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おまけ エリーナ視点 ⑥
しおりを挟む私はドレスに着替えジョーンズと王宮へ向かう。平民の私は柱の物陰で待っている。
ジョーンズは王宮の入口にいる騎士にお父様を呼んでもらうように頼んでいる。
「ジョーンズ急ぎとは…」
私は柱の物陰から出た。
「エリーナ」
「お父様お話があります」
お父様に殿下の怪我の事、そして今現在公爵家で治療中だという事、王宮に勤める公爵家の医師、それから殿下の主治医も公爵家にいる事を伝えた。
「分かった。状況は?」
「医師の話では今夜が峠だと」
「そうか…」
険しい顔になったお父様を私は見つめる。
「宴が終わり次第陛下に伝える」
「お父様私は勝手に王宮の医師を動かしました」
「ああ、適切な判断だった」
「陛下にお目通りをお願いしたいのですが」
「陛下は叱りはしない」
「いえ、陛下は殿下にお会いしないと思います。私に説得させて下さい」
お父様は私を見つめた。
「分かった、公爵家の控室で待ちなさい」
「ありがとうございます」
ジョーンズと控室に入ると公爵家のメイド達が帰り支度をしていた。
「エリーナお嬢様」
「マリア」
椅子に座ればマリアがお茶を私の前に置いた。
「お嬢様、一度深呼吸をして落ち着きましょう」
私はいつの間にか強張っていた。殿下の心配、陛下にどう伝えようか、そればかり考えていた。
時間が過ぎるのがとても長く感じた。
宴はもう終盤だとお父様は言っていた。それでもまだ終わらないの?と気ばかりが焦る。膝の上で重なる手に自然と力が入る。
私の手に手が重なり私は俯いていた顔を上げる。優しく微笑むマリアの顔が目の前にあった。
「お嬢様、お嬢様の心の言葉をそのままお伝えになさればよろしいかと私は思います。心からの言葉には人を動かす力があると私は信じております」
「ありがとうマリア」
帰り支度が終わったメイド達はいつの間にか帰っていて部屋には私とジョーンズとマリアだけ。
部屋の外からバタバタと複数の足音が聞こえた。その足音は部屋の前で止まり『開けるぞ』返事を待たずに開いた扉。
陛下と王妃殿下、宰相様にお父様お母様、エリオットの姿。私は立ち上がり挨拶をしようとした。
「挨拶はいい。それでローレンスの状況は」
陛下は手で制し私の目の前のソファーに座った。
「はい、今夜が峠だと医師は言っています」
「公爵に聞いたが…、そうか……」
「陛下内密に公爵家へ参りましょう」
「いや、状況だけ知りたかっただけだ。もう息子ではない」
「陛下、私も子の親になりました。まだ幼い子供達ですが…、
陛下、お叱りも罰も落ち着いたら必ず受けます。今この場だけ少し見逃して下さい」
私は真っ直ぐ陛下を見つめた。陛下は頷いた。
「陛下、子の籍を抜き勘当したとしても戸籍上の縁は切れても親子の縁まで切れるのでしょうか。子がなんと思っていても親はどんな子であろうと心の中では心配をし続けるのではないのでしょうか。私なら言葉ではなんと言っていても心の中でずっと心配し続けます。自分の子を本当の意味で切り捨てる事はできません。
陛下、今は陛下が一人の親になったとしても誰が咎めましょう。ローレンスという自分の息子を心配する父サーフェスに戻られたらどうですか?」
「だがそれでは皆に示しがつかない」
「陛下、峠を越せなければ殿下は死んでしまいます。最期になるかもしれないんです。今までとは違うんです。この国のどこかで暮らしているのではなくこの世からいなくなるんです。その違いが分からないほど陛下は愚鈍なのですか?
陛下、確かに貴族達の手前死にそうだからと廃嫡し追放した息子に会うのは示しがつかないのかもしれません。あれから10年経ったとはいえローレンス殿下は今も悪の象徴として貴族の間では語り継がれていると聞きました。婚約者以外に心を移せば元王子のように罰が下る、そうして貴族達は子供のうちから言い聞かせ婚約者を大切にしなさいと教えています。
ですがその話にはその後がありません。10年経っても変わらない人もいるでしょう。10年経てば変わる人もいるでしょう。人は悔い改め変わる事ができます。それは殿下が証明しました。
陛下、私は思うのです。変わる事ができた人を許すのもまた人だと。罪を犯し罰を受けその中で償い悔い改めた人生を歩む、もう許しませんか?
語り継がれる話にはその先も必要だと私は思います。過ちは誰でも犯す、それでも悔い改めやり直す事ができる。やり直した人を許す事も必要だと、そう子供達に私は教えたいです。
陛下、殿下が生きている間にお会いして下さい。亡くなられてからお会いしてももう温もりを教える事も言葉も届きません。10年後、自分が最期を迎える時、後悔しませんか?あの時意地を張らず会っていれば良かった、最期くらい手を握り言葉をかけてあげれば良かった、自分達の手で見送ってあげれば良かった。
私はやらず後悔するよりやって後悔する方がいい、そう思います」
私は陛下を真っ直ぐ見つめた。陛下も私を真っ直ぐ見つめている。
「私は殿下の謝罪を受け入れます。殿下の婚約者になってから20年経ちました。私も幸せを見つけ子供も生まれました。
殿下と婚姻しなかった事を後悔した事はありません。ですが婚約を戻す方法は他にあったと後悔しています。もう区切りをつけたいんです。もうお互い和解しませんか?」
「そうですよ父上」
その声に皆が扉を見た。
宴が終了したとはいえ今日の主役がこの場に来ると誰が想像できるだろう。お父様はルーファーに気づかれないように動いたはず。
それにルーファーの隣にはジュリエッタ姫の姿。華やかなドレスから落ち着いたドレスに着替えている。それに本来ならジュリエッタ姫は初夜を迎える準備の最中のはず。
「父上、もういいではありませんか。星に願うくらいなら兄上に会えばいいでしょう。堂々と会えなくても内密に隠れて会えば誰にも気づかれません。気づかれなければ何もないと同じです。
今回兄上を王都へ招いたのは私です。父上と母上、それから兄上、双方が一目だけでも一言だけでも交わす機会があればと思いました。それに私もエリーナ姉様と同じです。私も区切りをつけたい。
私は兄上の代わりに王太子になったのではありません。私は自分の意志で王太子になりました。そして自分の意志で王になります。
父上、私は後悔したくないので兄上に会いに行きます。今は一分一秒も無駄にはできません。父上はどうしますか?」
「私も行こう」
ルカードがルーファー付きの騎士と言った時に薄々は気付いていたけどやっぱりルーファーだったのね。
それよりも問題はどうやって公爵家へ向かうか。貴族達は家路に着く。でも招待客の周辺諸国の方々は王宮にいる。皆お酒も入っているとはいえ気づかれないようになんて無理なのでは。
「では私が何かあれば対処致します」
宰相様の言葉に陛下は頷いた。
「父上我々はあちらから」
「そうだな、公爵では公爵邸で」
「はい陛下お待ちしております」
私はお父様達と邸に帰る。王宮には隠し通路がある。入口も出口も場所は私も知らない。婚姻した後でしか教えてもらえない。
私達が公爵家へ着いてすぐ陛下達も到着された。殿下がいる客間に入る前に医師から説明があった。そして陛下と王妃様、ルーファーは客間に入って行った。
「ジュリエッタ妃殿下はよろしいのですか?」
客間の隣の部屋に私達と一緒にいる妃殿下に私は声をかけた。
「はい、今は家族の時間を過ごしてほしいと思います。私は元気になられてからお会いします。
貴女がエリーナお姉様ですね?」
「え?ええ、エリーナは私です」
「ありがとうございます。お姉様が言って下さらなければ今もわだかまりは残ったままでした。ルーファー様は言っていました。『兄上に父上と母上を会わせるのは私の自己満足に過ぎない。だがそれは幼い頃から私に力を貸してくれる姉様を裏切る行為になる。姉様に合わせる顔はないが私は代替ではないと区切りをつけたい』と」
「ルーファーは決して代替なんかじゃないわ」
「ええ、私もそう思います。そしてエリーナお姉様ならそう言うと思いました。ですがルーファー様はご自分でそう思っております。王の器量とは生まれた順ではなく覚悟があるかないかだと私は思います」
「ええ、ローレンス殿下にはその覚悟がなかった。自分に都合の良いようにしか捉えない、そんな人。幼いルーファーが一度だけ言った事があるの『兄上が王になったらこの国の未来が想像できます』私は何も言えなかったわ、私も安易に想像できたから。でも本来未来は想像できないわ、可能性は無限大だもの。想像できないから人は夢を見るの、明るい未来を想像するの。
でもローレンス殿下の未来は良くて変わらない、悪くて争いだった。民が暴動を起こす貴族の反乱、謀反、新しい王が立たなければこの国の未来は変わらない。愚王になるであろう殿下の隣に立つ覚悟が私には無かった、だから逃げたの。そして引きずり下ろしたの、王子という地位を奪うしか私が逃げられないから」
「ですがそれでこの国は助かりました」
結果が全てなんて人から見た評価に過ぎない。確かにローレンス殿下が王にならなくてこの国は助かった。それでも私がした事は最低でも3家族を壊した。王家、男爵家、そして公爵家。
それに殿下を引きずり下ろして私はこの国から逃げた。婚約破棄をして誰も私を責めなかったわ。覚悟がないのは私も同じだったのに陛下の恩情でのうのうと貴族として生きている。
私が何を努力したの?
結果だけ見れば婚約破棄をして殿下の行いが露見され殿下に汚点を残した事で殿下を王になんて担ぎ上げる者はいなくなった。婚約を白紙か解消にしたら王位継承権を剥奪され廃嫡されても殿下を擁護する者は必ずいた。そしていつか傀儡として担ぎ上げこの国を牛耳ろうと考える者が現れる。
第二王子のルーファーが王になるには第一王子の殿下は邪魔な存在。
結果としてルーファーが王太子になりこの国は助かった。でもそれはルーファーの努力の賜物。
殿下の怪我で王家は和解できそうってだけで怪我が無ければ和解する場すらなかった。男爵家も一人娘のミリア様を失った。お父様とお母様も娘の私と自由に会う事もできない。
戸籍の上では縁が切れているから。
私が行った婚約破棄で私はどれだけの人の人生を狂わせたのだろう…。
私達だけじゃない、殿下と同じように不貞をしていた令息達もその婚約者の令嬢達もそしてその家族も、結果として救われた者もいるとしても姑息な手段を選ばず正々堂々と戦えば良かった。
「ごめんなさいお父様、ごめんなさいお母様、私は卑怯者でした」
「エリーナ、誰しも自分が可愛い。例えエリーナが卑怯者だと思っていてもエリーナの行動に勇気をもらった者もいる。結果としてルーファー殿下が王太子になりこの国は豊かになった。そしてこれからもこの国は豊かになる。
エリーナ、これは天命なんだ。人の力で変えられるものではない。ローレンス殿下が平民になる事もルーファー殿下が王になる事も天が与えた使命。
だが天命とは目に見えないもの。結果としてこれは天命だったと言えるが、人は目で見たもので判断する。我儘で傲慢な態度をとっていたローレンス殿下と賢く聡明だったルーファー殿下、例え天命だとしても王の器はどちらか、王を決めるのは人。見えない力で導かれていたとしても第一王子の地位に胡座をかいて努力を怠ったローレンス殿下は誰の目にも王の器は無かった。結果、努力をし続けたルーファー殿下が王太子として貴族達に選ばれた。
人は目で見えないものに縋りやすい。天や神、愛や情、人は脆く自分の意思を見失いがちになる。
エリーナ、浮気や不貞は道理に反している。そして婚約破棄をした側も道理に反している。それに対して罰は必要だ。お前達はその罰を受けた、それだけだ」
「はい」
「エリーナ、もう自分を許しなさい。いつまでも過去に囚われていてはいけない。私達は過去を生きているのではなく今を生きているんだ。過去がどうであれ今が幸せならそれでいいんだ」
お父様は優しく微笑んだ。
私は今愛するアランと子供達と幸せな毎日を送っている。毎日笑顔が絶えない幸せな日々。だからこそ時折ふっと自分だけ幸せで良いのかと思う。
ハーベルト国の情報はアランに教えてもらっている。公爵領に辿り着くまでの殿下の様子も公爵領でやり直した殿下の様子も。それにルーファーの置かれていた状況も私は聞いた。全てルーファーに背負わせ逃げた私にできる事は手を貸す事だけ。それで許される訳はない。それに今回殿下を助けたのだって…。
私は逃げた自分が未だに許せない。
ルーファーを助け殿下を助けそれで自分を許そうとしているだけ。
自分が楽になりたいから、助けたという事実を作りたいから、
なんて自己満足なの…。
「エリーナ、過去と決別しなさい」
「ですがそれは私の自己満足に過ぎません」
「お前が手を貸しルーファー殿下は港を開港でき、ローレンス殿下は今医師達が命を繋いでいる。それが例えお前の自己満足だとしても結果この国は豊かになり家族が揃った。それが事実だ。
エリーナまた新たに関係を繋げば良い。今度こそ対等な関係を築けば良い」
「はいお父様」
殿下が峠を越え助かったのなら謝罪を受け入れる。そして私も謝罪をしないといけない。殿下にもルーファーにも。
そして新たに繋ぎ直す、今度は新たな心で…。
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