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しおりを挟むつまらなそうな様子に麻由はムキになって話し続けた。
「売り場にはベッドを置くんです。お客様はそこでパジャマの着心地とか寝心地とかを試せるんですよ! 枕とかアイピローもお試しできて……」
「ほう」
隼人が感心したようにこちらを向く。やっと興味を示してくれたかと麻由は気をよくした。
「売り場にはアロマとか焚いちゃって、天井にプラネタリウムを投影するんです! おまけに猫! 売り場を猫が歩き回って、お客様はもうメロメロに!」
「面白いこと考えるじゃないか」
でも、結局ボツになった。その上もう出してくるなと言われた企画だ。急に我に返って、がくりとうなだれた。
「こんなこと無理だってわかってますよ。でも、そういう企画があったら楽しいかなって。お客様もきっと喜んでくれると思ったんです」
「それ、企画書にちゃんと書いたのか」
「書けませんよ、こんなふざけたこと」
「まあ猫が歩くのはさすがにな。でも、いいと思ったなら書けばいい。少なくとも目を引く」
自信ありげな口ぶりだった。だからなのか、妙に説得力がある。これが華の企画営業部で仕事をするということなのだろうか。
「あの……仕事のアドバイスくれませんか? 私は今後どうやっていけばいいか、わからなくて……」
隼人は少し考え込んでいる様子だった。楽しげに企画の内容を聞いてくれていた時と違って、目の奥が一気に冷たい印象になる。怜悧な印象の見た目によく似合う表情だが、意外と話しやすいと感じていたさっきまでと違って、別人のように冷ややかに見えた。
「見返したい奴、いないのか? そいつの鼻を明かしてやるって思ったら頑張れるんじゃないのか」
その言葉を少し意外に思った。
もっとロジカルなやり方を教えてくれると思っていたが、隼人が語ったのは気持ちのありようだった。
(人と比べるなんて無意味、とか思ってる人かと思ってたけど、隼人さんも誰かへの怒りが原動力なのかなあ)
ぼーっとする頭で、だったら自分と同じだと思う。
「見返したい人、私にもいます。空閑MDです」
「それはいいな」
冷たい表情が一変、隼人にさっきまでのような楽しげな顔が戻ってきた。
「いつか空閑MDをぎゃふんと言わせてやるんです」
「応援するよ」
隼人とは気が合いそうだと考えているうちに意識は遠のいていった。
タクシーにいたはずなのに、気づけば自分の体はベッドに横たわっている。部屋の内装が明らかに自分の家ではないことを認識して、勢いよく体を起こした。
酔ってもやがかかった思考はさっきよりもクリアになっているが、体のだるさは残っていた。
見回すと、どこかのシティホテルのようだった。
自分の上着はハンガーに掛けてある。それ以外に着衣の乱れはなかった。
「気がついたか」
洗面所から出てきた隼人が安心したように笑顔を見せた。その手には濡れたタオルと水の入ったグラスがある。
「ほら、飲むといい」
「あ、りがとうございます……」
受け取った水を飲むとほてりが引いていくようだった。
壁に掛けられたコートを自分で脱いだ記憶はない。つまり、隼人がやってくれたのだ。
ホテルで自分を寝かせ、服を整え、水を用意してくれて。
恥ずかしいことにタクシーの途中からの記憶がない。そのままいくらでも手を出せただろうに隼人はそうしなかった。見捨てることもせずに、こうして介抱してくれた。
(すごく、紳士なひと……)
「す、すみませんでした。迷惑かけて」
「君が住所を言う前に寝てしまうものだからな。まあいい。その様子なら大丈夫だろう」
隼人は傍らに置いてあった自分のコートをつかむと立ち上がった。
「ゆっくり休んでいくといい」
そのままドアに向かう隼人の背に、麻由は気付けば手を伸ばしていた。
スーツの端をつかまれた隼人が怪訝そうな顔で振り返る。
「なんだ?」
「すき……」
「なっ……!」
驚きに目を見開いて隼人が硬直する。
麻由は真剣な顔で隼人を見つめた。
「隙って、どうやったらできるんですか」
「すき……ああ、隙、か。なんだ、なんの話だ」
「私、隙がないから魅力がないんでしょうか」
突拍子もない麻由の言葉に、隼人は頭を抱えている。
「あのなあ……もしかして俺が手を出さなかったことを気にしてるのか? くだらない。君は尻軽な女になりたいのか」
「だって……」
じわりと涙がにじんでくる。
こんなこと、酔っ払いを介抱してくれるような優しい人に言うことじゃない。ひどい絡み方をしているのはわかっている。
でもどうしても聞いてみたいと思ってしまった。まだアルコールが残っているからだろうか。それとも仕事のアドバイスに共感したから? 面倒な女であるだとわかっているのに、一度こぼれてしまった言葉はあとからあとから溢れてくる。
「このままじゃなんにもうまくいかない気がするんです……隙がない女じゃ仕事ができないんです」
「どういう理屈なんだそれは……」
隼人はあきれたような顔を向けるが、麻由の中では正真正銘、理屈の通った悩みだった。
遊び心がなくて企画書はうまくいかず、かわいげがないから恋もできない。すべて自分に隙がないからだと麻由は思う。
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