勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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滅びの神託

第十章第21話 再びのカルヴァラ

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 サマルカでの数日間の滞在を終え、私たちは国境の町カルヴァラへとやってきた。汚職を隠蔽するために偽聖女の汚名を着せられ、矢を射かけられたあの思い出の町だ。

「聖女様。ようこそカルヴァラへお越しくださいました」

 城壁に囲まれたカルヴァラの南門の前に立派な軍服を着た人が出迎えに来てくれた。さすがに今回は偽聖女扱いをされるということはなさそうだ。

 ええと、この人は会ったことある人かな? 【人物鑑定】っと。

 なになに? なるほど。記憶には全くないけれど、どうやら前回サマルカを通ったときに私をエスコートしようとして玉砕したグウェナエルさんの次男らしい。

「お出迎えいただきありがとうございます。お久しぶりですね。ベルナールさん」

 私がそう返事をするとベルナールさんは驚きからか目を見開き、そしてすぐさまブーンからのジャンピング土下座を決めた。

 うーん、そうだね。7.5点といったところだろうか。まあまあの演技だったけれど、ブーンのときは指先までしっかりと伸ばすことを意識したほうがいいと思うな。

 などということを考えているとはおくびにも出さず、いつもどおりの魔法の言葉でベルナールさんを立ち上がらせる。

「神の御心のままに」

 すると立ち上がったベルナールさんは私の前に跪いた。

「聖女フィーネ・アルジェンタータ様。どうか我が屋敷にご滞在賜る栄誉を頂けませんでしょうか?」
「え?」

 あ、いや、どうしようかな。サマルカではダンスパーティーなる催し物に参加させられたし、今回はやっぱり普通のホテルにしよう。

「すみません。今回はホテルに泊まりたいと思っていたのですが……」

 私がそう答えるとベルナールさんはかなりショックを受けてしまった様子で、目を見開き固まってしまう。

 あれ? ええと?

「フィーネ様はもしや、ベルナール殿のことがお嫌いなのでしょうか?」

 理解できずにいるとクリスさんがそっと耳打ちをしてくれた。

「え? ……あ!」

 そうか! 前回振られたうえに今回は客として招かれることも拒否されたんだから、嫌われたと思われてもおかしくはないのか。

「そういうわけではないんですが……」
「であれば、さすがに招待くらいは応じて差し上げたほうが」
「ただ、ちょっとパーティーやら晩餐会やらは遠慮したいかなって。ほら、今は一応緊急事態じゃないですか」
「ああ、なるほど。それはたしかにそのとおりですね」
「そんな……」

 おや? 私たちの会話を聞いていたベルナールさんがなぜかさらにショックを受けているようだ。

 あれ? もしかしてパーティーやら晩餐会やらを開くつもりだったのかな?

 うーん。そんなことにお金を使うくらいならもっと有意義な別のことに使ってほしいのだけれど……。

「あの、ベルナールさん。今はこの町も魔物が暴れている影響で大変なんですよね?」
「はい。ですのでぜひとも聖女様のお力をお借りしたく」

 なるほど。うん。やっぱり今回は普通のホテルに泊まろう。私は別に贅沢をしたいわけじゃないからね。

「それではやはり、今の状況で贅沢をさせてもらうわけにもいきません。お金は自分で支払いますので、普通のホテルに宿泊させてください」
「……かしこまり、ました」

 がっくりとうなだれながらもベルナールさんは絞り出すようにそう答えたのだった。

◆◇◆

「なんか、ちょっと悪いことをしちゃいましたかねぇ?」

 町一番のホテルを紹介してもらった私たちは、その一室で旅の疲れを癒すべく思い思いに休んでいる。ただ、ベルナールさんがあまりにしょげた様子で自分のお屋敷へと帰っていったのが気になってクリスさんに話を振ってみた。

「いえ。フィーネ様がやりたくないことを我慢してなさる必要はございません。フィーネ様が仰るとおり、今の魔王には人間を滅ぼす意図はないのかもしれません。ですが、この先はどうなるかはわかりません。歴史を振り返れば、全ての魔王は必ず人間を滅ぼそうと魔物の軍勢を差し向けてきています。ですから、いずれは勇者を中心とした人間と魔王軍の戦いとなるでしょう。であれば、サマルカでやったような贅の限りを尽くした晩餐会やダンスパーティーといったものからは距離を取り、将来のための蓄えをするべきというというフィーネ様の姿勢は当然のことだと思います」
「……そうですね」

 私としてはベルードが瘴気による衝動を押さえきれなくなってしまい、どこの誰がなるのかはわからないが勇者によって倒されるようなことにはなってほしくはない。

 だが現実問題として魔物は暴れ回っており、そしてその魔物が暴れ回る元凶は人間が生み出したものなのだ。

 現在の魔王警報は準警報の段階だ。これがもう一つ進んだとき、魔王となったベルードは多くの瘴気を引き受けることになる。そしてその衝動を理性で抑えていられる間は、束の間の平和が作り出されるのだろう。

 では、その平和はいつまで続くのだろうか?

 ベルードもクリスさんの言うかつての魔王たちのように瘴気に呑まれ、その衝動の赴くままに暴れまわる存在と成り果てしまうのだろうか? それとも進化の秘術によってそれを防ぐことができるのだろうか?

 もしベルードが衝動に呑まれてしまった場合、私は勇者と共にベルードと戦うのだろうか?

 いや、でも平和を求めていたベルードを滅ぼすなんて……!

「フィーネ様?」
「あ、いえ……。すみません。私はどうしたらいいんだろうかって考えていたら難しくて」
「……フィーネ様は聖女でらっしゃいます。フィーネ様がいらっしゃること自体が、我々人類の希望なのです」
「……まあ、吸血鬼なんですけどね。あ、今は妖精吸血鬼でした」
「フィーネ様、それでもです。種族など関係ありません。フィーネ様は神によって聖女の職業を授けられたのですから」
「でも、私にはベルードのように世界の瘴気をなんとかしようなんてことはできませんから。それに、本当は魔物たちを殺したくないんです。魔物たちだってあんな風に暴れ回りたいわけじゃなくて、瘴気のせいであんな風になっているだけで!」
「フィーネ様……」
「瘴気さえなければ、魔物たちだって本当は優しい子たちなんです」

 クリスさんはそれを聞くと神妙な面持ちで押し黙ってしまった。

「フィーネ殿。魔物とは、瘴気の基となった衝動を解消するための存在なのでござろう? であればフィーネ殿の見た『大人しくて優しい魔物』が特別なだけで、他の魔物は違うのではござらんか?」
「え?」
「魔物が衝動を解消すると寿命を迎えるのであれば、魔物と衝動は本来セットなはずでござる。ということは、その『大人しくて優しい魔物』はベルード殿が代わりに衝動を引き受けていたおかげではござらんか?」

 な、なるほど。そうかもしれない。

「だから、魔物を退治することにうしろめたさを感じる必要はないでざるよ。フィーネ殿」
「そう、でしょうか?」
「そうでござるよ」
「……」

 そう言われると、なんだか少しだけ気持ちが軽くなった気がする。

「でも姉さま。ということは、魔物は瘴気がないと生まれないんですよね?」
「え? そういえばそういうことになりますね」
「じゃあ、人間がいなければ魔物は生まれないんじゃないですか?」
「っ!?」
「お、おい! ルミア!」

 ルーちゃんの指摘に私は息をのみ、クリスさんは慌てて声を荒らげた。

「でも、事実じゃないですか? 人間は自分たちの欲望のためにあたしたちエルフを捕まえて奴隷にするんですから。それに、姉さまと再会したときのあの村だって酷かったじゃないですか。ああいう奴らがいるから、世界は魔物だらけになるんですっ!」
「それは……」

 珍しく強く主張してくるルーちゃんにクリスさんはそのまま口ごもってしまった。

「ルーちゃんは、人間を滅ぼしたいんですか?」
「え? そんなわけないですよ。いい人間だってたくさんいますから。でも悪い人間もたくさんいるじゃないですか。そんな人間たちが魔物を生み出しているのに、自分たちのせいなのに罪悪感も感じずにのうのうと暮らしているのはおかしいって思うんです」
「ああ、それは……」

 瘴気を生み出す原因にもなっていそうな人たちに片っ端から神罰でも落とす神様がいれば少しは変わるのだろうか?

 いや、でも……。

「そのくらいにしておくでござる。今ここであれこれ悩んだところで、きっとまだ結論は何もだせないとおもうでござらんか?」

 そう、かもしれない。

「きっと、こういったことは詳しい人に相談してみるのがいいでござるよ」
「詳しい人?」
「フィーネ殿は精霊神様に会ったのではござらんか? きっと神であれば全て知っているはずでござるよ」
「……それもそうですね」

 たしか、精霊の島に来いって言っていたっけ。

「だから、今はゆっくり体を休めるでござる」
「はい」

 こうして私は考えることをやめ、そのままゴロンとベッドに横になったのだった。
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