腹黒御曹司との交際前交渉からはじまるエトセトラ

真波トウカ

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「誤解しているようだが、君に手を出さなかったのは女性としての魅力がないからじゃない」
「わかっています。それは隼人さんが紳士だからで――」
「そういう意味じゃない」
 隼人が困ったように頭をかく。
「わからないか? 大事にしたいんだ」
「そりゃあわかりますよ」
 企画営業部なんて花形部署だ。社内の人間関係がもつれてごたごたすれば人事にも響く。
(今の立場を大事にしたいのなんてわかっている)
 そんな未来ある人に絡むなんて最低だとはわかっている。けれど――
「隼人さんみたいな人と付き合えたら良かったのに」
「は……」
 理知的で、紳士で、冷静で。そんな人と恋人になれたら自分にも自信がついただろうか。これ以上は本当に困らせるだけだ。わかっているのに理性がブレーキをかける前に口を開いてしまった。
「私のこと、抱いてくれませんか」
「なにを言って……」
「迷惑を承知で言っています。お願いします、私変わりたいんです」
「馬鹿なことを……」
 覚悟のにじむ麻由の瞳から隼人は視線をそらした。
 情けない自分が浮き彫りになったようで、予期せずポロリと涙が一粒落ちた。
 どこで自分はこんなにも恋愛観をこじらせてしまったんだろう。産まれ育った町で、片意地を張らずに誰かと付き合ってみれば良かったんだろうか。
 頬に流れるものを隼人の指先がすくい取った。
「後悔するぞ」
「……しません」
 隼人の指先はそのまま麻由の細い顎をくいとあげて、唇にキスを落とした。
 触れるだけの優しい口づけだが、麻由にはそれすら初めての経験だった。柔らかなものが自分のそれにあたるたび、どうしていいかわからず体がこわばる。
 ノックをするように隼人の舌が麻由の唇を軽く押す。熱く湿ったものが意思を持って自分に触れているのを感じて、ますますどうしていいかわからなくなる。
「口、開けて」
「え……」
「なんだ、やっぱりいやになったか」
 隼人は軽く笑うと、かがんでいた体を起こそうとした。
 麻由は慌てて隼人のシャツにすがり寄る。
「ちがっ……、わから、なくて……」
 この年になって。そう思ったら情けなくなって鼻をすすった。
「はじめて、だから」
 麻由の言葉に隼人は唖然として言葉を失っている。
(やっぱりこの年まで誰とも付き合ったことないって変なんだ……)
 隼人の顔をまともに見ていられなくてうつむいた。
「ごめんなさい……」
 いきなり抱いてだの、はじめてだの、面倒は増えるばかりだ。申し訳なさに消え入りたくなってくる。
「あまり煽らないでくれ」
 隼人が言った次の瞬間には、体が仰向けになっていた。背には柔らかなマットが当たっている。衝撃はあったが、痛くはない。覆い被さる隼人の重みと、自分を見下ろす真剣な視線をひしひしと感じる。
 照明を背に、影を帯びた隼人の顔はさっきまでよりもずっと艶めいて見えた。
 再び唇に柔らかなものを感じる。今度はさっきと違って多少荒々しい動きで麻由の唇が割り広げられる。ぬるりと入り込んできたものが隼人の舌だとわかるまでしばらくかかった。
「んっ、ふぅ……っ」
 熱くうねるものが、じっくりと口内を探るように這う。
 初めての感覚に麻由は頭が真っ白になった。
 これがキス、だなんて。思い描いていた、唇を重ね合わせるだけのかわいらしいものとはまるで違う。
 隼人が唇を離すころには、すっかり麻由の息は上がっていた。
「気が変わった。なにも知らないくせに無防備な君を放っておいたら、ほかのオオカミに食べられそうだ」
「隼人さ……」
「なるべく優しくするから」
 今度は首筋に隼人の唇が落とされる。敏感になっていた体は熱い息がかかるだけで、びくりと震えた。
「あ……」
 筋張った大きな手がブラウスの隙間から侵入してくる。乳房はすっぽりとその手に収まり、大きく円を描くように揉みほぐされていく。下着が擦れるたびに、中心が硬く立ち上がっていくのがわかった。
「はぁ……っ」
 胸の谷間へと落とされた口づけで、いつの間にかブラウスがたくし上げられていたことに気付いた。
 光の下で自分の下着姿があらわになっている。そのことに気付いた瞬間、プツンとブラジャーのホックが外された。
 圧迫感に解放された心許なさに、思わずその上から腕で隠す。
「や、恥ずかし……」
「どうして隠す。とてもきれいだ」
 隼人の低い声は少しだけうわずっていて、妙に艶を含んでいる。まだアルコールの抜けきらない脳内にそれが甘く響いた。
 きれいだ、とこの人が言うならそうなのだろうと思わせてくれるような、そんな声だった。隙間風の吹いていた女性としての自信に優しく蓋をしてくれるような、そんな声。
 抵抗する気がなくなって力の抜けた腕を、隼人はそっとシーツに縫い止める。そして体に乗っているばかりだった薄い青の下着を鎖骨の方へとずらした。
 はあっ、と切なげに息をついた隼人の瞳は少しだけ濡れている。視線の奥に熱い欲を感じ、それが自分のあられもない姿を凝視していることに、麻由の体は熱くなった。
 思わず目をつぶってしまっても、網膜に焼き付いたかのように、自分を見つめていた隼人の表情が脳裏から離れない。
 隼人の長い指がすくい上げるように麻由の白い丘へ触れた。

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