私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ

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「ですが…、私はここまで落ちました。今更この先なんて…」

「そういう所だぞ?どうせ自分は娼婦だからではなくあんた達馬鹿な男を虜にする娼婦なんだ、てな。

娼婦も立派な仕事だ、胸を張れ。

それに目の前にいるだろ。お前に虜になった馬鹿な男がここに、だろ?」

「ふふっ、ガラン様が?」

「あぁ、今までの俺は娼館に来る時は欲を吐き出すだけだった。欲を吐き出せれば女なら誰でも良かった。

初めてなんだぞ?こんなに一人の女の元に通って何もしないで過ごす事なんて今までなかった。ハンナといると楽になれる。

将軍なんて重いもの背負うとな、時々放り投げて逃げ出したくなる。けどな、将軍を俺に授けた国王の気持ちを考えると逃げ出す事もできない。

だからハンナと過ごすこの部屋は俺の安息の地なんだ」


穏やかな顔で笑うガラン様を見ていると私も穏やかな気持ちになる。さっきまで私の心はぐちゃぐちゃだった。

お母様やフェイン、ワンスさんを思い出すとどうしても怒りや悲しみが占める。それに憎しみも。

私も分かっているの。誰とも関わらず生きるって孤独。何もない部屋に一人でポツンと閉じ込められているよう。

生きていれば誰かしらと関わる。ここでの暮らしでもマダムや姉さん達、それにお客さん。勿論ガラン様とも。

誰かにマダムや姉さん達が信じられる人かと聞かれたら信じられる人だと答える。それは一緒に過ごして言葉で態度で伝わっているから。

この人達は裏切らないと。

でももしかして、と思ってしまう。どうして裏切らないと言い切れるの?明日には私を裏切るかもしれない。

ガラン様だって今は私の元に通ってくれる。でも今後は違う娼館の娼婦を気に入るかもしれない。ガラン様は選ぶ方の人だもの。私はたまたま選ばれただけ。明日には違う娼婦の元に通うかもしれない。

だから怖いの…

人を信じるって、とても怖いの…

でもね、人を疑いながら生きるのはもっと辛い。

こんなにお世話になってる人達を疑うなんて私の方が裏切ってる気持ちになる。

裏切られるのが嫌だと思ってる私が皆を裏切ってると思うの。


どうしたらいいのか、もう私には分からない…


「ハンナ、俺を信じて俺に全て話してみろ」


ガラン様を見つめると力強いガラン様の瞳から嘘を言っていないのが伝わった。

それに私と真剣に向き合おうとしている事も。


私はぽつぽつとお父様の事から話しだした。侯爵家を追い出され平民になった事。お母様やフェイン、ワンスさんの事。

愛されていたと思っていたのに愛されてはいなかったと。愛してほしかったと。

皆に捨てられて裏切られてここに来たと。


そしてガラン様は話しながら涙を流してる私を抱きしめた。


「俺がお前を過去から解放してやる。こんな鎖なんか付けてるからお前は過去に捕らわれたままなんだ。今を生きろ」


ガラン様は私のネックレスを剣で切った。

私の首から落ちるネックレス

重い鎖を下ろした気分だった。過去の思いが執念がこもったこの鎖を下ろす事が自分では出来なかった。でも誰かに背中を押してほしかったのかもしれない。

過去の縁を誰かに切ってほしかったのかもしれない。

あれだけ辛い思いをしてきたのに、裏切られて捨てられたのに、それでも心のどこかで縁を繋ぎ止めていたかった。

そうじゃないと今までの私が報われないから。何のために我慢してきたのか、我儘一つ言わないで文句一つ言わないで耐えてきたのか、

私は愛されていた

そう思いたかったから。

でも私が愛されていたと思っていた人達の愛はとても軽いものだった。私の代わりが直ぐに見つかるようなとても軽いものだった。


切れたネックレスを手のひらに乗せる。


「こんなに軽いものだったのね…」


重いと思っていたネックレス。その重さは私の執念。愛されていたと願う私の執念の重さ。

私は私を裏切り捨てた人達が離さないと私を捕らえていた執念の重さだと思っていた。でもその人達の思いはこんなに軽いものだった。


「ハンナ、いつまでも貰えなかった過去の愛にしがみついてどうする。お前はこれから先得られるであろう愛を手放すつもりか?

過去の者達は捨てろ。お前は捨てられたんじゃない。お前が捨てるんだ。

過去の者達の行いを許さなくていい。それでもいつかは過去と決別をしないといけない。過去に縛られたままでは周りがよく見えないぞ。周りをよく見たらお前に手を差し伸べる人達がいる。お前を認めてくれる人達がいる。お前の幸せを願う人達がいる。

それに気付かず生きるか気付いて生きるか、お前はどっちがいい」


過去の人達が私にした仕打ちを忘れる事はできない。でも過去の人達にいつまでも縛られていたらいつまでも繋がっている事になる。

許すつもりはない。でも今後関わるつもりもない。

過去と決別しよう

私が今後繋がりたいと願う人達はマダムや姉さん達、それにガラン様だから。


「さっきの話だと旦那の借金はいくら残っているんだ?」

「いくらでしょう、分かりません。もしかしたら増え続けているかもしれませんし」

「お前の借金はもう返したのか?」

「多分ですが」


あのワンスさんが賭博から抜け出せるとは思えない。ワンスさんは言った、私を死んだ事にすると。自国では死んだ事になってもこの国で私は生きている。

それに裏世界にはこんな事暗黙の了解だと思う。貸したお金を回収できれば誰が返そうが構わない。ある意味ワンスさんはお得意様だから。


「そうか、」



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