パーティーを追放された落ちこぼれ死霊術士だけど、五百年前に死んだ最強の女勇者(18)に憑依されて最強になった件

九葉ユーキ

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第二章

第35話 緊急S級クエスト発令

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 朝日の光で目が覚めた俺は、前日の酔いが嘘のように消え失せていることに驚いた。
 ナディアさんの調合した薬は凄い効き目だ。
 こんなに気持ちよく起きられたのは久しぶりかもしれない。
 王都を出てからは野宿続きで、デスマウンテンを越えてこの町に来てからも色々あったからな。

 まだ朝の六時くらいだろう。この町に来て初めて寝坊せず起きられた。

 昨日ナディアさんの店で薬を買った後、オデットの案内で商業通りを軽く見て回ったのだが、結局俺たちは二日酔いの不快感には勝てず、すぐにギルドに戻ったのだ。
 ギルドに戻るとオデットは薬を飲んで自室に帰ってしまった。
 俺はリリスのことを思い出して部屋を訪ねてみたのだが、やはり彼女も二日酔いが酷かったらしく俺がドアをノックするまで眠っていたようだ。
 買ってきた薬を勧めるとリリスはそれを飲んで、凄く申し訳なさそうに「ごめんなさい」と言ってからまたすぐに部屋に引っ込んでしまった。よほど辛かったのだろう。実体化した霊魂でも二日酔いになるんだな、とか思ったのは内緒だ。
 特にすることもなかったので、俺はちょうどギルドの一階にいたゼフィと軽く雑談をしてから部屋に戻って一眠りし、夕飯をリリスと一緒に取ってからまた寝て、今起きたところだ。

 ベッドに腰掛けて、寝起きで鈍くなった脳を動かす。

 さて、今日はどうするかな……。

 三日前のクエストで手に入れた二十万ゴルダは宿代や食費で何だかんだ二万飛んで、現在約十八万だ。
 うーん、しばらく金には困らないとは思っていたが、このまま何もしなければあっという間に無くなる額だ。
 宴会続きで散財したとはいえ、宿代だけで一日に三千ゴルダだからな。食費が一日二千ゴルダかかるとして、一日総額五千ゴルダを消費するわけだ。
 旅の支度をしたり、仲間を探すことも考えると、もう少しお金を貯めないと駄目だ。

 リリスのと合わせても、現在約三十五万ほど。
 ある程度金が貯まったら装備や薬、道具などを買いそろえてこの町を出ようと思っているが、そうスムーズにはいかないかもしれない。

 俺はコートの内ポケットから赤茶けた世界地図を取り出し、サイドテーブルに広げた。王都で購入したものだ。
 海を隔てて、西と東に大きく二つに分かれる大陸。
 東にあるのが人間領域と呼ばれる、俺たち人間が住む大陸だ。
 そして西の海に堂々と浮かぶのが魔領域。魔王が統治する、魔族の巣くう土地。人間領域の二倍ほどの面積があると見られている。
 もっとも、人間領域が細かくはっきりと描き込まれているのに対して、魔領域はぼやけた輪郭で囲まれただけではあるが。
 当然のことだが、これまで魔領域に行って帰ってきた人間など存在しない。それ故に、魔領域を地図として描き起こすことなど不可能なのだ。
 だから魔領域に関してはあくまで大体の目星をつけて描かれた地図に過ぎない。
 しかし、数え切れないほどの人間が魔領域を目指して消えて行ったという事実と、地図にぼんやりと描かれた得体の知れぬイメージが
、魔領域の途方もない広大さとおどろおどろしさを俺の心に刻みつけるのだ。

 この地図を初めて見たとき、俺の育った集落の小ささにも驚いた覚えがある。
 俺の育った村は人間領域の最東南に位置する。王都は人間領域のちょうど真ん中のあたりだ。
 冒険者を志し村を出てから王都までの道のりは、俺にとって地獄そのものだった。魔物の脅威はもちろん自然の厳しさにも見舞われながら、俺は何日もかけて王都へと歩いたのだ。
 ジョーキットたちのパーティーに加入してからは、王都を出て更に北上し、コステリアの町に少しだけ滞在した後にデスマウンテンに入山、そして今に至るというわけだ。
 それだけでも幾度となく死にそうな目に遭って、旅路を思い出すだけでも背中に汗が流れる有様だというのに、更にここから西の果ての海岸まで旅をし、そこから海路を使い魔領域に潜入、勝手を知らぬ魔領域を手探りで進んで魔王を倒すとなると、それはもう至難の業どころの話ではないだろう。

 だが、リリスはそれを成し遂げようとしている。
 俺も覚悟を決めてしまった以上、やらないわけにはいかない。

 今日からまた新しいクエストを受注して金を稼がないとな。
 今頃新しいクエスト募集書が一階の掲示板に貼り出されているはずだ。

 俺は今一度世界地図を脳裏に焼き付け、畳んでポケットにしまった。

「よし!」

 頬を叩き、気合いを入れて俺は部屋を出た。


 ◇◇◇◇◇


 一階ホールは、新規クエスト目当てに集まった冒険者たちでいっぱいだった。

 まだ募集書が貼り出されていないのか、冒険者たちのそわそわした空気が感じ取れる。

「クラウスさん、おはようございます!」

 振り返ると、階段を下りてきたリリスがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
 胸元が強調された白いシャツに軽鎧を羽織り、下は黒いズボンという出で立ちだ。
 赤いロングヘアーをゆらゆらと靡かせている。

 周囲の冒険者たちの視線が一斉に彼女へと注がれた。
 リリスは凄い美人だからな。おまけにスタイルも良いので、歩けば皆が振り向いてしまうのは無理もない。
 一緒にいる俺はまだちょっと慣れないけどな。

「おうリリス。リリスも今起きたのか?」

「はい! クラウスさんに貰ったお薬、凄い効き目でした!」

「だろ? 俺も驚いたよ」

「なぜだか、目覚めも凄く良くなって……」

 昨日は結構くたびれた様子だったリリスだが、今は大分肌つやが良い。

「リリスもか。二日酔いを治す以外にそういう効能があるのかもな」

「そうかもしれませんね」

 リリスと他愛のない話をしていると、ギルドの男性職員がカウンターからやってきて募集書を貼り始めた。

「ほらほら、今はまだ貼ってる途中だから、押さないで!」

 群がる冒険者たちを制止しつつ、職員は募集書を貼り終えてカウンターに戻っていった。

「クラウスさん、今日はクエストを受けるんですよね?」

「ああ。旅に出るにはまだ金が足りないからな」

「そうですよね。よーし、頑張りましょう!」

 意気込むリリスの元気な様子を見ていると、俺まで力が湧いてくるようだ。

「あ、クラウス、リリス……おはよう……」

「ゼフィさん、おはようございます!」

 まるでしおれた花が風に吹かれているような頼りない歩き方でゼフィがやってきた。
 いつもの黒い帽子はかぶっておらず、無造作に垂らしていた金色の長い髪をツインテールに結っているのが新鮮だ。
 上には前開きの黒いローブを羽織り、中には黒いシャツと黒いスパッツを覗かせている。

「あれ、ゼフィもギルドで寝泊まりしてるんだっけ?」

「いや、あたしはアパート暮らしよ。今日はちょっと用があってね……」

「ん、どうしたゼフィ、元気がないな」

「昨日オデットから二日酔いの薬を貰って初めて飲んだんだけどね……」

「あれか。効いたろ?」

「効いたわ。確かに凄い効き目だった。二日酔いはあっという間に無くなったわ。でも、あの香り? というか風味? がどうしても駄目で……」

「え? 言われてみれば独特な香りだったけど……でもどちらかといえばあの香りで脳がすっきりしたような感じだったけどな」

「わたしもです。頭がスーッとするような心地よさで目覚めスッキリでしたよ?」

 俺とリリスがそう言うと、ゼフィはまるでモンスターを見るかのような目で俺たちを見た。

「え、嘘でしょ、あんたたち……。あれが好きってどういう感覚してんの?」

「単に好みの問題だろ?」

「良薬口に苦しって言いますしね。二日酔いに効いたのなら良かったじゃないですか」

「そ、それはそうだけどさ……。あれって好みの問題なのかなぁ……?」

 なおも釈然としないのか、首を傾げるゼフィ。

「クラウスさん、何だか皆さんの様子が変じゃないですか?」

 リリスに言われて、掲示板の前でクエストを漁る冒険者たちを見る。

 確かに、冒険者たちは何だか妙に落ち着きがないというか、場が騒然としているのを感じる。 

 俺たちは掲示板に群がる冒険者たちの声が聞こえる位置まで近づいた。

「お、おい! これ見てみろよ!」

「報酬額五百万ゴルダ!? すげぇ!」

「でも見ろよ。緊急S級クエストだってよ」

「S級クエストだと!? こんなもんB級以下の冒険者に務まるのか?」

「参加可能な者はランクを問わず受け入れると書いてあるな。人捜しのクエストだから、かなり人手を要するらしいな」

「だが、S級というくらいだ。命の危険も凄いだろうよ。俺はパスだ」

「お前、この人相書きを見ろよ! こいつがそんな脅威に見えるか?」

「俺はやるぞ! 一度のクエストで五百万なんてそうそうねぇぞ!」

「あたしもよ! これを達成すればランクを上げてもらえるかもしれないし!」

「有益な情報を提供した者にも内容に応じて報酬を与えるってよ。無理しない程度にやりゃ損はないんじゃねぇか」

「ふん、馬鹿な奴らだ。お前らみたいなのが真っ先に命を落とすんだよ」

 どうやら緊急S級クエストの募集がなされていて、冒険者たちが勇み立っているようだ。

「どうします、クラウスさん?」

「できれば受けたいところだな。五百万が手に入れば旅の準備も完璧にできるだろうし。まぁ、ひとまず内容を確認してからだな」

 俺の言葉にリリスは頷いた。

「ちょっと人が多いな。まず俺が確認してくるよ」

「はい。わたしは文字は読めませんからクラウスさんにお任せします」

 群がる冒険者たちを掻き分けるようにして俺は掲示板の前に立った。

「これか……」

 目当ての募集書は掲示板の中央の目立つ位置に貼られていた。
 他の募集書よりも一際ひときわ大きな紙だ。

 緊急S級クエスト、の文字の下に大きく人相が描かれている。
 どうやらその者を捜せというクエストのようだが――。

「え?」

 俺は思わず呆けた声を出した。

 その人相が、俺の見覚えのあるものだったからだ。

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