勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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聖女の旅路

第十三章第41話 嵐龍王ヴァルセフィード

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「これは……エストレーベのほうじゃのう」
「エストレーベ?」
「うむ。エストレーベは天空山脈の最高峰じゃ」

 エロ仙人は私たちがここに来て以来初めてとなる真剣な表情をしている。

「そのエストレーベには何があるんですか?」
「……あそこの山頂には嵐龍王ヴァルセフィードが封印されておるのじゃ」
「えっ!? じゃあさっきの衝撃は……」
「うむ。おそらく封印が破られたのじゃろうな」
「そんな! じゃあ嵐龍王は!」
「すでに外に出ておるじゃろう」
「なら!」
「待つのじゃ!」

 私たちはすぐに現場へ向かおうとしたが、エロ仙人に止められた。

「無駄じゃ。ここからエストレーベの山頂までの道は険しい。いくらそこのお嬢ちゃんの力を借りても徒歩では三日はかかるじゃろう。それまでヴァルセフィードが留まっておるはずがない」
「じゃあ、このままここで何もせずに待っていろって言うんですか?」
「そうは言っておらん。嵐龍王は人間が多くいる場所を狙うはずじゃ。ならばこの近くで人の多い場所で待てばいずれ襲ってくるはずじゃ」
「!」

 なるほど。そういうことか。たしかに瘴気を貯め込んでいるのだから人間を襲いたくなるのは当然のことだ。

「じゃあ!」
「ちょっと待つでござる」
「え? シズクさん?」
「天空老師、どうしてあなたがそれを知っているでござるか?」

 うん? どういうこと?

「天空老師は長い間この庵から外に出ていないはずでござる。それなのになぜ封印から解き放たれた嵐龍王が人間を襲おうとすることを知っているでござるか?」
「む……」

 エロ仙人の目が泳いでいる。

「答えられないでござるか? ならば拙者が推測するに、天空老師は嵐龍王の、いや、四龍王の封印に関わっていたではござるな?」
「そ、それは……」
「そうでなければ説明がつかないでござるよ。天空老師は進化の秘術、いや、深淵の秘術を知っているのでござろう?」
「う、うむ。そうじゃな」
「しかしそれは魔族ですら完全には知らない知識でござる。であれば、当事者だった以外に考えられないでござるよ」
「ぐ、ぐぬぬ……」

 エロ仙人は完全に黙り込んでしまった。

 ドオオン! ドオオン! ドオオン!

 エストレーベのほうから何度となく衝撃と爆音が聞こえてくる。

「これは……」
「何者かが戦っているようじゃな」
「なら、加勢に行きましょう!」
「そうでござるな。天空老師、あとでしっかり話を聞かせてもらうでござるよ」
「う、ううむ?」

 天空老師の返事は煮え切らないが、再び衝撃音が鳴り響く。

「急ぎましょう」
「そうでござるな」

 こうして私たちはエストレーベへと向かうのだった。

◆◇◆

 祠の地下にやってきたベルードたちは、封印の中で眠る一対の翼を持つ緑の鱗の巨大な竜を発見した。

「こいつが嵐龍王か」
「そのようです」
「本当に封印を解くおつもりですか?」
「ああ、当然だ。龍核を手に入れるチャンスだからな」
「……かしこまりました」

 そう言うとヘルマンは一歩後ろに下がり、ベルードは嵐龍王の前に歩み出ると嵐龍王の鼻先に手をかざし、何かの呪文を唱えて魔法を発動した。すると黒いもやが嵐龍王の体に吸い込まれていく。

「ふん。炎龍王のときと同じだな。だが同じ手を二度はくらわん」

 すると嵐龍王の体から大量の黒い靄が噴き出し、ベルードの身に着けた天魔の首飾りに吸い込まれていく。

「GRYUAAAAAA!!!」

 嵐龍王は激しい雄たけびを上げた。そして次の瞬間、周囲の空気が一気に膨張して強烈な衝撃波が発生した。

「ぐっ! これは……」

 ベルードは瘴気を操って壁を作り、衝撃波をやり過ごした。しかし周囲を囲んでいた壁は跡形もなく吹き飛んでいる。

「GRWReeeeeeeee!!!」

 ベルードが無事なのを見た嵐龍王はすぐさま真っ黒なブレスを放った。

「ふん。これも前に見たぞ」

 ベルードは真っ黒なブレスを天魔の首飾りですべて吸収すると一気に距離を詰め、嵐龍王の翼を切り落とした。しかし嵐龍王の翼はすぐに再生してしまう。

「やはりそうか。だが瘴気を奪われてもそれが続けられるかな?」

 ベルードが何かの魔法を発動すると、嵐龍王の体から再び黒い靄が噴き出し、そしてそれは天魔の首飾りへ吸収される。

「GRYUAAAAAA!!!」

 嵐龍王は再び激しい雄たけびを上げ、強烈な衝撃波を発生させる。

「何度やろうと無駄だ!」

 ベルードは距離を詰め、再び嵐龍王を切りつけるのだった。

◆◇◆

 三日間にわたって激しい戦いが続き、エストレーベとその周囲の山々はことごとく崩れ落ちてすっかり地形が変わっていた。

 そんな崩落した山の中腹に嵐龍王が体を横たえており、その体に乗って上から剣を突き立てるベルードの姿があった。

「はぁはぁはぁ。さあ、貴様の貯め込んだ瘴気と龍核をいただくぞ」

 ベルードは剣に力を込め、嵐龍王の体を引き裂いた。傷口からは黒い靄が噴き出し、ベルードの持つ天魔の首飾りに吸い込まれていく。

 そのままベルードは嵐龍王の体を切り裂いていき、体内からくすんだ緑色の小さな宝石を取り出した。その周囲には黒い靄がまとわりついている。

「これが奴の龍核か」
「ベルード様、やりましたな」
「ああ」

 ベルードは龍核を天魔の首飾りに近づけた。すると嵐龍王の龍核は天魔の首飾りに吸い込まれるようにして消えていった。

「ぐ……なんという量の瘴気……」

 ベルードは苦しそうに顔をしかめた。それと同時にベルードの体から黒い靄が噴出する。

「くっ……俺は、負けん!」

 ベルードは何かの魔法を発動し、黒い靄はすべて天魔の首飾りに吸い込まれた。

「ベルード様、早く城に戻り、聖女の種に吸わせましょう」
「……ああ、そうだな。ぐっ……」
「ベルード様、私めが一部の瘴気を引き受けましょう。このままでは……」

 ベルードは苦し気な表情でヘルマンの目をじっと見つめる。

「……分かった。持っていけ」
「はっ」

 ベルードの体から瘴気の塊が現れ、ヘルマンはそれを体に受け入れた。

「ぐっ……嵐龍王の瘴気がこれほどとは……」
「ヘルマン、行くぞ」
「ははっ」

 ベルードたちはふわりと宙に浮かび上がると、そのままどこかへと飛び去るのだった。
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