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第一章
第31話 エレナ・ユリルドローム
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「もう大丈夫そうか?」
「はい。お見苦しいところをお見せしてしまいましたわね」
泣きはらした赤い目をこすり、エレナは微笑んだ。
「そんなことないさ」
「母と話せたことで、心のつかえが取れましたわ。もう父への恨みのことは考えないで済みそうです」
エレナは元の上品な話し方に戻っているが、凄く晴れ晴れとした良い表情をしている。
「はは、そうか」
俺も何だか嬉しくなって笑った。
「改めてお礼申し上げますわ。クラウス様、それから――」
「リリスだ」
「リリス様。本当にありがとうございました」
『わわっ、わたしまでお礼言われちゃいました! 見えないはずなのに!』
リリスも嬉しそうだ。
……もうエレナには隠せないかな。
「リリス、エレナには話してもいいかな?」
『そうですね。ここまで知られて隠す方が不自然ですし、実体化したときにもエレナさんとは変な勘繰りとか無しにお話したいですし……そうしてください!』
リリスは自分が霊魂であることをあまり知られたがらない。
だがここまで俺の術を見せてしまった以上、エレナも薄々察しはついているだろう。
「エレナ、俺は死霊術士なんだ」
俺の言葉に、エレナは一瞬目を見開いた。
「死霊術士……!? わたくしの記憶が確かならば、死霊術士は五百年前に滅んだと……」
「その通りだ。だが歴史の陰に隠れて生き延びた者がいた。その末裔が俺だ」
「そ、そうだったのですね……」
エレナはまだ半信半疑、といった表情だ。まぁ無理もない。
「今俺の中にはリリスという五百年前の勇者の霊魂が憑依しているんだ。彼女の魔力のお陰で君のお母さんを呼び出すことができたんだよ」
「五百年前の勇者様……」
「ちょっと待ってくれ」
俺はそう言って、実体化の術を発動した。
自然界の闇の力が俺たちの目の前に集まって、リリスの身体を形成する。
「……ふぅ。やっぱり自分の足で立つのは気持ちいいですね!」
大きく伸びをするリリスを、エレナは目を丸くして見つめている。
「この方は……確か、道場で天井から落ちてきた……」
そういえばあのときエレナもリリスの姿を遠目に見ていたんだな。
「リリス・ロードレアスです。エレナさん、これからもよろしくお願いします!」
「よ、よろしくお願いいたしますわ!」
元気よく挨拶をするリリスに、エレナはおずおずと頭を下げた。
きっと、この溌溂とした女性が霊魂だとは信じられない、と思っているんだろう。
俺もリリスを見るたびにそう思うからな。気持ちはわかる。
「訳あって、俺たちは魔王を倒す為に協力関係を結んだんだ」
「魔王を……ですか」
「ああ。きっと、君も死霊術士について思うところはあるだろう。俺も死霊術士がそう褒められた存在じゃないことは理解しているつもりだ。だが、今のところは俺たちの関係については秘密にしておいてくれないか?」
「そ、そんな! わたくしはクラウス様の死霊術のお陰で救われたのですわ。良く思うことはあれど、悪く思うことなどありませんわ!」
珍しく語気を強めてエレナは言った。
その剣幕に、俺は思わずたじろいだ。
「そ、そう言ってもらえると助かるよ」
「ありがとうございます、エレナさん」
「このことを知っている者は他にはいらっしゃるのですか?」
「いや、今のところはエレナ、君だけだ。オデットやゼフィにも話していない」
「……わかりました。このエレナ・ユリルドローム、約束は固く守りますわ!」
ぐっと拳を握り、エレナはガッツポーズをした。
「はは、よろしくな」
「では、今度こそここを出ないとですね、クラウスさん。だいぶゆっくりしちゃいました」
「そうだな。リリス、すまないがもう一度憑依してくれるか?」
「はい!」
俺が憑依の術を発動すると、リリスの姿は消えて俺の全身には力が溢れた。
「わぁ、これが死霊術……」
エレナが感心したように俺を見る。
「はは……まぁ、こんな感じだ。昨日エレナを助けたときにも、実はリリスが憑依していたんだよ」
「そ、そうだったのですね……!」
「じゃあ、そろそろここを出よう。証拠を忘れないようにな」
「はい! クラウス様、リリス様、よろしくお願いいたしますわ!」
グラッドレイの汚職の証拠が入った木箱をエレナが抱えたのを確認し、俺たちは小屋を出た。
◇◇◇◇◇
その日の夕刻、王都新聞の号外がこのサラマンドの町にもばら撒かれた。
当然町は大変な騒ぎになり、数々の汚職を咎められたグラッドレイ・ユリルドローム侯爵はサラマンドに駐留している王都騎士団の手によって王都へ連行された。
あの後領主邸を出た俺たちはギルドのゼフィのもとへ向かい、物質転移魔法で汚職の証拠を王都へと送るように彼女に頼んだのだ。
ジョーキットたちとの戦闘によってボロボロの格好になった俺とエレナが突然現れたのでゼフィは大層驚いていたが、訳を話すと戸惑いながらも引き受けてくれた。
地方領主の汚職というデリケートな問題ではあったが、ゼフィは王都新聞の責任者である父親と念話を交わして号外の発行をするよう説得してくれたのだ。
グラッドレイがでっち上げた俺とエレナの罪も晴れ、敷かれていた戒厳令も無事に解かれた。
俺たちは昨日と同じくギルドの酒場に集まり、隅の方で卓を囲んでいた。
四人掛けの四角い卓で、俺の向かい側にゼフィ、左にリリスで右にはエレナという配置だ。
俺たちが四人で飲み食いしているのを、カウンターのオデットが頬杖をついて恨めしそうに見ている。
今日あったことをエレナとともにゼフィにも詳しく話したが、彼女は俺の予想していたほどは驚く様子を見せなかった。
ゼフィはエレナからある程度は家庭の事情を聞いていたらしい。二人は親友の間柄なのだし、当然といえば当然だが。
それでも父であるグラッドレイがエレナを拉致して殺そうとしたことには大層驚き憤慨していた。
俺とリリスとエレナの三人でゼフィを宥めるのは一苦労だった。ゼフィは親友の危機に駆け付けることができなかったのが余程ショックだったようだ。
だがゼフィもようやく落ちつき、メイン料理の後の酒とツマミを楽しみ始めたところである。
「しっかし、クラウスも昨日今日で大変だったわね~……」
エールをぐびぐび呷りながらゼフィが言った。
「まぁな……」
ゼフィの言うとおり、昨日は緊急A級クエスト、今日は町の領主と揉めるという忙しない二日間だったからな。
リリスは元気そうだが、正直俺はクタクタだ。
「……で、エレナは一体どうしちゃったのかしら」
そう言って、目を細めて訝しげにエレナを見るゼフィ。
そう。
エレナはこの食事会が始まったときからやたらと甲斐甲斐しく俺に世話を焼いているのだ。
俺のグラスから酒が消えればすぐに気づいて注いでくれるし、俺の目線が離れた位置の料理に向いていればササッと小皿にそれを取り分けてくれる。
挙句の果てには俺の口元についた食べカスまで拭き取ってくれるほどだ。
当の本人は終始満面の笑みを浮かべており、俺たちが不思議がっていることにすら気づいていなさそうである。
「クラウス様はお肉料理がお好きなのですね? もっと取り分けますわね!」
「あ、ありがとう」
俺の小皿にたっぷりと料理をよそうエレナ。
お、多い……。
いや、多いどころか正直多すぎるし食べきれない量なのだが、エレナの嬉しそうな顔を見ているとそんなこと言えない。
「? わたくしの顔に何かついておりますか?」
俺たちの視線にようやく気がついたようで、エレナは手を止めて言った。
「エレナ、あんた何でそんなにクラウスにベタベタしてんのよ?」
痺れを切らしたゼフィがついに言った。
「!? べっ……ベタベタだなんて、そ、そんなことはありませんわよ!? 嫌ですわ、ゼフィったら……」
指摘されたエレナは小皿を雑に置き、持っていたハンカチでパタパタと顔を扇ぎはじめた。
「エレナさん、顔が赤いですよ?」
「りっ、リリス様まで……え、えと、わたくし、きっと酔ってしまったのですわ……」
「ええと……エレナ、俺は大丈夫だから、君も料理を食べたらどうだ?」
俺を気遣うばかりでエレナはさっきからあまり料理を口にしていないのだ。
「わ、わたくしはクラウス様にお礼がしたくて……!」
頬を真っ赤にして、俯きがちにエレナは言った。
「それはわかるけど……エレナ、あんたちょっと変よ?」
「へ、変ですかわよ?」
「口調までおかしくなってるじゃない」
「まぁまぁ、ゼフィ。そんなに噛みつかなくてもいいじゃないか。今日は色々ありすぎたからエレナも疲れてるんだよ。なぁエレナ?」
「そ、そうですわね」
「でも俺にお礼がしたいっていう気持ちは嬉しいよ。世話してくれてありがとな、エレナ」
困って俯いているエレナを見ていると何だか昔飼っていた犬を思い出してしまい、つい手が伸びて彼女の頭を撫でてしまった。
しまった、馴れ馴れしかったか――と思って手を引こうとしたら、エレナが顔を上げた。
「クラウス様の手、温かいです……」
彼女が俺を見る瞳はまるで磨きぬかれた魔法石のように潤んでおり、そのあまりに可憐な目に俺は思わずどぎまぎしてしまった。
「ちょ、ちょっと、クラウス!? エレナも……何この空気!?」
「まぁまぁゼフィさん。良いじゃないですか、楽しくて」
「た、楽しいって……」
なぜかゼフィは悶々とした様子でグラスの取っ手を握ったり離したりを繰り返している。
俺がエレナの頭から手を離すと、エレナは「あっ」と小さく声を出し、凄く残念そうな顔で目の前の料理に視線を戻した。
「そ、そうだよゼフィ。酒の席なんだし、細かいことは良いじゃないか」
「そうですよ。ふふ、ゼフィさんもさっきからなんだか変ですよ?」
リリスがからかうように言うと、ゼフィはまるで脊髄反射のようにバッと立ち上がった。
「あ、あたしは変じゃなぁぁい!!」
「あはははは。変なゼフィさん!」
よく見るとリリスの頬も赤い。このテンションの高さといい、明らかにできあがっている様子だ。
右には頬を赤くして何とも言えない奥ゆかしい表情で俯くエレナ。
怒り出す向かいのゼフィに、それをとても楽しそうにからかう左のリリス。
カウンターから俺を睨みつけ、コッソリ酒を持って来いとジェスチャーで伝えてくるオデット。
バツ印を作って見せると、オデットは恐ろしい形相で俺を睨んだ。
そんなオデットの方を見ないように扉の方へ視線をやると、俺の視線に呼応するかのように豪快に扉が開かれ、筋骨隆々の大男がギルドへと入ってきた。あれはゴルドーさんだ。
「はぁ……」
俺は思わずため息をつく。
やれやれ。明日も寝坊かな、こりゃ。
「はい。お見苦しいところをお見せしてしまいましたわね」
泣きはらした赤い目をこすり、エレナは微笑んだ。
「そんなことないさ」
「母と話せたことで、心のつかえが取れましたわ。もう父への恨みのことは考えないで済みそうです」
エレナは元の上品な話し方に戻っているが、凄く晴れ晴れとした良い表情をしている。
「はは、そうか」
俺も何だか嬉しくなって笑った。
「改めてお礼申し上げますわ。クラウス様、それから――」
「リリスだ」
「リリス様。本当にありがとうございました」
『わわっ、わたしまでお礼言われちゃいました! 見えないはずなのに!』
リリスも嬉しそうだ。
……もうエレナには隠せないかな。
「リリス、エレナには話してもいいかな?」
『そうですね。ここまで知られて隠す方が不自然ですし、実体化したときにもエレナさんとは変な勘繰りとか無しにお話したいですし……そうしてください!』
リリスは自分が霊魂であることをあまり知られたがらない。
だがここまで俺の術を見せてしまった以上、エレナも薄々察しはついているだろう。
「エレナ、俺は死霊術士なんだ」
俺の言葉に、エレナは一瞬目を見開いた。
「死霊術士……!? わたくしの記憶が確かならば、死霊術士は五百年前に滅んだと……」
「その通りだ。だが歴史の陰に隠れて生き延びた者がいた。その末裔が俺だ」
「そ、そうだったのですね……」
エレナはまだ半信半疑、といった表情だ。まぁ無理もない。
「今俺の中にはリリスという五百年前の勇者の霊魂が憑依しているんだ。彼女の魔力のお陰で君のお母さんを呼び出すことができたんだよ」
「五百年前の勇者様……」
「ちょっと待ってくれ」
俺はそう言って、実体化の術を発動した。
自然界の闇の力が俺たちの目の前に集まって、リリスの身体を形成する。
「……ふぅ。やっぱり自分の足で立つのは気持ちいいですね!」
大きく伸びをするリリスを、エレナは目を丸くして見つめている。
「この方は……確か、道場で天井から落ちてきた……」
そういえばあのときエレナもリリスの姿を遠目に見ていたんだな。
「リリス・ロードレアスです。エレナさん、これからもよろしくお願いします!」
「よ、よろしくお願いいたしますわ!」
元気よく挨拶をするリリスに、エレナはおずおずと頭を下げた。
きっと、この溌溂とした女性が霊魂だとは信じられない、と思っているんだろう。
俺もリリスを見るたびにそう思うからな。気持ちはわかる。
「訳あって、俺たちは魔王を倒す為に協力関係を結んだんだ」
「魔王を……ですか」
「ああ。きっと、君も死霊術士について思うところはあるだろう。俺も死霊術士がそう褒められた存在じゃないことは理解しているつもりだ。だが、今のところは俺たちの関係については秘密にしておいてくれないか?」
「そ、そんな! わたくしはクラウス様の死霊術のお陰で救われたのですわ。良く思うことはあれど、悪く思うことなどありませんわ!」
珍しく語気を強めてエレナは言った。
その剣幕に、俺は思わずたじろいだ。
「そ、そう言ってもらえると助かるよ」
「ありがとうございます、エレナさん」
「このことを知っている者は他にはいらっしゃるのですか?」
「いや、今のところはエレナ、君だけだ。オデットやゼフィにも話していない」
「……わかりました。このエレナ・ユリルドローム、約束は固く守りますわ!」
ぐっと拳を握り、エレナはガッツポーズをした。
「はは、よろしくな」
「では、今度こそここを出ないとですね、クラウスさん。だいぶゆっくりしちゃいました」
「そうだな。リリス、すまないがもう一度憑依してくれるか?」
「はい!」
俺が憑依の術を発動すると、リリスの姿は消えて俺の全身には力が溢れた。
「わぁ、これが死霊術……」
エレナが感心したように俺を見る。
「はは……まぁ、こんな感じだ。昨日エレナを助けたときにも、実はリリスが憑依していたんだよ」
「そ、そうだったのですね……!」
「じゃあ、そろそろここを出よう。証拠を忘れないようにな」
「はい! クラウス様、リリス様、よろしくお願いいたしますわ!」
グラッドレイの汚職の証拠が入った木箱をエレナが抱えたのを確認し、俺たちは小屋を出た。
◇◇◇◇◇
その日の夕刻、王都新聞の号外がこのサラマンドの町にもばら撒かれた。
当然町は大変な騒ぎになり、数々の汚職を咎められたグラッドレイ・ユリルドローム侯爵はサラマンドに駐留している王都騎士団の手によって王都へ連行された。
あの後領主邸を出た俺たちはギルドのゼフィのもとへ向かい、物質転移魔法で汚職の証拠を王都へと送るように彼女に頼んだのだ。
ジョーキットたちとの戦闘によってボロボロの格好になった俺とエレナが突然現れたのでゼフィは大層驚いていたが、訳を話すと戸惑いながらも引き受けてくれた。
地方領主の汚職というデリケートな問題ではあったが、ゼフィは王都新聞の責任者である父親と念話を交わして号外の発行をするよう説得してくれたのだ。
グラッドレイがでっち上げた俺とエレナの罪も晴れ、敷かれていた戒厳令も無事に解かれた。
俺たちは昨日と同じくギルドの酒場に集まり、隅の方で卓を囲んでいた。
四人掛けの四角い卓で、俺の向かい側にゼフィ、左にリリスで右にはエレナという配置だ。
俺たちが四人で飲み食いしているのを、カウンターのオデットが頬杖をついて恨めしそうに見ている。
今日あったことをエレナとともにゼフィにも詳しく話したが、彼女は俺の予想していたほどは驚く様子を見せなかった。
ゼフィはエレナからある程度は家庭の事情を聞いていたらしい。二人は親友の間柄なのだし、当然といえば当然だが。
それでも父であるグラッドレイがエレナを拉致して殺そうとしたことには大層驚き憤慨していた。
俺とリリスとエレナの三人でゼフィを宥めるのは一苦労だった。ゼフィは親友の危機に駆け付けることができなかったのが余程ショックだったようだ。
だがゼフィもようやく落ちつき、メイン料理の後の酒とツマミを楽しみ始めたところである。
「しっかし、クラウスも昨日今日で大変だったわね~……」
エールをぐびぐび呷りながらゼフィが言った。
「まぁな……」
ゼフィの言うとおり、昨日は緊急A級クエスト、今日は町の領主と揉めるという忙しない二日間だったからな。
リリスは元気そうだが、正直俺はクタクタだ。
「……で、エレナは一体どうしちゃったのかしら」
そう言って、目を細めて訝しげにエレナを見るゼフィ。
そう。
エレナはこの食事会が始まったときからやたらと甲斐甲斐しく俺に世話を焼いているのだ。
俺のグラスから酒が消えればすぐに気づいて注いでくれるし、俺の目線が離れた位置の料理に向いていればササッと小皿にそれを取り分けてくれる。
挙句の果てには俺の口元についた食べカスまで拭き取ってくれるほどだ。
当の本人は終始満面の笑みを浮かべており、俺たちが不思議がっていることにすら気づいていなさそうである。
「クラウス様はお肉料理がお好きなのですね? もっと取り分けますわね!」
「あ、ありがとう」
俺の小皿にたっぷりと料理をよそうエレナ。
お、多い……。
いや、多いどころか正直多すぎるし食べきれない量なのだが、エレナの嬉しそうな顔を見ているとそんなこと言えない。
「? わたくしの顔に何かついておりますか?」
俺たちの視線にようやく気がついたようで、エレナは手を止めて言った。
「エレナ、あんた何でそんなにクラウスにベタベタしてんのよ?」
痺れを切らしたゼフィがついに言った。
「!? べっ……ベタベタだなんて、そ、そんなことはありませんわよ!? 嫌ですわ、ゼフィったら……」
指摘されたエレナは小皿を雑に置き、持っていたハンカチでパタパタと顔を扇ぎはじめた。
「エレナさん、顔が赤いですよ?」
「りっ、リリス様まで……え、えと、わたくし、きっと酔ってしまったのですわ……」
「ええと……エレナ、俺は大丈夫だから、君も料理を食べたらどうだ?」
俺を気遣うばかりでエレナはさっきからあまり料理を口にしていないのだ。
「わ、わたくしはクラウス様にお礼がしたくて……!」
頬を真っ赤にして、俯きがちにエレナは言った。
「それはわかるけど……エレナ、あんたちょっと変よ?」
「へ、変ですかわよ?」
「口調までおかしくなってるじゃない」
「まぁまぁ、ゼフィ。そんなに噛みつかなくてもいいじゃないか。今日は色々ありすぎたからエレナも疲れてるんだよ。なぁエレナ?」
「そ、そうですわね」
「でも俺にお礼がしたいっていう気持ちは嬉しいよ。世話してくれてありがとな、エレナ」
困って俯いているエレナを見ていると何だか昔飼っていた犬を思い出してしまい、つい手が伸びて彼女の頭を撫でてしまった。
しまった、馴れ馴れしかったか――と思って手を引こうとしたら、エレナが顔を上げた。
「クラウス様の手、温かいです……」
彼女が俺を見る瞳はまるで磨きぬかれた魔法石のように潤んでおり、そのあまりに可憐な目に俺は思わずどぎまぎしてしまった。
「ちょ、ちょっと、クラウス!? エレナも……何この空気!?」
「まぁまぁゼフィさん。良いじゃないですか、楽しくて」
「た、楽しいって……」
なぜかゼフィは悶々とした様子でグラスの取っ手を握ったり離したりを繰り返している。
俺がエレナの頭から手を離すと、エレナは「あっ」と小さく声を出し、凄く残念そうな顔で目の前の料理に視線を戻した。
「そ、そうだよゼフィ。酒の席なんだし、細かいことは良いじゃないか」
「そうですよ。ふふ、ゼフィさんもさっきからなんだか変ですよ?」
リリスがからかうように言うと、ゼフィはまるで脊髄反射のようにバッと立ち上がった。
「あ、あたしは変じゃなぁぁい!!」
「あはははは。変なゼフィさん!」
よく見るとリリスの頬も赤い。このテンションの高さといい、明らかにできあがっている様子だ。
右には頬を赤くして何とも言えない奥ゆかしい表情で俯くエレナ。
怒り出す向かいのゼフィに、それをとても楽しそうにからかう左のリリス。
カウンターから俺を睨みつけ、コッソリ酒を持って来いとジェスチャーで伝えてくるオデット。
バツ印を作って見せると、オデットは恐ろしい形相で俺を睨んだ。
そんなオデットの方を見ないように扉の方へ視線をやると、俺の視線に呼応するかのように豪快に扉が開かれ、筋骨隆々の大男がギルドへと入ってきた。あれはゴルドーさんだ。
「はぁ……」
俺は思わずため息をつく。
やれやれ。明日も寝坊かな、こりゃ。
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