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第八話

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 よく響く声が周囲に響き渡る。
 反射的に声の方角へ意識が向く。
 見れば野次馬をかきわけ数名の人間が現れた。
 姿を見せた連中の姿は、周りの者たちとは一線を画している。
 緑色の軍服のような風貌をし、腰には武器を携えていた。

「! 衛兵だ」
「いや、《ヴォンド隊》だよ! しかも真ん中にいる人はリューカ様じゃないか!」
「わぁ、いつ見てもお綺麗ねぇ」

 と、口々に野次馬たちが現れた連中を見て声を上げている。
 その多くの注目はその中でただ一人、白い軍服を着込んでいる二十歳くらいの女性に向けられていた。
 凛とした顔立ちにポニーテールに結った蒼髪を持ち、射貫くような藍色の瞳で周りを見回している。上から吊られてるかのように背筋がピンと伸び、美しささえ感じる歩みだ。

 明らかに他の者たちとは醸し出す雰囲気が違う。
 戦場を知る者の佇まいとでもいおうか。強者のニオイを世廻は感じ取った。
 野次馬の言葉から察するに、名前はリューカといって例の《ヴォンド隊》の有名どころらしい。

(《ヴォンド隊》……あのロボットの)

 世廻の興味を惹いた人型兵器のパイロットらしき者たちがそこにいる。
 故についジッと見つめてしまっていた。
 するとリューカと呼ばれた女性が視線に気づいたように世廻と目を合わせる。そのまますぐに視線を切り、倒れている男を見た後にまた世廻へ視線を戻す。

「ふむ。この騒ぎは君たちか?」

 そこへ世廻が説明をする前に、野次馬たちから話を聞いたのか隊員の一人が、リューカに近づき耳打ちをした。

「…………なるほど。どうやらそちらの男に多くの非があるようだな」

 世廻は心の中でホッと息を吐く。
 正しく現状を把握できる能力を持っている人のようだ。
 軍隊に属する者の中には、どちらに非があろうとも騒ぎを起こしたとして問答無用で罰するタイプの人物もいる。
 リューカが隊員に、男を捕縛するように命令を下す。

 そしてリューカはゆっくりと世廻たちの方へ近づいてきた。
 リィズたちが慌てたように世廻の後ろへ隠れる。
 世廻の目の前に止まったリューカが、リィズたちを見て口を開く。

「その子たちは【フリット診療所】で世話になっている『精霊幼女』たちだね」

 フッと頬が少し緩み優し気な顔つきになるリューカを見たリィズたちが、何故かは分からないがどこかよそよそしい態度を取る。

「知っているのか?」
「……ああ。診療所には部下たちも世話になったことがある。私も見かけたことがあるよ」
「……あんたはこの街における衛兵のような存在と思えばいいのか?」
「…………」
「何だ?」

 リューカが世廻を見て感心するような、珍しいものを見るような顔をしていたので気になった。

「いや、悪いね。君みたいに私に気兼ねせずに話す人は久しくいなかったから」

 ……忘れていた。

 そういえばこの世界は絶対的な女性社会だった。
 恐らくリューカは立場的にもかなり偉い役職にいるのだろう。周りの者たちからの態度でも分かる。
 恐れ敬われるそんな存在に対し、普通に接している世廻はこの世界では異常なのかもしれない。

「見ない顔だけど、もしかして診療所に世話になってるのかい?」
「まあな」
「……不愛想だね、君は」
「あんたは失礼だけどな」

 初対面で不愛想はないだろう。いや、よく言われるけれども。

「! ……ふふ、今日は驚くことばかりだ」

 リューカは世廻の発言に怒りを覚えていないようだが……。

「お前! 男のくせに副隊長に馴れ馴れしい口を聞いて何様のつもりだ!」

 隊員の一人が手に持った槍を突きつけてくる。
 コイツも女性のようだ。

「止めろ、民を悪戯に刺激してどうする」
「し、しかし副隊長!」
「ここはもういいから事後処理をしろ」
「っ……はい」

 渋々といった感じで女性隊員が去って行く。

「すまなかったね、部下が」
「別にいい。慕われているんだな」
「だといいんだけどね。それよりも民たちから聞いた話によると、ナイフを持った男を生身で制したとか?」

 興味深そうに聞いてきた。

「しかも明らかに体格さがある相手の肘を一撃で破壊したらしいじゃないか」
「大したことじゃない」
「ふぅん……」

 世廻の身体を頭から足の先まで一通り観察するリューカ。

「なるほど。引き締まった強い身体だ。どうだ、衛兵に志願してみないか?」
「せっかくの誘いだが断らせてもらう」
「理由を聞いても?」
「少し込み入った事情があってな。それに国お抱えの戦士になる気はない」
「……何か国に対して思うことでもあるのかな?」
「安心しろ。別に国をどうこうするつもりなどない」

 探りを入れるような視線を感じた。こちらを不穏分子かもしれないと考えたのだろう。
 その真意を測るための質問に、世廻は正直に答えた。

 国相手に戦ったことも数多くあるが、この世界で同じことをするつもりは今はない。
 しばらく互いに目線を合わせ沈黙していたが、不意にリューカの方が肩を竦めると口火を切る。

「やれやれ、男に真正面から断られるのも珍しい経験だな。まあ仕方ない。自己紹介が遅れたが、私は【アディーン王国】に仕える《ヴォンド隊》の空戦部隊副隊長――リューカ・ウォーグレイだ」
「オレはセカイ・ウラシマ」
「変わった響きの名前だな」

 それはそうだろう。異世界の日本に馴染みのイントネーションなのだから。
 ただ問題なのは、名乗りと同時に握手を要求されていることだ。
 今でもリューカの接近をかなり我慢しているというのに、彼女に触れるなど正気の沙汰ではない。

「む? 握手はしてくれないのか?」
「悪いな。握手は苦手なんだ」
「苦手? ……もしかして極度の潔癖症とかか?」
「まあ、それに近い」

 ただし女に対して、だが。

「そうか、それは残念だ。まあいい。ではなウラシマ。もしかしたらまた後日に、今回の件で事情を聞きにくることがあるかもしれないが、その時は頼んだぞ」

 それだけを言うと、彼女は踵を返し去って行った。

「ひゃわわ、相変わらずカッコ良い女の人でしゅ……」
「う、うん。できる人って感じだよね……羨ましいな」

 ストリの言葉に同意して何度も頷くリィズ。
 相変わらずということは、やはり知り合い以上の関係なのだろう。
 ロクは特に何を思うことも無く世廻の裾を握りながら黙り込んでいた。

「大分遅くなった。さっさと診療所に戻るか」

 三人娘がほぼ同時に返事をしたあと、四人でリーリラたちが待つ診療所へと戻った。



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