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第五話

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「はぐはぐ、んぐんぐ……っぷはぁ! あむっ、あむっ、ごくっ!」

 リーリラが経営する診療所は結構広くて、二十人以上が同時に食事できる部屋も存在する。
 長卓が三つほど並んでいて、その一つに世廻は座り、カウンター越しに見える厨房から次々と出てくる料理を、ノンストップで胃の中へ流し込んでいた。

「こ、これはまた……」

 見る見る空になった皿が重ねられていく様を、リーリラが呆気に取られて見つめている。いや、彼女だけでなく幼女たちも同様だ。

「す、すごいです……」
「にはは、見てるとロクもお腹空いてきたのだぁ!」
「む、胸焼けしそうでしゅ……」

 すでにニ十品以上もの料理を平らげている世廻に、細見にしか見えないその身体のどこに、それだけの食料が入るのか不思議で仕方ないのだろう。

 ちなみに料理は厨房を使わせてもらっているミッドが作っている。さすが将来の夢が料理店だけに、彼の作る料理のクオリティは素晴らしい。
 それに空腹だった一週間分、ガッチリと摂取しなければもったいない。

 いきなりそんなに食べて身体に悪い? 知るか、と世廻は関係なく貪る。
 それにしても異世界でも普通に食べられるものがあって良かった。見たこともない果物や野菜などもあるが、口にしてみるとこれがまた美味い。異世界での食糧事情は問題ないようだ。

「ではセカイ、食べながらでもいいから聞いててくださいね」

 エミリオは世廻が食事を中断されることを嫌っているのを知っているので、そのまま病室での続きを話し出す。

「君も直に見た通り、この世界には精霊という存在がいます。そしてこの精霊の力を使った術……先程リーリラ先生が見せてくれた治癒もそうですが、残念ながら僕たちには使えません」

 ピクリと耳が自然と動いた。興味深いことを聞いたからだ。
 口に入っている料理を飲み込んでから、

「使えない? それはオレらが異世界人だからか?」

 と尋ねた。だとしたら些か気落ちしてしまう。

 先程のような不可思議な魔法の力がもし使えるとしたら、一度くらいは体験してみたかった。もし戦場で役立つようなものがあれば猶更だ。
 しかしエミリオは頭を左右に振り「いいえ」と答えると、肩を竦めながら続きを話す。

「精霊の力を使った術のことを《精霊法》――《スピカ》というんですが、実は、これは女性にしか扱えないのだそうです」
「……何?」
「さらにいえば、当然精霊たちと契約を結んでいる者たちにしか使用できません」
「……なるほど」
「そして、気づいているかは分かりませんが、ここにいるリィズたちも精霊です」
「! そ、そうなのか?」

 思わず食事の手を止め、リィズたちに見入ってしまう。

「また精霊というのは略語でもあり、彼女たちの正式名称は――『精霊幼女(スピリット・アイドル)』と呼ばれているんです」
「すぴ……りっと…………アイドル?」

 説明は続く。
 この世界の特色として、地球とは違って完全な女性社会なのだそうだ。

 国や街などを治めている長も基本的に女性であり、世に名を広めているような優れた人物のほとんどもまた女性らしい。
 地球もどちらかというと、まだ権力者には男性が多い社会だが、それとは真逆の世界だという。
 それもこれも《精霊法》の確立が原因だと言われている。

 この【ステラ】という世界も、昔はどちらかというと地球のような社会だったらしい。
 しかし《精霊法》が女にしか使えないことが知れ渡ると、立場は一気に逆転した。

 《精霊法》は、神が女性に与えた力だと広まり、男性の持つ権力は失墜し、女性が強き存在として君臨することになったのである。
 事実、《精霊法》は使いようによっては人を簡単に殺すことが可能だし、ともすれば世界すら滅ぼすほどの潜在能力を秘めているのだという。

 つまり、そのような力を与えられた女性にこそ、世界を動かす資格があるのだと、現在の各国のトップに位置するほとんどの者はそう判断している。

「女が世界を牛耳る世の中、か。寒気しかしないな」

 女性が苦手な世廻としては住みにくそうな時代だった。

「その言葉を女性の前で言うかね、君は」

 呆れたように肩を竦めるリーリラに対し、世廻も一歩も引かない。

「何だ、反逆とかの罪でもあるのか? 郷に入っては郷に従えというが、さすがに理不尽なことに対しては断固拒否するぞ」
「いや、まあ……私は別に男性の主張を頭から否定する気はないさ。男性だって素晴らしい者たちは数多くいるし、医者としても性別で差別などはしないよ。ただ、女性の中には過激な権利を主張する者もいてね。あまりこの世界では、そういうことを大っぴらに言わない方がいいんだよ」

 もしそんな輩に目をつけられてしまえば、最悪殺されてしまうことだってあるという。何て無茶苦茶な世の中だ。

「ていうか、その《精霊法》ってのに、本当に世界を滅ぼすような力があるのかも疑問だがな」

 軍人だった立場として、武器や兵器などの知識は優れているつもりだ。
 地球に存在する兵器には、確かに乱発すれば世界を破滅に陥れるものだってある。しかしそれはあくまでも兵器の力。人としての強さではないと、世廻は思っている。

 だがその《精霊法》は、人が扱う力として世界を滅ぼせるという。とても信じられない。

「残念だが、《精霊法》のポテンシャルには底がないらしくてね。その最たるものが……ちょうどいい、もうすぐそこの窓から見える空に映し出されるから」

 リーリラにそう言われて半信半疑ながらも、彼女が指を差した先にある窓へ近づき空を見つめた。
 すると小さな黒い点が空の向こう側に浮かび上がったように見えたのだ。

(? 何だ?)

 その黒い点は次第に数を増し、また大きくなっていく。
 どうもこちらの方へ向かってきているようだ。

 そして――世廻は絶句してしまう。

 黒い点の正体、それは世廻の常識を簡単に覆した。
 まるで全身が黒曜石で造られているかのような――漆黒の人型機動兵器。
 それはまさにアニメや漫画に出てくるような〝ロボット〟と相違ない風貌をしている。

 大きさは恐らく人間とネズミくらいの比較がある。当然人間はロボットで、ネズミが世廻たち人間だ。つまりその気になれば簡単に踏み潰すことも可能だということ。

「バ、バカな……この世界の文明はあんな兵器まで開発できるくらい高度なのか?」

 世廻も軍人の前に男子であり、休日に漫画雑誌などを読んだりもしていた。その中で、ロボットが出てくる物語も目にしたことがあり展開に熱くなったことだってある。
 しかしながら地球の科学技術では、こんなロボットを造り戦わせることなど到底できないとも思っていた。できたとしても数百年は先の未来だろう、と。

 しかしこの【ステラ】は、そんなロボット兵器が世廻の目の前に存在している。
 それが十機以上、空を物凄い速度で飛行しているのだから、夢半ばにいるのだと正気を失いそうになるのも仕方ないことだと思う。

 よく見ると背中に装着された翼のような機具が四枚、スラスターのような役目を担っていて、そこから放射される空気圧によりその推進力で空を自在に翔け回っているようだ。
 世廻が愕然としているそんな中、リーリラの説明が入る。

「アレが、現状《精霊法》の最高峰――《精霊人機》。通称――《ヴォンド》さ」
「ヴォンド……」

 今もなお数体のロボットは、隊列を組みながら空の上で何度も旋回したり、時には隊を幾つかに分けて複雑に動いたりしている。
 空を遊泳しているというよりは、動きから見て何かしらの訓練をしていると思われた。

「この国を守護する《ヴォンド隊》さ。今はちょうど《宿主(リンカー)》……ああ、精霊と契約している者たちを《宿主》というのだけど、その《宿主》の一人である彼女が指揮を執って飛行訓練を行っているところなのだよ」

 やはり訓練だったかと納得する。
 世廻は興味津々と《ヴォンド》を凝視しながら口にする。

「さっき最たるものと言っていたが、アレがそうなのか?」
「そう。まあ今飛んでるのは《精霊人機》の中でも量産型で、本物の《精霊人機》とは言えないけどね」
「? 量産型?」

 精霊は数に限りがあり、契約できる者だってそうだ。
 科学の粋を詰め込んで人工的に人型兵器を造り出し、そこに疑似的に生み出した精霊の力を注ぎ込んで動くようにしたレプリカだという。
 それでも動かせるのは女性ばかりらしいが。

「ちょっと待て、だったら何か。本物は人工的に造り出したものではないということか?」
「うん。ほら、そろそろ出てくると思うよ」

 そう言ってリーリラは外を見るように促してきた。
 再度空へ注目してみると、先程《精霊人機》たちが飛んできた方角から、さらに一つだけ黒い点がこちらへと向かってきていたのだ。
 しばらくするとその正体が明らかになった。

 それは今まで飛行していたソレとは姿形が明らかに異なっていたのである。
 全身はブルーサファイアのような輝きを纏い、背には他の《精霊人機》に比べてトンボのように細長い翼が横へと伸びている。

 どちらかというと重々しさを感じさせる量産型よりも、こちらは細見で見るからに敏速に動けるようなスマートな風貌だ。
 そいつが隊列の真ん中に入ると、主導権を握っているように他の連中を引き連れブーメラン型に飛行旋回をしている。

 隊列の見事さよりも蒼い《精霊人機》の美しさに思わず見惚れてしまう。

「見えたかい? あの蒼い《精霊人機》こそ、本物の《精霊人機》だよ」

 世廻たちは異世界の文明の象徴に時間を忘れて目を奪われていた。



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