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2:ミラベル
しおりを挟む――――私がソレを思い出したのは八歳の時でした。
その日は、今年で十二歳になった第二王子殿下の婚約者探しのお茶会に参加していました。
「ふはははは、刮目せよ! 我はルプスによる呪いでこの右手に闇の紋章を宿してしまったのだ! 闇の眷属に覚醒してしまわぬよう、この聖鎧を纏う事にした!」
朗らかな日射しの中で開催されていたお茶会に、殿下の謎発言によるブリザードが吹き荒れました。
その瞬間、私の脳内に大量の記憶が流れ込んで来たのです。
どうやら私の前世は、ニホンという国のトウキョウという所でダイガクセイという者だったようです。
何かの病気に倒れ、二十二年という短い人生に幕を閉じた……のですが。
「厨二病……」
それは前世の一つ上の兄が発症していた病。
まさか、こんなところで……前世から言うのであれば異世界で、また厨二病に出逢うハメになろうとは。
「チュウニ病? ミラベル様、どうかされましたの?」
「い、いいえ、何でもございませんわ」
「それにしても、殿下はあいかわらず何をお話しされているのかわかりませんわね」
サラキラストレートロングの金色の髪と、若草のような浅い黄緑色の瞳をしたレドモンド公爵家令嬢のアシュリー様と一緒に、殿下への挨拶の列に並んでいる所での覚醒でした。
私はどこにでもいる赤茶色のうねうね髪と、ごく薄い茶色の瞳、というパッとしない見た目の貧乏伯爵家の娘です。
それがなぜ、立場も見た目もお姫様のアシュリー様と一緒にいるのかというと、母親同士が親友だからでもありましたが、二歳年上のアシュリー様が私を妹のように可愛がって下さっている、というのもありました。
「殿下って、いつもあのような話し方をされるのですか?」
「そうなんですのよ。もぅ、何を話しかけてもあの調子で、全く意味が解りませんの」
アシュリー様は殿下の従兄妹にあたるので、殿下の言動を昔からよく知られているようでした。
確かに、先程の殿下のセリフを聞いた限り、素人には理解不可能だろうなと思いました。
大人にそれを伝えれば、子供が何を言うか、と思われそうですが、前世を思い出したこの時から、思考もガッツリ前世につられてしまっていたのです。
それに、前世の兄のお陰で厨二病語解釈には並々ならぬ自信がありましたので、厨二病語が解らないと言うアシュリー様に通訳をしてしまいました。
「『ルプス』狼ですが、この国の王都……ましてや王城になどいませんので、きっと犬かなにかでしょうね」
この時、アシュリー様がワクワクとした顔をされていたもので、私はついつい調子に乗って話してしまっていたのです。
後から考えると、この時の私の選択により、運命歯車が望まぬ方向へと廻ってしまったのだと思います。
「それから、『呪い』『闇の紋章』『宿す』とは多分ですが、犬に噛まれて傷が残っている、ということでしょう」
「……まぁ! それで⁉」
「人に傷口を見せるのは偲びないから、あのガントレットを嵌めている、という事なのでしょうね」
「すっ、凄い……凄いわ! ミラベル様! ぜひ、その事を王妃殿下にお話しして差し上げてちょうだい!」
自信満々に第二王子殿下の厨二病語を通訳し終えましたら、アシュリー様に腕を引かれ、挨拶の列から連れ出されてしまいました。
そして、まさかの王妃殿下のテーブルへ、お母様と一緒に座らされてしまったのでした。
アシュリー様からしましたら、王妃殿下はご親戚で、優しい伯母様、なのでしょう。ですが、貧乏伯爵家の私とお母様にとっては雲の上の存在です。
二人して顔面蒼白で王妃殿下のテーブルに座る羽目になりました。
「おば様、こちらアップルビー伯爵夫人のナディア様と、ご令嬢のミラベル様ですわ」
アシュリー様から紹介していただいたので慌てて立ち上がりカーテシーをしました。
「まぁ、ご丁寧にありがとう存じます。さぁ、今日は堅苦しいのは無しですわよ? 席に着かれてくださいな」
「「失礼致します」」
恐る恐る座る私達母子を軽やかに無視して、アシュリー様が王妃殿下に先程の事を話されました。
「なっ……アシュリー、貴女が何か話したのでは無くて?」
「いいえ、おば様。私、誓って何も話してはおりませんわ」
「では本当にこのミラベルが、セオドリックの言葉を解読したと言うの?」
「はい!」
何故にアシュリー様はそんなに自信満々で誇らしげに話されているのでしょうか?
そんな疑問を抱いていましたら、王妃殿下がキラキラとした空色の瞳をこちらに向けて、それはもう美しいとしか言いようのない笑顔で恐ろしい事を仰られました。
「ミラベル、貴女がセオドリックの婚約者に決定です」
「「……」」
今、何か空耳が……。婚約者? いえいえいえいえ、まさか、ね? 貧乏伯爵家が王族の婚約者なんてねぇ? あ、きっと翻訳者ですわね? ええ、それなら納得ですわ。うんうん、翻訳者……いえ、通訳者って仕事、とても良さそうですわね!
そのように現実逃避している内に、あれよあれよと第二王子殿下の婚約者の座に納まってしまっていました。
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