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第20話 過去の夢

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「―い―――。―――た。」
「……」
「――ル、―ベル」
「……ん?」
「アベル!」

 ……ッ!
 おおっと。
 何故かぼけっとしてたな。

「……おぉ。悪いなアレクシス」

 俺は隣の男――アレクシスと一緒に帰っている。
 その途中で何故かぼけっとしてしまったようだ。

「アベル大丈夫か? 体調悪いんじゃないのか?」

 俺を心配してくれるアレクシスは、茶髪の爽やかなイケメン。
 背だけでなく、女子からの人気も高い。
 釣り合わないかも知れないが、これでも一応俺の友達だ。

「そんな事ねぇよ」
「やっぱ俺が王都から離れるのがさみしくて、寝れないんだろ」

 アレクシスはニヤニヤしながら俺の肩に手を回してくる。

「ち、ちげぇよ、寂しくなんてねぇよ!」
「とかいって本当はどうなんだ?」
「……ま、まぁ少しは寂しいよ。でもそれ以上にお前がダンバースの剣術学院に受かった嬉しさの方が大きいよ」

 アレクシスは来年から王都を離れて剣術学院に入学する。
 だからしばらくの間、俺とは会えなくなる。

「でもお前も来年からバルザール魔術学院に入るんだろ、普通の人が聞いたらそっちの方がすごいって答えるぞ」
「そ、そうか?」
「あぁそうさ。お前はもっと自信持てよ」

 アレクシスは俺の背中を軽く叩いてくれた。
 本当に良い奴だな。

「……ありがとうな、アレクシス」
「いいって事よ! それに兄であるお前に優しくしてたら、カレンちゃんからの好感度も上がるしな」
「うわー卑怯だなー」
「はは、冗談だよ」
「分かってるよ。じゃあ、俺の家向こうだから。また明日な」
「あぁ、また明日」

 俺はそうしてアレクシスと別れ、一人で帰り始めた。

 もう既に季節は冬。
 俺達中等学校の生徒は各々の進路も決まっている。

 俺はそんな中、バルザール魔術学院という最高峰の進学先に受かることが出来た。
 期待と不安を胸に、と言いたいとこだが、正直アレクシスや他の友人との別れの寂しさが今は一番強い。
 ……極力本人たちにはそんな素振りをみせないけど。

「はぁ……寒っ」

 そしてアレクセイとの別れから数分ほど。
 肌に感じる寒さをこらえながらも、俺は家へと帰り着いた。

「ただいまー」

 扉を開きながら、帰宅を告げる。
 しかし、しーんとしていて返事は返ってこない。

「カレンはまだ学校だろうけど……父さんと母さんの二人揃って留守なのか?」

 俺の父さんは魔族?とかについて研究している考古学者。
 母さんは元近衛魔術師団の近衛兵であり、現在はたまに冒険者として働いている。
 だから連絡も無く両方共が家にいないという事は、あまりないはずだ。

「父さーん、母さーん!」

 やっぱり返事は返ってこない。
 普通なら、この時点で家にいないと判断するだろう。
 だがまだ俺は、父さんと母さんが家にいるとも思っている。

 何故なら、家の扉の鍵が閉まっていなかったからだ。
 母さんはともかく、父さんはその辺りしっかりしているし、閉め忘れるなんて有り得ない。
 どうしてだろうか?

「……仕方ないな」

 俺は靴を脱いで、リビングへと向かった。
 もちろん二人を探すためだ。

「二人共いる?」

 リビングの扉を開けて部屋の中を見てみた。
 が、誰もいない。

「んー。もしかして寝室で寝てるとかか?」

 俺はリビングの扉を開けて、両親の寝室へと向かった。
 そして廊下を歩き、寝室の前に辿り着いた時、俺は戦慄した――

「なッ!?」

 廊下の床に広がるのは紅い液体。
 何故か扉の奥から広がっている。
 それが何を表しているかは、何となく察しがつく。

「父さん、母さん!!」

 俺は押し破るように扉を開いた。

 多少の希望、いや願望はあった。
 この状況が何かの間違いだと思いたかった。
 だが、現実は残酷だ。

 俺の眼の前には二人の男女が倒れていた。

「……ッ!!」

 両親の寝室で寝転がる一人は、黒髪黒目の丸眼鏡をかけた男性。
 いかにも、といった学者風の服装をしている。

 もう一人は同じく黒髪黒目の女性。
 白い肌に端正な顔立ちをしており、とても美しい。

 そして二人共、鋭い刃物で斬られた跡が体中に残り、そこからどくどくと血が流れている。

 俺は当然、二人に見識がある。
 男性の名をテンゲン・マミヤ。
 女性の名をシャロン・マミヤ。
 俺とカレンの両親だ――

「な……んでっ」

 俺はあまりの衝撃に膝から崩れ落ちてしまった。

 しかし本来ならそんな事をしている暇は無い。
 すぐに病院に連れて行くか、手当をしなければいけないだろう。
 だがこの傷……二人は助からない。
 もし息があったとしても、血を流しすぎている。

「……くっそ! 誰がこんな事を!」

 意味も無く床を叩く。
 でも、虚しいだけだ。

「二人を殺して、何の意味があるんだよ!」

 怒りに任せて床を殴る。
 拳が痛むが、気にはならない。

「どうして、どうし――」

 そして、俺が再度腕を振り上げた時――

「……ベル。アベル……これを」

 微かな声と共に、母さんの右腕が動いた。

「母さん!!」

 俺はすぐに力無く倒れる母さんの元へと駆け寄り、最後の力を振り絞って動かしている母さんの右腕を、両手で優しく掴んだ。

「これを……。犯人の……手掛かり」

 母さんは握り込んだ右の拳を開いた。

 そこにあったのは薄ピンク色をした何かの花びら。
 一目見て綺麗だなとは思ったが、何の花なのかは分からない。

「これは、何の花なの?」
「……さく、ら。遥か昔に……絶滅した木よ」
「なんでそんなものが?」
「わからない……ごふっ!」

 母さんは紅い血を口からこぼす。

「母さん!」
「……私は、もう駄目みたい」
「そんな事はない! 絶対に助かる方法はあるよ、『回復ヒール』!」

 だめもとで回復魔術をかける。
 それによって傷口に白い光が発生し、傷が塞がっていくが、母さんの具合は良くならない。
 やはり回復はしょせん回復。
 決して蘇生ではない。

 分かり切っていた事だが、自分の力ではどうにも出来ないと再確認すると、何故か涙がこぼれてくる。
 そしてその涙は床の血を混ざり合い――溶ける。

「……アベル、最後にお願いを聞いてくれる?」
「うん、もちろん。何でも言って」
「私よりも長生きして、ね……アベル」
「……分かったよ」

 俺の返事を聞いたのを最後に、母さんは動かなくなった。
 呼吸音も右腕の力も無い。
 そんな中、ただただ床に広がった紅い血だけが俺の服に滲んでいった――
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