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第二章
第47話 美人受付嬢、錯乱する
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暗黒街で別れてからリリスの居場所がわからないままだ。
ナディアさんと遭遇したときにファイアの魔法で合図を出したのは良いが、俺たちがナディアさんを追うべくその場から移動してしまったせいか、リリスと合流することができなかったのだ。
「ゼフィ、俺はリリスを探しに行くよ」
「あ……」
リリスの名を聞いて、ゼフィがはっとしたように声を漏らした。
隣に座るナディアさんは俺の顔を見上げて首を傾げた。
「リリス?」
「俺の仲間です。俺とリリスとゼフィの三人で、あなたやオデットを探していたんですよ。暗黒街で別れてからそれっきりなんです」
ナディアさんはリリスとはまだ会ったことがないからな。リリスとナディアさんの接点は、リリスがナディアさんの作った二日酔いの薬を飲んだということだけだ。
「そうか……もう一人いたのか」
すると、何故だか少し嬉しそうにナディアさんは呟いた。
もう一人いた、とはどういうことだろう。
「え?」
「いや、こっちの話だ。気にすんな。それより、そのリリスって子が心配だな。早く迎えに行ってやれよ」
「そうね……。ここにはあたしがいるから、クラウス、リリスを探してきてくれない?」
もうナディアさんの疑いは晴れたも同然だ。
俺がここにいる必要はないだろう。
「わかった。じゃあ、行ってくる」
俺は座っていた椅子をテーブルに押し込むと、外に出るべく台所から居間へ引き返した。
そのときだった。
「んん……クラウス……?」
ベッドに横になっていたオデットが、ちょうど上体を起こしてこちらを見つめていたのだ。
さっき結構大きな声を出してしまったからな、起こしてしまっただろうか。
いつもの溌溂とした印象とは違いどこか疲弊した様子のオデットに、俺は若干の違和感をおぼえた。
「オデット? 目が覚めたのか?」
声を聞いて、台所の方からナディアさんがこちらにやってきた。少し遅れてエレナとゼフィも居間へ入ってくる。
オデットのベッドを取り囲むように俺たち四人は立った。
「どうして、クラウスとゼフィがいるの?」
警戒した様子でオデットが言った。
愛想の良いギルドの受付嬢のときとは違う、言い知れぬ威圧感を放っている。
こんなオデットは初めて見る。
「オデット、私がドジったんだよ。二人に捕まっちまったんだ。でも大丈夫だ、二人にちゃんと私のことを話したら、わかってくれたよ」
一昨日薬屋でオデットに対して悪態をついていたナディアさんからは想像もつかないほど柔らかな口調だ。
「クラウスたちに……あんたのことを……話した?」
一語一句、まるで苦いものでも噛みしめるかのように、オデットは復唱した。
「ああ。私のことをな。でも二人はわかってくれた。だからお前は安心して寝ていれば――」
「何してるのよ!?」
出し抜けに、オデットは声を張り上げた。
しんと静まりかえる室内。
「クラウスたちに話すなんて、どうしてそんなことをしたの? エレナだけじゃなく、クラウスたちまで巻き込んで……。あたしはあれほど町を出ろって言ったのに、どうして……」
焦燥と憔悴が垣間見えるオデットの様子に、俺はたいそう驚いていた。
人当たりは良いがどこか掴み所のない雰囲気だったオデットが、こんなふうに大声を上げたり、苛立っているのを見るのが意外だったからだ。
「……仕方なかったんだよ。私はこの町を出るわけにはいかない。かと言って、おとなしく捕まるわけにもいかねぇ。クラウスたちに負けて、捕まっちまった以上、話をして理解してもらうしかねぇだろう?」
「それは彼らを巻き込んで良い理由にはならないでしょう?」
オデットの棘のある口調に、ナディアさんは柄にもなくたじろいでいるように見える。
「……確かに、お前の言うとおりだ。だけどな、こいつらはお前のことも心配してくれていたんだぞ? エレナも同じだ。私たちを大切な友人だと思ってくれているからこそ、こうして匿ってくれているんだ。巻き込んでしまったのは私が悪いが、素直に友人を頼っても良いんじゃねぇか?」
「あたしはそんなのは認めない。これは、あんたが素直に町を出れば済んだことなのよ? 昨日の内に強引にでも町を出てどこかの田舎にでも隠遁すれば、それで済むことだったのに!」
悲痛な声でそう訴えるオデットを、ナディアさんは目を細め眉尻を下げて見つめるだけだった。
一昨日、ナディアさんの薬屋で見た二人のやりとりがふと脳裏に浮かぶ。
無遠慮なオデットと粗暴なナディアさんのやりとりは、端から見ていてハラハラしたし、正直とても仲良しとは言えないものだった。
けれど、言い合っていた二人の表情の奥には、一種の晴れ晴れしさのようなものが見え隠れしていたのも事実だ。
だが今の二人の間にあるのは、胸が詰まるような居たたまれなさと切なさだけだ。
「オデット、少し言い過ぎじゃないか? ナディアさんが無実の罪で町を出て行く必要なんてないじゃないか。俺たちも、巻き込まれたなんて思っちゃいないぞ」
「……あんたに何がわかるのよ」
「え?」
オデットに睨みつけられ、俺はひるんだ。
彼女にこんな目を向けられるのは初めてだ。
「あんたは、この状況がわかっていないからそんなことが言えるのよ! この問題は……あんたが思っているよりもずっと根深いものなの! 無関係のあんたたちを巻き込んで良いようなことじゃないのよ!」
この問題……?
オデットは何のことを言っているんだ?
「お、おい……オデット。クラウスも悪気があって言ったわけじゃねぇんだ」
「ナディア、あんたもあんたよ! 百年も生きてるくせに、捨てるべきものも捨てられないでどうするの? あんたの人生はまだまだ長いんだから……こんな町にこだわる必要はないじゃない!」
「オデット……私は……」
ナディアさんはうつむき、言葉を詰まらせた。
「クラウスも、ゼフィも、エレナも、それからここに居ないリリスも……この件からは手を引きなさい。これ以上関わったらろくなことにならないわ。ナディアはあたしが責任を持って説得してこの町から出てもらうから……うぅっ……!?」
オデットは一瞬だけ苦しそうに呻いたかと思うと、そのままベッドに倒れ込んだ。
「オデット!? おい! 大丈夫か!?」
ナディアさんが慌てた様子でベッドをのぞき込んでオデットの名を呼ぶ。
「おい! オデット!? おい!!」
堰を切ったように、オデットに呼びかけるナディアさん。
その狼狽した様子はどう見ても尋常ではない。
オデットの様子も明らかにおかしかった。
「ナディア様。オデット様は気を失って、寝ておられるだけですわ。寝息が聞こえるでしょう?」
ナディアさんの両肩に後ろから手を当て、宥めるようにエレナが言った。
「……そ、そうか……」
「きっと、疲れているのですわ。今は休ませてあげましょう」
「そうだな……」
ナディアさんが落ち着きを取り戻したのを確認すると、エレナはオデットの掛け布団の位置をそっと直した。
それを後ろから見つめるナディアさんの目は、とても哀しげだった。
そのとき、ふいに玄関の扉が開けられる音がした。
俺は懐に手を入れ、ナイフを握った。
ぎい、という音とともに、玄関の扉が開かれる。
誰だ?
まさか、ギルドからの追っ手か?
――というのは杞憂で、俺はすぐに全身に込めた力を抜いた。
「リリス!」
玄関から入ってきたのは、他でもないリリスその人だったからだ。
「クラウスさん、やっぱりここにいたんですね!」
後ろ手に扉を閉め、リリスは俺たちの方へやってきた。
「ちょうどこれからリリスを探しに行こうと思っていたんだよ」
「そうだったんですね。入れ違いにならなくて良かったです!」
先ほどまでの険悪な雰囲気を吹き飛ばすようなあっけらかんとしたリリスの様子に、思わず笑みがこぼれる。
ゼフィやエレナもきっと同じ気持ちなのだろう。二人ともほっとした表情でリリスを見ている。
「あんたがリリスか」
「はい、そうですよ。あなたは?」
「私はナディアだ。薬屋の主人で……今はお尋ね者だな」
「あ、あなたがナディアさん。ええっと、この状況は……」
今この場に来たばかりのリリスからしたら、まったくもって理解不能な状況だろうな。
「リリス、詳しいことはあっちで説明するよ」
俺が台所の方を指差して促すと、リリスはベッドで眠るオデットを一瞥した後、頷いた。
ナディアさんと遭遇したときにファイアの魔法で合図を出したのは良いが、俺たちがナディアさんを追うべくその場から移動してしまったせいか、リリスと合流することができなかったのだ。
「ゼフィ、俺はリリスを探しに行くよ」
「あ……」
リリスの名を聞いて、ゼフィがはっとしたように声を漏らした。
隣に座るナディアさんは俺の顔を見上げて首を傾げた。
「リリス?」
「俺の仲間です。俺とリリスとゼフィの三人で、あなたやオデットを探していたんですよ。暗黒街で別れてからそれっきりなんです」
ナディアさんはリリスとはまだ会ったことがないからな。リリスとナディアさんの接点は、リリスがナディアさんの作った二日酔いの薬を飲んだということだけだ。
「そうか……もう一人いたのか」
すると、何故だか少し嬉しそうにナディアさんは呟いた。
もう一人いた、とはどういうことだろう。
「え?」
「いや、こっちの話だ。気にすんな。それより、そのリリスって子が心配だな。早く迎えに行ってやれよ」
「そうね……。ここにはあたしがいるから、クラウス、リリスを探してきてくれない?」
もうナディアさんの疑いは晴れたも同然だ。
俺がここにいる必要はないだろう。
「わかった。じゃあ、行ってくる」
俺は座っていた椅子をテーブルに押し込むと、外に出るべく台所から居間へ引き返した。
そのときだった。
「んん……クラウス……?」
ベッドに横になっていたオデットが、ちょうど上体を起こしてこちらを見つめていたのだ。
さっき結構大きな声を出してしまったからな、起こしてしまっただろうか。
いつもの溌溂とした印象とは違いどこか疲弊した様子のオデットに、俺は若干の違和感をおぼえた。
「オデット? 目が覚めたのか?」
声を聞いて、台所の方からナディアさんがこちらにやってきた。少し遅れてエレナとゼフィも居間へ入ってくる。
オデットのベッドを取り囲むように俺たち四人は立った。
「どうして、クラウスとゼフィがいるの?」
警戒した様子でオデットが言った。
愛想の良いギルドの受付嬢のときとは違う、言い知れぬ威圧感を放っている。
こんなオデットは初めて見る。
「オデット、私がドジったんだよ。二人に捕まっちまったんだ。でも大丈夫だ、二人にちゃんと私のことを話したら、わかってくれたよ」
一昨日薬屋でオデットに対して悪態をついていたナディアさんからは想像もつかないほど柔らかな口調だ。
「クラウスたちに……あんたのことを……話した?」
一語一句、まるで苦いものでも噛みしめるかのように、オデットは復唱した。
「ああ。私のことをな。でも二人はわかってくれた。だからお前は安心して寝ていれば――」
「何してるのよ!?」
出し抜けに、オデットは声を張り上げた。
しんと静まりかえる室内。
「クラウスたちに話すなんて、どうしてそんなことをしたの? エレナだけじゃなく、クラウスたちまで巻き込んで……。あたしはあれほど町を出ろって言ったのに、どうして……」
焦燥と憔悴が垣間見えるオデットの様子に、俺はたいそう驚いていた。
人当たりは良いがどこか掴み所のない雰囲気だったオデットが、こんなふうに大声を上げたり、苛立っているのを見るのが意外だったからだ。
「……仕方なかったんだよ。私はこの町を出るわけにはいかない。かと言って、おとなしく捕まるわけにもいかねぇ。クラウスたちに負けて、捕まっちまった以上、話をして理解してもらうしかねぇだろう?」
「それは彼らを巻き込んで良い理由にはならないでしょう?」
オデットの棘のある口調に、ナディアさんは柄にもなくたじろいでいるように見える。
「……確かに、お前の言うとおりだ。だけどな、こいつらはお前のことも心配してくれていたんだぞ? エレナも同じだ。私たちを大切な友人だと思ってくれているからこそ、こうして匿ってくれているんだ。巻き込んでしまったのは私が悪いが、素直に友人を頼っても良いんじゃねぇか?」
「あたしはそんなのは認めない。これは、あんたが素直に町を出れば済んだことなのよ? 昨日の内に強引にでも町を出てどこかの田舎にでも隠遁すれば、それで済むことだったのに!」
悲痛な声でそう訴えるオデットを、ナディアさんは目を細め眉尻を下げて見つめるだけだった。
一昨日、ナディアさんの薬屋で見た二人のやりとりがふと脳裏に浮かぶ。
無遠慮なオデットと粗暴なナディアさんのやりとりは、端から見ていてハラハラしたし、正直とても仲良しとは言えないものだった。
けれど、言い合っていた二人の表情の奥には、一種の晴れ晴れしさのようなものが見え隠れしていたのも事実だ。
だが今の二人の間にあるのは、胸が詰まるような居たたまれなさと切なさだけだ。
「オデット、少し言い過ぎじゃないか? ナディアさんが無実の罪で町を出て行く必要なんてないじゃないか。俺たちも、巻き込まれたなんて思っちゃいないぞ」
「……あんたに何がわかるのよ」
「え?」
オデットに睨みつけられ、俺はひるんだ。
彼女にこんな目を向けられるのは初めてだ。
「あんたは、この状況がわかっていないからそんなことが言えるのよ! この問題は……あんたが思っているよりもずっと根深いものなの! 無関係のあんたたちを巻き込んで良いようなことじゃないのよ!」
この問題……?
オデットは何のことを言っているんだ?
「お、おい……オデット。クラウスも悪気があって言ったわけじゃねぇんだ」
「ナディア、あんたもあんたよ! 百年も生きてるくせに、捨てるべきものも捨てられないでどうするの? あんたの人生はまだまだ長いんだから……こんな町にこだわる必要はないじゃない!」
「オデット……私は……」
ナディアさんはうつむき、言葉を詰まらせた。
「クラウスも、ゼフィも、エレナも、それからここに居ないリリスも……この件からは手を引きなさい。これ以上関わったらろくなことにならないわ。ナディアはあたしが責任を持って説得してこの町から出てもらうから……うぅっ……!?」
オデットは一瞬だけ苦しそうに呻いたかと思うと、そのままベッドに倒れ込んだ。
「オデット!? おい! 大丈夫か!?」
ナディアさんが慌てた様子でベッドをのぞき込んでオデットの名を呼ぶ。
「おい! オデット!? おい!!」
堰を切ったように、オデットに呼びかけるナディアさん。
その狼狽した様子はどう見ても尋常ではない。
オデットの様子も明らかにおかしかった。
「ナディア様。オデット様は気を失って、寝ておられるだけですわ。寝息が聞こえるでしょう?」
ナディアさんの両肩に後ろから手を当て、宥めるようにエレナが言った。
「……そ、そうか……」
「きっと、疲れているのですわ。今は休ませてあげましょう」
「そうだな……」
ナディアさんが落ち着きを取り戻したのを確認すると、エレナはオデットの掛け布団の位置をそっと直した。
それを後ろから見つめるナディアさんの目は、とても哀しげだった。
そのとき、ふいに玄関の扉が開けられる音がした。
俺は懐に手を入れ、ナイフを握った。
ぎい、という音とともに、玄関の扉が開かれる。
誰だ?
まさか、ギルドからの追っ手か?
――というのは杞憂で、俺はすぐに全身に込めた力を抜いた。
「リリス!」
玄関から入ってきたのは、他でもないリリスその人だったからだ。
「クラウスさん、やっぱりここにいたんですね!」
後ろ手に扉を閉め、リリスは俺たちの方へやってきた。
「ちょうどこれからリリスを探しに行こうと思っていたんだよ」
「そうだったんですね。入れ違いにならなくて良かったです!」
先ほどまでの険悪な雰囲気を吹き飛ばすようなあっけらかんとしたリリスの様子に、思わず笑みがこぼれる。
ゼフィやエレナもきっと同じ気持ちなのだろう。二人ともほっとした表情でリリスを見ている。
「あんたがリリスか」
「はい、そうですよ。あなたは?」
「私はナディアだ。薬屋の主人で……今はお尋ね者だな」
「あ、あなたがナディアさん。ええっと、この状況は……」
今この場に来たばかりのリリスからしたら、まったくもって理解不能な状況だろうな。
「リリス、詳しいことはあっちで説明するよ」
俺が台所の方を指差して促すと、リリスはベッドで眠るオデットを一瞥した後、頷いた。
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