世界がダンジョン化していく件について ~俺のユニークジョブ『回避術師』は不敗過ぎる~

十本スイ

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第四十六話 巨人の被害者と会う件について

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 すると突然誰かに話しかけられ、振り向くと一人の女性が立っていた。
 手には花瓶が握られていたので、見舞いに来た誰かということなのだろうか。

「えっと……まあそんな感じというか、一方的に知ってるというか」
「? 友達……なんよね? じゃああの子に会ってあげて。そしたらちょっとは元気を取り戻せるかもしれんし」
「え? あ、ちょ……」

 半ば強引に手を掴まれ、部屋の中に引っ張り込まれてしまう。

 マズイ。この状態で《ステルス》を使ってもダメだし!

 手を掴まれているので、少なくともこの女性には丸分かりだ。

 こうなったら隙を見て逃げ出すしか……。

 そう思っていたが、ベッドの上にいる人物を見て俺は思わず言葉を失った。
 そこにいたのは俺と変わらない十代の少年だったが、痩せこけてしまっていて、今にも死にそうなほど生気が感じられない風体で横たわっている。

 こ、これは……!

「健一、お友達が来てくれたよ」

 しかし健一と呼ばれた少年は返事をしない。
 ずっと瞼を閉じたまま微動だにしないのである。
 だがよく見れば微かに唇だけは動いていた。
 耳を澄ませてみて、またギョッとしてしまう。

「巨人が……巨人が…………嫌だ……巨人が……巨人が来る……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……」

 掻き消えそうなほどの声音が確かに口から発せられている。
 女性が肩をポンポンと叩き反応を促すが、それでも健一は応えはしない。

「ごめんね。えっと……」
「あー増山っていいます。増山剛士」

 すまん、先生。名前借りちゃったよ。
 今は懐かしき高校の教師で、『鬼ゴリラ』の愛称で親しまれている人物だ。

「増山くん、ね。私はこの子の母親の静香です。増山くんはこの子とはどういった関係なん? 学校の友達? あ、座って座って」

 差し出されたパイプ椅子に腰を下ろす俺。

「ネット友達というか、分かります?」
「ネット?」
「オンラインゲームで知り合って、まだ実際に会ったことはなかったんですけど、け、健一が倒れたって噂で聞いて」
「駆けつけてくれたん? そのオンラインゲームっていうのはよく分からないけど、わざわざこの子のためにありがとうね」

 うわぁ、ものすっごい笑顔だし。罪悪感~~~っ!

「けんど良かった。この子にも友達がいて。この子ったらずっとゲームばっかしてて外で遊ばない子だったんで心配してたんよ。でもそのゲームで友達を作るっつうんだから不思議なもんね」

 そうですね。不思議ですね。俺にとってはこの状況が不思議以外の何物でもないんですが。

 自分で蒔いた種とはいえ、正直もう逃げ出したい気分だ。
 しかしせっかくここまで来たのだから情報は欲しい。

「あ、あの……どうして健一がこんなことに?」

 すると母親の表情が陰る。

「……この子は『持ち得る者』だったんさ。『持ち得る者』のことは知ってる?」
「はい。俺の知り合いにも何人かいるんで」
「そう。それでこの子もそうだったんだけど、ある日、ダンジョンを攻略してくるって言って出かけて、戻ってきたらこんな状態だったの」
「……まともに話せないんですか?」
「ええ。お医者さんが言うんは、ずっと自分の世界に閉じこもってる感じらしくてね。きっと【榛名山】での体験が、余程怖かったんだろうって」
「巨人……って言ってますけど、何か心当たりとかありますか?」
「いいえ。私は何の力も持ってない一般人だし、【榛名山】にも行ったことがないの」

 まあ普通はそうか。ダンジョン化した場所なんて誰が好んで足を踏み入れたがるだろうか。

「健一だけだったんですか? その……病院に運ばれたのって」
「……何人かいたそうよ。その……くらん? っていうチームに、この子は入ってたみたいで」

 《クラン》……ね。つまり単独攻略ではなく、複数人で挑んだということだ。
 しかし全滅か、あるいは撤退を余儀なくさせられるほどの大打撃を受けて逃げ帰ってきたのだろう。
 どうやらこれ以上聞いても有益な話は聞けないと判断し、俺が礼を言って部屋から出たその時である。 
 数人のいかつい顔をした男性たちが、真っ直ぐ健一の病室へと入っていったのだ。
 俺は何事かと思って《ステルス》を使って聞き耳を立てることにした。

「あ、あの、あなたたちはどちら様でしょうか?」
「健一くんのお母さんですか?」
「はい、そうですが」
「我々は警察です」

 手帳を見せると、母親は怪訝な表情を見せる。
 まあいきなり警察が来たら誰だって動揺するだろう。

「警察? どういったご用件でしょうか?」
「ええ。こちらにおられる健一さんについてですが」
「……!?」

 警察が来る理由に思い立ったのか、明らかに息を飲んで動揺を見せた母親。

「彼が三日前、ダンジョンに立ち入ったというお話を聞きましてですね」
「そ、それは何かの間違いです! この子はダンジョンなんかに入ってはいません!」

 慌てふためて虚実を吐く母親だが、当然健一を守るためだろう。
 少し前に施行された《ダンジョン立ち入り禁止令》は、確かにメディアを通じて世の中に向けて伝えられたが、まだ国民たちには浸透していないところがあるというか、犯罪だという意識は低い。
 そのため母親もまた息子が起こしたことをあまり重く受け止めていなかったのだろう。しかしこうして警察が来て初めて犯罪を犯してしまったという事実を痛感したのである。

「残念ですがすでに証言も取れています。彼を運んだ救急隊員たちも、彼がダンジョンと化した【榛名山】の麓で倒れていたのを見ていますから」
「で、でもそれはダンジョンに入る前に倒れてしまったかもしれないじゃないですか!」

 なかなかに苦しい言い訳だが、確かに証拠がない以上はその言い分も通るかもしれない。

「庇いたいのも分かりますが、彼は『持ち得る者』でしょう? ダンジョン傍に倒れていた。それだけで状況証拠は十分だと思いますがね」
「だってそれは……」
「それに【榛名山】に入り逃げ帰ってきた他の『持ち得る者』たちと、彼の症状がピッタリ一致している。これはどういうことなんでしょうねぇ」

 嫌らしい言い方をする。好きにはなれないタイプだ。
 自白と認知を獲得するためとはいえ、こういう光景は見ていて気分の良いものではない。
 母親も次の言い訳を必死に考えているような表情で目を伏せている。

「……それに我々は逮捕をしに来たわけではありません」
「え? ……逮捕……じゃないんですか?」

 俺も母親と同じようにどういうことか気になった。

「ええ。実は我々もダンジョン化した【榛名山】には困っておりましてですね。何とか元の【榛名山】に戻って欲しいと考えているんですよ。しかしそのためには攻略するしかない。だからこそ情報が欲しいんです」
「情報……ですか?」
「そうです。ご存じですか? ダンジョンを攻略できるのは『持ち得る者』だけなんですよ」

 彼の言うことは正しい。
 俺も前々から一つ気になっていたことがあったのだ。
 仮に一般人がコアを破壊したらどうなるのか、ということである。
 レベルという概念を持たない存在が破壊したところで、果たしてダンジョンは攻略できるのか疑問だった。

 それを解明してくれたのはヒオナさんからの情報だ。
 どうやら一般人では、コアを傷つけることができないそうである。
 実際に警察が、ダンジョンに乗り込みコアの破壊を試みたことがあったらしい。素手、警棒、銃など、あらゆる攻撃を試したがまったくもって無傷のままだったという。

 そこで結論、ダンジョンコアは『持ち得る者』、あるいはそれに通じる力を持つ存在にしか破壊できないことが証明されたのだ。

「警察の側にも当然『持ち得る者』がいますが、何の準備も無しに突撃させるのは危険。攻略のためには情報が必要になる。だからこそ【榛名山】から脱出してきた彼の話はとても貴重だということです」
「で、ですが今この子は……」
「それも重々承知しております。しかし我々に健一くんを任せて頂ければ、必ずこの症状を治してみせます。すでに何人も回復させて、【榛名山】の情報を聞いていますから」
「!? それは本当ですか! この子が元に戻るんですか!?」
「ええ。お約束致しましょう」

 母親は藁にも縋る思いなのか、刑事の言っていることをすんなりと受け入れてしまっている。
 そしてそのままあれよあれよと、退院の手続きをして健一は病院から去って行った。


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