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第一章
第28話 死霊術士、汚職暴露作戦を開始する
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リリスは俺の目の前に派手に着地した。
物凄い衝撃に床が揺れ、地響きが起きる。
天井からかなりの高さがあるはずなのだが、リリスは何ともなさそうに立ち上がり、にこっと笑った。
「クラウスさん! 来ちゃいました!」
この緊迫した状況の中で、リリスの満面の笑みはとても異質で、けれどその笑顔は俺の冷えた心と体に深く染みわたった。
「ど、どうしてここに?」
「クラウスさんが連れて行かれたあと、オデットさんと話したんです。クラウスさんはああ言っていたけど、やっぱり心配だなって……」
「リリス……」
「それでオデットさんに領主さんのお屋敷の場所を聞いてここまで来たんですけど、中は広くてどこに行けばいいか迷っちゃったんです。そしたら離れの方で大きな音がしたり窓から吹雪が噴き出していたのでここにいるかもって思って……」
「天井から入ってきたのか」
俺がそう言うと、リリスは舌を出しておどけた。
「はい、天井から入ってきちゃいました! お行儀、悪いですよね?」
「いや……奴らに対しては最高の礼儀だよ」
えへへ、と笑うリリス。
周りの兵士やグラッドレイは呆気にとられた表情でこちらを見ている。
まぁ天井からいきなり女の子が降ってきたんじゃわけがわからないよな。
「あ……クラウスさん、お怪我は大丈夫なんですか?」
俺の全身をざっと眺め見て、リリスは言った。
俺の怪我はフローリアから負った右肩の火傷と、ジョーキットのヘルブリザードの雹が全身に当たったことによる打撲。
言われて改めて気がついたが、結構な怪我だ。ジョーキットの攻撃を剣で受けたときの衝撃もまだ腕にビリビリと残っている。
リリスが来て安心したせいかジワジワとした痛みが襲ってきた――
――と思いきや、痛みはすべて吹き飛んだ。
一体どうして……と理由を考えるより先に、リリスの笑顔を見てすぐに気がついた。
「回復魔法かけときました。他にどこか痛むところはありますか?」
「いや……ないよ。完璧だ。ありがとう、リリス」
リリスの回復魔法は本当にすごいな。自分で実際に体感してみてそれがわかった。
「それでな、リリス。来てもらって早々で悪いんだが、今かなりヤバい状況でな。詳しく説明している時間はないんだ」
「わかってます。まず、あそこで縛られてるエレナさんを助けないとですよね?」
「ああ」
さすがリリスだ。察しが良い。
「では、クラウスさんに憑依させてください。それが一番力を発揮できると思います」
「わかった」
周りの視線があるが、この際どうでもいいだろう。
リリスが突然消えても、まさかこの子が死霊で、俺が死霊術を使って憑依させただなんてわかるはずがない。
憑依の術を発動すると、場に青白い光が瞬き、リリスの姿は消えた。
『クラウスさん、聞こえますか?』
「ああ。聞こえるよ、リリス」
リリスが憑依したときの、この感覚。
全身に力が溢れてきて、何でもできてしまいそうな感じだ。
何度体感しても凄いな。
『あそこにいるエレナさんを助けますね』
「ああ、頼む」
俺が返事をした瞬間、俺の身体は床を蹴り、凄まじい速度で道場の奥の壇上へと跳んだ。
そして気がつくと俺の腕の中にはエレナがいて、近くでグラッドレイが呆然としていた。
グラッドレイが認識できないほどの猛スピードでエレナの場所に移動し、エレナを救出したのか。しかもエレナを縛っていた縄まで切ってある。
リリスと感覚をともにしているはずの俺でさえ何が起きたのかわからないくらいの早業だ。
「な、ななななな……!?」
先ほどまでエレナの首元にナイフを当てていたはずのグラッドレイは突然の出来事に開いた口が塞がらないといった様子だ。
「クラウス様ぁ!」
エレナが俺に抱きついてきた。
空色の綺麗な髪が俺の目線の下に来る。
気丈に振る舞ってはいたが、やはり怖くてたまらなかったのだろう。
「クラウス様! わたくし……わたくし……」
「エレナ、安心するのはまだ早い。まだやることがあるだろう?」
「そ、そうですわね!」
エレナはバッと俺から離れると、両手を顔の前でぐっと握りしめた。
『クラウスさん、ここからどうしましょう?』
「とりあえず、そこの領主サマを気絶させてくれ」
『了解しました!』
と言うと同時に俺はグラッドレイの鳩尾に拳を叩きこんだ。
グラッドレイは「ぐばっ」と口から空気を漏らしてうつ伏せに倒れて気絶した。
さて、次の一手は……。
「エレナ、さっき言っていた領主の汚職の件だが、証拠があるっていうのは本当なのか?」
「は、はい! わたくししか知らない場所に保管してありますわ!」
「その……領主は仮にも君の父親なわけだが……良いんだな?」
「はい。一時はこんな父でも愛そうと努力しましたが……。もう、娘としての情はありませんわ。悪辣な領主には天誅を下すべきです」
「わかった。じゃあその保管場所に案内してくれるか?」
「はい、もちろんそのつもりなのですが……」
そう言って、エレナは道場内にいる兵士たちの方に視線をやった。
「領主様!!!」
「貴様ら、領主様に手を出すとは何事だ!!」
「よくわからんが、奴らを始末せねば後で領主様に何を言われるかわからん!」
「悪党どもめ! 我々が成敗してくれる!」
なんと兵士たちが剣を抜き、血気盛んに叫んでいるではないか。
人数は少なく見積もっても百人はいる。
『クラウスさん、どうします?』
「リリス、彼らは罪のない兵士だ。殺すわけにはいかない」
『では、逃げる方針で』
「ああ」
俺の視線は、兵士たちの反対側――すぐ脇の壁の方へ向いた。
『ここから抜け出しましょう!』
一瞬、大槍を持つ右手に力が込められたかと思うと、俺は脇の壁に人間サイズの穴をぶち開けた。
「きゃっ」
そしてエレナを脇にかかえると、俺は穴から飛び出し外に出た。
うーむ。緊急事態だから仕方ないとはいえ、年頃の少女であるエレナを男の俺がひょいひょいと担ぐのはいささか躊躇われる気もする。俺の身体を操作しているリリスは女性だからあまり気にしていないのだろうけど。
「クラウス様……相変わらず大胆ですこと……」
まぁ当のエレナは気にしていないようだから良しとするか。
恥ずかしいのかエレナの頬は少し赤いような気もするが、今は緊急事態だ。エレナを抱える左腕に柔らかい体の感触が伝わってきて、何だかいけないことをしているような気もするが、今は緊急事態だ。
「奴ら、外に逃げたぞぉぉぉ!!!」
「追えぇぇぇぇぇ!!!」
兵士たちの威勢の良い声が響いてくる。すぐさま俺たちを追ってくるだろう。
モタモタしている暇はない。
急いでグラッドレイの汚職の証拠を見つけ、公表しなければならない。
「さて、エレナ。どこに行けばいいかな?」
「はい、まずあちらの建物の脇を左に曲がっていただいて――」
物凄い衝撃に床が揺れ、地響きが起きる。
天井からかなりの高さがあるはずなのだが、リリスは何ともなさそうに立ち上がり、にこっと笑った。
「クラウスさん! 来ちゃいました!」
この緊迫した状況の中で、リリスの満面の笑みはとても異質で、けれどその笑顔は俺の冷えた心と体に深く染みわたった。
「ど、どうしてここに?」
「クラウスさんが連れて行かれたあと、オデットさんと話したんです。クラウスさんはああ言っていたけど、やっぱり心配だなって……」
「リリス……」
「それでオデットさんに領主さんのお屋敷の場所を聞いてここまで来たんですけど、中は広くてどこに行けばいいか迷っちゃったんです。そしたら離れの方で大きな音がしたり窓から吹雪が噴き出していたのでここにいるかもって思って……」
「天井から入ってきたのか」
俺がそう言うと、リリスは舌を出しておどけた。
「はい、天井から入ってきちゃいました! お行儀、悪いですよね?」
「いや……奴らに対しては最高の礼儀だよ」
えへへ、と笑うリリス。
周りの兵士やグラッドレイは呆気にとられた表情でこちらを見ている。
まぁ天井からいきなり女の子が降ってきたんじゃわけがわからないよな。
「あ……クラウスさん、お怪我は大丈夫なんですか?」
俺の全身をざっと眺め見て、リリスは言った。
俺の怪我はフローリアから負った右肩の火傷と、ジョーキットのヘルブリザードの雹が全身に当たったことによる打撲。
言われて改めて気がついたが、結構な怪我だ。ジョーキットの攻撃を剣で受けたときの衝撃もまだ腕にビリビリと残っている。
リリスが来て安心したせいかジワジワとした痛みが襲ってきた――
――と思いきや、痛みはすべて吹き飛んだ。
一体どうして……と理由を考えるより先に、リリスの笑顔を見てすぐに気がついた。
「回復魔法かけときました。他にどこか痛むところはありますか?」
「いや……ないよ。完璧だ。ありがとう、リリス」
リリスの回復魔法は本当にすごいな。自分で実際に体感してみてそれがわかった。
「それでな、リリス。来てもらって早々で悪いんだが、今かなりヤバい状況でな。詳しく説明している時間はないんだ」
「わかってます。まず、あそこで縛られてるエレナさんを助けないとですよね?」
「ああ」
さすがリリスだ。察しが良い。
「では、クラウスさんに憑依させてください。それが一番力を発揮できると思います」
「わかった」
周りの視線があるが、この際どうでもいいだろう。
リリスが突然消えても、まさかこの子が死霊で、俺が死霊術を使って憑依させただなんてわかるはずがない。
憑依の術を発動すると、場に青白い光が瞬き、リリスの姿は消えた。
『クラウスさん、聞こえますか?』
「ああ。聞こえるよ、リリス」
リリスが憑依したときの、この感覚。
全身に力が溢れてきて、何でもできてしまいそうな感じだ。
何度体感しても凄いな。
『あそこにいるエレナさんを助けますね』
「ああ、頼む」
俺が返事をした瞬間、俺の身体は床を蹴り、凄まじい速度で道場の奥の壇上へと跳んだ。
そして気がつくと俺の腕の中にはエレナがいて、近くでグラッドレイが呆然としていた。
グラッドレイが認識できないほどの猛スピードでエレナの場所に移動し、エレナを救出したのか。しかもエレナを縛っていた縄まで切ってある。
リリスと感覚をともにしているはずの俺でさえ何が起きたのかわからないくらいの早業だ。
「な、ななななな……!?」
先ほどまでエレナの首元にナイフを当てていたはずのグラッドレイは突然の出来事に開いた口が塞がらないといった様子だ。
「クラウス様ぁ!」
エレナが俺に抱きついてきた。
空色の綺麗な髪が俺の目線の下に来る。
気丈に振る舞ってはいたが、やはり怖くてたまらなかったのだろう。
「クラウス様! わたくし……わたくし……」
「エレナ、安心するのはまだ早い。まだやることがあるだろう?」
「そ、そうですわね!」
エレナはバッと俺から離れると、両手を顔の前でぐっと握りしめた。
『クラウスさん、ここからどうしましょう?』
「とりあえず、そこの領主サマを気絶させてくれ」
『了解しました!』
と言うと同時に俺はグラッドレイの鳩尾に拳を叩きこんだ。
グラッドレイは「ぐばっ」と口から空気を漏らしてうつ伏せに倒れて気絶した。
さて、次の一手は……。
「エレナ、さっき言っていた領主の汚職の件だが、証拠があるっていうのは本当なのか?」
「は、はい! わたくししか知らない場所に保管してありますわ!」
「その……領主は仮にも君の父親なわけだが……良いんだな?」
「はい。一時はこんな父でも愛そうと努力しましたが……。もう、娘としての情はありませんわ。悪辣な領主には天誅を下すべきです」
「わかった。じゃあその保管場所に案内してくれるか?」
「はい、もちろんそのつもりなのですが……」
そう言って、エレナは道場内にいる兵士たちの方に視線をやった。
「領主様!!!」
「貴様ら、領主様に手を出すとは何事だ!!」
「よくわからんが、奴らを始末せねば後で領主様に何を言われるかわからん!」
「悪党どもめ! 我々が成敗してくれる!」
なんと兵士たちが剣を抜き、血気盛んに叫んでいるではないか。
人数は少なく見積もっても百人はいる。
『クラウスさん、どうします?』
「リリス、彼らは罪のない兵士だ。殺すわけにはいかない」
『では、逃げる方針で』
「ああ」
俺の視線は、兵士たちの反対側――すぐ脇の壁の方へ向いた。
『ここから抜け出しましょう!』
一瞬、大槍を持つ右手に力が込められたかと思うと、俺は脇の壁に人間サイズの穴をぶち開けた。
「きゃっ」
そしてエレナを脇にかかえると、俺は穴から飛び出し外に出た。
うーむ。緊急事態だから仕方ないとはいえ、年頃の少女であるエレナを男の俺がひょいひょいと担ぐのはいささか躊躇われる気もする。俺の身体を操作しているリリスは女性だからあまり気にしていないのだろうけど。
「クラウス様……相変わらず大胆ですこと……」
まぁ当のエレナは気にしていないようだから良しとするか。
恥ずかしいのかエレナの頬は少し赤いような気もするが、今は緊急事態だ。エレナを抱える左腕に柔らかい体の感触が伝わってきて、何だかいけないことをしているような気もするが、今は緊急事態だ。
「奴ら、外に逃げたぞぉぉぉ!!!」
「追えぇぇぇぇぇ!!!」
兵士たちの威勢の良い声が響いてくる。すぐさま俺たちを追ってくるだろう。
モタモタしている暇はない。
急いでグラッドレイの汚職の証拠を見つけ、公表しなければならない。
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