隻眼令嬢は婚約破棄してほしい

monaca

文字の大きさ
8 / 13

07 べスピアのエディサマル

しおりを挟む
 ダズの右手を持ち帰ると、村人たちは「トロールを殺したのか?」と不安そうな顔でアリアネに尋ねた。
 恐怖心にかられて討伐依頼を出してしまったものの、彼らとて後悔する気持ちがあったのだろう。

「トロールなんていなかったな。
 タニアとダズという人間の夫婦が暮らしていた。
 ダズが誤ってニワトリを殺してしまったと認めたので、村の掟に従って罰を受けてもらった。
 本人も反省していたよ」
「人間……ですか?」
「ああ、人間の掟を守るなら、それは人間だ」

 異形と暮らす女性。
 最初は気でも触れたのかと思ったものだが、愛を貫く覚悟を決めた、芯の強い女だった。

 アリアネの言葉を聞いた村長は、すぐに状況を理解し、村の者たちにダズを今後は人間として扱うよう指示をだした。
 もちろん、くれぐれも力試しの誘いには乗らないよう言い添えることも忘れずに。

「ありがとうございますじゃ。
 これは、皆で持ち寄った報酬で――」
「いや、トロール退治はキャンセルだから、それは受け取れない。
 村の発展にでも役立ててくれ。
 代わりと言ってはなんだが、エディサマルの見舞いをさせてもらえないだろうか?」

 きょとんとする老人にアリアネは慌てて説明する。

「いや、いや、何も他意はないんだ。
 べスピアのエディサマルといえば名の知れた剣士だろう?
 一方、私はダージアのアリアネとして、これもわずかばかりではあるが知られた名前だと自負している。
 剣士と剣士、同じだ、同業者だ。
 たとえばこう考えてみるとどうだろう?
 ある地方で有名な鍛冶屋が、旅先でたまたま、本当にたまたま、自分より有名な鍛冶屋の滞在を知った。
 会ってみたい、と思うものではないのか?
 好意とかあこがれとかそういう個人レベルの話ではなくてだな……そう、業界全体の発展のため。
 技術の交流とか、まあ、そこまでいかなくとも、心構えについて語り合うだけでも有意義な時間になるのは間違いない。
 私が期待しているのも、まさにそこなんだ。
 だってべスピアのエディサマルだぞ?
 べつに私は彼の武勇譚を集めて回ってるわけじゃないが、勝手にいろいろ聞こえてくる。
 印象に残っているものだけでも、10は下らない。
 山賊の砦に単身乗り込んでさらわれた女たちを解放した話なんて、まるで神話の英雄みたいだろう?
 私がもしその女の立場だったら、全力で彼にアタックしたものだろう。
 ああこれはもちろん一般論としての話だ。
 誰だってそんな男には、ほっ惚れるというものだよ。
 なんだか今日はやけに暑いな。
 私だけか?
 ま、まあ、そういうわけで、もしよければでいいのだが、エディサマルのところに案内してもらえるとありがたい」

 早口にまくし立てたせいか、村長も村人たちも目を見開いてアリアネを見つめたまま固まっている。
 急激に羞恥心が湧いてきたアリアネは、「テローが待ってる」などと言って宿屋に戻ろうとした。

「ま、待ちなされ剣士様!
 全然構いませんじゃ。
 屋敷まで案内しますから、ぜひともエディサマルにお会いになってください」
「いいの?」

 ぴょんと飛び上がり、回れ右をして向き直るアリアネ。
 苦笑する村長に連れられてエディサマル邸へと歩き出した彼女の背中に、村人たちが「あいつのファンとは珍しい」「しかも若い女だ」と口々にはやし立てるのが聞こえてきた。

「何あの人たち、見る目ないわ。
 スマートな剣士はモテるんだから。
 ね、村長?」
「スマートな剣士は初耳ですじゃ。
 エディサマルは豪快な男で、武勇譚の半分以上は喧嘩と酒にまつわる失敗譚と言われております」
「まさか!」

 男から見ると、エディサマルはそんなふうに見えるのだろうか。
 それとも、8年という月日が、彼を酒好きに変えてしまったとか……。

 不安になりながら歩くアリアネを、村長は村の一等地に立つ大きな屋敷に案内し、エディサマルが療養しているという自室の中へと招き入れた。

「そこの奥のベッドですじゃ。
 声をかければ起きるはずですので、どうぞごゆっくり」
「ありがとう」

 辺りに立ち込めるアルコールの臭い。
 怪我をしているというのに、酒を飲んで寝ているらしい。

(酒好きになったのは本当みたい)

 だが、8年ぶりの再会に、そんなことは関係ない。
 すべてを失った少女に剣術と自信を与え、生きる道筋を示してくれた神様のような存在。

(エディサマル。
 私、会いにきたよ!)

 記憶の中の彼は、おそらくまだ二十代だった。
 期待しすぎないよう、美化しすぎないよう、顔を見てがっかりするなんて失礼なことが決してないよう、アリアネは心の中で何度も何度も深呼吸する。
 8年という時間を感じさせない、まるで昨日会ったばかりみたいな自然な再会を、これまでずっとシミュレーションしてきたではないか。

「師匠、私です。
 アリアネ……です……!」

 緊張で擦れそうになる声を肺活量に任せてどうにか絞り出すと、ベッドにもぐっていたエディサマルがぴくりと反応した。

「師匠、師匠!
 私です、おひさしぶりです!」
「んあ?」

 待ちきれずシーツをめくったアリアネの目に飛び込んできたのは、寝ぼけまなこをごしごしと乱暴に擦っている、見たこともない赤ら顔の巨漢だった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

断罪された薔薇の話

倉真朔
恋愛
悪名高きロザリンドの断罪後、奇妙な病気にかかってしまった第二王子のルカ。そんなこと知るよしもなく、皇太子カイルと彼の婚約者のマーガレットはルカに元気になってもらおうと奮闘する。  ルカの切ない想いを誰が受け止めてくれるだろうか。  とても切ない物語です。  この作品は、カクヨム、小説家になろうにも掲載中。   

余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした

ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。 しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義! そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。 「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」

家出を決行した結果

恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。 デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。 自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。 ※なろうさんにも公開しています。

「お前を愛することはない」と言われたお飾りの妻ですが、何か?

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することはない!」「そんな事を言うために女性の寝室に押し入ったのですか? もう寝るつもりで化粧を落として髪をほどいて寝着に着替えてるのに! 最っ低!」 仕事大好き女が「お飾りの妻最高!」と恋愛感情無しで結婚したらこうなるよね、というお話。

冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件

水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。 以後、 寝室は強制統合 常時抱っこ移動 一秒ごとに更新される溺愛 妻を傷つける者には容赦なし宣言 甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。 さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――? 自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。 溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ

不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない

翠月 瑠々奈
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。 始めは夜会での振る舞いからだった。 それがさらに明らかになっていく。 機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。 おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。 そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?

処理中です...