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第二章

第二章第42話 デート?

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 フラウがデートなどと爆弾発言を残してどこかへ行ったあと、俺たちは無言でパンケーキを平らげて喫茶店を出た。

 そして微妙な距離を保ったまま無言で目抜き通りを歩いている。

 なんというか、気まずい。

 エレナもきっとそんなようなことをフラウに言われたのだろうし、俺も言われてみると何となく気になってしまって気恥ずかしくなってしまう。

 中身は別として見た目だけは美少女なエレナが隣を歩いていると思うとそれはそれで悪い気はしない。しないのだが、やはり今までのこともあり素直に喜ぶということはどうしてもできそうにない。

 それにそもそもだ。エレナは俺に「召使いになれ」なんて言ってくるぐらいなのだ。俺のことを好きなんてことがあるはずもない。

 あと最近でこそ殴られてはいないものの、いつそれが変わってまた理不尽に殴られるか分かったものではない。

 だからこのままさらっと別れて宿に帰ったほうが……いや、それはそれでフラウにもいろいろ言われそうだしな。

 何か話すか。このまま無言というのもどうにも気まずいし、何か会話の糸口を探さなければ。

 そう思って俺がエレナのほうを見ると、エレナも同じタイミングで俺のほうを向いた。

「な、何よ……」
「い、いや、その……」
「……」
「……」

 それからまた俺たちの間に沈黙が流れた。

 そして気が付くと、俺たちはいつの間にか昔住んでいた地域に歩いてきていた
 
「ねぇ」
「ん?」
「あんた。よくここでフリオに絡まれてたわよね?」

 そう言われて気が付いたが、ここはたしかにフリオが俺に意味不明なことを言って絡んでくるときによく連れてこられた空き地だ。この空き地は俺たちが小さいころからずっと空き地で、今もそのままに残っている。

「ああ。そうだな。そのあとは大抵エレナがやって来てフリオを殴り倒してたよな」
「そうよ! 当然じゃない」
「それでその後何故か俺まで殴ってたよな……」
「う……」

 エレナはそのまま気まずそうに下を向く。

「な、何よ。もう。謝ったじゃない」
「ああ、そうだな……」

 何となく俺は空き地の中に足を踏み入れる。

 ああ、そうだった。たしか向かいの建物の壁に俺は胸倉を掴まれて押し付けられていたんだよな。

 嫌な思い出がよみがえるが、そのフリオは悪魔の誘いに乗って意識不明だと聞いている。

 それに、フリオも大抵はそのあとエレナに吹っ飛ばされて叩きつけられるんだったよな。

 あれ? そもそもどうして俺はフリオに絡まれた後、エレナに殴られたんだっけ?

「ディーノったら、あんなに弱っちかったのにね」

 エレナは懐かしそうにそう言うと俺の後に続いて空き地の中に入ってくる。

「この辺りだったわよね。ディーノが一回だけフリオたちに逆らって殴ったのって」

 空き地に面した建物の壁を触りながらエレナがそう呟いた。

「よく覚えてるな。でもたしか、結局ボコボコにされたんだよな」
「そうだったわね」

 エレナはそう言って数歩移動する。ジャリ、ジャリ、と空き地に転がった小石やレンガの破片が踏みしめられて音を鳴らす。

「でも、ディーノはそれから抵抗をやめちゃったもの」
「……勝てない相手に喧嘩しても、意味ないじゃないか」

 俺の答えにエレナはやや呆れたような、諦めたような表情を浮かべる。

「だからあたしもイライラしちゃったのよね。あんなに弱っちいフリオなんかに負けてヘコヘコしてるなんて、って」
「え? どうしてエレナがそこでイライラするんだ?」
「え!? えっと、それは……」

 エレナはそこで口ごもるとプイとそっぽを向いてしまった。

 んん? どういうことだ? 俺が負けようがフリオに何かされないようにのらりくらりと逃げて回っていようが、エレナには関係ないじゃないか。

 召使いが弱いと自分の名誉が傷つくとか、そんな感じか?

「ともかく! あたしはディーノがあんな弱っちいやつに負けるなんて許せなかったのよ! それなのにディーノはあたしと修行するのだって嫌がるし」
「いやいや。エレナはあの頃から別格だったし、フリオだって結局『戦士』のギフトを授かったんだ。小さいころからギフトの影響が少しはあったってことだろ? 最初から勝てるわけないじゃないか」
「それでも、あんたはフリオに勝ったんでしょ? だったら関係ないじゃない」
「いや、それはそうだがあれはトーニャちゃんのおかげだったし……」
「そういえばそれよ! あんた、あのオカマと修行したんでしょ? 何であのオカマなのよ!」

 あれ? 怒っている? 今のどこに怒らせる要素があったんだ?

「あのオカマと修行するくらいならなんで断ったのよ! あたしと一緒に学園に来れば良かったじゃない!」
「え? だって、俺は学園に来いなんて言われてないぞ?」
「言ったわよ!」
「え? あ、もしかして召使いの話か? 召使いは生徒じゃないんだから学園に通えるわけないだろ?」
「通えるわよ! 学園には召使いと一緒に通っている人だっていっぱいいるの! だから召使いにしてあげるって言ったのに!」
「え? は?」
「それなのにあんた、断ったじゃない!」
「いや、だって……」

 そんなこと、知るわけないじゃないか。

「でもあのオカマとは修行して、フリオに勝ったんでしょ? どうして修行する気になったのよ?」
「いや、修行は悪魔のことがあって俺の装備が必要って話になってさ」
「え? 悪魔? 何それ?」
「なんか、俺の装備は俺しか装備できないらしくてさ。それで俺が修行してトーニャちゃんと一緒に戦うっていうことになったんだ」
「え? ちょっと! 何よそれ! 悪魔なんて話、あたしは聞いてないわよ?」
「あ、そうか。ごめん。実はな――」

 俺はエレナにフリオが悪魔に魂を売ったこと、町中で大暴れして迷宮に細工をしたらしいこと、そして迷宮の奥深くでトーニャちゃんとほぼ相討ちになって俺がトドメをさしたこと、フリオは生きてはいるが目を覚ましていないことを説明した。

「そう。あたしのいない間にそんなことがあったのね」

 エレナはそう呟くとしばらく沈黙する。

「じゃあ、なおさら迷宮を何とかしなきゃダメね」
「ああ。そうだな」
「それなら、そろそろ帰りましょ。明日からまた迷宮だもの。見てなさい! あたしがいる間に迷宮なんて潰してあげるわ」

 そう言ってくるりと回るとエレナの長い髪がふわりとたなびき、そこに陽が当たってキラキラと美しく輝く。

 俺は思わずその姿に見とれてしまった。

「な、何よ」
「あ、いや。きれいだなって……あ」

 俺は口に出してすぐに自分の失言を後悔した。大抵の場合、エレナは容姿を褒めると何故か拳が飛んでくるのだ。

 俺は衝撃に備えて歯を食いしばるが、拳は一向に飛んでこない。

 あ、あれ? どうして無事なんだ?

 俺が目を開けるとエレナは後ろを向いてふるふると小刻みに震えている。

 え? あれは、何をしているんだ? まさか殴るために力を貯めている? いや、殴りたいのを必死に堪えているのかもしれない。

 よし。せっかく帰る流れになってるんだからこのままうまくやれば……。

「エレナ?」
「ひゃぅっ! な、な、な、なによ!」
「ほら、帰ろう。突然変なこと言って悪かったよ」
「……(変じゃ、ないわよ)」

 エレナが何かをぼそりと呟いたようだが、とりあえず殴られることはなさそうだ。

 なぜか耳まで真っ赤になっているが……。

 こうしてピンチを上手く乗り切った俺はそのまま宿へと向かったのだった。

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次回更新は通常通り、2021/04/28 (水) 21:00 を予定しております。
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