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第二十八話 日々丘高校を攻略する件について

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 俺は吾輩からコアまでの道程と、その過程にあるであろう罠の位置を聞いて覚える。
 そして頭の上に乗っているエロ猫を放り投げると、その場からコアのある場所まで駆け出す。
 前方に敵の気配を感じたところで、すかさず《ステルス》を使用し、そのまま突っ切っていく。
 途中で聞いていた罠の場所に辿り着くと、本当にそこに罠があるのか確かめたかったので、一匹だけでいたゴブリンを掴んで、罠の場所へと放り投げてやった。
 すると地面に落下した瞬間、地面から幾本もの竹槍が突き出てきて、ゴブリンが串刺しになる。

 うひゃ~、あのエロ猫、マジで便利だわ。 

 俺はエロ猫の能力が本物だということを確かめると、そのまま罠を避けつつモンスターの脇を通過していく。
 確かに物凄いモンスターの数だなこりゃ。
 ゴブリン、スライム、コボルト、オークなど、そこかしこにうろうろしている。
 まともに通過しようものなら、こいつらを全員相手しないといけないだろう。

 やはり俺の回避術は不敗過ぎる!

 …………………見えた!

 モンスターの群れの奥に少し開けた場所があり、その中央にはプカプカと光の玉が浮いていた。
 しかしその直後、上空からけたたましい咆哮が轟く。
 見上げると、器用に竹の合間を縫いながら空を飛んでいる存在を発見。
 ワイバーンに似た生物だ。いや、ワイバーンなのかもしれないけど。全身が真っ赤に染まった竜種か。

 へぇ、アイツがこのダンジョンの主ってことか。

 ダンジョンにはたまにコアを守るようにして配置されているモンスターがいる。
 主と呼ばれ、その強さはダンジョン内にいるモンスターよりも格上で、コイツらを討伐せずにコアを破壊するのはなかなか難しい設定になっているのだ。

 ……ま、俺には関係ねえけどな。

 俺はチラリと上を見て、いまだ俺の存在に気づかずに優雅に飛遊している。
 これから突然死が訪れるであろうことなど微塵も思っていないのだろう。
 心の中でご愁傷様と呟き、俺はダンジョンコアにナイフを突き立てた。
 するといつもと同じようにコアが消失すると、ダンジョン内にいたすべてのモンスターたちも姿を消す。

「お、今のでレベルも上がったみてえだな」

 さすがにワイバーンというか、ドラゴンのような獲物は獲得経験値が高かったのかもしれない。
 そこへヒオナさんが目を丸くしながら姿を見せる。

「……本当に凄いわね、あなたって」
「ま、俺はできるだけ戦わない『持ち得る者』ですから」
「それでいて美味しいところだけはガッツリだもんね。本当にあなたと組めて良かったけど……何か想像以上過ぎて拍子抜けよ。知ってた? ここにいたダンジョンの主。調べではレッドワイバーンって呼ばれるモンスターだったのよ。まともに戦えば、ワタシも全力を出す必要があるくらいの。それを無傷で、しかもこの短時間での攻略なんて……! ん~~~~~っ」

 何だか感極まった感じで身震いすると、ヒオナさんがそのまま俺に抱き着いてきた!

「あははっ! 六門! あなたってば最高よ~! もういっそのことワタシのファミリーになりなさいよ!」
「ちょっ、近い近い! でも良いニオイで柔らかくぅぅ……って、これさっきもなかった!?」

 役得ではあるが、ここで本能に負けたら何を要求されるか分かったもんじゃない。だから鎮まれぇ、俺の煮え滾るリビドーよぉぉぉっ!
 ただどうにかヒオナさんを満足させることに成功したようなので、これからもお互いに利のある付き合いができそうだ。
 当然全面的に信用することはしないが。








「――――は? 今何て言いました?」

 ヒオナさんとの合同ダンジョン攻略から帰って来て、俺は自宅まで送ってもらった。
 そこでヒオナさんが次の攻略に関して話したいと言ったので、リビングで説明を受けたのだが……。

「だ~か~ら~、次は――【日々丘高校】を攻略するのよ~」
「え、何だって?」
「そんな難聴系主人公みたいな反応は面白くないわよ」

 あれ、この人、ラノベとかに詳しいのかな? だとしたら親近感湧くなぁ。

「当然あなたが通ってる母校だから、いろいろ情報は聞いてるわよね~?」
「……ま、ダンジョン化してることは知ってますけど。でも俺よりも情報収集能力が高いヒオナさんなら知ってるはずですよね? 今の【日々丘高校】の危険さを」
「ええ、もう何人も『持ち得る者』が返り討ちに遭ってるらしいわね~。その中には生徒や教師もいるようね」

 そうだ。あれから気になって増山にも連絡を取って聞いてみたのだが、そのすべてが悪い報告ばかりだった。
 俺なら私ならと、自信家な『持ち得る者』たちがこぞって攻略に向かったらしいが、凶悪なモンスターや罠に阻まれ、コアの存在すら確認できずにいるという。

 学校の敷地全体がダンジョン化しているせいで、その規模は甚大。比例して棲息しているモンスターや罠もレベルが段違いなのである。
 情報では体長が五メートルにもなるトロルや巨大蜘蛛なんかも確認されており、生半可な実力ではダンジョンの主まで辿り着くこともできないらしい。

「実はね、近々一ノ鍵と飛柱の連中も【日々丘高校】の攻略に向かうらしいのよ」
「あ、あの連中がっすか?」
「ここらで一番のダンジョンだしね。攻略すれば大量の経験値もゲットできるし、それに……」
「それに?」
「あなたは知ってるかしら? ――《コアの遺産》のことを」
「コアの……遺産? 何すかそれ?」

 初めて聞いた。少なくともSNSでは見かけていない。

「もっともそう呼ばれてるってだけの話なんだけどね。巨大な迷宮と化したダンジョンには、稀に攻略すると出現するらしいのよ……宝箱みたいなものが」
「宝箱……マジでゲームっすね」
「そうね。けれどこの情報は事実よ。実際にワタシも一度この目で見ているしね」

 何でも彼女はある《クラン》に所属していた時に、コアを撃破した際に突如として出現した宝箱を目視していたとのこと。
 しかしその時は、《クラン》を立ち上げたリーダーに持っていかれたらしい。

「何でも《コアの遺産》は、手にできれば大きな力になるらしいのよ」
「へぇ、その《コアの遺産》を手にした《クランリーダー》はどうなったんです?」
「…………ジョブが二つになったらしいわ」
「うわ、それは……確かに魅力的っすね」

 仮にそうやってジョブを増やすことができるとしたら、誰もが手にしたい代物だろう。
 俺だって回避だけでなく防御に特化するジョブを取得することができれば、さらに生存率だって上がるだろうし。

 え? 攻撃系のジョブの方が良いって? いやぁ、どうせなら攻撃を受けても痛くない方が良いしなぁ。だから防御系最強!

「つまり【日々丘高校】をクリアすれば、その《コアの遺産》とやらを手にすることができる可能性が高いと。そしてヒオナさんはそれが欲しいと」
「うん! ……ダメ?」
「まあ確かに俺も興味はありますけど」

 それにそれほどのダンジョンを攻略すれば、一気にレベルも爆上げされることだろう。
 ただ当然リスクだって大きい。だからこそ今まで攻略しようなんて思わなかった。
 そう、今のままでは一人じゃ厳しいと思っていたからだ。
 特に多くの者たちを返り討ちにしてきた罠の存在である。
 しかしながら、ここにはその罠をかい潜ることのできる能力を持つ存在がいるのだ。

「ね~ね~、もし《コアの遺産》が複数あったら、一つあげるからぁ~」

 駄々をこねる子供みたいに、俺の身体を揺するヒオナさん。

「ていうか《コアの遺産》をヒオナさんがもらうのは決まってるんですね」
「ダメなの!?」
「いやまあダメってことはないっすけど。俺だって興味はあるんすよ?」
「う~ん、じゃあこの次に《コアの遺産》が手に入ったら六門にってことでどう?」
「…………それホントっすか?」
「ホ、ホントホント、ヒオナ、ウソツカナイ」
「凄まじいほどの信頼度の無さを感じるんですが……」
「お~ね~が~い~!」
「って、子供か!? いやまあ、ちょっと可愛いけども!」

 聞けば十九歳らしいが、こういう仕草は意外にも似合っている。

「わっ、分かりましたよ! けど条件があります!」
「条件? またぁ」
「別に《コアの遺産》に関してのことじゃないっすよ。攻略に関してっす。……ダンジョンの詳しい内情を出来る限り洗ってほしいんすよ」

 少しでも生存率を上げるためにも、これは絶対に必要不可欠だ。

 そして……。

「あと一ノ鍵と飛柱の動向も。奴らがいつ動くのか、どうやって攻略するつもりなのか、分かる範囲で構わないんで」

 そうすれば下手にかち合うことなく攻略を進めることができる。アイツらには姿を見せたくないしな。

「OK。今回ワタシが欲しいのは《コアの遺産》だけ。それ以外はあなたにあげる。作戦もあなたの意思のままに。言われたことはすぐに調査して知らせるわ」

 そう言うと、ヒオナさんは機嫌よく帰っていった。

「……はぁ、にしても今度の攻略はいつも以上に慎重にならねえとなぁ」

 何せあの一ノ鍵と飛柱も攻略に出てくるとのことだ。これ以上、俺の正体がバレるような事態は避けなければならない。
 できれば奴らが出てくる前に突入し、速やかに攻略しておきたいところだが……。

「……ん? 四奈川からか」

 そこへスマホに四奈川から連絡が来ていた。

「…………げっ、マジかよ……!」

 そこに記された文言を見て愕然とする。

〝今度、【日々丘高校】のダンジョンに向かうことになりました! ぜ~ったいにクリアしますので、応援よろしくお願いします!〟

 何でこうも嫌なことが重なるのか。

 世界よ、もっと俺に優しくしてくれてもいいんでない?
 ……ていうかそれもこれも、すべての元凶は四奈川で間違いないんだが。

 コイツと遭遇しなければ、きっと今も俺は最強ぼっち伝説を繰り広げられていたはず。

「それを言うなら俺も素直にアイツに手を貸さなかったら良かったんだよなぁ」

 四奈川に親切にした結果がこれだ。
 後悔しても始まらないし、美少女とお近づきになれたこと自体は嬉しいので複雑である。
 こうなったらこの不本意にも繋がった関係を、俺も最大限に利用してやろう。

 そして――――危なくなったら逃げるんだ、うん。

 よく考えれば、どうせ授業が開始されるような日も当分来ないだろうし、ずっと家にいてもいずれ限界がくる。
 食料や日用品も無限じゃないからだ。他の町や他県にまで足を延ばす必要さえ出てくるかもしれない。
 最悪逃亡することになったとしても、どこに向かうべきかを考慮しておこう。

「やれやれ、今更ながら大変な世の中になったもんだな」

 今後のことを思うと辟易するが、それでも生き抜くためにできる限りのことをする。そのためにも今は、攻略に向けてレベルを上げ、回避術に磨きをかけておく。

 そして三日後、事態は急変することになる。


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