世界がダンジョン化していく件について ~俺のユニークジョブ『回避術師』は不敗過ぎる~

十本スイ

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第十六話 話についていけない件について

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 ん? 術だって?

 どういうことだと思い、つい好奇心が疼くままにさらに身を乗り出そうとした直後、時計が震える。
 直後、何かを察したかのように女性がこちらに顔をサッと向けた。

「む? どうかしたのかしら初秋?」
「……いえ、今一瞬強い視線を感じたもので。少々お待ちください」

 織音と呼ばれた女性が険しい顔つきのまま非常用階段の通路へと向かってきた。
 そして階段の前まで来て周囲を観察し、軽く溜め息を吐いてからガキのもとへ戻っていく。

「申し訳ございません。どうやらわたしの勘違いだったようです」
「そう。こういう状況だし必要以上に神経が過敏になっているのかしらね」

 ……………あ、あっぶねぇぇぇぇぇぇっ!

 もう少しで俺がここにいることがバレるところだった。
 話に夢中になり過ぎて、効果時間から意識を外してしまっていたのだ。
 時計がバイブした瞬間に顔を引っ込めて、すぐさまスキルを発動させた。お蔭ですぐ近くまで女性がやってきたが、俺の存在には気づかずに去ってくれたのである。

 ……マジで危なかったわ。つーか視線を感じたとか、やっぱ葉牧さんなんじゃねえのあの女。

 どうやらスキル無しで、視線を向けるのは止めた方が良いようだ。
 俺は全神経を聴覚に集中させその場で待機することにした。

「ところで織音様、先程のお話なのですが」
「そういえば途中だったわね。あのSNSの呼びかけだけれど、あたしのスキルを駆使したものよ」
「織音様の? それはもしかして……」
「そうよ。このあたし――『言霊《ことだま》術師』のスキルをね」

 ことだま? 言霊か? そんなジョブがあるのか。

「あなたも知っての通り、あたしのスキルの一つ――《言霊》には、言葉や文字に強制力を働かせることができる」
「はい、承知しております」

 うわ、マジか。じゃあ嘘を言うなと言われたら、そうせざるを得なくなるってことかよ。何そのチート。

「だからあたしは力を使ってSNSに書き込んだわ」

 つまりあの呼びかけには、何かしらの強制力を持たせたというわけか。

「あたしはこう呼びかけた。『情報交換しませんか。ただし条件は有能な『持ち得る者』だけに限る』と」

 うん、一言一句間違いない。

「さて織音、ここであたしはどの言葉に強制力を働かせているでしょう?」
「え? えっと…………『持ち得る者』だけというワードではないでしょうか?」
「ふぅん。どうして?」
「何故ならそうしておかなければ、力を持たない連中まで集まってきてしまいます」

 なるほど。確かにそういう解釈もできる。だが俺は……違うと踏んだ。
 それを証明するかのように……。

「ふふ、不合格よ」

 ガキもまた否定した。
 すると申し訳なさそうに、女性はシュンとなる。

「あたしが力を注ぎ込んだワードは――〝有能な〟という部分よ」

 ……やはりそうか。この文章の中で、この言葉だけが最初から引っ掛かっていた。

「有能な……ですか?」
「そう。さてここでまた問題よ。あたしが何故そのワードを重視したのか分かるかしら?」

 …………! なるほど、そういうことか。

 俺には見当がついたが、女性は分からないようで「申し訳ございません」と呟く。

「もう、すぐに考えることを諦めるのはよくないとさっきも言ったはずよ。まあ奇しくも、今のあなたそのものがヒント……というか答えそのものなのだけれどね」
「? どうういうことでしょうか?」
「あたしはさっきここに来る者たちに、どういう資質を持つ人材を求めると口にしたかしら?」
「…………! 愚か者ではない……ですか?」
「ふふ、正解よ。ご褒美に頭を撫でてあげるわ」
「あ、ありがとうございます!」

 幼女に頭を撫でられて嬉しそうな声を出す大人の女性。それでいいのかと思わずツッコミそうになってしまう。

「あたしにとって有能な人材――それは自らの力を知り御することのできる者」
「! つまりあの呼びかけに応じるのは、少なくとも愚か者ではないということですか?」
「その通り。仮にバカな連中には、たとえあの呼びかけを目にしたとしても興味を持てないようになっているわ」

 何とも便利なスキルである。

 ……あれ? ということは何か。俺がここに来られているということは、あのガキにとって有能ってこと?
 ガキに認められてもちっとも嬉しくないんだけど……。

「しかし織音様、だとするならなおさら危険なのではないですか? 相手が有能なら、何かしら企てる者が近づいてくるはず」
「だから面白いのではなくて?」
「は?」
「……あたしは自分が優秀だと認識しているわ」

 すげえ、自分で言うかそれ。まあ発言から明らかに天才というか神童っぽいイメージはあるけど。

「存じ上げております。我らが一ノ鍵グループの時期総帥でもあられますから」

 ……はい? 一ノ鍵って、あの一ノ鍵グループか!?

 詳しくはないが、世間知らずの俺でも知っているいわゆる大金持ちである。
 車やら船やら飛行機やらあらゆる乗り物関係に、よくその名を耳にするものだ。
 前にテレビでどこかの石油王と、一ノ鍵グループ総帥が握手しているニュースが流れていたのを思い出す。

 その時期総帥が……あのガキなのかよ。

 つまり俺みたいな一般人とは隔絶された世界に住まう人物ってことだ。
 まさかそんなすべてを持っているような輩まで『持ち得る者』だなんて。 
 どうやら天は二物も三物も一人の人物に与えるらしい。

「あたしは昔から何でもできたわ。勉学も芸術も運動も何もかも」

 神様よぉ、贔屓し過ぎじゃねえかなぁ。究極の人類でも作りたいの?

「けれどだから故に、どんなこともすぐに冷めてしまうの」

 まあ気持ちは分からないでもない。
 何でもできるが故に、熱くなれるものがないのだろう。
 人間ってのは成長を楽しむ生物でもある。
 自分が成長している実感を得るからこそ心が震えるのだ。
 しかし彼女の場合、すぐに上達し完成させてしまうのだろう。
 他人にとって理想でも、彼女にとっては低いハードルでしかない。
 それはとてもつまらないのではなかろうか。

「それでもあたしは時期総帥だから、学ぶべきことは学んできたわ。でもとても退屈だった。……けれどある日、あたしにとって転機が訪れた」
「……『持ち得る者』でございますね?」
「そうよ。あの日、世界の在り様が変わった瞬間、あたしは心の底から震えたわ。ああ、最高の玩具を手にした気分だった」

 彼女は悦に入ったように続ける。

「覚えているわね? その日、あたしとあなたはプライベートビーチで寛いでいたわ。しかし別荘がダンジョン化し、そこにモンスターが現れた。あたしは恐怖したわ。このあたしが怖れたのよ。まったくもって予想外の状況に!」

 楽しそうに微笑みながら、ガキはソファから立ち上がる。

「あたしにとって何よりも褒美なのは、このあたしでも恐怖を覚えるほど解明できない未知なるもの。この世界が、突然理解しがたい幻想と化してしまった。その理由は何? これから世界がどうなっていくの? 何故わたしたちは『持ち得る者』となったの? そのすべてがあたしの興味を惹き、魂を震わせる! ああ、世界はこんなにも面白いものだったのだと初めて思えたのよ! そうでしょう、初秋!」
「仰る通りにございます」

 いやいや、ずいぶんと歪んだ思想を持っている気がしますが……。

「だからあたしは決めたのよ。変わり果てた世界の真実を――理を紐解くと!」

 マジかよ。金持ちの考えることは分からん。

 俺は別に世界の真理とか興味ない。ただ思うのは死なないように強くなりたいという考えだけ。
 どうして世界がこんなことになったのか、確かに興味はあるがコイツのような執着心はない。

「けれど残念ながら相手は世界そのものよ。あたしたちだけではさすがに手が余る。だからこそ優秀な手駒が必要なの」
「なるほど。だからこその呼びかけ、でございますね」
「ふふ、そうよ。有能な『持ち得る者』を配下に置くことで辿り着く真実もあるでしょう。中には理を紐解くために必要なピースを持った存在だっているかもしれないわ」

 コイツが何故あの呼びかけをしたのか真意が分かった。
 多くの能力者を懐に収め、その力を有効活用しつつ世界の真実を突き止めようというわけだ。

「さすがは織音様でございます。突如異端となったこの世界の頂点に立てるのは、あなた様において他にはありません」
「そう言ってくれるのは嬉しいけれど、あたしは別に世界の頂点になど興味はないわ。あたしはただ、初めて熱くさせてくれる謎を解明したいだけ。まあもっとも、頂点に立たなければ解明できないというのであれば、世界の王になるのも吝かではないけれどね」

 …………何だか俺、すんごく場違いな気がしてきたんだけど。


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