31 / 60
31.
しおりを挟む「キース様、少しお聞きしたい事がありまして」
「俺で分かる事なら何なりと」
「ジル様のお母様は刺繍が得意だったとお聞きしました。ですが何も残ってないとジル様が言っていました。何も残っていないなんておかしいと思いまして。確かに汚れたら捨てられてもおかしくは無いのですが」
「俺もその辺りの事は覚えてないんだよね。伯母さんが亡くなったのも幼い頃だったし」
「そうですか」
「イザークなら知ってるかも。もしくはベンなら知ってるかもしれないな。イザークもベンも代々辺境伯に仕えているから」
「分かりました。一度イザークとベンにお聞きしてみます」
「急にどうしたの」
「刺繍がお好きな方なら夫や子供が使う物に刺繍をしていると思ったからです。それとどんな刺繍を刺す方なのか知りたいと思ったのが本音です」
「そういう事ね」
「今からイザークの所に行きたいのですが良いですか?」
「俺は王女様の護衛だから何なりと」
私はイザークを探し、
「イザーク、今少し良いかしら」
「はい、アリシアお嬢様どうされました」
「ジル様のお母様が残した刺繍本なり刺繍した物なり残っていないかしら」
自分が刺繍した物を絵で残す方もいます。デザイン案を書く方もいます。それに図鑑などを見て刺す方もいます。図鑑だと印を付けているかもと。私は図鑑に印を付けていました。次に開く時に便利だから。
「奥様の物ですか…。宝石は金庫に入っていますが、ドレスは寄付したと覚えがあります。その頃は父が前辺境伯様に仕えていた時期ですので」
「そう…」
「もしかしたら…保管庫にあるかもしれません」
「保管庫?」
「奥様が亡くなられてジルベーク様が少し…」
「お母様が亡くなったのが幼い頃なら母親を恋しがったのかしら」
「はい、そのとおりです。国境から戻られた前辺境伯様が奥様の物を片付けた記憶があります。前辺境伯様は度々保管庫へ行かれていたので、もしかしたら…」
「保管庫は私も入れるの?」
「はい、数ヶ月後には辺境伯夫人になる方なのでジルベーク様の許可が無くても大丈夫です」
「それなら案内してもらっても良いかしら」
イザークの後について行き、保管庫の鍵を開けて中に入った。
「これは…」
お母様の姿絵が何枚もあり、お母様の刺繍の作品が飾ってあった。
「手に取っても良い?」
「どうぞ」
日記帳や刺繍のデザイン案のノートも置いてあり、私はデザイン案のノートを手に取った。
パラパラとめくり、デザイン案を見る。
きっと庭に咲いてる花か花束でもらったのかしら。色々な花の絵が描いてあった。
そして…
産着に刺繍が刺してあった。
「これはジル様が着ていたのね。小さい」
「赤子の時だからね」
「ふふっ、お母様はとてもジル様を愛してらしたのね。温もりを感じる刺繍だわ。それに肌に直接ふれない所に刺繍が刺してある。
イザーク、ジル様はこの保管庫に入った事がないの?」
「前辺境伯様が保管庫には入るなと言っていたので私も初めて入ります。父からもこの保管庫は前辺境伯様の私室と同様だと言われ許可なく入らないようにと言われました」
「まあ、そんな所に私が入っても良かったのかしら」
「伯父さんもイザークの父親ももういないんだし保管庫の中を確認しただけだ。もしかしたらお宝が眠っているかもしれないしね」
「お宝がたくさん眠っていました」
「確認して良かっただろ?」
「はい。それにしてもお父様はお母様を愛してらしたのね」
「仲の良い夫婦だったって俺の親父が言ってたな。兄上のあんな姿は見たくなかった、あれじゃあ辺境伯としての威厳も何もないって」
「ジル様がお母様を恋しがったのも一つの理由だと思うけど、きっとお父様はお母様を独占したかったのかもしれませんね」
「そうだろうな」
「ジル様はこの保管庫を見るべきだわ。お母様の愛情を感じられるもの。それにお母様の記憶がないなんて悲しすぎるわ。お母様の姿絵や刺繍で思い出してくれれば良いけど…」
「伯母さんの笑顔は俺も薄っすら覚えているよ。この姿絵の伯母さんのようにね」
キース様が持った姿絵のお母様は本当に笑顔が素敵な女性です。それに笑った顔はジル様に似ているわ。
私は刺繍が刺してある作品を一枚づつ手に取り、
「このデザインノートをお借りしても良いのかしら」
「良いんじゃない」
「絵を写したらお返しします」
「そのまま王女様が持っていて良いと思うよ。伯母さんもその方が喜ぶと思う」
「そうでしょうか」
「ほら、嫁に代々引き継ぐ物ってどこの家にもあるだろ?指輪だったり」
「はい」
「これは伯母さんからジルのお嫁さんに代々引き継ぐ物かもよ?」
「そうだと良いのですが。お母様の大切な物を私も大切にしたいです。
お母様、私が大切に引き継がせてもらいますね」
お母様の姿絵に私は話しかけた。
98
あなたにおすすめの小説
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
女性として見れない私は、もう不要な様です〜俺の事は忘れて幸せになって欲しい。と言われたのでそうする事にした結果〜
流雲青人
恋愛
子爵令嬢のプレセアは目の前に広がる光景に静かに涙を零した。
偶然にも居合わせてしまったのだ。
学園の裏庭で、婚約者がプレセアの友人へと告白している場面に。
そして後日、婚約者に呼び出され告げられた。
「君を女性として見ることが出来ない」
幼馴染であり、共に過ごして来た時間はとても長い。
その中でどうやら彼はプレセアを友人以上として見れなくなってしまったらしい。
「俺の事は忘れて幸せになって欲しい。君は幸せになるべき人だから」
大切な二人だからこそ、清く身を引いて、大好きな人と友人の恋を応援したい。
そう思っている筈なのに、恋心がその気持ちを邪魔してきて...。
※
ゆるふわ設定です。
完結しました。
愛する旦那様が妻(わたし)の嫁ぎ先を探しています。でも、離縁なんてしてあげません。
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
【清い関係のまま結婚して十年……彼は私を別の男へと引き渡す】
幼い頃、大国の国王へ献上品として連れて来られリゼット。だが余りに幼く扱いに困った国王は末の弟のクロヴィスに下賜した。その為、王弟クロヴィスと結婚をする事になったリゼット。歳の差が9歳とあり、旦那のクロヴィスとは夫婦と言うよりは歳の離れた仲の良い兄妹の様に過ごして来た。
そんな中、結婚から10年が経ちリゼットが15歳という結婚適齢期に差し掛かると、クロヴィスはリゼットの嫁ぎ先を探し始めた。すると社交界は、その噂で持ちきりとなり必然的にリゼットの耳にも入る事となった。噂を聞いたリゼットはショックを受ける。
クロヴィスはリゼットの幸せの為だと話すが、リゼットは大好きなクロヴィスと離れたくなくて……。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
誰にも言えないあなたへ
天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。
マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。
年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる