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ジークの使命
しおりを挟むリックが少年を捕まえ戻ってきた。
少年は私を睨む。
「卑怯だぞ。それにこのおっさん笑いやがった」
「ああ、それは馬鹿にして笑ったのではないわ。ちょっとこの人変な人なの。言うなれば獲物を狙う獣?狩りを楽しむ狩人?」
「そんな奴に適うわけないだろ」
「それは当たり前よ、リックに適う人はいないもの」
『俺のおっさんは無視かよ。俺の方が旦那より若いんだけどな』そうリックはぶつぶつ言っているけど、今はとりあえず無視しましょう。
「逃げる貴方が悪いわ。何か文句があるなら逃げずに言いなさい。
貴方のお母さんはここに残ると言っているけど、貴方はバーチェル国へ帰りたいの?」
「俺は父ちゃんに母ちゃんと弟を頼まれたんだ。二人を頼むぞって、二人を守ってくれって、だから俺は母ちゃんと弟を守らないといけない。母ちゃんと弟が居る所が俺の居る場所だ」
「私は貴方の気持ちを聞いたのよ?お母さんや弟さんをお父さんは貴方に託した。でもそれはお父さんの気持ち。私は貴方自身の気持ちを知りたいの。お父さんの気持ちやお母さんの意志、弟さんを抜きにして貴方はどうしたいの?」
「そんなの分かんないよ。5年も二人を守ってきたんだ、今更二人を抜きにしろって言われても俺には分かんないよ」
「貴方名前は?」
「ジーク」
「ジークは今何歳?」
「12歳」
5年前という事は7歳、7歳の子に母親と幼い弟を背負わせた。5年も二人を守ってきたなら今更二人を抜きには考えられないわね。
私は母親の前に立った。
「貴女の強い意志は私にも伝わったわ。
でも、貴女は母親でしょう?まず第一に考えるのは子供達の気持ちではないの?確かに私にはまだ子供はいない。親の都合で子供が振り回されるのも知ってるわ。貴女は大人だから自分の意志で選択できる。でも彼等はまだ子供で親の意志で選択させられる。親は子供の為に良かれと思って選択をしたとしても、子供自身の気持ちはどうなのかしら。
子供達の意志を貴女は聞いた?」
彼女のここに残りたいという強い意志は私にも伝わった。でもどうしてもジークがここに残りたいと思っているとは思えない。お母さんと弟がここに残るから自分も残った。ジークにとって二人を守るのが使命だから。
「それに、ジークだけお爺さんの家に行きなさいなんて、そんな残酷な事を言わないで。貴女はそんなつもりはなくてももう貴方はいらない子、そう言われているように思えるわ。捨てたつもりはなくても捨てられた、そうとも思えるわ。ジークにそんな悲しい思いはしてほしくないの。
確かに今のジークがこのままここで暮らすのは厳しいのかもしれない。きっといつかジークは浮いてしまう。それは私も危惧しているわ。だからこそジークだけお爺さんに預けるのではなくて、ジークの気持ちに寄り添ってほしいと思っているの。ジークはまだ親に守られる子供なのだから」
トンと私の肩にリーストファー様の手が乗った。リーストファー様は『これ以上責めるな』と顔を横に振っている。
私も母親を責めたいわけではない。ただジークの気持ちも考えてほしいだけ。
「もし貴女達がバーチェル国へ帰りたいと選択をしたのなら、私達は全力でその手配をするわ」
騎士の妻の彼女なら今の状況を把握している。帰りたいと言ってすぐに帰れるわけではないと。辺境の国境の門をくぐるだけなら簡単なのに今はそれすら両国の王の許可が必要。エーネ国王へ私達から許可を願い出て、エーネ国王はバーチェル国王へそれを願い出る。バーチェル国王が許可し初めて国境の門をくぐる事ができる。
ただ『許可します』だけならいい。そこに許可する代わりに要求が加わる。お金なのか流通なのか、今度はバーチェル国が有利になる交渉を得る。
それでも戻ると決めたのなら、私達は何度も頭を下げよう。お金が要求されたのなら支払おう。かき集めて、それでも足りないのなら土下座してでも貸してくださいと頼もう。
私達はそのためにいるのだから。
「貴女の言いたい事は分かります。それでも私はここからあの家から離れる事はできないんです。
確かに夫はあの戦で戦死したと聞かされました。それでも、夫の亡骸はかえってこない、夫の剣も、形見も、何もかもかえってこないのにどうしてここを離れられるんですか。もしかしたらどこかで生きていていつか帰ってくるかもしれません。その時私達が居なければ夫はどこに帰ってくるんです。
戦では亡骸は捨て置くと聞きました。それでも辺境には大勢の亡骸があり、大勢の人達は例え亡骸だとしても家族のもとにかえっていきました。そこに夫の亡骸はどこにもなかった…。例え亡骸がなくても形見を渡された人もいます。どうして夫だけ何もないんです。
なら今も生きていると思う事がそんなに悪い事ですか?ここで夫のかえりを待つ事がそんなにいけない事ですか?
ジークの気持ちに寄り添えと言うのなら、夫の亡骸を、剣を、形見を、私に返してください」
泣きそうな顔はしているものの、決して涙は見せず気丈に立って私を見つめている。
戦死したと頭では分かっている。亡骸が手元に戻らない事も。それでも仲間が形見を持ち帰る。それでも何もない場合はある。その仲間も亡くなれば誰かの形見はそこで途絶えてしまう。家族の元に返してあげたい、その思いは家族には届かない。
戦死したと頭では分かってはいても、何も戻らなければそれを確かめる術はなく、僅かな希望を持とうとする。
もしかして生きているのでは、と。
形見を見て、初めて心で認める。
夫は戦死した、と…。
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