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第107話 ヤスミンに勝つために

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 あの凄惨な日から一日。
 俺は何事も無かったかのように、学院にカレンと登校した。

 涙は出来るだけ見せたくないし、弱い所も見せたくない。
 だから俺は普段通りに振る舞う。
 それでも疲れや悲しみはそう簡単に消えてくれない。

 けれど今日は木曜日。
 魔術戦の相手が伝えられる。
 俺とカレンは中央本館の、魔術戦予定が書かれた表を見に行っていた。

「この方ですか……」

 カレンは魔術戦の対戦相手が貼り出された掲示板を見て、少し真剣そうな目つきになった。

「どんな人なの?」
「最近順位を上げてきた方ですね」
「新進気鋭、ってやつだね」
「はい」
「うーんと……俺の相手はこの人かな?」

 俺は掲示板に貼り出された自分の対戦相手を探した。
 すると対戦相手は簡単に見つかった。

 267位ジーナ・ソル。

 彼女が次の対戦相手だろう。
 ……知らないな。
 でも、やるからにはきちんと勝たないとな。

「お兄様の相手はどうでした?」
「分からないけど、マッチングのシステム的には同じくらいの人だろう」

 生徒会がやっているこのマッチングのシステムでは、順位の近い人と戦わせてくれるらしい。

「色々ありましたからね……用心して下さい」
「あぁ、わかってる」

 色々、とはシモンやガルファの事と、人工魔族達の事だろう。
 男の魔族?を倒したとはいえ、まだ褐色の人工魔族の女──ヤスミンを倒してはいない。
 彼女の性格やイスカリオーテ達の目的は分からないが、俺がもし彼等の仲間だったら、情報を持っている人間をみすみす逃したりはしないし、確実に襲う。
 そして、そのタイミングとして最適なのは……戦闘中だろう。

 流石に、人目につく状況下で行動はしてこないだろうが、「もしも」という場合もあり得る。
 用心に越した事は無い。

「出来るだけ、気を付けておくよ」
「はい。では、教室に行きましょうか」
「あっ、ごめん。職員室に用事があるんだ」
「……そうですか」

 俺が職員室に行く理由。
 それは昨日、俺が思いついたヤスミンのスキル打開策に関係している。

「だから俺、職員室行ってくるよ」
「はい」

 少し悲しそうなカレンと別れ、俺は一人で職員室へと向かった。

「失礼します、ベルナール先生」
「アベル君ですか。入っていいですよ」

 俺がそう言われて向かう先は、暗い金の髪を一つに纏め、凛とした表情の女性の元。
 教員用の藍色の魔術服が良く似合った女性。
 俺のクラスの担任である、ベルナール先生だ。

「アベル君、どうかしましたか?」

 ベルナール先生は事務的にそう聞いてきた。
 ちょっとした雑談さえ入れずに、いきなり本題に入るのはなんともベルナール先生らしい。
 なら俺もそれに答えて──

「俺を学院ダンジョンに入らせてください」

 単刀直入に頼みこんだ。

 俺がヤスミンに勝つための策。
 それは俺が200年前に、学院ダンジョンに置いてきた2種類の品を、もう一度手にする事だ。

 その一つは本。
 200年という長い年月を超えるために使った、時空魔術についての本。
 まさしく人類最高の叡智と言っても過言ではない。
 これに関しては、正直無くてもいいのだが……必要魔力や効果範囲に関して、まだまだ強くなれる点を模索したい。

 そして、もう一つは水晶。
 俺が始祖龍ドラゴニールに貰った龍の魔石を核として製作した、時空を超える為の魔道具だ。
 本は必要でなくとも、この水晶無しに魔術を発動する事は出来ない。
 ……本当はこれなしでも使えるように、ならなくちゃいけなんだけどな。

 しかし何はともあれ、この二つさえあれば、あの褐色の女に負ける事は無いだろう。
 そして、俺が勝とうとしているのはあの女だけではない。
 イスカリオーテ達や他の魔族、新魔王に学院の成績優秀者たち。
 俺の努力次第だろうけど、この二つで俺は確実に勝利を掴むつもりでいる。
 だが、

「ダンジョンですか……許可が下りる事は無いと思いますよ」

 ベルナール先生に、はっきりとそう告げられた。

 俺は長い間学院に来ていなかったから、退学処分になった。
 その時に、ダンジョンに入る許可も失われた。
 だから再度許可をもらわないといけないが、これに関しては教師に頼みこむしかない。

「お願いします。せめて学院長に話だけでも伝えて下さい」
「……話だけですよ。私からは口添えしませんから」
「ありがとうございます!」

 俺は素直に頭を下げた。
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