婚約破棄します

アズやっこ

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おまけ ローレンス視点 ⑤

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「お兄ちゃん先生」


領地を歩けば子供達が声をかけ手を振ってくれる。

公爵領で世話になり1年。領民の親を説得し各家を週に一度周り子供達に文字を教える。その子その子に合った教え方は難しい。頭の賢い子にはある程度読み書きが出来るようになれば農作の本を渡した。本の内容で分からない所は私より親の方が農作の知識も知恵もあり詳しいしいつでも聞く事が出来る。頭の弱い子には絵本を一緒に読み今読んでる文字をなぞり目から覚えさせるようにした。

1年経った今でも自信はない。何が良くて何が悪いのか、教えるのは本当に難しい。それでもやりがいはある。

私のように詰め込むだけ詰め込んでも全てはやる気。やる気が無ければ結局教えても無駄だ。私が良い例だ。

今子供達に教える側になり今になってもっと勉強をしておくべきだったと後悔する。

公爵は『教えるにあたり必要な物は遠慮なく言って下さい』平民では高価な本や辞典は頼み『本には沢山の知識が詰まっている。それに高価な物だから丁寧に扱うように』そう子供達に伝え渡す。

本はいつでも買える安いもの、雑に扱おうがページが破れようがまた新しい本を買えばいい、そう思っていた自分が恥ずかしい。本の値段も知らずいざ自分で揃えようと思った時、今自分が公爵から支払われる給金で生活するのに必要な金子を引けば手元に残るのはごく僅か。平民にとって本は貴重な物だ。それでも知識を得るには必要な物だ。



夕日が差し麦の穂が風に揺れ自然の雄大さを見ていると自分がどれだけちっぽけだったか。



8歳の時ルーファーが産まれ、私は兄になった。

お祖父様もお祖母様も姿絵でしか私は知らない。私の記憶が鮮明な頃には父上は王だった。父上は厳しい人だ。幼い頃から私には厳しい人だった。否、ルーファーにも厳しい人だった。母上は優しい人だ。だが私には厳しい人だ。違うな、粗暴な私には厳しい人だった。

私はルーファーが産まれるまでの8年間、王の一人息子として育った。幼い頃の8年は今過ごす8年とは違う。善悪の区別も分からず全て吸収してしまう8年。

王になったばかりの父上は若い王だった。お祖父様が王の時代の貴族達は『若い王では先行き不安だな。相次いで先代が亡くなったのがやはり痛手だ』年配の貴族と王宮の廊下ですれ違うといつも言っていた。

父上は毎日忙しく会えるのはほんの数分。母上は食事だけは私と一緒にとっていた。幼い頃の私には父上と母上は他人で乳母と従者が父上と母上だと思っていたくらいだ。乳母は優しい人だった。私の我儘も受け止めてくれる優しい人だった。『人は寂しいと我儘になるものです。相手の愛情を知ろうと我儘を言って困らせるものです。ですが愛情は我儘で量るものではありません。陛下はほんの数分でも殿下の顔を見に来ますがそれも愛情ゆえです。妃殿下が毎食一緒に殿下と食事をとるのも少しでも一緒の時間を過ごしたいと思う愛情からです。殿下はお二人から愛されているんです』幼い私には乳母の言っている事が半分も理解出来なかった。私は身近にいつもいる乳母に我儘を言う。乳母は笑って我儘を許した。

従者は良くも悪くも誰にでも良い顔をする者だった。3歳になり乳母は家に帰って行った。乳母の代わりに従者が絶えず私に付いた。私が我儘を言えば『我儘は自我の芽生えです。王子は立派な王子に成長しておいでです』玩具を投げれば『王子は活発なお子様です。昨日より遠くまで投げられましたね、日々成長している証です』何かにつけて嫌だと言っても『反抗したいお年頃です。ですが成長過程ではよくある事です』メイドを辞めさせても『人には相性があります。あのメイドは王子には合わなかっただけです。これからは王子に口出ししない者を選びましょう』父上へ報告する時も『王子は立派に成長しております』と言っていたらしい。

私は我儘で粗暴な王子になった。

5歳になり勉学が始まり教師はじっと座り話しを聞いている私を褒めた。従者が言った『殿下、座学はじっと座り話しを聞くものです。立って歩いたり部屋を抜け出せば叱られ長い時間勉学をさせられます。いいですね、じっと座り話しを聞いていれば時間は過ぎます』話しを聞いていれば自然と耳に入る。明日には忘れても今日の内容には答えられた。マナーの時間の前には『マナーはよく見て真似をすればいいんです』見様見真似でもそれなりに出来た。

8歳まで私は唯一の王子として育った。中身のない我儘で粗暴な王子を隠して。『殿下、殿下はいつも周りから見られています。だから演じるんです。大人の前では心優しい王子を演じるんです。私の前では演じる必要はありませんが部屋から一歩出れば殿下は心優しい王子です、いいですね』従者の言う事が全て正しくその通りにしていれば褒められ『流石王子です』そう教師達にも言われ『次代も安泰だな』そう貴族達にも言われた。

母上が子を懐妊し毎食一緒にとっていた食事も父上との朝食の時間だけになった。父上は食事後必ず私に聞いた。『昨日は何を学んだ』私は学んだ事を言う。本当に聞いていた事だけ。『それに対してお前の考えはあるか』考え?聞いていただけで何も考えていない私に何を求められているのか分からなかった。父上の問いに答えられなかった私はそれ以来座学では最後に私の考えを答えさせられた。

急に伸し掛る王子の重圧。

母上と一緒に食事をとるのは嬉しかった。母上はいつも私が食べる姿を愛しそうに見つめていた。ただ『ローレンス、自分が今食せる量を把握しなさい。食は神の恵み、神の恵みを残してはいけません。これからは事前に伝えるように』食事を残すと叱られた。苦手な物は一口だけ食べさせられ『神に感謝し詫びなさい。でもよく食べれたわね、好い子ねローレンス。苦手な物でも食べれるようにならないといけないの。貴方が王になり他国へ行っても恥をかかないように苦手な物を少しづつお母様と一緒に克服しましょうね。私の愛しいローレンス』苦手な物も少量とはいえ皿に盛られている。どれだけ褒められても神に感謝し詫びるくらいなら初めから盛らなければいいのに、何度そう思ったか。

母上が懐妊し調子が悪く寝たきりになり毎食一緒にとらなくなって私は解放された気分だった。寂しくはあるがどれだけ残そうが苦手な物を一口も食べなくても叱られる事はない。

そしてルーファーが産まれ第二王子誕生に皆がルーファーに注目した。

今まで私に媚を売っていた者達も私をもてはやしていた者達も父上までもルーファーの誕生を喜んだ。

その時私は見捨てられた、裏切られたと思ったんだ。

それから私は我儘も粗暴な態度も隠さなくなった。

父上は幼い頃から『努力は己自身の為だ。だがその努力も己次第だ』何度私に言っただろう。私の粗暴な態度を叱り何度同じ言葉で諭しただろう。

今なら分かる。

子が産まれれば父なら喜ぶのは当たり前だ。産まれたのが女児でも父上は喜んだ。私が産まれた時も父上は同じように喜んだだろう。父上だけじゃない皆が同じように喜んだだろう。

私もルーファーの誕生が嬉しかった。弟が出来た事を喜んだ一人だ。

ルーファーに会えるのは3ヶ月後だと言われた。それでも私は弟に早く会いたくてルーファーの部屋へ行った。部屋の中には母上がいた。まだルーファーが生まれて1ヶ月、母上とは一言二言話すだけだった。『産後は体が弱っております。今は十分な休養が妃殿下には必要なのです』医師は私に言った。ベッドで横になる母上を思い一言二言話すだけで私は部屋を出る。それがどうしてルーファーの部屋に母上がいるのか分からなかった。母上はルーファーをとても大切に抱いていた。

『なんて可愛い子なの。私の愛しいルーファー、元気に育ってね』

母上は私を見つめるようにルーファーを愛おしそうに見つめていた。

この8年母上の愛しいと見つめる視線も愛しいと言う言葉も全て私のものだった。ルーファーの誕生は嬉しい、嬉しいが私から奪うルーファーを憎くも思った。

母上の愛情は全て私のもの、お前のものではない。


部屋の扉から覗いている私に気付いた母上。

『ローレンスいらっしゃい』

私に微笑む母上。私は母上の側へ行った。

『ローレンスもお兄様よ。ルーファー、お兄様が貴方に会いに来てくれたわよ、良かったわねルーファー』

母上はルーファーをメイドに預け私を抱きしめた。

『寂しい思いをさせてごめんなさいねローレンス。私の愛しいローレンス』

ついさっきルーファーを愛しいと言った口で母上は私にも愛しいと言うのか。

私はこの時母上を気持ち悪いと思った。

否、ただのやきもちだ。母上の愛情を一人占めしていたのは私だった。その時の感情は私の内をグルグルにかき混ぜ結果気持ち悪いと錯覚した。

『ウギャーウギャー』

弱々しくも主張するようなルーファーの声。母上は『あらあらお腹が空いたのかしらね』メイドからルーファーを受け取り乳を飲ませた。

『ローレンスの時もこうやってお乳を飲ませたのよ。ローレンスの時はまだお義母様がご存命だったから半年飲ませられたけど、ルーファーにはあと2ヶ月くらいかしらね』

母上は少し寂しそうな顔をしていた。

自分の事は何一つ覚えていない。でも目の前で母上がルーファーに乳を飲ませている姿も愛おしそうに見つめる視線も乳を飲ませながら頭を撫でている姿も、今自分の目の前で行われている事で、母上は私など愛していないのだと思えたんだ。母上の愛情はルーファーにだけ注がれていると。


そんな時エリーナとの婚約が決まった。

王子として政略は定めだ。それでも私は勝手に決められた婚約を面白く思わなかった。それに同じ年のエリーナは正論を私に対して咎めた。私は恥ずかしくもあり馬鹿にされた気分だった。お前に言われなくても分かっていると。

王子として崇められた存在で8年過ごし、礼儀はあってないような環境で育ち、従者は従者でメイドはメイド、私を咎めるのは父上と母上、大人で私より身分が上の者だけ。急に現れたエリーナを嫌悪するのは簡単だった。どれだけ傷つけようがどれだけ罵ろうが同じ子供で私の方がお前より身分は上、だから黙っていろといつも不機嫌な顔をした。強制的にされられるお茶の時間も自分が飲んだら帰った。

父上には叱られたが父上に叱られるのは今に始まったことではない。右から左に聞き流す事は簡単だった。『分かりました、今後は努力します』そう最後に言えばいい。

12歳の時、私は父上に呼び出された。

『エリーナはお前の婚約者なんだ。婚約者はお前にとって特別な存在なんだ。どうして大切にしない、どうして優しく接する事ができない。今後は努力するとお前は口ばっかではないか、お前がいつ努力した、何を努力した、ローレンス答えろ』

父上は激怒し私を叱責した。


幼い頃から付いていた従者は辞めさせられ代わりに別の従者が付いた。

『ローレンス殿下、王子としての努めです。政略を嘆くより愛する努力を、築く努力を、寄り添う努力を、そしたらいつしか唯一無二の存在になりましょう』

私は話し半分で『王子としての努めです』その言葉だけを自分の耳に残した。

エリーナにも心優しい王子を演じようと。



「お兄ちゃんおかえり」

「ただいま」


教会と孤児院の裏にある空家だった家に今は暮している。

純粋無垢な子供の顔を見ていると自分がどれだけ捻くれ者であったかどれだけ我儘だったかどれだけ粗暴な子だったか思い知らされる。

今なら分かる。

父上も母上も私の事を愛していたと。

父上は僅かな時間でも毎日私に会いに来て私を抱き上げ『可愛い私の息子よ、これで今日も頑張れる』私に向ける視線は優しく愛おしいと見つめていた。

母上も忙しくても毎食一緒に食事をしてくれた。話しながら食べる食事は楽しく、一人でいる時間が多かった私は母上と食べる食事をいつも心待ちにしていたんだ。私が好きなデザートが出た時はそっと私の前に置き美味しそうに食べる私の姿を母上は優しく微笑み愛おしいと私を見つめていた。食事が終わり母上に抱っこされ部屋に向かい、そして『ごめんねローレンス、いつも一緒にいられなくてごめんね』悲しそうな辛そうな顔で微笑んで部屋を出て行く。


そして今も愛してくれていると。

公爵が言っていた。父上に私が公爵領で子供達に勉強を教えていると、今は自分が働いた給金で生活をしていると、そう伝えたと。

『そうか…、そう、か……、ローレンスは努力し頑張っているんだな…』

そう言って目に涙を浮かべていたと。

『すまないがこれからも息子をよろしく頼む』

そう言って頭を下げたと。

『ローレンスは元気ですか、病気はしていませんか』

母上は涙を流しながら公爵にそう聞いたと。

愛情は目に見えないものだ。それでも愛情は心で感じるものだ。視線、顔の表情、抱きしめ方、言葉より雄弁に語る。

父上はぎゅっと私を抱きしめた。僅かな時間しか会えないのは父上も私も同じ。それでも離れたくないと離したくないと、ずっと一緒にいたい、もっと遊んであげたい、もっと色々話をしたい、もっともっと…、その思いがぎゅっと抱きしめる行動になっていた。

母上は私を優しく抱きしめた。母上の温もりが伝わるように、いつも守っていると伝わるように、貴方をいつも見ていると、貴方を愛していると…、母上はいつも大切なものを抱きしめるように私を抱きしめていた。

私が二人の愛情をもっと早く気付いていれば…。

私は愛情は希薄だと思っていた。王子としての価値はあってもローレンス個人には何も価値はなく、王子としての存在だけが私の生きる道だと。だからミリアに惹かれた。初めて私をローレンス個人として愛してくれた唯一の人だと思った。『ローレンス好きよ』『ローレンス愛してるわ』その言葉は私への愛情を量る事が出来た。言葉は耳に残り頭に残り、そして心に残った。初めて受け取る愛情の言葉、私はその言葉に魅了された。

なんと愚者だったか。



父上、母上、私は元気に暮しています。公爵も公爵領の領民達も皆とても良くしてくれます。幼い頃苦手だったトマトも放浪の旅で、苦行の旅とも言いますがその時に食べれるようになりました。

働き得る給金は毎月大事に大切に使っています。働くという事は辛い時もあり疲れます。それでもどれだけ疲れても嫌な疲れじゃありません。子供達の笑顔で疲れが吹き飛ぶ時もあります。

子供達に教えるのもやりがいがあり、やりがいがあると生きていると感じられます。子供達と一緒に声を出して笑ったりそこら辺で寝転び一緒に空を眺めたり一緒に野菜を育てたり、

父上、母上、私は毎日が楽しい。



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