婚約破棄された妹が魔王になったので、聖女のわたしも悪女になります

monaca

文字の大きさ
12 / 15

12 魔王ふたたび

しおりを挟む
 一週間ほど経過したある日――
 青空だったはずの空が、突如、不吉な紫色の厚い雲に覆われた。

 魔王が王都に戻ってきたのだ。
 城から走り出たフェリシアが空を見上げると、そこにはあのとき飛び去った妹の姿があった。

 漆黒のドレスに身を包んだ角の生えたマリー、魔王マリシャールが上空を旋回しながら、王都に向かって声を張り上げる。

「準備ができたわよ。
 アタシはいつでもあなたを殺せる。
 さあ、顔を出しなさいサミュエル。
 あなたの恐怖に歪んだ顔を削ぎ落としてあげるわ」

 その声はマリーの声だが、王都全体を揺らすほどの威圧感がある。
 たしかに準備はできているらしい。
 かつてとは比較できないほど、魔王としての魔力が高まっているのが感じられる。

 身体を乗っ取り損なった魔王リシャールの声が、マリーと会話をしているのが聞こえてきた。

「あの王太子が出てくると思うか?
 我の見立てでは、肝を冷やして震えておる」
「どうかしら。
 たぶん予想以上に馬鹿で楽観的だから、加護を過信して高笑いしながら現れそう」
「フハハハハ!
 どちらにしろ無惨に屠るまでよ。
 我を満足させる見せ物を期待しておるぞ」
「まあ見てなさいって」

 すっかり打ち解けているようだ。
 あのときはひとつの身体の所有権を奪い合っていたふたつの意思が、いまはひとつの目的を共有している。
 マリーがリシャールに認められることで、魔王として完成したということだろう。

「サミュエル、出てこないの?
 出てこないなら、アタシから行く。
 城が壊れるだけ損だと思うけど」

 助走をつけるように大きく羽ばたいた。
 そのとき、

「ああもう、本当にやかましい女だな。
 その声はなんなんだ。
 頭のなかにまで響いてきて昼寝もろくにできやしない。
 癇癪持ちの小娘にでかい声を与えるなんて、魔王というやつも愚か極まりない」
「サミュエル……!」

 馬に跨った王太子が、近衛兵を引き連れて城の門から出てきた。
 彼自身は軽装に帯刀しただけの姿で、その様子では本当に昼寝をしていたのかもしれない。
 魔王を舐めきっているようだ。

 王都のまわりは城壁に囲まれていて、聖女の加護はその城壁を越えようとする外敵に対して発動する。
 サミュエルは城壁のそとを飛んでいるマリーが、よもやそこから彼のもとへと爪を届かせることができるとは思ってもいないらしい。

(これは一撃で終わるわね……。
 加護はもう発動しないのだから)

 フェリシアは彼の最期を予感した。
 悪女――とまではいかないかもしれないけど、イアンと寝て処女を失った彼女を神は守ってくれない。
 つまり、王都はいまや無防備である。

 人の命が失われるのを見るのは、たとえそれがサミュエルだろうと気分はよくない。
 だが、妹に対する彼の仕打ちは許せない。
 もはや聖女ではないのだから、ここで彼の死を見過ごすくらい、なんということもない。
 フェリシアは硬い表情でぎゅっと拳を握った。

「ふん、本当にくだらない男。
 すこしのあいだでも愛したアタシが馬鹿だったわ。
 いますぐ八つ裂きにして、あなたなんていなかったことにしてあげる!」

 マリーが急降下する。
 長くとがった爪をもつ両手を揃え、伸ばした全身を錐のように回転させながらサミュエル目掛けて飛んできた。

 が、城壁を越えるところで直進が止まる。

「え? な、なんで加護が!」

 思わずフェリシアは声をあげた。
 彼女が聖女だったときと変わらず、王都は加護の力で守られている。

「くっ……!
 さすがお姉ちゃんの加護ね。
 でも、いまのアタシたちなら、このくらい……!」
「馬鹿な女だ。
 聖女の加護に勝てると思っているのか。
 おまえの姉は、歴史上まれにみる加護を持っている。
 皮肉なものだな」

 火花を散らしながら加護と格闘するマリーと、高笑いしてそれを眺めるサミュエル。
 フェリシアは、ふたりのあいだに加護の壁があるという現実を、信じられない思いで見つめていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。

かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。 謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇! ※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

私を見下していた婚約者が破滅する未来が見えましたので、静かに離縁いたします

ほーみ
恋愛
 その日、私は十六歳の誕生日を迎えた。  そして目を覚ました瞬間――未来の記憶を手に入れていた。  冷たい床に倒れ込んでいる私の姿。  誰にも手を差し伸べられることなく、泥水をすするように生きる未来。  それだけなら、まだ耐えられたかもしれない。  だが、彼の言葉は、決定的だった。 「――君のような役立たずが、僕の婚約者だったことが恥ずかしい」

「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。 広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。 「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」 震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。 「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」 「無……属性?」

悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした

ゆっこ
恋愛
 豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。  玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。  そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。  そう、これは断罪劇。 「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」  殿下が声を張り上げた。 「――処刑とする!」  広間がざわめいた。  けれど私は、ただ静かに微笑んだ。 (あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

「価値がない」と言われた私、隣国では国宝扱いです

ゆっこ
恋愛
「――リディア・フェンリル。お前との婚約は、今日をもって破棄する」  高らかに響いた声は、私の心を一瞬で凍らせた。  王城の大広間。煌びやかなシャンデリアの下で、私は静かに頭を垂れていた。  婚約者である王太子エドモンド殿下が、冷たい眼差しで私を見下ろしている。 「……理由を、お聞かせいただけますか」 「理由など、簡単なことだ。お前には“何の価値もない”からだ」

何かと「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢は

だましだまし
ファンタジー
何でもかんでも「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢にその取り巻きの侯爵令息。 私、男爵令嬢ライラの従妹で親友の子爵令嬢ルフィナはそんな二人にしょうちゅう絡まれ楽しい学園生活は段々とつまらなくなっていった。 そのまま卒業と思いきや…? 「ひどいわ」ばっかり言ってるからよ(笑) 全10話+エピローグとなります。

処理中です...