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第三十五話 一ノ瀬織音は狂っている件について

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「う、動けねえ!?」
「な、何だよコレェッ!?」

 必死に身体を動かそうともがくが、意思ではどうしようもないようだ。
 そして俺は、その原因を作った張本人――一ノ鍵織音を見る。

「下劣で低能で何の将来性も感じないゴミクズのような人間ね、あなたたちは」

 本当に塵芥でも見るような目つきで、一ノ鍵のガキは男たちを見ている。

「クク、あなたたちのようなクズに『持ち得る者』の資格はないわね。この世から消えた方が世のためあたしのためね」

 恐ろしいほどまでの殺意が、まだ子供のはずの一ノ鍵のガキから滲み出ている。

「あ、あんさん、アレはアカンで……」
「? どうした急に?」

 服の中から怯えたように震えた声でエロ猫が声を漏らした。

「あのお子ちゃま、バケモンや……! 多分、マジで……殺すつもりやで」

 いや、さすがにそこまではしないだろう。
 敵とはいえ、相手は人間で……。 
 そう思っていると、一ノ鍵のガキが口にした次の言葉にゾッとした。

「命令するわ。――〝互いに首を絞め合え〟」

 え……と思ったの束の間、その指示通りに、男たちはそれぞれの首に手をかけた。

「「ぐっ……がぁ……っ」」

 男たちが苦悶の表情で、涙を流しながら仲間の首を絞め合っている。

「さあ、どちらが先に死ぬのかしらねぇ?」

 そんな異常な光景を、まるで愉快なショーでも楽しむかのように一ノ鍵のガキが見ている。

 このガキ……マジでイってやがる!?

 初めて見た時もそうだったが、コイツだけは特に異色だった。
 子供故なのか、その残虐性に歯止めがまったくない。
 本当に自分がすべての頂点に立つ存在だとでも思っているみたいだ。
 見ると男たちが泡を吹き始める。

 おいおい、マジでこのままだとアイツら死ぬぞ!
 こんな気味の悪い光景なんか見せつけんなよな。

「――そこまでですよ! やり過ぎです、織音さん!」

 そこへ正義の使者である四奈川が叫ぶ。
 しかし……。

「悪いけれど、あたしの楽しみを邪魔するなら、あなたたちでも容赦しないわよ?」

 一ノ鍵のガキの前に、蛇矛を構えた北常が立つ。邪魔したら斬る気満々だ。

「で、でも! 殺したりするのはダメですよ!」
「甘いわね、心乃。そんなんじゃこの先、生き抜けないわよ? これから強い力を持つ『持ち得る者』たちが台頭してくる。その中にはあたしよりも凶悪で狂暴な気質を持つ者もいるでしょう。そんな奴らは問答無用でねじ伏せようとしてくる。それに負けないためにも、敵の『持ち得る者』には手心を加えるべきではないわ」
「そ、そんな……話し合えばみんな仲良くできるはずです! 心の底から悪い人なんていません!」

 あちゃあ……相変わらずだな四奈川は。

 確かに彼女が言っていることは正しい。いや、そうあるべきなのだろう。
 しかしそれは理想でしかない。現実はそんなに甘くも優しくもない。
 実際に、四奈川たちに力がなければ、男たちに好き勝手に蹂躙されていたことだろう。
 人の欲望は果てしなく、故に争いは絶えない。
 彼女の言葉が真実なら、この世から戦争なんてないし、犯罪者だって存在しない。

「……お願いしますっ、織音さん!」
「………………はぁ」

 大げさに溜め息を吐くと、驚くことに男たちは互いの首から手を離した。

「――〝寝ていろ〟」

 またもガキの命令を受けて、男たちはそのまま倒れた。しかし寝息を立てていることから、死んではいない様子。

「これでいいのね、心乃?」
「織音さん! はいっ!」

 まさかここで殺しを止めるとは。
 別に心乃を敵に回したとことで、ガキにはデメリットなんてないと思うが……。
 いや、四奈川はともかく葉牧さんとここで衝突するのを避けたのかもしれない。
 ハッキリ言って葉牧さんは、ガキの求める有能な『持ち得る者』。敵にするより手駒にしたい対象だろうし。
 ガキが「それじゃ行くわよ」と言って、校舎の中へと入っていく。

「……あんなお子ちゃまがおるなんて」
「ヒオナさんに聞いてなかったのか? アレが一ノ鍵織音だよ」
「あのお子ちゃまがかいな!? ひゃぁぁ……美少女やけど、ちょっと近づきとうないわぁ」

 その気持ちはよく分かる。たとえ味方になったとしても信頼なんかできないタイプの人種だ。

「とにかく俺らも旧校舎に入るぞ」
「せやな。まあ中に入ったら分かる思うけどビックリすなや?」

 思わせぶりに笑うエロ猫の言葉は気になったが、俺は倒れたままの男たちの脇を通り抜けて校舎へと入った。
 そして確かに目の前に広がった光景に度肝を抜かれてしまう。
 外から見た出入口は普通だったし、そこから見える下駄箱も何の変哲もなかったにもかかわらず、入った瞬間に見ていた景色はガラリと変わった。

 すぐに数えられる程度の下駄箱だったが、そこには周囲を埋め尽くすような膨大な数の下駄箱が立てられていて、天井の高さもせいぜい三メートル弱だったのに、十メートル以上にも伸びている。

「こ、これは……!?」

 明らかに旧校舎の規模では考えられないほどの広さである。
 真っ直ぐ突き当たりにあったはずの階段も、ここからかなり遠目にあって、確かに異様な状況を作り出しているようだ。

「これがいわゆる迷宮化っちゅうやつやで」
「迷宮化……か」

 今まで潜ってきたダンジョンでは、罠などは設置されていても、これほど大規模な変貌はなかった。
 これもやはり《コアの遺産》とやらが関係しているのだろうか。

「とりあえず慎重にいかないとな。罠の位置とモンスターの位置は把握できてるよな?」
「任しといてんかぁ! ちゃ~んと頭ん中に入れてありまんがな!」

 俺はエロ猫からコアまでの道程を聞き出し、その通りに歩を進めることにした。 
 道はそう入り組んでいることはないが、それでもモンスターの数が圧倒的に多い。
 ちょっと歩くだけでエンカウントしてしまいそうだ。

 ……ま、俺には関係ないけど。

 やっぱ俺の回避術は素晴らしく、見たこともない強そうなモンスターでも素通りすることができる。
 そうして罠とモンスターを避けながら二階へと上がってみると、そこもやはり普段の数倍以上もの規模へと変わっていた。
 もう少しで三分が切れるな。続けて使うのもいいけど、少し慎重をきしておくか。

 俺は一つの部屋の扉を開けて中へと入った。
 突然教えていた道とは違う場所へ向かったので、服の中にいるエロ猫がバンバンと俺の胸を叩いてくる。
 部屋の中には、剣と盾を持ったレベルの高いゴブリンが二体ウロウロしていた。

 俺はすかさず駆け寄り、ゴブリンの首を短刀で掻っ捌き一撃で絶命させる。続けて、倒れるゴブリンを見て驚いているもう一体のゴブリンに接近し、同じように倒した。
 周囲を見回し、敵の気配がないことを確認してから大きく息を吐く。

「はぁぁ~、何とか効果が切れるまでに倒せて良かったぁ」
「……もう喋ってもええん?」
「あ、悪い悪い。いいぞ」
「何でこないなとこに来たんや? コアはこことちゃうで?」
「ちょっとスキルを使い過ぎて残存気力が不安だしな。休憩して回復だ」
「そういうことかいな。じゃあ」

 そう言いながらエロ猫が服の中から出て、床に飛び降りると大きく伸びをする。

「うぅ~ん、窮屈やったわぁ~。しかも男臭くて死ぬ思うたわ」

 そりゃ悪ぅござんしたね。つーか曲がりなりにも相棒呼ばわりしてる相手にその言い方ってどうなのよ?

「一応この部屋に誰か近づいてこないか気を配っててくれよ?」

 エロ猫が「へ~い」とおざなりな返事をしながら顔を洗っている。本当にちゃんと聞いているのだろうか。
 俺は改めて部屋を見回す。

「看板によく分からん石像、それに古い木刀に壊れた本棚? いろんなもんがあるけど、物置部屋だったのかここは?」

 看板には〝文化祭〟の文字が刻まれているので、昔文化祭で使用した不必要なものをここに集めているのだろう。
 校舎と一緒に処分するつもりなのは確かだ。

〝――六門、何かあったの?〟

 その時、不意にヒオナさんの声が頭の中に響いた。


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