9 / 13
08 ベッドの上の攻防
しおりを挟む
「貴様ッ! 何者だッ!」
「おいおいおい――」
アリアネの判断は早い。
ベッドにいるのが目的の人物ではないと気づいた瞬間、剣を抜いて地を蹴り、相手に向かって斬りかかっていた。
「殺す気か、嬢ちゃん。
そんなもん振り回して怪我したらどうする」
男も巨漢のわりに素早い身のこなしで、とっさにベッドの向こう側に転がり、アリアネの剣を避けた。
寝ていた場所がざっくりと裂け、綿が舞い散る。
「誰だ、嬢ちゃん。
俺に何の恨みがある?」
「誰だはこっちの台詞だ!」
ベッドに飛び乗ったアリアネがにらみつける。
男は全裸で寝ていたらしく何も身につけていないが、ベッドの脇に置いていた巨大な剣を手にしてアリアネに向き合った。
樽のような腹をした大男。
筋肉質ではあるが、いかんせん脂肪も多い。
下着もつけていないため下腹部の大きなモノがだらりと垂れ下がり、だらしない印象を強くしている。
と、見ているうちにムクムクとそれが膨張し、子どもの腕ほどの太さに屹立した。
「嬢ちゃん、べっぴんさんだな。
美人に寝込みを襲われるとは、俺も捨てたもんじゃない。
どれ、楽しませてもらおうか」
「ばっ、馬鹿にするな!
醜いこの傷をよく見るがいい。
それでも同じことが言えるか?」
「ふうむ?」
男は巨体に似合わぬ軽やかな身のこなしでひらりとベッドに飛び乗り、間合いを詰めた。
アリアネがなぎ払おうとするが、器用に大剣でいなして一太刀も入れることができない。
(この男、強い……!
手加減をしているつもりはないのに)
カキンカキンと剣の音が鳴り響く。
息のかかるような狭いベッドの上で、股間を膨張させた得体の知れない大男がじりじりと迫ってくる。
「嬢ちゃん、傷を気にしてるのか?
俺は、それも含めてあんたはべっぴんさんだと思うけどな」
「たわごとを……」
「嘘かどうかは、俺のコレを見れば分かるだろ。
ちょうどベッドだ。
斬るんじゃなくて突くのはどうだい?」
言って、男が重心を低くしてベッドを揺らした。
思わずバランスを崩したアリアネを、男は組み伏せるようにして枕に押しつける。
「くっ……や、めろ……!」
「嬢ちゃんのほうからここに来たんだ。
今さらその気はなかったじゃ済まないぜ?」
腕力もさることながら、倍以上もありそうな体重差が致命的だった。
アリアネは必死に逃れようともがいたが、両手両脚にのしかかられ、腹の上に脈打つモノを押しつけられた。
舐めるような距離に顔を近づけながら、酒くさい息を吐きかけて男が言う。
「嬢ちゃん、もしかして生娘か?
剣の腕は大人顔負けって感じだったが、さっきからチラチラと俺のものを見たり目を逸らしたり、まるで落ち着かないじゃないか。
こりゃあ、さらに楽しくなってきたな」
「う、うう」
アリアネは現実から逃げるように横を向き、「助けてエディサマル……」とつぶやいた。
「わけが分からん。
事情を話せ」
興醒めした声でそう言うと、男はベッドを降りて近くに脱ぎ捨ててあった下着と服を身につけ始めた。
ズボンを履くのには苦労していたが、どうにか股間のものを収めると、呆然とベッドに座るアリアネとは距離をとるようにしてソファに腰かけた。
「エディサマルは俺の名前だ。
べスピアのエディサマル。
だが、あんたの認識ではどうやら違うらしい。
どういうことだ?」
「ええと……」
息を整えながら、アリアネは経緯を説明した。
べスピアのエディサマルから剣術を教わったこと。
旅の途中でこの地に寄り、8年ぶりにエディサマルに会おうと思ったこと。
案内されて会ったら、まるで別人がそこにいたこと。
「ふむふむ、なるほど」
大男のエディサマルは背もたれに身を預け、天井を眺めてしばらく考えると、アリアネに向かって指を1本立てた。
「可能性はたぶん1つだ。
誰かが俺の名をかたり、あんたに剣を教えた。
なぜなら同じ名の剣士がいるなんて聞いたことがないし、『べスピアのエディサマル』となると俺をおいて他にいないと保証できる。
名乗ったとしたら、あんたの前でだけだろう」
「……なんでそんな嘘を」
師匠への尊敬の気持ちは揺るがない。
それだけのことをしてもらったし、数ヶ月をともに過ごしたアリアネは、師匠の人間性を心の底から信頼している。
悪意による嘘などではありえない。
「エディ……し、師匠は誠実な人間だった。
私の前で偽名を使ったとすれば、そこにはやむをえぬ事情があったに違いない」
「俺とあんたをくっつけたかったとか?」
「それはない!」
ガハハ、とエディサマルは豪快に笑い、愉快そうに目を細めてアリアネを見つめた。
「不本意なことに、べスピアのエディサマルといえば酒好きで女癖が悪いという大変な誤解が広まっている。
そんな男の名を趣味で名乗りたい野郎なんて、そうそういないだろう。
いるとしたら、本当は俺が真面目な男で、こうやって嬢ちゃんがのこのこ会いにきても間違って食ったりしないと信用している野郎の仕業だ」
この男が真面目かどうかは置いておくとして、たしかに、師匠はアリアネが自分を探すことを予想できたはずだ。
完全に架空の偽名にしていれば、あてもなく世界中を探すことになっていたかもしれない。
そうせずにべスピアのエディサマルと名乗ることで、彼女をここに導くことができた。
「何か困ることがあった時は、あなたを頼れという意図だったのか。
なるほど、筋は通っている。
今まで頼らず生きてきた自分を褒めてやりたいが。
……で、そんなことをする人物に心当たりはあるのか?」
「ある。
そんな回りくどい男はこの世で1人しか知らん。
そしてそいつは、俺が本当の名前を嬢ちゃんに教えないことまで見越している」
「え?」
正体は分かるが、言わない。
そう宣言するエディサマルに、アリアネは当然のように激しく食い下がったが、彼は「知らないほうがいい」と言って絶対に教えようとはしなかった。
「おいおいおい――」
アリアネの判断は早い。
ベッドにいるのが目的の人物ではないと気づいた瞬間、剣を抜いて地を蹴り、相手に向かって斬りかかっていた。
「殺す気か、嬢ちゃん。
そんなもん振り回して怪我したらどうする」
男も巨漢のわりに素早い身のこなしで、とっさにベッドの向こう側に転がり、アリアネの剣を避けた。
寝ていた場所がざっくりと裂け、綿が舞い散る。
「誰だ、嬢ちゃん。
俺に何の恨みがある?」
「誰だはこっちの台詞だ!」
ベッドに飛び乗ったアリアネがにらみつける。
男は全裸で寝ていたらしく何も身につけていないが、ベッドの脇に置いていた巨大な剣を手にしてアリアネに向き合った。
樽のような腹をした大男。
筋肉質ではあるが、いかんせん脂肪も多い。
下着もつけていないため下腹部の大きなモノがだらりと垂れ下がり、だらしない印象を強くしている。
と、見ているうちにムクムクとそれが膨張し、子どもの腕ほどの太さに屹立した。
「嬢ちゃん、べっぴんさんだな。
美人に寝込みを襲われるとは、俺も捨てたもんじゃない。
どれ、楽しませてもらおうか」
「ばっ、馬鹿にするな!
醜いこの傷をよく見るがいい。
それでも同じことが言えるか?」
「ふうむ?」
男は巨体に似合わぬ軽やかな身のこなしでひらりとベッドに飛び乗り、間合いを詰めた。
アリアネがなぎ払おうとするが、器用に大剣でいなして一太刀も入れることができない。
(この男、強い……!
手加減をしているつもりはないのに)
カキンカキンと剣の音が鳴り響く。
息のかかるような狭いベッドの上で、股間を膨張させた得体の知れない大男がじりじりと迫ってくる。
「嬢ちゃん、傷を気にしてるのか?
俺は、それも含めてあんたはべっぴんさんだと思うけどな」
「たわごとを……」
「嘘かどうかは、俺のコレを見れば分かるだろ。
ちょうどベッドだ。
斬るんじゃなくて突くのはどうだい?」
言って、男が重心を低くしてベッドを揺らした。
思わずバランスを崩したアリアネを、男は組み伏せるようにして枕に押しつける。
「くっ……や、めろ……!」
「嬢ちゃんのほうからここに来たんだ。
今さらその気はなかったじゃ済まないぜ?」
腕力もさることながら、倍以上もありそうな体重差が致命的だった。
アリアネは必死に逃れようともがいたが、両手両脚にのしかかられ、腹の上に脈打つモノを押しつけられた。
舐めるような距離に顔を近づけながら、酒くさい息を吐きかけて男が言う。
「嬢ちゃん、もしかして生娘か?
剣の腕は大人顔負けって感じだったが、さっきからチラチラと俺のものを見たり目を逸らしたり、まるで落ち着かないじゃないか。
こりゃあ、さらに楽しくなってきたな」
「う、うう」
アリアネは現実から逃げるように横を向き、「助けてエディサマル……」とつぶやいた。
「わけが分からん。
事情を話せ」
興醒めした声でそう言うと、男はベッドを降りて近くに脱ぎ捨ててあった下着と服を身につけ始めた。
ズボンを履くのには苦労していたが、どうにか股間のものを収めると、呆然とベッドに座るアリアネとは距離をとるようにしてソファに腰かけた。
「エディサマルは俺の名前だ。
べスピアのエディサマル。
だが、あんたの認識ではどうやら違うらしい。
どういうことだ?」
「ええと……」
息を整えながら、アリアネは経緯を説明した。
べスピアのエディサマルから剣術を教わったこと。
旅の途中でこの地に寄り、8年ぶりにエディサマルに会おうと思ったこと。
案内されて会ったら、まるで別人がそこにいたこと。
「ふむふむ、なるほど」
大男のエディサマルは背もたれに身を預け、天井を眺めてしばらく考えると、アリアネに向かって指を1本立てた。
「可能性はたぶん1つだ。
誰かが俺の名をかたり、あんたに剣を教えた。
なぜなら同じ名の剣士がいるなんて聞いたことがないし、『べスピアのエディサマル』となると俺をおいて他にいないと保証できる。
名乗ったとしたら、あんたの前でだけだろう」
「……なんでそんな嘘を」
師匠への尊敬の気持ちは揺るがない。
それだけのことをしてもらったし、数ヶ月をともに過ごしたアリアネは、師匠の人間性を心の底から信頼している。
悪意による嘘などではありえない。
「エディ……し、師匠は誠実な人間だった。
私の前で偽名を使ったとすれば、そこにはやむをえぬ事情があったに違いない」
「俺とあんたをくっつけたかったとか?」
「それはない!」
ガハハ、とエディサマルは豪快に笑い、愉快そうに目を細めてアリアネを見つめた。
「不本意なことに、べスピアのエディサマルといえば酒好きで女癖が悪いという大変な誤解が広まっている。
そんな男の名を趣味で名乗りたい野郎なんて、そうそういないだろう。
いるとしたら、本当は俺が真面目な男で、こうやって嬢ちゃんがのこのこ会いにきても間違って食ったりしないと信用している野郎の仕業だ」
この男が真面目かどうかは置いておくとして、たしかに、師匠はアリアネが自分を探すことを予想できたはずだ。
完全に架空の偽名にしていれば、あてもなく世界中を探すことになっていたかもしれない。
そうせずにべスピアのエディサマルと名乗ることで、彼女をここに導くことができた。
「何か困ることがあった時は、あなたを頼れという意図だったのか。
なるほど、筋は通っている。
今まで頼らず生きてきた自分を褒めてやりたいが。
……で、そんなことをする人物に心当たりはあるのか?」
「ある。
そんな回りくどい男はこの世で1人しか知らん。
そしてそいつは、俺が本当の名前を嬢ちゃんに教えないことまで見越している」
「え?」
正体は分かるが、言わない。
そう宣言するエディサマルに、アリアネは当然のように激しく食い下がったが、彼は「知らないほうがいい」と言って絶対に教えようとはしなかった。
14
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました
鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」
そう言ったのは、王太子アレス。
そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。
外交も財政も軍備も――
すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。
けれど功績はすべて王太子のもの。
感謝も敬意も、ただの一度もない。
そして迎えた舞踏会の夜。
「便利だったが、飾りには向かん」
公開婚約破棄。
それならば、とレイナは微笑む。
「では業務も終了でよろしいですね?」
王太子が望んだ通り、
彼女は“確認”をやめた。
保証を外し、責任を返し、
そして最後に――
「ご確認を」と差し出した書類に、
彼は何も読まずに署名した。
国は契約で成り立っている。
確認しない者に、王の資格はない。
働きたくない公爵令嬢と、
責任を理解しなかった王太子。
静かな契約ざまぁ劇、開幕。
---
断罪された薔薇の話
倉真朔
恋愛
悪名高きロザリンドの断罪後、奇妙な病気にかかってしまった第二王子のルカ。そんなこと知るよしもなく、皇太子カイルと彼の婚約者のマーガレットはルカに元気になってもらおうと奮闘する。
ルカの切ない想いを誰が受け止めてくれるだろうか。
とても切ない物語です。
この作品は、カクヨム、小説家になろうにも掲載中。
余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした
ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。
しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義!
そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。
「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」
家出を決行した結果
棗
恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。
デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。
自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。
※なろうさんにも公開しています。
「お前を愛することはない」と言われたお飾りの妻ですが、何か?
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することはない!」「そんな事を言うために女性の寝室に押し入ったのですか? もう寝るつもりで化粧を落として髪をほどいて寝着に着替えてるのに! 最っ低!」
仕事大好き女が「お飾りの妻最高!」と恋愛感情無しで結婚したらこうなるよね、というお話。
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件
水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
以後、
寝室は強制統合
常時抱っこ移動
一秒ごとに更新される溺愛
妻を傷つける者には容赦なし宣言
甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。
さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――?
自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。
溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ
不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない
翠月 瑠々奈
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。
始めは夜会での振る舞いからだった。
それがさらに明らかになっていく。
機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。
おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。
そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる