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12 魔王ふたたび
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一週間ほど経過したある日――
青空だったはずの空が、突如、不吉な紫色の厚い雲に覆われた。
魔王が王都に戻ってきたのだ。
城から走り出たフェリシアが空を見上げると、そこにはあのとき飛び去った妹の姿があった。
漆黒のドレスに身を包んだ角の生えたマリー、魔王マリシャールが上空を旋回しながら、王都に向かって声を張り上げる。
「準備ができたわよ。
アタシはいつでもあなたを殺せる。
さあ、顔を出しなさいサミュエル。
あなたの恐怖に歪んだ顔を削ぎ落としてあげるわ」
その声はマリーの声だが、王都全体を揺らすほどの威圧感がある。
たしかに準備はできているらしい。
かつてとは比較できないほど、魔王としての魔力が高まっているのが感じられる。
身体を乗っ取り損なった魔王リシャールの声が、マリーと会話をしているのが聞こえてきた。
「あの王太子が出てくると思うか?
我の見立てでは、肝を冷やして震えておる」
「どうかしら。
たぶん予想以上に馬鹿で楽観的だから、加護を過信して高笑いしながら現れそう」
「フハハハハ!
どちらにしろ無惨に屠るまでよ。
我を満足させる見せ物を期待しておるぞ」
「まあ見てなさいって」
すっかり打ち解けているようだ。
あのときはひとつの身体の所有権を奪い合っていたふたつの意思が、いまはひとつの目的を共有している。
マリーがリシャールに認められることで、魔王として完成したということだろう。
「サミュエル、出てこないの?
出てこないなら、アタシから行く。
城が壊れるだけ損だと思うけど」
助走をつけるように大きく羽ばたいた。
そのとき、
「ああもう、本当にやかましい女だな。
その声はなんなんだ。
頭のなかにまで響いてきて昼寝もろくにできやしない。
癇癪持ちの小娘にでかい声を与えるなんて、魔王というやつも愚か極まりない」
「サミュエル……!」
馬に跨った王太子が、近衛兵を引き連れて城の門から出てきた。
彼自身は軽装に帯刀しただけの姿で、その様子では本当に昼寝をしていたのかもしれない。
魔王を舐めきっているようだ。
王都のまわりは城壁に囲まれていて、聖女の加護はその城壁を越えようとする外敵に対して発動する。
サミュエルは城壁のそとを飛んでいるマリーが、よもやそこから彼のもとへと爪を届かせることができるとは思ってもいないらしい。
(これは一撃で終わるわね……。
加護はもう発動しないのだから)
フェリシアは彼の最期を予感した。
悪女――とまではいかないかもしれないけど、イアンと寝て処女を失った彼女を神は守ってくれない。
つまり、王都はいまや無防備である。
人の命が失われるのを見るのは、たとえそれがサミュエルだろうと気分はよくない。
だが、妹に対する彼の仕打ちは許せない。
もはや聖女ではないのだから、ここで彼の死を見過ごすくらい、なんということもない。
フェリシアは硬い表情でぎゅっと拳を握った。
「ふん、本当にくだらない男。
すこしのあいだでも愛したアタシが馬鹿だったわ。
いますぐ八つ裂きにして、あなたなんていなかったことにしてあげる!」
マリーが急降下する。
長くとがった爪をもつ両手を揃え、伸ばした全身を錐のように回転させながらサミュエル目掛けて飛んできた。
が、城壁を越えるところで直進が止まる。
「え? な、なんで加護が!」
思わずフェリシアは声をあげた。
彼女が聖女だったときと変わらず、王都は加護の力で守られている。
「くっ……!
さすがお姉ちゃんの加護ね。
でも、いまのアタシたちなら、このくらい……!」
「馬鹿な女だ。
聖女の加護に勝てると思っているのか。
おまえの姉は、歴史上まれにみる加護を持っている。
皮肉なものだな」
火花を散らしながら加護と格闘するマリーと、高笑いしてそれを眺めるサミュエル。
フェリシアは、ふたりのあいだに加護の壁があるという現実を、信じられない思いで見つめていた。
青空だったはずの空が、突如、不吉な紫色の厚い雲に覆われた。
魔王が王都に戻ってきたのだ。
城から走り出たフェリシアが空を見上げると、そこにはあのとき飛び去った妹の姿があった。
漆黒のドレスに身を包んだ角の生えたマリー、魔王マリシャールが上空を旋回しながら、王都に向かって声を張り上げる。
「準備ができたわよ。
アタシはいつでもあなたを殺せる。
さあ、顔を出しなさいサミュエル。
あなたの恐怖に歪んだ顔を削ぎ落としてあげるわ」
その声はマリーの声だが、王都全体を揺らすほどの威圧感がある。
たしかに準備はできているらしい。
かつてとは比較できないほど、魔王としての魔力が高まっているのが感じられる。
身体を乗っ取り損なった魔王リシャールの声が、マリーと会話をしているのが聞こえてきた。
「あの王太子が出てくると思うか?
我の見立てでは、肝を冷やして震えておる」
「どうかしら。
たぶん予想以上に馬鹿で楽観的だから、加護を過信して高笑いしながら現れそう」
「フハハハハ!
どちらにしろ無惨に屠るまでよ。
我を満足させる見せ物を期待しておるぞ」
「まあ見てなさいって」
すっかり打ち解けているようだ。
あのときはひとつの身体の所有権を奪い合っていたふたつの意思が、いまはひとつの目的を共有している。
マリーがリシャールに認められることで、魔王として完成したということだろう。
「サミュエル、出てこないの?
出てこないなら、アタシから行く。
城が壊れるだけ損だと思うけど」
助走をつけるように大きく羽ばたいた。
そのとき、
「ああもう、本当にやかましい女だな。
その声はなんなんだ。
頭のなかにまで響いてきて昼寝もろくにできやしない。
癇癪持ちの小娘にでかい声を与えるなんて、魔王というやつも愚か極まりない」
「サミュエル……!」
馬に跨った王太子が、近衛兵を引き連れて城の門から出てきた。
彼自身は軽装に帯刀しただけの姿で、その様子では本当に昼寝をしていたのかもしれない。
魔王を舐めきっているようだ。
王都のまわりは城壁に囲まれていて、聖女の加護はその城壁を越えようとする外敵に対して発動する。
サミュエルは城壁のそとを飛んでいるマリーが、よもやそこから彼のもとへと爪を届かせることができるとは思ってもいないらしい。
(これは一撃で終わるわね……。
加護はもう発動しないのだから)
フェリシアは彼の最期を予感した。
悪女――とまではいかないかもしれないけど、イアンと寝て処女を失った彼女を神は守ってくれない。
つまり、王都はいまや無防備である。
人の命が失われるのを見るのは、たとえそれがサミュエルだろうと気分はよくない。
だが、妹に対する彼の仕打ちは許せない。
もはや聖女ではないのだから、ここで彼の死を見過ごすくらい、なんということもない。
フェリシアは硬い表情でぎゅっと拳を握った。
「ふん、本当にくだらない男。
すこしのあいだでも愛したアタシが馬鹿だったわ。
いますぐ八つ裂きにして、あなたなんていなかったことにしてあげる!」
マリーが急降下する。
長くとがった爪をもつ両手を揃え、伸ばした全身を錐のように回転させながらサミュエル目掛けて飛んできた。
が、城壁を越えるところで直進が止まる。
「え? な、なんで加護が!」
思わずフェリシアは声をあげた。
彼女が聖女だったときと変わらず、王都は加護の力で守られている。
「くっ……!
さすがお姉ちゃんの加護ね。
でも、いまのアタシたちなら、このくらい……!」
「馬鹿な女だ。
聖女の加護に勝てると思っているのか。
おまえの姉は、歴史上まれにみる加護を持っている。
皮肉なものだな」
火花を散らしながら加護と格闘するマリーと、高笑いしてそれを眺めるサミュエル。
フェリシアは、ふたりのあいだに加護の壁があるという現実を、信じられない思いで見つめていた。
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