の兵を慰めるというか。
 性的な意味で」

 悪女になるならここは「そうよ」と答えるべきかと考えたが、彼に嘘をつくのは神様に嘘をつくより嫌なことだとフェリシアは思った。
 首を振って正直に答える。

「いいえ、あなたが初めて。
 言ったでしょ、お礼なのよ?」
「たしかにそう言われたが、助けた女性といちいち関係を持つ騎士がいたら、そいつは本当に厳罰ものだ。
 貴女だって、自分のやっていることがおかしなことだと、わかっているだろう?」
「それは……」

 わかっている。
 わかっているが、時間もないし、ほかに方法も思いつかない。
 なにせ、大切なマリーの命が懸かっているのだ。

 言い淀んだフェリシアを見て、ボードマンは彼女の逡巡を察したようだった。
 武骨な手で、優しくフェリシアの手を撫でる。

「妹のためか?
 私にはよくわからないが、貴女がこうすることが、なにか魔王の手助けになるというのか?」
「ええ……なると思うからやるの」
「やはりそうだったか。
 なら、大丈夫だ」
「大丈夫って?」

 問いかけるフェリシアに、ボードマンははっきりとした返答をしなかった。
 ただ安心させるように手の甲をぽんぽんと叩き、

「近衛兵が守るのは、国だということだ。
 守るべきものを見誤ることがないよう、国王から厳しく教えられている」

 そう言って、兜の顔で深くうなずいた。
 魔王を助けることと、国を守ること。
 それは相反することのように思えるが、フェリシアは彼の自信に満ちた言葉を聞いて、なんだかすこし安心している自分に気づいた。

「フェリシア、そんなことより貴女に問いたい」
「なにかしら」
「先ほど貴女が言っていたことについてだ。
 その……男を知っているというが、何人だ?」
「え」

 なぜそこを気にするのだろう。
 いまさら隠すことでもないので、恥ずかしいが偽らずに答えた。

「ひとり……よ。
 じつはゆうべ、処女を失いました」
「そうか。
 私のこれが、ふたりめのつもりだったのか。
 思いきったことをするものだ」

 兜のなかで、ほっと息を吐いたように感じた。
 そしてさらに質問してくる。

「ひとりめの相手は、どうやって選んだ?
 ふたりめに私を選んだのは、なぜだ?」
「なになに、これって取り調べ?
 わたしこれから牢屋に入れられるの?」
「茶化さないで教えてくれ。
 個人的な興味だ。
 お礼がしたいというなら、これが礼でいい」

 そういわれると断れない。
 ずるいと思いながらも、フェリシアは彼のほうを見上げて答える。

「ひとりめは、最初はできるだけ神様が怒るような相手を選ぶつもりだったわ。
 でも、怖くてできなかった。
 だからそのときに助けてくれた、あなたみたいな優しいひとを選んだ。
 偶然だったけど、後悔はないわ」
「なるほど。
 彼はどんな顔をしていた?」

 彫刻のような美男子だった。
 が、ボードマン相手に顔のよしあしの話は避けたい。
 彼の女たらしといわれる顔はまだ見ていないが、ほかの男を褒めても貶しても、彼の気分がよくなるとは思えなかった。
 ごまかすしかない。

「顔はどうだったかしら。
 よく覚えてないわね。
 それよりも、雰囲気があなたによく似ていたわ。
 こういうことを言われるのは嫌かもしれないけど、彼に抱かれて、あなたのことが恋しくなったの。
 お礼をしたいというのは方便で、本当は、ただあなたに抱いてほしかった。
 はしたない話でしょ?」
「本当にな」

 ボードマンの兜が小刻みに揺れた。
 笑った?
 いまの話がそんなに面白かったのだろうか。
 ふしぎがるフェリシアに顔を向け、彼は「とんだ悪女様だ」と言って、今度こそ間違いなく笑った。

「もう、いったいなに?
 わたしはこれでも真剣なのよ。
 マリーが殺されたら自分を許せないと思う」
「ああ、そのことについては心配ない。
 もう夜の街で男漁りなどしないで、おとなしく、妹が王都にくるのを待つんだ」
「どういうこと?」

 なにか作戦があるなら教えてほしい。
 そう懇願するフェリシアに、彼はけっして詳細を教えてはくれなかった。

「貴女は加担すべきではない。
 これを知ってしまうと、心が穢れたと判断されて加護が失われてしまいかねないから」

 もう処女ではないと言い張っても、ボードマンは断固として彼女を聖女として扱うのをやめなかった。
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