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おまけ エリーナ視点 ③
しおりを挟む「エリーナ出掛けよう」
アランは度々侯爵家へ来ては私を外に連れ出そうとする。
「今は領地から届いた報告書を読んでいるから無理です」
侯爵家の跡継ぎとして少しづつお父様の手伝いをしている。
「エリーナは俺が誘わないと針とペンしか持たないだろ。ほらほら今日はペンを置いて出掛けよう」
先日はお母様と刺繍を刺している時に突然来てお母様は私とアランのやり取りを微笑んで見ていた。『あらあら子供は元気に外で遊ぶものよ』思わずお母様に『私は幼い子供ではありません』と言ったくらいよ。幼い子供なら外で遊ぶかもしれないけど私はもう成人した女性、外で元気に遊ぶ年じゃないもの。『でも私の子供だわ』お母様の笑顔にその日は渋々刺繍をやめて出掛けたわ。
「もうアラン、毎回強引よ」
思わず大きな声になったのは仕方がないと思う。
「強引にしないとエリーナはどこにも出掛けないだろ」
「覚えなきゃいけない事が沢山あるの」
「エリーナなら一度聞けば覚えるさ。後は応用するだけ、ほら簡単」
「アラン!」
私はアランをキッと睨んだ。アランはにこにこと笑っている。
「ふっ」
「笑ったな」
「アランの顔を見ていると本当に簡単に思えてくるから不思議よ」
「だろ?さぁ出掛けよう。今日は美味しいケーキはいかがでしょうか、エリーナお嬢様」
「婚約もしていない男女が一緒に居たら何か言われるわ」
「この国では婚約していない男女が二人で食事をしていても何も言わないよ。婚姻していて身内や伴侶以外の異性と二人きりで食事をしていたら言われるけどね。この国は寛容なんだ、ハーベルト国とは違う」
「そうね、婚約していてもしていなくても年頃の男女が一緒に居たら直ぐに噂になるわ。学園でも同じクラスの中で令息と令嬢と分かれていたくらいだもの。仲良く話すのは婚約者くらい。異性の幼馴染みとも話すけどそれだって誰かしら幼馴染みって知っていて噂にはならないわ。後は大勢で話したり誰が見ても勉強を教わっているって分かる時くらいよ」
「この国は女性でも跡継ぎになれるし働く事も出来る。王だけ女性を許して他を許さないなんてそれは矛盾してるだろ」
「そうね、それは矛盾してるわ」
「元々婚約自体にあまり重きを置いていない。婚姻には厳しいけどね。女性も働ける以上女性の選択も守られるべきだ。婚姻しないのも一つの選択でそれを認める。自分の幸せは自分で見つける、男とか女とか関係なく親に意思を伝える事は悪い事じゃない」
「そうね、この国は養子養女にも寛容だもの」
「どうしても跡継ぎは必要だからね」
婚約には重きを置いていないけど婚姻には厳しい。不貞は特に。慰謝料は勿論、貴族から白い目で見られ、社交の場から追放とまではいかなくても肩身が狭くなる。
私の噂話も誰かの離縁の話しに変わりあっという間に無くなった。
私はアランと一緒にケーキを食べに行く準備をする。馬車の前で待つアランの手を借り馬車に乗り込みアランは私の横に座る。馬車酔いするからって言うけどハーベルト国からウィングル国へ来る馬車の中では私の向かいにジョーンズと一緒に座っていたはずなんだけど?嬉しそうに笑うアランの顔を見ていたら何も言えなくなるのよね。
アランは私をよく外に連れ出す。王都を見て回ったり観劇を楽しんだり、アランが作ったサンドイッチを持参してきて侯爵家の庭で敷物を敷いて食べたり、美味しいハーブティーを見つけたとハーブティー屋へ行ったり、今日も今からケーキを食べに行く。私には初めての経験。
ハーベルト国では公爵家と王宮か孤児院や乳児院、学園にしか行っていない。お茶も王宮の庭園、王都は馬車で通るだけ。街の話は令嬢の誰かが話しているのを耳にしただけだった。
本当は私も羨ましいと思っていた事を思いだし、ハーベルト国では出来なかった事を今この国で満喫している。ただ眺めるだけに入る雑貨屋や香水店、勿論気に入った物があれば購入するけど、それでもあてもなく歩く事がこんなに楽しいとは知らなかった。
強引に誘ってくれるアランには感謝しているの。私が外に出掛けないのは事実だし、サリサとのお茶会も月に一度。社交のお茶会もこの国では友人達だけで定期的に集まり話しをするだけ。ただどうしても断れないお茶会はある。お母様曰く『断る方が面倒だから』らしい。
この国も商会から服や小物、紙やインク、家で使う物のほとんどを商人に頼む。それでも街へ出て気に入った物があれば購入する。自分が気に入れば安価だろうと気にしない。街は他国の物も置かれていて活気に溢れている。それに貴族だろうと気軽に街へ行く人達が多い。
ハーベルト国も安全な国だった。街には絶えず騎士達が巡回している。それでも街へ行く時は必ず護衛騎士が付いていた。
この国の貴族は街へ行く時でも護衛騎士が絶えず付く事はない。それだけ安全な国なんだと思う。それでもどの国にも闇の部分はある。それはこの国も例外ではない。アラン曰く『裏社会は必要なんだ。本当の情報は裏社会でしか流れない。一定の距離を保てば害はないしね。それに上手く付き合えば案外悪事は働くけど悪意はないんだよ』でもそれって上手く付き合えなければ悪意があるって事よね?
「最近エリーナも笑うようになったよな」
「そう?」
確かにこの国へ来てから笑うようになったかもしれない。お父様もお母様もいつもにこにこしている。声を出して笑う時だってある。『可愛い娘が目の前にいたら自然と笑みが出るもんだ。それに面白いと思ったら思わず声を出して笑うだろ』お母様はうんうんと頷いていた。
それにアランもいつも嬉しそうに笑って私を見る。呆れた顔をして笑う時もあるけどそれでも相手が笑顔だと自然と私まで笑顔になってしまう。
殿下の時のように相手が貼り付けた笑顔だと私も貼り付けた笑顔を返していた。表面上だけ取り繕う婚約者はそれで良かったから。貼り付けた笑顔でお互い笑っていたら仲が良いと錯覚する。
他人は自分を映す鏡、笑顔には笑顔が返り余所余所しい態度には余所余所しい態度が返ってくる。私は嫌われたくないばかりに他人行儀に接しすぎていた。
今になって気付く事が多い。
ケーキを食べ侯爵家まで歩いて帰る。この食堂は安くて美味しいとかこのパン屋の何々が一推しだとか、街を抜けると貴族の邸が建ち並ぶ。ここは誰々の邸で口煩いけど良い人だとかここの夫人は話し好きで話し出すと止まらないとか、何気ない会話をしながら歩くとあっという間に邸に着いていた。
時間があっという間過ぎるってこういう事を言うのね。1日を長く感じるか短く感じるかはその人の気持ち次第。その1日をどう生きるかもその人次第。
楽しい事ばかりではなかった。辛い事悲しい事もそれなりにあった。それでもハーベルト国で最後に見た一番星を希望の光だと思ったようにこの国へ来て楽しい毎日を送りたいと思った。
「ありがとうアラン、今日も楽しかったわ。それに新しい発見も出来たし」
「今度はあの食堂へ行こう」
「ええ、それも楽しみにしてるわ」
手を振って帰るアランを見送り私も手を振る。何度も振り返り大きく手を振るアランに私も遠くにいるアランに見えるように大きく手を振る。『エリーナまたね』『またねアラン』相手に聞こえるように大きな声を出す。そうすると自然と一人でも笑っている。
私はこの国へ来て良かった。街をゆっくり見て歩く事もこうして大きく手を振る事も大声を出す事も、自然と笑みがこぼれたり声を出して笑ったり怒ったり、皆の手本にならなくても良いし行動を制限される事もない。今までも不自由だとは思わなかったけど今は自由に過ごしてる。
私は毎日笑って毎日楽しく過ごしてる。
「ほらアラン君と出掛けて良かったでしょ」
「それは楽しかったけど…、でも今日はお父様の手伝いをしたかったの」
「オスカーも私もまだまだ若いつもりよ。エリーナの気持ちは勿論嬉しいわ。でも19歳の貴女は今しかないの。私達は19歳の貴女を家に縛る事はしたくないわ。誰かと出掛け誰かと話し色々な事を経験してほしいの」
この国で19歳の誕生日を迎えた日、お父様とお母様は盛大に祝ってくれた。実のお父様とお母様からも誕生日の贈り物と手紙が届いた。お兄様からも誕生日の贈り物が届いた。
贈り物も手紙も勿論とても嬉しかった。でも侯爵家皆で祝ってくれた誕生会を私はいつまでも忘れない。
メイド達は歌を歌ってくれ、騎士や男性の使用人達は芝居。女装までしてあんなに楽しかった誕生日は初めてだった。お父様とお母様と3人で声を出して笑ったわ。
「ふふ、今思い出しても笑えるわ」
「なぁにエリーナ、急に笑いだして」
「だってお母様、あの執事のブルーノの女装を思い出したら…」
「「ぷっ」」
私とお母様は見つめ合い笑いあった。
「そうね、ブルーノは厳しいものね。でもその内には優しさやお茶目さもあるの。恥ずかしがらずに堂々と演じられるのはブルーノだけよ。何事にも手を抜かない所は見習うべき手本だと思うわ。でもブルーノの弱点を知りたいと思うのは私だけかしら」
「私もよ、お母様」
ですますを使っていた私に『堅い堅い、エリーナは堅すぎるわ。親子なんだからもっと気さくでいいの。使い分ける事は必要だけどエリーナなら自然と出来るでしょ。それに家は寛ぐ所よ。安らぎ心を休める場所なの』気さくに話すだけで距離が縮まった気になってくる。相手の内に一歩中に入るような。
家族や使用人、親しい人はこれまでもいた。でも親しい友人はいなかった。この国へ来て私の人生で初めて出来た友人はサリサ。そして友人はこれから増える。
詰め込んだ知識では得られないものは人の心。隠した心に返ってくるのは隠された心。一線を引いた心に返ってくるのは一線を引かれた心。
私にも心があると言っていた。アランのように気付く人ばかりじゃない。私は自分の心の声にすら耳を貸さず押え込み、結果爆発して婚約破棄をした。それが正義だと疑わずに。
私も殿下と同じ傲慢だったのね…。
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